光をめざして

社会や身の回りにおこったこと、その他もろもろの出来事について折にふれて感じたことを投稿します。

2011年08月

ホッキョクグマやツバルの住民を“申請人”として電力会社相手にCO2削減の公害調停をおこなうことの是非について

「電力会社さん、僕らの生きる環境を壊さないで」・・・
地球温暖化によって生態系が脅かされているシロクマや海面上昇に苦しむツバルの人々を申請人として、温暖化の原因となるCO2を大量に排出する大手電力会社に規制・削減を求める公害調停の申し立てがありました。
この公害調停でシロクマやツバルの人々の代理人になるのが、自然保護運動に取り組む法律家のNGO・日本環境法律家連盟の弁護士たちです。

また、代理人となる弁護士たちは温暖化ガスによる被害を「公害」ととらえており、「公害とは大気や水の汚染、騒音など人(企業)の活動によって発生する健康、生活環境にかかわる被害です。温暖化はただちに人の健康に影響を与えるわけではありませんが、氷が解けて海面が上昇すれば、生態系の変化がおこり、人間の生存も脅かされます」とその理由を説明しています。

ツバルの水没とホッキョクグマの絶滅の危機は地球温暖化のリスクの象徴か?
ツバルの水没とシロクマが絶滅の危機に面していること。
この二つは地球温暖化により北極の氷がとけて海面が上昇することのリスクの象徴としてマスメディアでも頻繁にとりあげられました。
だが、ツバルの水没は事実としても、これが地球温暖化による海水面上昇の証拠にはなりません。
そもそもツバルはファンガファレ島と呼ばれ、太平洋戦争中に米軍が上陸して島を占領した際に、海兵隊が海水中に杭を打ち込んで飛行場を設営したという歴史的事実があります。
そのために、もともとは珊瑚礁であり海水面ギリギリの島であったツバルに人為的な陸地が誕生したのです。
そして、この出来事をきっかけにツバルにも人が住むようになりましたが、その飛行場も70年近い歳月の経過によって劣化が進行しているため、地盤沈下がすすんできているのです。
ツバルの海水面の上昇、すなわち地盤沈下の元をたどれば波の浸食によって本来の自然が復元されたことに他ならず、戦争中の飛行場建設による人為的な陸地形成といった自然破壊を自然の復元力がじょじょに回復しているのです。
ツバルの水没は波の浸食が原因であり、もっとも貧しい人たちが地球温暖化の影響を受けていることの象徴的事例などではないと筆者が考える理由がここにあります。

また、今回の公害調停の“申請人”となったホッキョクグマは05年に絶滅危惧種に指定されており、一生のほとんどを氷の上で過ごすシロクマは氷の上や下にいるアザラシを捕獲して餌としています。
このためシロクマの生存には安定した氷域の存在が欠かせず、氷が早くとければ猟期が短くなり、栄養不良をひきおこすといいます。
だが、シロクマが本当に絶滅の危機に瀕しているかについては、異論もあり、けっしてホッキョクグマが減っているわけではないという統計も存在しています。
http://takedanet.com/2008/05/post_c096.html
(武田邦彦氏ブログより)
このことからもホッキョクグマが危ないと断言できるわけではなく、温暖化の影響を受けていないと推定することも可能です。

さて、これらのことから問われるべきは、温暖化の原因とされるCO2の削減を大手電力会社に求める公害調停の“申請人”にツバル住民とホッキョクグマを押し立てること自体の妥当性です。

地球温暖化を環境破壊や、まして公害としてとらえる視点への疑問について!

また、地球温暖化の原因を人(企業)の活動によって排出されるCO2という人為的な原因にのみ求めることに筆者は疑問を感じており、政治の力学によって科学の結論が左右される典型的なケースのように思えてなりません。
また、地球温暖化がどうして環境破壊や公害になるのでしょうか。
最近の300万年の間に地球は寒い「氷期」と比較的温暖な時期とを繰り返してきたといいます。
「氷期」には人間が住める場所は熱帯などごく限られた場所に限定されてしまい、絶滅した生物種も多かったことでしょう。
逆に温暖化になって困る生物はいなかったでしょうし、人間も温暖期に世界中に生存圏を拡げたことで現在の人の繁栄があるのです。
また、自然には日照りもあり、洪水も寒い冬もありますが、自然をありのままの姿で受け入れて、その中で苦しむときや楽しむときを持つというのが正しい智恵である思います。

参考:「しんぶん赤旗」8/29付け・武田邦彦「家庭で行なう正しいエコ生活」など


政権交代に託した国民の願いを裏切り続ける民主党政権と小沢幻想の崩壊の始まりについて

最近、聞いた話によると、管首相が退陣を口にした途端に小沢一郎氏がマニフェストの修正に柔軟な姿勢を示したといいます。
管直人氏は首相に就任したとたん、マニフェストの修正に着手し始めましたが、昨年の民主党代表選を筆頭に小沢氏はマニフェストの修正をもくろむ管首相に「マニフェストの堅持」を旗印に反旗を翻してきました。
だが、小沢氏は自身にとって最大の政敵である管首相の退陣が明らかになるや、マニフェスト堅持の旗を下ろし、マニフェスト修正に柔軟な姿勢を示したというのです。

ということは小沢氏にとって、マニフェストとは政敵である管首相を引きずりおろすための政争の単なる道具でしかなかったということでしょうか。
また、09年の総選挙の際に子ども手当、戸別所得補償、高校授業料無償化、高速道路料金の無料化などといった受けのよい政策を並べたてた民主党のマニフェストも有権者の票を釣るためのものでしかなく、たんに選挙に勝って政権を獲得するための道具でしかなかったのでしょうか。
だが、事実として09年総選挙時の民主党マニフェストは自民党政治にうんざりして政治を変えてほしいという国民の願いを強く反映したものであったし、国民はこのマニフェストに期待して「自民党政治を変えてほしい」という願いを民主党に託しました。

ところが鳩山政権以来、民主党政権は政治の流れを変えてほしいという国民の願いを裏切り続ける道をつきすすんできており、この道をすすむ限り誰が代表や首相になっても遅かれ早かれ行き詰らざるをえません。
しかし、ここにきてマニフェスト堅持の旗を掲げていた小沢氏までもがマニフェストを捨てて公約を裏切り、政治を変えてほしいという国民の願いに背を向けようというのです。小沢氏の豹変はこの流れにダメを押したもののように思えます。
筆者は誕生したとたんに総選挙時の公約を裏切り、政治の中身としては限りなく自民党政治との一体化をすすめた管内閣に対し、マニフェスト堅持を掲げてこれに対抗する小沢氏および小沢グループにはかなりの共感を感じていました。
また、ここに「政治とカネ」の問題があったにもかかわらず、小沢氏への支持がきわめて根強かったことの最大の理由があったし、昨年の民主党代表選で管直人氏と小沢氏ががっぷり四つに組んでたたかえた基盤がありました。

「政策はしょせん大道具、小道具」とうそぶく言葉に小沢氏の政治的本質が見えること!
さて、8月25日の朝日新聞は“小沢詣で”をおこなった前原誠司氏と幹事長職を要求する小沢氏との折り合いがつかなかったという記事を掲載しましたが、この記事には小沢一郎氏の「政策はしょせん大道具、小道具。権力を持たないと何の意味が無い」との言葉も掲載されました。
そして、筆者はこの言葉によって、ようやくにして小沢氏の政治的な本質を理解することができたのです。
政党とは政策や理念を共有する人間集団であり、その政策や理念を実現するための組織であるところに政党の本質があります。
ところが、小沢氏にとっては政策とは単なる大道具や小道具であり、政策とは権力を獲得するための手段であり、便法でしかないのです。
小沢氏にとっては権力を持つこと自体が目的なのであり、政策はそれを実現するための単なる手段でしかありません。

小沢氏のこの政治的本質が多くの識者や国民に隠され続けていたことから「小沢待望論」が生まれ、この小沢幻想が日本の政治をひっかきまわし、本来なら社民党や共産党に向かうべき票を数多く集めることで日本の政治を結果的に右傾化させてきたのです。
もはや「国民の生活が第一」というスローガンや「09年民主党マニフェスト」は死文化しており、このようなものに期待することはできないでしょう。
なんといってもこのスローガンの提唱者であり、09年マニフェストを作成した当の小沢氏自身が政策は単なる道具でしかないと言っているのですから間違いありません。

また今回の民主党の代表選挙で、玄海原発の再稼動問題ではいちはやく地元に入って知事や町長を説得し、福島原発事故後における原発再稼動の先頭に立った「原発の守護神」海江田氏を小沢グループが担ぎ出したことにも呆れました。
前原誠司氏ですら「あらたな原発は作らない」、「20年後には原発はなくす」と口先では言っているのですが、それにすら踏み込めない海江田氏を小沢グループが担ぎ出したことは、小沢氏はこと原発問題に限って言えば前原氏や野田氏よりもさらに劣っていることを物語るものと筆者は考えます。




“小沢詣で”と“原発推進”に塗りつぶされた感のある民主党代表選挙の実態について

民主党の代表選挙が8月27日告示、29日投開票の日程で決まりましたが、ここへきて外国人や暴力団関係者からの献金疑惑で外務大臣を今年3月辞任したばかりの前原誠司前外相の出馬表明が報じられています。
また、前原氏は自身の立候補にあたり、政敵であったはずの小沢一郎氏の支援を乞うために小沢氏の事務所を訪れましたが、つい最近まで民主党の内部には「小沢、反小沢」の骨肉の争いが展開されていたのです。
ところが、この醜悪な権力争いのなかで反小沢陣営の頭目として重きをなした前原氏が、ここへきて党内最大勢力とされる小沢グループの票ほしさのために小沢氏にすり寄ったのです。

だが、これは前原氏にとどまるものではなく、野田財務大臣、海江田経済産業大臣、鹿野農水大臣などの立候補予定者はいずれも小沢氏すり寄りの点で大差がありません。
反小沢と目されてきた野田氏などは「依然として政局の中心にいる稀有な存在の凄い力量の方」と小沢氏を誉めそやし、天にまで持ち上げています。
ところが、一方では民主党の代表選の争点に「原発の是非」が挙げられておらず、立候補の意思を表明している候補者は口を開けば「原発推進」ばかりの状態です。
マニフェストを投げ捨てて自民党政治と同化したうえに、恥も外聞も無く票集めに奔走する民主党代表選の異常さに国民の多くは失望感を増大させています。
“小沢詣で”と“原発推進”、このふたつのキーワードが今回の民主党代表選を特徴づけており、“争点なき票集め”が今回の民主党の代表選の実態に他なりません。

「原発の是非」が争点にならない代表選と民主党の異常な原発依存政策について!
さて、“争点なき票集め”を繰りひろげる民主党代表選挙ですが、「原発の是非」が争点にならない背景には、立候補予定者全員が原発推進や原発輸出を主張してきた人物ばかりという実情があります。
海江田氏は管内閣の閣僚として2030年までに14基の原発の新増設という「エネルギー基本計画」を立案した直接の担当者であり、玄海原発の再稼動問題では地元に出向き、知事や町長を再稼動推進の方向で直接説得にあたりました。
また、前原氏も外務大臣在任中に「原発をどんどん輸出していく」と公言しており、原発からの撤退を求める国民世論に対しても「ポピュリズム(大衆迎合主義)の政治をしてはいけない」と敵意を示し、また「安全性を高めて海外に売っていくことが大事だ」と主張して原発の輸出に固執しています。
野田氏も「短兵急に原発の輸出を止めるべきではない」と述べ、相変わらずの原発トップセールスを主張しており、馬淵氏なども海外への原発輸出を容認し、成長産業として国が引き続きバックアップすべきことを提唱しています。

さて、このような原発推進の主張ばかりが並ぶのも、民主党の政策が原発依存に立脚しているからに他なりません。
目下の民主党のエネルギー政策は「長期的には原発の依存度を現行のエネルギー基本計画よりも低減させる」というものですが、現行の民主党政権のエネルギー基本計画自体が14基の原発の新増設を含んでおり、たとえ現行計画より原発依存度を低減させたとしても、原発増設にすら繋がりうる内容となっています。
また、菅首相が「脱原発依存」を記者会見でいったん表明しましたが、翌日には「個人的な考え」と後退させたうえに岡田幹事長が「次に引き継がれることはない」と釘をさすというドタキャン劇までありました。
これらが民主党の原発政策の実態であり、今のところ転換の可能性が見えてくる兆しもありません。

追伸
ところで、社民党の福島党首は今回の民主党代表選挙にちなんで、有力候補者たちを「言いなり三人男」と公言しています。
福島氏は野田財務大臣を「財務省言いなり」、海江田経済産業大臣を「経済産業省言いなり」、前原前外務大臣を「防衛省と外務省、米国言いなり」とそれぞれの有力候補者をばっさりと切って捨て、「ポスト管は管以下になると危惧している」と語ったといいます。
福島氏の発言は自民と並ぶ「二大政党」の片割れである民主党の政治的な劣化が政治家の資質の面でもすすむ一方の現実を歯に衣をきせぬ表現で物語っています。

参考:「しんぶん赤旗」(8月25日付け)など

民主党の原発政策を「慎重」路線から「積極推進」路線へと転換させたもの(財界・電力業界・労組一体の電力人脈の影響力)

東京電力労組など電力会社の労組が加盟する全国組織が電力総連です。
電力総連は連合の中核組織で22万人の組合員を擁しており、旧民社党を支持していた同盟系労組に属していましたが、98年に旧民社党系議員からなる「新党友愛」が旧民主党に合流したのを機に、電力総連は民主党支持に回りました。
また、同総連は選挙での推薦や献金などにより民主党の原発政策を強力に後押ししており、原発を推進する電力会社と労使一体となって「着実な原発の新増設」、「プルサーマルの実現」などを推し進めてきました。
電力会社本体が役員などの個人名を使って事実上の企業献金をおこなっているように、同総連は民主党本部や所属国会議員、地方議員などに献金をつぎ込んでおり、カネによる労使一体の政治工作がその背後にあるといいます。

また、03年9月に小沢一郎氏率いる自由党と民主党が合併したことも民主党の原発政策が大きく変わるきっかけとなりました。
06年の小沢氏の党代表就任をきっかけに、従来の原子力政策から「過渡的エネルギー」や「慎重に推進」などを削除した民主党は高速増殖炉の開発を容認するなど原発政策を大きく転換させたのです。
さらに小沢氏自身も歴代東電会長と親密な関係を持ち続けており、経団連元会長で東電会長をも務めた平岩氏は小沢氏の自民党時代の後援会長でもありました。
また、この民主党の原発政策の転換の背景には財界の圧力もあり、日本経団連は財界が注文する主要政策への対応で各党に通信簿をつけるための「政策を語る会」を開き、公然と政策買収を開始したのです。
こうして、民主党の従来の原発政策にあった慎重路線は吹き飛んでしまい、「過渡的エネルギー」から「基幹的エネルギー」へと原発の位置づけが変わってしまいました。

さらに民主党政権が誕生してからというもの、それまで3割だった原発依存度を20年以内に5割に引き上げるための原発14基新増設を含んだ「エネルギー基本計画」が策定され、2010年に管政権の手によって閣議決定がなされました。
この一連の流れの背景には財界・電力業界・労組などとカネや選挙支援で結びついた民主党内の電力人脈があり、これが中心となって民主党の原発政策を推進してきた実態が浮かび上がります。

菅氏の後継候補選びに見る民主党政権の原発維持・推進と「原子力損害賠償支援機構」発足について!
さて、管首相の退陣は秒読み段階にはいりましたが、原発の維持や推進に理解を示す後継候補たちが幅を利かしはじめています。
「原子力技術を蓄積することが現実的」(野田佳彦氏)、「世界最高の安全基準を策定する」(馬渕澄夫氏)、「短絡的な脱原発というイメージの独り歩きは危険」(海江田万里氏)など、菅氏の後継候補たちは原発の維持に躍起です。
なかには「脱原発」を志向する候補者もいるようですが、その旗印はきわめて曖昧であり、解釈によっては原発推進と受け取ることも可能な、いわゆる“玉虫色”でしかありません。

また、福島第一原発事故の被害者への賠償を迅速におこなうことを名目として「原子力損害賠償支援機構」が発足しましたが、賠償の財源は最終的にはすべてが電気料金の値上げと税金投入で賄う枠組みになりました。
しかしその一方で、東電の巨額の内部留保や資産は保全され、東電の大株主であるメガバンクや大手生命保険会社の責任は曖昧にされています。
国民負担によって東電の株式の上場を維持し、東電とともに大株主で巨額の金融債権を持つメガバンクを救済しようというのです。

これらの一連の事態の背後にも原発推進の官産複合体の存在と同時に、電力業界や労組と結びついた民主党内の電力人脈が大きな影響を与えていることは明らかです。

参考「しんぶん赤旗」など

大義なき「大連立」を提唱する野田財務相の抱える歴史認識の問題について(A級戦犯は戦争犯罪人でないという野田氏の主張の是非について)

野田佳彦財務大臣は民主党の代表選における有力候補と看做されていますが、野田氏の呼びかける民自公の「大連立」の大義名分がまったく見えません。
だが、野田氏の「大連立」の呼びかけのさしあたっての狙いが「数が足らなくて国会運営に困っているので数を集める」ことにあるのを最近の政治情勢から読み取ることは容易です。
また、「大連立」の呼びかけにはたんなる国会運営上の数合わせにとどまらず、民主党と自民党の間で違いのない消費税の増税、TPP(環太平洋連携協定)の参加促進、沖縄への米軍新基地への押し付け、原発の継続などの目的が隠されていることは、以前から識者の間では指摘され続けています。

むしろ「大連立」にはこれらの国民の利益に反した悪政を強行するところに本来の目的があるように思われます。
だが、国民世論の手前、野田氏をはじめとした「大連立」推進勢力にはこのような目的を公然と掲げて「大連立」を呼びかけることが事実上できません。
国民から見ると何のための「大連立」なのか、その大義がわかりずらいことの本当の理由がここにあり、そこに国民不在といわれる「大連立」騒動の真相があります。

また、野田財務相は自公との「大連立」について「野党と向き合っていかないと3次補正、さらには来年の予算も組めない。なるべく強い絆の中でやるのが日本のためだ。「大連立」が成功するまで何度でもお願いしていく。101回でもプロポーズする」と語っており、危険な「大連立」に固執する野田氏の政治姿勢が浮き彫りになっています。

野田財務相の戦犯擁護発言の示す問題点と敗戦直後における大多数の日本人の本当の気持ちについて!
さて、野田氏といえばA級戦犯は戦争犯罪人ではないとする氏の歴史認識が国際的にも話題になっています。
日本のおこした先の戦争が「自存自衛」の美名の下で、他国の領土を「生命緯」と称して奪い取った侵略の戦争であったことは国際的にも周知の事実です。
さらに他国民にたいする理不尽な暴行や略奪、過酷な強制労働への動員などの無法と野蛮さを伴っていたことはその際立った特徴でもありました。
このように先の日本の戦争はまぎれもない不正不義の侵略戦争であり、それは戦後の国際社会共通の認識となっています。

また、このような不正不義の戦争を指導した責任者が裁かれるのは当然の理であり、日本政府も戦後の国際社会への復帰を果たしたサンフランシスコ平和条約で先の戦争の指導者をA級戦犯として裁いた東京裁判を受け入れました。
ところが野田氏は東京裁判で裁かれた戦争指導者はA級戦犯ではないと主張しており、先の日本の戦争が侵略の戦争であったことを事実上、否定しています。
また、このことから野田氏の立場は「A級戦犯とは敵国である連合国の一方的な裁判で押し付けられたぬれぎぬに他ならず、不当だ」と主張する靖国派のそれと同じものであることが推測されます。
だが、野田氏のこのような主張は、先の日本の戦争がもたらした侵略と植民地支配の災厄に「痛切な反省」と「心からのお詫び」を表明した95年の村山談話以来、引き継がれている日本政府の認識をも否定するものであり、戦後の国際秩序の根本を真っ向から覆すものです。
現職の財務大臣で次期首相を目指す政治家が「日本の戦争が侵略と植民地支配の災厄をアジアの国々にもたらしたことを認めない」という認識を示したことは重大であり、先の日本の戦争へのまともな反省のない人物では国際社会からまともに相手にされないことになりかねません。

また、歴史的な事実として敗戦直後の大多数の日本人の気持ちの中に「東条さんなどひどいことをした連中が裁かれて当たり前」という思いがあったことは否定できず、「占領軍が非道なことをやっており、東条さんなどの被告が不憫でならない」という雰囲気はほとんどなかったことは当時の報道などからも明白です。
日本をめちゃくちゃにした人たちを連合軍が自分たちに代わって裁いてくれているのだとの思いが敗戦直後の日本人の一般的な認識だったのであり、野田氏の主張はこの歴史的な事実経過からしても道理がありません。

危険な「大連立」への道を歩みだした民主党と政界への労使一体の政治献金で原発推進をはかってきた電力業界

「民主・自民・公明3党間で合意」。最近の政局報道は盛んに報じています。
それでは何を合意したのかと言えば民主党が09年の総選挙で掲げた主要政策を見直すことでした。
高速道路無料化や子ども手当、高校授業料無償化、農業戸別所得補償の4項目の見直しを民主党がすすめるかわりに、それと引き換えで公債特例法案を今の国会で成立させるというのです。
見直しの対象となった4項目は民主党が「国民の生活が第一」とうたったマニフェストの目玉政策であり、同党はこれらを“売り”にして政権交代にこぎつけたのです。

また、民主党が国民に約束した政策を投げ捨てても“取り引き”の対象とした特例公債法案とは11年度予算の財源として赤字国債を発行するものであり、同予算には大企業・大資産家向けのバラマキ減税2兆円がふくまれています。
だが、それには満額回答で応えながら、かたや足らない財源を穴埋めするために赤字国債を発行するのですから、事情に精通した国民にとってはさぞやいらだちだったことと思われます。
また、大メディアは「3党合意」という表現を用いていますが、この「合意」がおこなわれた場所は国会ではありません。
本当は国会の正規の議論の場ではなく、国民の目から遮断された密室での協議で取り決めたことを大メディアが「3党合意」と呼んでいるにすぎません。
密室での協議でことをすすめることは民主主義のルールを無視したやり方ですが、これに無批判で迎合的な報道姿勢の延長線上にマニフェストを完全に投げ捨て自民党に同化した民主党に自民党との大連立を呼びかけているのが大メディアの現状です。

さらに、一部メディアは大連立の呼びかけによって消費税増税、原発再稼動、TPPへの早期参加などを求めており、大震災と原発事故という危機のもとでこれまでに狙ってきた悪政を一気に押しとおそうというのです。
だが、これは自民党政治からのチェンジを求めた2年前の総選挙での国民の審判に背を向けるもので、国民との矛盾が一段と深刻化することは避けられません。
また、原発依存からの脱却も明確に出来ず、消費税増税とTPP推進で「大連立」に向かうことは民主党の党内矛盾を拡大させていくでしょう。

労使一体で原発推進をはかってきた電力業界の実態!
電力会社の役員が個人献金を自民党に組織的におこなう一方で、電力会社の労働組合の政治団体のほうが民主党に献金をおこなっていた
電力会社が労使一体となって政治の世界に影響力を強めながら、原発を推進してきた構図が「しんぶん赤旗」の報道で浮き彫りになりました。
原発を推進する電力会社の労組である電力総連の政治団体などが、07年から09年の3年間に献金・パーティ券購入などの名目で民主党側に9千万円以上の献金をしていたことが判明したのです。
電力総連は労組の「票とカネ」の力を背景に民主党に影響力を行使。民主党の原発政策を「過渡的エネルギーとして慎重に推進」から、原発の新増設へと積極的に展開させるうえで大きな役割を果たしました。

また、自民党の政治資金団体「国民政治協会」が09年に受け取った個人献金のうち、6割以上が東電などの電力会社役員から受け取ったものであったこともわかりました。
電力業界はかって鉄鋼・金融とともに「献金御三家」ともいわれ、自民党に多額の献金をおこなっていましたが、石油ショック後の74年に電気料金値上げへの世論の批判をかわすために企業献金をいったん取りやめました。
だが、電力会社役員による個人献金という形で事実上の企業献金は続けられてきたのです。
また、電力会社役員による「国民政治協会」への個人献金は、人数にして54.6%、金額にして64.5%を占めるという突出振りを示しています。

会社役員は自民、労組は民主という具合に役割分担をおこなって政治献金を提供。電力会社が労使一体となって政界に影響力を強め原発を推進してきた構図がここにあります。

戦後66年の現在、どのように過去の戦争に向き合うべきか!および戦争非体験世代の戦争責任について

1945年8月15日、中国や米国、英国などと戦争をおこなっていた日本は無条件降伏をしました。
これによって15年近くにもわたった侵略の歴史と長年にわたった朝鮮半島や台湾などへの植民地支配の歴史に幕が下ろされましたが、66年がたった今日でも過去の戦争と植民地支配をどう見るかという問題は問われ続けています。
故田中角栄氏は首相在任時の73年に過去の戦争をどう見るのかという国会質問に対し「後世の歴史家の判定に待つ仕事だ」と答弁していますが、この田中発言は歴代政権が戦後半世紀の長きにわたって侵略や植民地支配の責任を認めてこなかった姿勢を象徴するものでした。

だが、ようやく戦後半世紀たった95年8月に当時の村山富一首相が「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々にたいして多大の損害と苦痛を与えた」ことに「痛切な反省」と「お詫びの気持ち」を表明する談話を発表しました。
また、「韓国併合条約」締結100年の昨年(2010年)には管首相が談話を発表し、「韓国の人々はその意に反しておこなわれた植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷つけられました」と述べて「反省とお詫び」の気持ちを表明しています。
この歴代政権の戦争認識からの一連の軌道修正は日本政府がアジア諸国からの激しい批判を受け続けたことで、ある程度戦争と植民地支配の責任を認めざるをえなくなったことを意味していました。
だが、1910年に軍事力による脅しを背景として強行された「韓国併合条約」の締結については依然として「法的に有効に締結された」との立場を日本政府は変えていません。

また、政治家の間では旧態依然とした戦争認識が支配的であり、さらには過去の戦争を「自衛と植民地解放の正義の戦争だった」ととらえる政治家も少なくありません。
この現状と村山談話や管談話とのずれは大きく、戦争体験を持たない若手の保守政治家の間ではタカ派の台頭が際立っています。
一方、草の根のレベルでは世論調査などを見ても、80年代以来一貫して過去の戦争を「自衛戦争」だったととらえる人は1割前後にすぎず、これは過半数の人々が過去の戦争が侵略の戦争であったことを消極的ながらも認めているということに他なりません。
これが今の世代が過去の戦争にどう向き合っているのかということの現状であり、過去の戦争にどう向き合っていくかということはこれからも大きな問題であり続けるでしょう。

戦後生まれの非体験世代の持つ「戦争責任」とは何か(先人からの負の遺産も清算する必要があること)!
さて、過去の戦争に向き合う場合に、戦後生まれの戦争非体験世代にも「戦争責任」があるという観点を欠かしてはならないと考えます。
これには自分が生まれる前の出来事の責任は取りようがないこと、および自分の意思で日本という国家に生まれたわけではないのに、責任を負うということはある意味で理不尽であるとの反論もあるかもしれません。
だが、私たちはよくも悪くも先人たちの文化的・経済的遺産の上に生きている以上、先人たちが清算しきれていない負の遺産があるのなら、私たちがその清算に積極的に参加する必要があるのです。
また、「国家責任」という観点から戦争責任を考えれば、戦争の非体験世代も日本国家の構成員である以上は対外的に戦争責任の一端を担わざるをえません。

そして、先人の負の遺産を清算することは私たちにとって新しい社会・国際関係を築いていくための不可欠の作業の一環なのです。
戦争体験世代にはでき得なかった戦争の後始末を私たちの世代が現代に即した形でおこなうことは、これからの私たちの未来を切り開く上で不可欠の創造的な仕事であり、それを先人たちから押し付けられた理不尽なもの、「私は知らないことだが、先人たちが犯したことだからとにかく謝ります」という意味でのペナルティーととらえる観点は誤っていると思います。

参考 「しんぶん赤旗」“歴史の逆流を許すな”など

民主党の自公への完全屈服と市民団体「放射能防護プロジェクト」による首都圏の土壌調査について(ブログ二題)

民主党の国民への裏切り、高校無償化と子ども手当の「見直し」で民主・自民・公明が合意したこと!
民主党、自民党、公明党の3党は密室協議を重ねた結果、民主党が09年の総選挙で掲げた主要公約の「見直し」をすることで合意したといいます。
この合意によれば、総選挙で民主党が掲げた主要政策のうち、高速道路の無料化については来年度の予算には計上しないことが明記されています。
また、民主党のマニフェストの最大の目玉だった「子ども手当」についても廃止することになり、結局は自公政権時代の児童手当を復活させることで合意が成立することになりました。
さらに高校授業料の無償化と農家への戸別所得補償に関しては来年度以降において、政策効果を検証しながら必要な「見直し」をおこなうこととされています。

この結果、民主党はこれらの政策を「バラマキ」と批判してきた自民・公明両党に完全に屈服することになってしまいました。
普天間基地の県外・国外移設の公約を公然と投げ捨てて沖縄県民を裏切り、消費税の増税を国民へ押し付けるなど数々の裏切り行為を重ねた果ての、自民党政治への完全な回帰を決定付けたのが今回の3党合意です。
とくに子ども手当と高校授業料無償化は貧困と格差を広げてきた自公政権にたいする国民の強い批判を反映した積極的な政策であり、政権交代で変わったと言える政策でもあります。
先進諸国では教育の無償化は当たり前の政策であり、ここにいたって高校授業料の無償化を削ることは時代の逆行として国民の批判を浴びることは避けられません。

さて、民主党が主要政策を撤回してでも通そうとしている特例公債法案なるものは赤字国債の発行を可能とすることで今年度予算の財源的な裏打ちをあたえます。
大企業や大資産家にたいする手厚い減税の一方で国民には負担を押し付けるのが今年度予算の中身ですが、子ども手当や高校授業料の無償化の撤回によってそれがさらにひどい内容に変えられてしまうことは避けられません。
ところで、野田財務大臣が管首相退陣後の民主党代表選挙に出馬を示唆していますが、野田氏は「安全性を徹底的に検証」すること条件に「当面は原発の再稼動にむけて努力するのが最善の策」だと主張して原発依存政策を打ち出しています。
また短兵急に原発の輸出をストップすべきではないとして、今後も原発の輸出のトップセールスの先頭に立つことも宣言しています。
いよいよ民主党執行部の自民党政治への回帰ぶりは歯止めがなくなってしまったようであり、悪政の共同推進者の道をどこまでも進み続けることになりそうです。

市民団体「放射能防護プロジェクト」による首都圏での土壌調査が明らかにしたもの!
「安全で健康には影響はない」と繰り返す行政やメディア報道とは異なり、関東地方の各地が高いレベルの放射能で汚染されていたことが明らかになりました。
これは市民団体「放射能防護プロジェクト」が首都圏150箇所の土壌調査をおこなったところ、35のポイントでチエルノブイリレベルの汚染が検出されたことから判明したものです。
埼玉県の三郷市の調査地点ではチエルノブイリ事故の「強制移住区域」に匹敵するセシウム汚染(約91万9千ベクレル/屐砲見つかったのをはじめ、千葉県の松戸市の調査地点など同事故の「希望移住区域」(18万5千ベクレル/岼幣紂砲汎韻献譽戰襪離札轡Ε牘染が検出されたポイントは5箇所を数えました。
また、同事故の際に設定された「放射線管理区域」(3万7千ベクレル/岼幣紂砲冒蠹するセシウム汚染が検出された調査地点は29箇所におよんでいます。

チエルノブイリ事故では当局が大量の住民を避難させていますが、現在の日本政府の方針によれば首都圏はおろか、福島第一原発付近の福島市においてさえ「国が安全と認めたところは強制しないが、留まっていただく」と「避難」の言葉さえありません。
国の安全情報を鵜呑みにしたら取り返しのつかない被ばくを蒙ることは飯館村などの事例で明らかであり、徹底した情報公開が求められます。

「放射線防護プロジェクト」HP
http://www.radiationdefense.jp/about_us


銚子市立病院の現状と問題点とはなにか、および野平市長の品格が問われかねない個人ブログや広報の私物化に思うこと!

銚子市立病院が昨年の5月に再開してから1年3ヶ月以上がたとうとしています。
再開した当初の常勤医は笠井源吾氏のみ、診療科目も内科の外来診療のみであり、再開した当初の月の患者数は196人にすぎませんでした。
だが、今年の7月時点での診療科目数は6診療科目に増えており、常勤医も7名へと増員されています。また、4月に再開した入院病床も6月には延べ入院患者数が200人を超えており、外来患者数も6月には3442人へと急増しています。
なかでも外来患者数はこの1年余りで十数倍へと右肩上がりで急増しており、市民目線で見ると順調に病院再生はすすんでいるかのような印象を受けます。

また、市が決定した五ヵ年の病院再生計画は2014年度に10診療科目、30人の常勤医、200床の総合病院を実現することを目指したものですが、現状はこの計画における初年度の目標の4診療科、7人の常勤医、50床をクリアしているようにも思えます。
こう見ると病院の再生は順調にすすんでおり、市立病院事業再生機構を発足させて「公設民営」の方式ですすんできた野平市長の病院再生の手法は予想外の成果をあげているかのようです。

病院再生の成功で強気となった野平市長と個人ブログや市広報でのその逸脱ぶりについて!

さて、前市長が病院を休止させた直後には、一度潰した病院の再生はほとんど不可能であることが識者の間では公然と語られていました。
「もう二度と再建できないだろう」、「ゼロからのスタートではなくマイナス100からのスタートだ」等々
このような言葉が識者の間から頻繁に口をついて出ていたのもこの頃のことでした。
だが、市長選挙にも圧勝し、当初の識者たちの予想にも反して奇跡的に病院再開にたどり着き、病院の“成長”までも実現しているのですから、現在の野平市長が自信に満ち溢れ強気になっていることも理解できなくはありません。

野平市長の個人ブログを読むと、政治的なライバルたちを「品格異常者」、「暴力議員」などと切り捨てており、その強気ぶりはとどまるところを知らないようです。
また、病院再開のために献身したK元院長のことをボロクソに誹謗中傷しており、市長自身が三顧の礼を持って迎えた病院再開の最大の功労者であるK元院長への配慮は微塵もありません。
銚子市長の看板を掲げ顔写真まで掲載した野平市長の個人ブログではありますが、その筆の矛先はあまりに強気すぎて市長自身の品格が問われかねないところまでエスカレートしています。

また、近頃では銚子市の広報の一部を私物化して「市長のつぶやき」なる欄を常設しており、直近の8月号では政敵のK議員を根拠もなく「病院休止条例の提案者」などと完膚なきまでにこき下ろしています。
だが、有料地元紙の社主でもあるK議員にたいする批判はもはや批判の域を超えており、有料地元紙の記事を「政治主張記事」と断言し、有料地元紙は個人ブログではないと言い張る市長自身が銚子市の広報を個人ブログと勘違いしている模様です。
市役所の内部には市長による広報の私物化を咎めて、諌める人がいないのでしょうか。
現在の市執行部の幹部職員はすべからく市長の前では「蛇ににらまれた蛙」のごとき情けない人たちばかりなのでしょうか。

再開後の市立病院の抱える問題点の数々と2次救急の出来る病院実現は市長の最大の政治責任であること!

さて、本題の病院の問題に戻りますが、一見順調な道をたどっているかのごとき市立病院もその内情を見ると問題点があまた見受けられます。
まず、病院の経常収支は2010年度には収入が約3900万円なのに対して、支出が約1億9300万円に達しており、差し引きで約1億5400万円の赤字が計上されています。
これが昨年の5月の再開から今年3月までに累積した経常赤字であり、「小さく生んで大きく育てる」という方針のもとで再開した病院ですから、多少の赤字はやむをえないとしてもこの金額が妥当かどうかは厳しい検証が必要です。

また医師確保の点でも人材市場での金銭に頼った医師確保は行き当たりばったりのものが多く、もっとも大事な診療科目の一つである小児科の医師の確保には成功していません。
また、お金でかき集めた医師たちの間でチーム医療が機能するかどうかもきわめて疑問であり、なによりも医師確保に戦略性がありません。
また、未確認情報ではありますが、医療法人である病院再生機構に降り込まれた指定管理料の一部が迂回ルートを通して東京本部長の田中肇氏の個人口座に振り込まれ、事業資金に転用されたという噂話も巷間でささやかれています。
今は輝かしい「成果」と「病院成長」の影で目立つことのないこれらの問題点ですが、近い将来に顕在化することは避けられないと思います。

だが、これらの問題がどのように表面化してこようとも、2次救急の出来る病院の実現は野平市長の政治責任のかかった最大の問題であり、これは万難を排して実現してもらわねばなりません。
地域医療の中核病院および2次救急の出来る病院への再生は市民の最大要求であり、野平市長の政治公約でもありますから、そのすみやかな達成が求められます。

隠蔽され続けた原発被害推定と半世紀にわたって原発の危険に反対し続けた草の根の住民運動について

39年間にわたって国民に隠蔽され続けてきた原発重大事故の被害推定について!
1953年に米国のアイゼンハワー大統領が国連の演説で原子力の「平和利用」を呼びかけました。
これは米国の濃縮ウランを世界中に提供して原子力を米国の支配下に置くことを宣言したものですが、その最大の標的になったのが日本でした。
また、1955年の日米原子力協定で米国から濃縮ウラン6キログラムの提供が決まったことを受けて原子力基本法が制定されますが、米国からの研究炉と商業炉の導入が急ピッチで始まったのもその直後のことでした。

さらに、茨城県の東海村での商業用原発の導入に前後して、1960年には50万キロワットの原発が東海村で大事故をおこした際の被害推定がおこなわれています。
これは科学技術庁の依頼で原子力産業会議がまとめたものでしたが、その結果は恐るべきものであったといいます。
この被害推定は詳細なレポートにまとめられており、それによると数百人の死者、数千人の放射能障害者、400万人の放射能被害による要観察者が生じ、損害額も当時の国家予算の二倍以上、3兆7300億円にのぼることが推定されていました。
そしてこれが現在までに日本政府がおこなった原発の重大事故に関する被害推定の唯一のものであり、あまりの被害の大きさに衝撃を受けた政府は国会にその一部を報告しただけで、肝心の被害推定についてはその後、ひたすら国民に隠し続けました。

また、その後もこの「隠されたレポート」の存在を政府は一貫して否定し続けましたが、ようやく39年後の1999年にいたって政府はこの「レポート」の存在を公に認知したのでした。
もし、このレポートの内容が1960年の時点で全面的に公開されていたとしたら、現時点で日本列島に54基もの原発が存在していなかったかもしれません。
重大事故の実態を把握しながらも都合の悪いことは隠し続けて、原発は安全だとの「安全神話」を垂れ流しながら原発を推進してきた歴代政権の罪にはあまりにも深いものがあります。
重大事故の被害推定データを隠蔽し、虚構のうえに作られてきた原発はなくしていくしかありません。

1億キロワットの原発増設計画を全国の住民の草の根の取り組みで半分以下に押さえ込んだことについて!
さて、今日まで全国では17箇所の原子力発電所が作られて54基もの原発が稼動していますが、原発の総発電量に占める割合は25%であり、総発電能力は4800万キロワットとなっています。
ところが、今日立地している17箇所の原子力発電所はすべてが1960年代までに新規立地が計画されたものであり、70年代以降に新規立地が計画された原子力発電所で稼動までこぎつけたものは一つもありません。
住民運動と草の根の力は原発の立地を断念させ続けてきたのであり、主なものだけでも全国で25箇所にも及んでいます。(新潟県巻町、和歌山県日高町、高知県窪川町など)
これだけの数の原発立地計画が住民の運動や住民投票によって、はたまた首長選挙により断念へと追い込まれてきたのです。

当初、政府と電力業界が原発をどれだけ増やそうとしたかは1972年の政府の「長期計画」に書かれており、当時182万キロワットにすぎなかった原発を90年には「1億キロワット」にまで増設する計画が立てられていました。
もしも、この驚くべき原発大増設計画が実現していたら今頃は日本の電力の半分以上は原発となり、今以上の原発依存症となってしまった日本社会はそこから抜け出すのにとてつもない困難が伴ったことでしょう。
しかし、目標の「1億キロワット」は達成できずに、4800万キロワットの半分以下に抑えられたのです。
そして、おそるべき原発大増設計画が半分以下に抑え込まれた背景には全国の住民運動の草の根の力があったことは言うまでもありません。
また、残念ながら原発の立地が強行されたところでも、原発の危険性とたたかう草の根の取り組みが粘り強く展開されました。この取り組みも無駄にはならず、今後に生きるものとなることでしょう。

参考 「しんぶん赤旗」掲載「党創立89周年記念講演会」より
最新記事
Profile
西岡三郎
千葉県銚子市に在住
QRコード
QRコード
Recent Comments
Recent TrackBacks
  • ライブドアブログ