光をめざして

社会や身の回りにおこったこと、その他もろもろの出来事について折にふれて感じたことを投稿します。

2012年04月

小沢裁判が一審無罪になったこと、および支配層内部の亀裂を増税阻止のために利用すべきことについて!(脱原発首長会議も設立されています)

胆沢ダムをめぐる水谷建設からの1億円の闇献金疑惑、ゼネコンのダミー団体からの闇献金をめぐる西松建設献金疑惑など、小沢氏の政治とカネをめぐる騒動は仰々しい鳴り物入りで始まりました。
ところが、この騒動も最後には秘書による政治資金収支報告者の不記載(虚偽記載)を小沢氏が了承していたかどうかという問題に収斂し、小沢氏自身も一審で無罪となりました。
こういうのを”竜頭蛇尾”と言いますが、もう完全に過去の問題となっており、これを再び現在の政治の表舞台で蒸し返すのは詮なきことと思えます。

消費税増税阻止のために小沢氏と民主党執行部の間にある亀裂をえげつなく利用すべし!
さて、今回の小沢無罪に関する「しんぶん赤旗」の解説記事の末尾に次のような一説がありました。
「今度の無罪判決(小沢裁判)で、消費税増税法案の審議への影響ばかりが取りざたされています。国民生活破壊の消費税増税の強行が許されないのは当然ですが、小沢氏の政治とカネをめぐる疑惑に対しても明確なケジメをつけることが政権党の責務です。」
しんぶん赤旗のこの主張は消費税増税阻止と小沢氏の国会への証人喚問とを同じ比重の政治課題として位置づけているかのように読めます。

だが、共産党は小沢氏と民主党主流派(執行部)とを同じ政権党(民主党)という一括りで扱い、両者の間にある大きな亀裂にはけっして着目しません。この支配層内部にある誰の目にも明らかな亀裂を利用せずに、どうして少数政党の共産党が消費税の増税を阻止できるのでしょうか。
ましてや、共産党も小沢氏が消費税増税は総選挙公約に反するとして、これに反対していることを知らないはずはなく、政治は結果に対する責任が問われます。
国民の世論とたたかいで消費税増税を阻止するにとどまらず、支配層内部の亀裂と矛盾を最大限に利用しての増税阻止にも努めるべきなのです。

また、共産党はいまだに水谷建設から小沢氏サイドへ5000万円の裏金がわたったものと考えているようですが、これは地検特捜部が1年近くにわたって総力を挙げた捜査でも、それを立件できなかった与太話にすぎません。
当面は小沢氏の国会喚問は見送り、増税阻止の一点で共同とまでは言いませんが、少なくても消費税増税反対という共通点に着目して小沢問題は静観とすべきです。

3.11を契機として明瞭となった小沢氏の保守反動政治家としての実態について!
ところで、昨年の3.11の大震災とフクシマ第一原発事故を契機に小沢氏の政治的な本質が誰の目にも明らかになりました。
私の知る限り小沢氏は昨年の3・11直後に雲隠れしてしまい、原発事故と震災の被災者のための行動をまったくおこなっていません。さらに昨年、TPP交渉参加問題が大きな政治テーマになった際も「知らぬが半兵衛」を決め込んで沈黙を続けました。
だがその半面で、菅内閣の不信任決議騒動の際には震災で苦しむ国民を尻目に自公勢力と一体となって暗躍し、民主党の代表選挙ではあろうことか、原発の守護神である海江田氏を小沢グループとして担ぎあげたのです。

これらの事実は小沢氏の金看板である「国民の生活が第一」が政治権力を握るための単なる方便、単なる大道具・小道具の類でしかなかったことを証明しています。
小沢裁判が政権交代阻止のための国策捜査からはじまった可能性は極めて高いと思いますが、小沢一郎自身も単なる保守反動の政治家にすぎませんでした。
また、小沢幻想は筆者の中では完全に崩壊してしまいました。

閑話休題(脱原発首長会議の発足)
話は変わって、4月28日に「脱原発をめざす首長会議」の設立総会が開かれました。
同総会では大飯原発などの拙速な再稼働に反対する決議、および今年夏に政府が策定する予定の「新しいエネルギー基本計画」で原発ゼロを決定するよう政府に求める決議の両者が採択されました。
あいさつに立った南相馬氏の桜井市長は「被災地の報道が薄れていくなかで、再稼働の状況が大きく取り上げられている現実に、地域住民は不安を抱え、棄民にされているのではと思う現実がある」と述べ、再稼働を急ぐ政府を批判しました。
また、総会の会場には理事長が脱原発を表明した城南信用金庫の本店が使われました。

ところで、与党幹部の仙石何某(元全共闘と聞きますが)が原発の再稼働ができなければ電力不足で「集団自殺」だと国民を脅しています。
しかし、この脅しは電力需要の過大見積もりに固執したものにすぎず、そもそも再稼働と電力需給とは本来、切り離して判断すべきものですが、あえて両者を天秤にかけて再稼働を迫っているのです。
仙石氏の「集団自殺」論は電気のためには原発のリスクに目をつぶれというトンデモな暴論であり、再稼働を急ぐ財界の代弁者でしかありません。
「政治判断」と言うなら再稼働ではなく、「原発ゼロの日本」への政治決断こそ求められます。

「民意の支持」を持ち出して独裁的手法を行使する橋下流、および橋下大阪市長の「再稼動反対」は本物か!

橋下大阪市長(大阪維新の会代表)は市長就任後も、市民の多数によって選ばれたことを根拠に自分は「民意」を体現しているとし、「知事や市長に従わない職員は民意を無視するものであり、そういう職員は市役所から去ってもらう」という姿勢をとっています。

だが、「民意の支持」を水戸黄門の印籠よろしく持ち出して、それを絶対視することに「民主主義」の要素を見いだすことはできません。
橋下氏のいう「民意」とは選挙という局面における多数、すなわち選挙の結果だけを意味しているものにすぎず、選挙で選ばれさえすればその後は「ある種の白紙委任」と明言しているように、橋下氏はもともと住民の意見など聞く耳を持っていないのです。
むしろ、選挙で選ばれたことを根拠に自分のやりたいことをやるというのが橋下流なのであり、これは民主主義でもなんでもなく、よく言われるように「独裁政治」に他なりません。

さて、そもそも民意というものは一つのかたちに収斂できるものではなく、民意そのものが多様なものであり、そのことを無視しているところに橋下流の問題点があるのです。
そして民意の多様性を前提にすれば、選挙は「ある種の白紙委任」などという考え方はなりたつ余地もありませんし、ましてや「市長の指示に従うことが民意に従うこと」との屁理屈もでてきません。
むしろ、民主主義は民意の多様性を当然の前提としながら、その多様な民意を偏りなく組み上げて、合意形成をはかっていくところにそのエッセンスがあります。
そして多様な民意を組み上げて住民のコンセンサスをまとめあげること、この点にこそ民主主義におけるリーダーシップが発揮されるべきであり、それこそが民主主義社会におけるリーダーの役割でなければならないのです。
だが、トップが決めて「これをやれ」と命令をくだすことがリーダーシップだと勘違いしているのが橋下流であり、これは民主主義の否定でしかないのです。

反原発で橋下氏を賞賛し、さらに橋下氏と連携しようという考え方は正しいか!
さて、橋下氏は「政権の安全宣言にだまされるな」と述べて「大飯再稼動反対」の姿勢を鮮明にしましたが、このことから「脱原発」で橋下氏を支援しよう、連携を図ろうという声が一部には高まっているといいます。
しかし、反原発はいまや世論の主流になっており、橋下氏としては今後の国政進出を視野にいれると、自分への国民的な支持を確固とするためにも「脱原発」の急先鋒のパフォーマンスをするほうがメリットが大きいと判断したのかもしれません。

だが、橋下氏の「脱原発」が本気であろうが、たんなるパフォーマンスであろうが、橋下氏を反原発の先鋒とすることはできないのです。
これは本質的な問題であり、今までに使い捨てられて闇に葬られてきた悲惨な被ばく労働の実態、原発交付金という札束で頬をたたかれ、原発の金という“麻薬”抜きには成り立たなくさせられてしまった過疎地経済の問題等、非人間的で弱者を踏みにじる市場原理第一の強欲資本主義の象徴が原発なのです。
また、反原発は単なる発電手段としての原発をやめることにとどまるものではありません。それは複合的で醜い原発利権共同体、はたまた非人間的な原発労働の実態などを明るみに出して告発・追及するからこその反原発であり、そこにこそ「真骨頂」があるのです。

それゆえ、反原発は1%の強欲資本による組合つぶし、公共サービスの削減や民営化といったものの悪影響とたたかってきた99%の人々のものであり、過激な市場原理主義であり、自己責任の美名で弱者を切り捨てながら財界と親和的な橋下流、すなわちハシズムとは相容れないものなのです。
「脱原発」であればレイシズム(差別排外主義)やファシズムとも連携しようという考え方が成り立つ余地はありません。

追伸
橋下大阪市長が大阪市役所で関西財界のトップたちと意見交換会をおこなったそうですが、そこに参加した財界トップの3人のうちの一人が関西電力の森関電会長でした。
これは日頃、原発再稼動反対を口にしている橋下市長にとって、目の前の関電会長に堂々と再稼動反対を主張できるまたとない好機でもありました。
ところが絶好の機会到来であったにもかかわらず、橋下市長の口からは原発の「ゲ」の字も出なかったというのです。
このことは橋下市長の「脱原発依存」だの「再稼動反対」などが単なるパフォーマンスでしかなく、市役所の職員など自分より弱いものにはケンカを吹っかけることはできても、金のある人や、強い人にはめっぽう弱い橋下市長の本質をみごとに露にしました。

社会保障は6兆円の大幅削減、埋蔵金頼みの財源対策は結局増税へ、みんなの党のいう「増税の前にやるべきこと」の実態について!

みんなの党は「消費税増税に反対」、「増税の前にやるべきことがある」と主張しています。そして、この主張にもとづいて同党は衆議院の予算委員会に予算組み替え動議を出しました。
全部で30兆円の財源を生み出す内容ですが、その中には社会保障予算の大幅削減が含まれています。
その内訳も社会保障費の直接の削減が3兆円、そして、後期高齢者医療や生活保護費など法律で一定の負担が義務付けられている社会保障関連経費の削減が3.2兆円であり、合計では6兆円を超える社会保障関係費の削減となっています。
今年度の社会保障関係費の総額が26.4兆円ですから、いっきにその4分の1に匹敵するほどの削減をやってしまおうというわけです。

小泉時代に毎年2200億円の社会保障費の削減が続けられたために社会保障制度はズダズダになりましたが、みんなの党の言うように一度に6兆円もの削減をすれば、小泉時代をはるかに上回る社会保障制度の破壊をもたらすことは確実です。
「増税の前に社会保障をぶっ壊せ」がみんなの党のホンネのスローガンだったというわけで、所詮、この党も橋下「維新の会」などと同じくポピュリズムの風潮に乗った破壊的な政党の一つにすぎないのです。

みんなの党の「増税の前にやるべきこと」とは国民にとっては踏んだり蹴ったりのメニューのオンパレード!
さて、みんなの党の予算の組み替え案によって生まれる30兆円の財源のうち、恒久的な財源といえるのは先の6兆円以上の社会保障予算の削減のほかには4.5兆円程度しかありません。残りの19兆円はいわゆる「埋蔵金」とよばれる一時的な財源から捻出したものです。
たとえば、政府保有株式を25%ずつ売却するとしていますが、これとて4年間という期限付きの財源でしかなく、仮に政府が大量に株式を市場に放出して株価が下落したら、見込んだ収入が入らないというリスクをもかかえています。
だが、このような「埋蔵金」だのみの財源捻出も数年後には財源が枯渇し始めることは避けられず、再び大量の国債発行という事態に陥ります。
そうなれば、「やはり消費税が必要だ」ということになるのは必至で、結局、みんなの党の案では野田政権よりも消費税増税の時期を2〜3年先に延ばすというだけにしかなりません。

そもそも、みんなの党は消費税増税それ自体に反対しているわけではなく、ただ、「その前にやるべきことがある」と言っているだけなのです。
そして、やるべきこととは良く知られた「公務員の人件費削減」だけにとどまらず、先に述べた「社会保障費の大幅削減」と「埋蔵金の活用」さらに「法人減税」なども含まれており、これらをやった後ならば増税してもよいという立場なのです。
だが、「社会保障予算の大幅削減」は6兆円を超える破壊的なものであり、「法人減税」も大企業を中心とするバラマキ減税でしかありません。
また、6兆円を超える社会保障費の大幅削減に加え、2.2兆円にもおよぶ公務員人件費の削減は国民の所得を奪います。
こうして冷え切った内需をさらに冷え込ませることで、出口のないトンネルのように今後も長期間にわたって経済の停滞が続くのです。
そして、「埋蔵金」頼みの財源も数年で枯渇してしまい、数年後にはやっぱり消費税の増税は必要だということにならざるをえません。

みんなの党のいう「増税の前のやるべきこと」とは国民にとってみれば「踏んだり蹴ったり」の話のオンパレードに他ならないのです。
「増税の前にやるべきことがある」という欺瞞的なスローガンによって国民を煙に巻き、そのあげくに国民から所得を奪い、さらに増税を飲ませようというのですから、この党の「やるべきこと」の中身はしっかり吟味されるべき必要があると思います。

追伸
いまや、みんなの党は橋下「維新の会」と完全に一体化しています。ハシズムに突っ込みを入れるなら、みんなの党にも突っ込みを入れなければならないと思います。

参考 「しんぶん赤旗」

橋下「維新の会」へと草木もなびく流れを作り出すマスメディアと二大政党、および橋下「維新の会」の脱原発はポピュリズムのパフォーマンスでしかないこと

今やマスメディアは連日、明けても暮れても橋下「維新の会」にスポットを当て続けることで維新、維新へと流れをつくり出しています。筆者は「橋下維新」そのものよりも、むしろこうしたマスコミの体質に怖気を感じるほどです。
特に民放キー局が伝えるのは橋下大阪市長の一方的な言動であり、橋下氏がメディアを意識しながら毎日おこなっている立ちインタビューの連日にわたる垂れ流しです。
さらにNHKまでも維新政治塾の始動に飛びついて、「ニュースウォッチ7」などで大々的な特集番組を組みました。このことは維新塾と一体化してアドバルーン打ち上げに一役買ったNHKの公共放送としての不偏不党が問われるべき問題です。

だが、その一方でNHKも民放も触れずに沈黙した問題があります。それはリスト捏造問題であり、市職員の思想調査の口実に利用した市長選挙のリストが実は捏造だったことが判明したことです。
だが、この問題を掘り下げたTV番組はなく、橋下氏の生出演を売りにしてきたTV朝日の「報道ステーション」も口をつぐみました。橋下氏の言い分は忠実に垂れ流すが、彼に都合の悪いことには「知らぬが半兵衛」を決め込む。ここに現在のメディアの報道姿勢の問題点の一端が現れています。

“ハシズム”台頭の土壌「政治の現状に対する閉塞感」を作り出した民主党の責任は重い!
ところで、民主、自民の二大政党の行き詰まりを「既成政党ではダメ」の問題にすりかえて、橋下「維新の会」へと流れを作り出しているのは他ならぬマスメディア自身です。
テレビは橋下市長を追いかけ、その動向を連日報道することで「何かやってくれそうだ」との偽りのイメージをふりまき、今の政治への不信を橋下「維新の会」が吸収する流れをメディア自身がつくりだしているのです。
だが、「独裁」発言が問題になると選挙で得た「民意」と言い換え、ガレキ処理にかこつけて憲法9条を攻撃する橋下流はたいへん危険な政治潮流に他なりません。
また、橋下「維新の会」が目指しているのは「改革」という名による破綻済みの市場原理主義の政治に他ならず、メディアにはこの問題に対する批判的観点や自らの報道姿勢を検証する見地が絶対に必要ですが、現状ではこれらが皆無です。

さらに悪いことは票欲しさからか、民主党をはじめ、共産党を除く既成政党がすべからく橋下氏にすりよって橋下氏の傲慢さを青天井に増長させています。
“ハシズム”が台頭した背景には政権交代に託した国民の期待が大きく裏切られ、国民の間に閉塞感が生み出されたことがありますが、ハシズム台頭の土壌を直接に作り出したのは民主党であり、この党の責任はたいへん重いのです。

橋下「維新の会」の「脱原発」はポピュリズムのパフォーマンスでしかないこと!
さて、最近になって橋下「維新の会」は民主党政権による無謀な原発再稼動を批判したり、関電に対しては「原発全廃」提案をおこなうなど、「脱原発」に向けた一連の言動を積極的に展開しています。
だが、筆者はそこに脱原発の世論を国政進出の追い風として利用しようという橋下「維新の会」の政治的思惑を強く感じます。
また、橋下「維新の会」が掲げる過激な新自由主義、市場原理主義的な政治姿勢と財界との親和性を思えば、彼らのこの政治姿勢と「脱原発」との整合性には疑問符をつけざるをえません。
なぜなら、現状では財界が最大の原発推進勢力であり、原発再稼働へと民主党政権が前のめりになる背後には財界の圧力があるのです。
今後、財界の反撃が強まれば橋下「維新の会」の「脱原発」など腰砕けになってゆくのは火を見るよりも明らかなのです。

筆者は「脱原発」姿勢を前面に出して総選挙での票をかすめとり、その裏で国民に「過激な新自由主義」や「改憲・恐怖政治」をのませるという「維新の会」のやり方には狡猾さを強く感じます。
所詮、橋下氏の「脱原発」はポピュリズムのパフォーマンスとしての「原発廃止」でしかありません。



国政進出をめざす「維新の会」が掲げる「維新八策」ですが、これではあまりにもひどくはありませんか!橋下大阪市長さん

橋下「維新の会」が国政進出をめざして作った「維新八策」は突っ込みどころが満載のシロモノです。(末尾に維新八策8項目の関連記事を引用しています。)
たとえば、「維新八策」には同会がめざす目的の一つとして「自立する個人」という項目が掲げられています。
これは小泉時代以上の市場原理主義の導入で国民にいっそうの格差と貧困をおしつけることと表裏一体の関係にあり、「自立する個人」とは仕事も社会保障もすべては自己責任だということの言い換えでしかありません。

さて、小泉時代からの労働市場の規制緩和によって雇用者の3人に1人が非正規の使い捨て労働という惨憺たる現状がもたらされました。ところが「維新の会」は労働市場のさらなる規制緩和の推進をめざしており、いっそうの規制緩和で非正規化をさらにすすめようとしています。
また、社会保障の分野でも「ベーシックインカム」などというわずかなお金の給付と引き換えに、年金制度や生活保護制度、失業保険制度などの社会保障制度の解体をめざしており、医療の分野では健康保険制度の形がい化によって“お金のあるなし”での医療格差を持ち込もうとしています。
このように「維新の会」の目指す方向は小泉「構造改革」をさらに過激にしたものに他なりません。

「維新八策」のひどさを象徴する「決定でき、責任を負う民主主義」という項目について!
さて、橋下市長は昨年の大阪のダブル選挙の際に「今の日本の政治に必要なものは『独裁』です」と発言して強い批判を浴びたせいか、市長就任後には「今の日本に必要なのは『決定できる民主主義』」と言い換えました。
だが、言い回しは変わっても選挙で勝ちさえすれば何でもやれると言わんばかりの「独裁的な手法」に何の変りもありません。
最近の新聞インタビューでも「選挙は国民に大きな方向性を示し、それが支持されたのであればその範囲でのある種の白紙委任」と語っています。

ところで、決定できる民主主義を掲げた橋下「維新の会」ではありますが、彼らが具体的に何を決定しようとしているのかを問題とすべきです。
橋下氏は「自分の命に危険があれば、他人の命は助けないというのが9条の価値観」などと悪意のこもった歪曲で憲法9条を攻撃しており、さらに「自立する個人」という口実で小泉時代よりも過激なやり方によって市場原理主義の導入をはかり、国民に一層の貧困と格差を広げようとしています。
ここからは橋下氏の言う「決定できる民主主義」なるものが、改憲と過激な市場原理主義に基づく政策を強行するための仕組みづくりに他ならないことがわかります。

「君が代」起立斉唱の強制にはじまる橋下市長の言動のエスカレートぶりについて!
また、君が代強制に端を発した橋下市長の言動がいちだんとエスカレートしています。
先月の大阪府立和泉高校の卒業式では、橋下市長が友人の中原校長に「君が代斉唱」の際に教職員が本当にうたっているかどうかをチェックするための「口元」調査を実施させました。
さらに「口元」調査の次は斉唱時の姿勢の問題です。それは維新政治塾の開講式でのことでした。受講生たちに君が代を斉唱させた後で「手を組んではダメです」と気を付けの姿勢をとるよう叱責したのです。
また、大阪市の新規採用職員の発令式でも「君が代」の斉唱を求め、さらに「皆さんは国民に命令する立場。だからしっかりルールを守らないと誰も命令を聞いてくれない」と憲法の「全体の奉仕者」を逆さまにした暴言まで口にしました。
これらの一連の橋下氏の言動からは、公務員を「全体の奉仕者」から住民への「命令者」に、そして「命令者」を橋下氏言いなりの「忠実な僕」へと変えようとする橋下流の「公務員改革」のいきつく先が見えてきます。

また、橋下氏が制定した大阪府の職員基本条例は教員・職員が同一の職務命令に3回違反した場合には免職対象とするなどの厳しい処分規定を盛り込みました。
これは教員・職員の管理統制の強化をめざしたもので、「維新八策」では同様の制度を全国に広げることをめざしています。

○以下はMSN産経ニュースより引用
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120221/lcl12022116060004-n1.htm
橋下徹大阪市長が率いる地域政党「大阪維新の会」が、次期衆院選の公約として策定する「維新版・船中八策」(維新八策)。たたき台として示された骨子の表題は「日本再生のためのグレートリセット」「これまでの社会システムをリセット、そして再構築」とされ、「給付型公約から改革型公約へ〜今の日本、皆さんにリンゴを与えることはできません。リンゴのなる木の土を耕し直します」と方向性が記されている。
 維新は大阪府議会や大阪、堺両市議会の所属議員らで協議を進めており、今月末の全体会議で細部を詰める予定だ。

「維新八策」の骨子全文
〈維新八策の目的〉
・決定でき、責任を負う民主主義
・決定でき、責任を負う統治機構
・自立する個人
・自立する地域
・自立する国家
・日本の一人勝ちの時代は終わった
・今の日本のレベルを維持するには国民総努力が必要
・国全体でのオペレーションから個々の創意工夫による活性化

北朝鮮「ロケット」騒ぎに乗じて日常に忍び寄る戦争態勢、および大飯原発再稼動の強行をめざす目論見について!

北朝鮮「ロケット」対処の“バカ騒ぎ”は戦争態勢づくりに他なりません!
防衛省は北朝鮮の「ロケット」発射に関連して地対空誘導弾パトリオット(PAC3)の配備を完了させました。
報道によれば航空自衛隊が沖縄本島や宮古島の自衛隊基地にPAC3を配備。さらに基地のない石垣島や与那国島にもPAC3を配備し、その際には野営テントや地元の児童施設などを拠点に500人近い自衛隊員の配置をおこなっています。また、それと同時に首都圏の三箇所への展開も完了させました。
さらに、陸上自衛隊も化学防護隊や衛生部隊を加えた「救護隊」を編成して石垣・宮古・与那国に配備しましたが、これは北朝鮮「ロケット」が化学兵器を搭載し、死傷者も発生することを想定したものといいます。
また、海上自衛隊もスタンダードミサイル(SM3)塔載のイージス艦を東シナ海に2隻、日本海に1隻ずつ、それぞれ展開させているといいます。

ところで、防衛省は動員する自衛隊員の総数は公表しませんが、宮古・石垣・与那国3島だけで700人規模になると推定されています。
南西諸島の地元住民からは自衛隊配備への地ならしになるのではないかとの懸念の声もあがっており、「ロケット」の破片の落下という「万が一」の事態に備えるという口実から逸脱したこの現状は、北朝鮮が日本に対して「ミサイル攻撃」をおこなうという前提に立った戦争態勢そのものに他なりません。
戦争態勢が日常生活やメディア報道に何気なしに入り込むこの現状に「何かがおかしい」と嫌悪感を感ずる人は多いはずと筆者は思います。

よこしまな政治的意図で強行されるか!大飯原発の再稼動問題について!
野田政権が福井県の大飯原発の再稼動問題をめぐって、「暫定基準」という名の新たな判断基準を決めました。
これは元々コンピューター上の机上の試験でしかないストレステストを踏まえた「政治判断」という構えが頓挫したことから、それに代わる新たな判断基準として持ち出されたものです。
さて、このまま新たな再稼動がなければ最後の原発(泊3号機)が定期点検で運転を停止する5月5日にも原発がゼロになる状態が実現します。
ところが、これは一時的にでも「原発ゼロ」の日本が実現したら大変だという政治的思惑に立つ野田政権には容認することができません。なぜならば、これで原発がなくても済むということが実証されてしまうからです。
ここに最後の原発が停止する5月5日までにともかく再稼動させよう、また、どんなに遅くとも夏の電力のピーク時までには再稼動させようと野田政権が躍起になる最大の理由があります。

だが、あらたに決定された「暫定基準」の内容は、これまでにすでに講じた対策プラス計画をだせばよいというものであり、換言すれば何もやらなくてもオーケーというものです。
しかも、これはヤラセなどで信用を完全に失った原子力安全・保安院がつくったものであり、国民から見ても「論外」なシロモノです。
そして、「暫定基準」なるもので何年もかかる安全対策は計画さえあればよいということとされ、その間には事故はおこらないという前提になっているのですから、これは新たな「安全神話」そのものです。
このようなもので地元の理解など得られるはずもなく、これで再稼動の押し付けをすることも許されません。


放射線「安全神話」に満ちた新しい副読本が学校現場に配布されました。銚子市の学校現場の先生方、これに忠実な教育実践をおこないますか?

文科省がもちこむ放射線副読本の問題点について!
問題点
放射線副読本は放射線が医療の役に立っていることなどを押し出している半面で、福島事故による放射能汚染の深刻さや、その拡大についてはいっさい書かれていません。また、放射線は身の回りにもともと存在するものであり、怖がる必要はないという印象を与える記述になっています。
事実上、この副読本は放射線は怖くないという内容になっており、フクシマ原発事故後の経過についての記述もいっさいありません。(文科省の発表した汚染地図なども伏せています)

問題点
○100ミリシーベルト以下の放射線を受けた場合、放射線だけを原因としてガンなどの病気になったという明確な証拠はないという記述があることです。
1.現実は原子力発電所で働いた作業員が被ばくし、健康障害を起こして労災認定された場合の積算線量は多くの場合で100ミリシーベルト以下でした。(累積線量が5.2ミリシーベルトで骨髄性白血病をおこし、労災認定された作業員のケースもあります)
2.ヒロシマの爆心地から3.5キロ離れた地点(推定直爆線量は1ミリシーベルトと推定されている)で被ばくした住民にも口内炎、脱毛、紫斑、下痢、発熱、倦怠感などの急性症状が15%前後の高い確率で発生しました。
これらの事例は100ミリシーベルト以下の低線量被ばくでも、一度に被ばくすると急性症状(脱毛や皮膚出血斑など)が現れ、少しづつ被ばくした場合にも10年後、ないし20年後には白血病やガンなどの晩発性障害がおこりうることを示唆しています。

問題点
1年1ミリシーベルト以上は被ばくしてはいけないし、被ばくさせてもいけないこと、3ヶ月で1,3ミリシーベルト以上の被ばくをする場所は放射線管理区域とすべきことなど、放射線被ばくから人を守るための法律的な規制のことがいっさい書かれていません。

問題点
事故をおこした東電をはじめ、電力会社とつながりが深く、原発推進の一翼を担ってきた「日本原子力文化振興財団」が今回の副読本を作成しています。
ところが、同財団は福島原発事故以前には原発「安全神話」を盛り込んだ「わくわく原子力ランド」という名の副読本を作成し、それを学校現場に配布した“実績”がありますが、それにたいする反省が新しい放射線副読本にはいっさいありません。
(過去の副読本には「原発は地震・津波にも耐えられる」という記述もあり、さすがに事故後に急遽回収されました)

問題点
副読本の本文では放射能を撒き散らしているフクシマ事故についてはいっさいふれておらず、日常生活の場が放射能で汚染されている場合に、そこで身を守るためにはいかにすべきかの記述もありません。子どもを守ることに責任を負っている文科省がこのことに触れないことは大きな問題です。

問題点
総じて、被ばくを減らすためにも、子どもたちに科学的で正しい放射線被ばくの知識を教え、子どもたち自らが被ばくから身を守れることができるように教えるという観点が皆無です。

こうして、原発「安全神話」に代わる放射線「安全神話」を盛り込んだ新しい放射線副読本がこの4月から学校現場に持ち込まれました。
問題はこの教材を使って、学校現場の先生方がその中身を“忠実”に子どもたちに教えるのかというところにあります。
銚子市の学校現場の先生方にかぎっては、そのようなことはないと思うのはあまりに楽観的すぎるでしょうか。

下記は崎山比早子氏と山本太郎氏による放射線副読本のUSTREAM検証動画です。
前半の崎山氏による副読本の問題点の指摘部分だけでもご覧ください。(原子力資料情報室作成)

「今日よりも明日が良くなる社会」と「将来安心で景気が良くなる社会」を消費税増税でつくるという野田首相の詭弁と消費税に代わる「国民の生活が第一」の対案について

「今日よりも明日がよくなると思うことができる社会をつくりたい」
野田首相が消費増税法案の「意義」をこう強調しました。
だが、この10数年にわたる傾向は明らかに、非正規労働者の増大を示しており、働く人の所得もこの間に一貫して減り続けています。
この現状でさらに消費税の税率を5%も引き上げて国民全体に13兆円もの増税を押し付けたら、到底「明日がよくなる」ことはないと思うのが通常の人の「感覚」です。

また、97年の消費税引き上げの後に景気も税収も後退したデータから、今回の大増税の景気への影響をただされた野田首相は「消費税を上げれば社会保障への不安がなくなって、景気が良くなる」と応えました。
だが、消費税率を5%に上げた前年の96年における1〜3月期の成長率は12.7%(年率換算)にもおよび、23年ぶりの高成長でしたが、97年の消費税の引き上げにより、長期の不況へと落ち込んでしまったのです。
ましてや今回はデフレが長期化・深刻化しており、その当時と比較しても消費税増税による経済への破壊的影響は計り知れません。
このように実態からかけ離れた詭弁を繰り返している首相の言い分には道理がなく、もはや大増税の論拠は事実上、破綻しています。

しかし、それでも大増税に「政治生命をかける」という野田首相には財界や財務省、マスメディアがついており、この三者から与えられた使命としての消費税増税ができなければ政治生命が終わることの自覚が首相を消費税増税へと“前のめり”にしています。
また、民主党内では賛成派も慎重派も「増税をやっても経済への影響は増税前の駆け込み需要とその反動減だけ」という立場で、暮らしと経済の現実がまったく理解できず、消費税増税に代わる対案を提示している慎重派議員も見当たりません。
これでは民主党内の議論(事前審査)をいくら重ねても増税に対する歯止めがかからないのは最初から明らかでした。

「応能負担」の税制改革と「国民の所得を増やす経済改革」で財源を捻出できます!(消費税増税に代わる対案)
さて、この間の富裕層へのあいつぐ減税によって年間所得1億円以上を超えると所得税の負担率が下がるという極端な税の不公平がつくりだされました。
消費税に頼らなくても、これにメスを入れて税制の是正をおこなうことで社会保障や財政立て直しの財源は作れます。
さらに増大した日本の富裕層は170万人を超え、その資産総額は330兆円を超えています。そこで相続税対象額5億円以上の富豪には1〜3%の富裕税を課すべきだと思います。
これらは負担能力に応じた負担という「応能原則」にかなっており、所得税の累進性の強化とあわせて実施することで、年間で20兆円近い財源を捻出できます。

また、雇用は正社員が当たり前の社会をつくり、最低賃金を全国一律時給千円以上に引き上げることで「働く貧困層」をなくしていけば庶民のフトコロも温まります。
こうして大企業の内部にたまった260兆円を超える内部留保を働く国民に還元することで、経済を内需主導、家計主導の健全な成長の道にのせることが可能です。
そして、このような内需主導の成長によって税の自然増収をはかれば20兆円近い財源の捻出が見込めるのです。
これをスローガン的に表現すれば、「応能負担の原則に立った税制改革」と「国民の所得を増やす経済改革」によって40兆円の税収を確保し、暮らしの向上と財政再建に道を開こうと言うことになるでしょう。

これが消費税増税に代わるべき財源確保の対案であり、これこそ「国民の生活が第一」の立場にたった対案です。

最新記事
Profile
西岡三郎
千葉県銚子市に在住
QRコード
QRコード
Recent Comments
Recent TrackBacks
  • ライブドアブログ