光をめざして

社会や身の回りにおこったこと、その他もろもろの出来事について折にふれて感じたことを投稿します。

2013年01月

1%の富裕層が富めばその滴(しずく)が庶民にしたたりおちるか!おこぼれ経済学のはなし!および被害者が理不尽ないじめを受ける「いじめ社会」の現実!

「新自由主義」という言葉がありますが、この言葉の核心は「トリクルダウン」です。早い話が大企業や富裕層が富めば、その富は次第に家計や雇用などに波及するという考えです。
だから規制はとっぱらい、大企業や富裕層にフリーハンドを与えればその富の一部があたかも滴(しずく)がしたたり落ちる(トリクルダウン)ように庶民に回っていくという結論になるのです。これが小泉・竹中路線の大きな柱の一つでもありました。
では実際に庶民のフトコロが潤ったでしょうか。現実は潤うどころか「1%対99%」と言われるようにごく一部の人々に富が集中し、貧困と格差は空前の規模で広がりました。過去に自公政権から民主政権へと政権交代がおきたのも、小泉「構造改革」の名のもとでの「新自由主義」の経済政策により貧富の格差が空前の規模で広がったことが最大の要因でした。
さて、民主党の裏切りによって自公は政権に返り咲きました。安倍首相は「富」を生み出すとさかんに強調しますが、彼の言う「富」とは1%の富にほかなりません。99%の庶民は賃金は上がらず、雇用不安は増し、社会保障は削減の渦中に放り込まれるのです。もはや富はちっともしたたり落ちてはきません。逆に落ちないように蛇口を閉められたり、消費税増税などで吸い上げられるのです。

ところで、リストラの横行や賃金抑制にはそのまま目をつぶり、物価だけ2%引き上げようというのが「アベノミクス」です。これによって企業の見かけの収益の改善は実現するかもしれませんが、それは一時的なものに終わってしまうでしょう。その反面で格差や貧困を一層拡大することは確実です。
ここは「物価目標」ではなく「賃金引き上げ目標」を掲げるべきなのです。そして、それを実現するために持てる政策的手段や資源を総動員すべきなのです。

こころない仕打ちや嫌がらせを受ける大阪桜宮高校の生徒たち!理不尽ないじめ社会の現実!
「大阪市立桜宮高校の生徒が教諭から体罰を受け自殺した問題で、被害者である生徒側が罵声などの嫌がらせを受けています。・・・・ 生徒が街で体罰問題の責任を問われるような罵声を浴びたり、自転車置き場で同校ステッカーを貼った自転車のサドルが抜かれるなどの嫌がらせが相次いでいるといいます」
しんぶん赤旗によれば体罰事件後にも桜宮高校の生徒たちに対する心無い人たちによる仕打ち(イジメ)がおこなわれており、これはその一部だとのことです。
体罰を容認する発言を続けておきながら、いざ体罰・自殺事件がおきたらその責任を生徒や学校関係者になすりつけた橋下市長。この振る舞いでさえ容認し難いのに、直接的には何の責任もない在校生たちがこんな理不尽な嫌がらせやイジメを受けていても、知らぬ顔の半兵衛を決め込んでいます。
行政の責任者であれば心無い振る舞いは自粛するように呼びかけるべきでしょうが、それすらやりません。
同級生が自殺しただけでもショックなのに、市長からは「大阪の恥」だと罵倒され、心無い連中からは嫌がらせを受ける生徒たちの現状を見ると、理不尽な「弱いものいじめ」社会もここまできたかとの思いを禁じえません。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2013-01-24/2013012415_03_1.html

非公開と拙速議論の「教育再生実行会議」、および学校現場に体罰が横行する理由などについて!

教育改革を議論する目的で「教育再生実行会議」を政府が立ち上げました。首相は「教育再生」は「経済再生」とならぶ最重要課題と位置付け、子供達が世界トップレブルの学力と規範意識を身につけることを目標にするとしています。
だが、この再生会議は議論が非公開なのです。また最初のテーマとされる「いじめ」の問題も2月中旬に開かれる1時間半余りの会議で議論を終了させ、あとは文科大臣と座長が取りまとめると言います。
専門家や現場の教育関係者や父母などを含めずに、ひと握りの人々によって非公開で議論することが教育現場の改善につながるはずもありません。
また「教育再生会議」の顔ぶれもその心配を拡大するものです。座長の早大総長鎌田氏は教育ではなく民法の専門家であり、副座長の佃三菱重工会長も軍需産業の利益を代弁して改憲論などを展開しています。
さらに日本の侵略や植民地支配を肯定した「新しい歴史教科書をつくる会」元会長の八木秀次氏などが名前を連ね、沖縄の集団自決は住民の自発的なものであり、そこに軍の強要はなかったとする作家の曽野綾子氏も入っています。
大事な教育問題を論ずる「教育再生会議」ですから、特定のイデオロギーに偏らないで、国民の前で開かれた議論をするべきです。

学校現場に体罰という暴力や生徒の人権侵害が横行するワケとは!
学校の部活動で体罰やしごきが横行するのは暴行を伴う部活動で学校の評判をあげ、顧問のコネで有名私立大学にスポーツ推薦の枠を作り、学業では絶対は入れない有名私大に生徒を入れることができるからです。
学校の管理職にとっては体罰排除や生徒の人権よりも顧問のコネによって有名私大へのスポーツ推薦枠を維持する方が大事なのです。それゆえに桜宮高校では部活動の顧問は特別扱いにより異動はなかったのです。
だから桜宮高校の管理職も当然、顧問による生徒への体罰や脅迫を熟知していたはずですが、スポーツで実績を上げて、顧問のコネを使って有名私大に進学できる魅力には勝てなかったというのが真相だったと思います。
さらに大阪市の教育委員会も現場のこんな現状は百も承知だったはずなのです。ところが教育委員会にとってもスポーツの成績が上がったり、有名私大への推薦枠が広がるほうがよかったのです。だから現場の問題に目をつぶり、問題をおこす人物であっても実績を残す部活顧問を生徒の人権よりも大事にしてきたのです。
そして教育委員会の仕事は部活顧問の仕事をサポートすることであり、問題がおこったときにはそれをもみ消すことでした。このような腐りきった教育現場の歪んだ構造にメスを入れなければ、体罰も子どもの人権侵害もなくなりません。
今回の問題は桜宮高校だけのものではなく全国いたるところに普遍的に存在する問題です。

日本の伝統的子育ての中には体罰肯定などなかったことについて!
日本の伝統的な子育てとはなんでしょうか。ヨーロッパ人が安土桃山時代から日本にやってきては様々な見聞録を残していますが、当時、イエスズ会の宣教師であったルイス・フロイスの記録の一部に日本の子育ての実情を記載した一節が残っていました。
「ヨーロッパでは普通ムチで打って息子を懲罰する。日本ではそういうことは滅多にない。ただ言葉によって叱るだけである。」「子を育てるにあたっては決して懲罰を与えず、言葉を持って戒め、6歳の子供にたいしても70歳の人に対するように真面目に話して叱る」
フロイスのいう「言葉を持って戒める」とは今日で言う「父親の説教」のことであり、体罰はけっしておこなわない日本の子育て文化が当時のヨーロッパ人が驚かせました。

「しろかねも くかねもたまも なににせむに まされるたから こにしかもめや」(山上憶良の詠んだ歌)
この詩歌を現代語に直せば”銀や金といった物になんの価値があろう、何よりも大切なのは子供であり、それに勝る宝物などありはしないのだ”という意味になります。
これらから自明なのは日本人は古来より子供を愛し、大切に育てる文化を継承してきたのであり、子供に懲罰を加える体罰というものは日本の伝統的な子育てにはなかったということです。
体罰を肯定する「スパルタ教育」や「愛のムチ」という考え方が入ってきたのは明治時代であり、当時富国強兵をめざす明治政府が国民皆兵で強い軍隊を作るためのドイツ(プロシャ)式教育を日本に持ち込んだことがその始まりでした。これが歴史的に成功したのかはその後の歴史を見ればあきらかです。
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/d31cc26c30364194a12b2ce495cbb292

小泉時代のイラク占領参加などの極端な米国追随がもたらした今回のアルカイダ系テロ組織による日本人虐殺事件!

アルジェリア南東部イナメナスの天然ガス関連施設で起きた人質事件で日本人9人が殺害されました。このいたましい日本人大量虐殺を引きおこしたものはなんでしょうか。
もちろんアルカイダ系テロ組織の残虐性やアルジェリア政府の人命軽視の強硬姿勢の問題などが挙げられることは間違いありません。だが、この事件の背景に小泉政権時代の極端な対米追従路線があることを指摘したいと思います。
小泉政権時代に日本は米国のイラク侵略を”いの一番”に支持し、さらには自衛隊を出してイラク占領に参加さえしました。これらの事実は中東の人々の意識の中に日本は米国の尖兵であり、米国などと並ぶイスラム世界の敵との認識を作り出したのです。とくにアルカイダ系のなかには日本を米国の腰巾着として激しく憎悪する傾向を助長しています。
このような歴史の文脈のなかで考えれば、小泉時代の対米追随路線、なかでもイラクの占領に日本が自衛隊を出して参加したことが今回の日本人虐殺事件に大きな影響を与えたことは間違いありません。
今後、これまでと同様に対米追随の中東外交や米国などによる「対テロ戦争」支持を続ける限り、イスラム世界で日本人のビジネスマンや旅行者に犠牲者が出続けることは避けられないでしょう。

また、メディアは未だに中東では日本が米国と戦った非キリスト教の国として好感をもたれているなど、現実と乖離した報道を続けています。
ここには日本の米国追随が何をもたらしたかを国民の目から隠蔽したいという意図がはたらいているとしか思えてなりません。現地の日本人の生命などは対米追随路線の推進の前には考慮に値するものではないのでしょうか。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130120-00000029-asahi-int

さて、2001年の米国での同時多発テロ事件を契機に米国などがすすめてきたのがいわゆる「対テロ戦争」です。だが、この米国の仕掛けた戦争もイラク侵略で国際テロ組織にかえって活力を与える結果となりました。
同戦争以来、国際テロ組織は世界中に勢力を拡大し、いまや政権基盤の弱い北西アフリカにはアルカイダ系の武装勢力の温床が作り出されています。そして今回のアルジェリア人質事件を引き起こしたのもこの勢力であり、昨年のリビアの独裁政権が崩壊した際に流出した大量の武器の拡散と相まって、周辺国の情勢を急速に不安定化させています。
また、今回はフランスが「対テロ戦争」に参画してマリへの軍事介入を開始しましたが、これも過激派組織に新たな活力を注入するだけの歴史的な愚行になるでしょう。
こうして、テロを警察力でなく軍事力の行使で根絶しようとした米国のやり方は既に破綻し、戦争とテロの再現のない悪循環を生み出しています。また、日本政府はこんな米国のやり方をすべてにわたって支持してきました。真の国益を考えれば愚かな振る舞いであったと感じます。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2013-01-22/2013012207_01_1.html

惨事に便乗して教育現場への政治介入を強めようという橋下大阪市長の卑劣さ!逆立ちした教員評価制度と体罰について!

大阪市の橋下市長は桜宮高校体罰事件を口実に同校の体育系2科の入試中止を大阪市の教育委員会に求めています。だが、これは政治が特定の解決策を教育の現場に押し付けようということであり、露骨な教育への政治介入にほかなりません。
また、教育委員会が入試を中止しない場合、橋下市長が教育委員会の予算凍結を示唆していることにたいし、大阪弁護士会の有志は「地方自治法上、意に沿わないからといって予算の執行停止はできない」との意見を市教育委員会に提出し、予定通り入試を実施するように求めています。
入試の中止を教育委員会にあくまでも押し付けようという橋下氏、これは市長の”権力”をカサにきた一種のパワハラであり、今回の体罰と同じく一方的で強圧的なやり方であるという認識が本人にはありません。そして「受験生に罪はない」と入試の実施を求める保護者や大阪市の中学校校長会など関係者の声をあくまでも無視するものです。
さて、これまで散々体罰を容認する発言を繰り返してきた橋下氏ですが、これが学校現場に及ぼした影響は無視できず、今回の事件の遠因になった可能性さえあります。このことにたいして自身はどういう責任の取り方をするのでしょうか。
同氏は今回の問題に限らず、総選挙後に「日本維新」の関係者が選挙違反で次々と捕まったことや、自身が国政に夢中になって市長としての公務をおろそかにした問題など、自身に関わる不祥事には一切責任を取っていません。今回も責任をすべて他者に転嫁して自分は言い逃れようというのでしょうか。
http://mainichi.jp/feature/news/20130119ddm012040091000c.html
(追伸)
大阪市教育委員会は21日の臨時会議で体育2科の募集を中止し、普通科で入試を実施することを多数決で決定しました。これはあくまでも入試の中止をごり押ししようとする橋下市長のメンツを優先した解決策で、同教育委員会が予算を人質にした同市長の圧力に屈したものです。大阪市の教育委員会が顔を向けるべきは権力を持った市長ではなく、生徒や保護者および教師の方であるべきで、行政から独立した教育委員会としての責務をはたし、子供たちの教育を受ける権利を第一とした決定を下すべきでした。
また橋下市長は自分の要求を押し通すことしか眼中になく、それを「改革」だと思い込んでいる独善的な人物です。語弊を恐れずに言えば、自分の「改革」のためなら受験生の人生の選択肢が奪われても、子どもたちの心が傷ついても、それはどうでもいいことなのです。
おまけに同市長、「受験生は生きているだけでも丸もうけ。またチャンスはある」「自分も浪人した。人生には1年遅れることもある」などと自分の方から勝手に受験生の選択肢を奪っておきながら「お前が言うな」の無責任発言を繰り返しました。
過去に首長として体罰肯定発言を繰り返した責任には頬被りしておいて、受験生や保護者に責任転嫁して説教する資格などはありません。

授業が評価されず、部活動の目先の成績がモノを言う教員評価制度の現実!
大阪市立桜宮高校での体罰自殺事件。これは学校の現場に「愛のムチ」という名の教員による暴力が蔓延していることの象徴であり、氷山の一角でしかありません。
学校の現場で体罰が横行する最大の理由は教員を評価するシステムが逆立ちしていることにありそうです。
教師本来の職務は授業にありますが、いくら熱心に子供たちがわかりやすい授業に取り組んでも、それはあまり評価されません。その一方で体罰などの暴力的手段を使っても、部活動などで一定の成績を残せば管理職の覚えがめでたくなり、異動の対象にもならず、昇進の道も開けるというのが学校現場の現実のようです。
また、それに環をかけているのが学校現場の「勝利至上主義」です。勝利のためだったら多少不合理なことがあっても周りの先生方や保護者から見過ごされるのです。こうして外の世界から見たら非常識なことがまかり通る学校現場はカルト宗教の世界すら思わせます。
(スポーツジャーナリスト永井洋一氏の評論「学問欠いた狭い世界」より)
http://blog.goo.ne.jp/uo4/e/3de8a053690190f745c3c5a47310c8e6


アベノミクスの「三本の矢」はいずれも過去の失敗の焼き直しにすぎません!および小泉「構造改革」への先祖返り!

緊急経済対策が安倍内閣によってつくられました。目標は長引くデフレ克服にあるようですが、なぜここまでデフレが深刻化したのかの原因分析にウィークポイントがあるようです。
また、同対策で「三本の矢」と称しているものに「金融緩和」「大型公共事業」「成長戦略」がありますが、いずれもが過去にその破綻が証明されたものばかりです。
金融緩和はこれまで散々やってきても効果がなく、過去の大型公共事業のバラマキも成長ではなく借金の山を残しただけでした。また成長戦略も貧困と格差をひどくした小泉「構造改革」の二番煎じにすぎません。
いずれも過去に失敗したものばかりであり、「三本の矢」と言ってもいずれも「折れた矢」です。
デフレの真の原因は国民の所得が減っているところにあり、1997年と比較して資本の経常利益が60%以上増大している反面で、労働者・サラリーマンの給与は逆に10%以上減っていることが長期のデフレ不況を招いています。ところが、ここにメスをいれる視点は緊急経済対策(アベノミクス)にはないのです。
消費税の増税を中止する、大企業のリストラにストップをかける、および使い捨て労働をなくし正社員が当たり前の社会をつくる、これこそが本当の意味での「三本の矢」だと思います。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2013-01-14/2013011403_01_0.html

これはひどい!竹中平蔵の再登場と小泉「構造改革」への先祖返り!
「規制緩和」を推進し、労働法制の改悪で格差と貧困を生み出したのが小泉「構造改革」です。そしてこの「構造改革」の司令塔の役割を果たしたのが財界首脳が主導する「経済財政諮問会議」でした。
ところが民主党政権の3年半の間に休眠状態にあったこの会議が安倍政権のもとで復活したのです。そして「今回の経済財政諮問会議の復活で痛みを伴う改革も打ち出すのか」と聞かれた甘利経済再生担当相は「もちろんです」と胸を張ったといいます。
また安倍政権下では諮問会議と合わせて経済対策の司令塔の役割を果たす「日本経済再生本部」も発足しましたが、この主要メンバーに小泉内閣で閣僚を努めた竹中平蔵氏が選ばれました。竹中氏は「構造改革に重要なのは競争原理だ」「TPPなしに構造改革はありえない」と述べ、新自由主義をいっそう推し進める構えを見せています。
こうして安倍政権は今も多くの国民を苦しめる小泉「構造改革」への先祖返りを果たそうとしています。
小泉時代に猛威を振るった会議や人脈の復活は社会保障を削減し、格差と貧困を拡大した小泉「構造改革」の再来がそう遠くないことを予感させます。(まことに嫌な予感です)

銚子市立病院をめぐる紛争のタネとなってきた「青天井の赤字補填」路線が修正されるのでしょうか!3月市議会に注目です!

‐昨年のまず大衆日報記事から‐
「9月議会・10月臨時議会で『赤字補てんの上限額の設定など一定のルール化が必要』として、市議会が市立病院の赤字補てん予算を否決したことから、対立の様相を呈していた銚子市立病院(再生機構)と銚子市議会だが、議員協議会では互いに融和・歩み寄りの姿勢を見せ、対話ムードの中で意見交換。佐藤哲雄・顧問(院長代行)や白濱龍興・院長(理事長)、徳丸隆文・事務局長と、緩和ケア、ペインクリニック、糖尿病撲滅、医療連携など地域医療のあり方について建設的な話し合いが展開された」(2012年11月28日に開催された議員協議会にて)

さて、この前後にとても大事な出来事がありましたが、それは市民のあいだにあまり知られていないようです。
それは「病院の健全化を求める決議」を受け取った市立病院再生機構の側から議会側に対して、とても前向きな回答文書が提出されたことです。
この回答文書によれば再生機構側から「銚子市からの財政補填の上限額の設定につきまして・・・・上限を設定する案を次年度以降の導入にむけて・・・前向きに検討させていただきます」と踏み込んだコメントをしているのです。そして、このことを野平市長から要請があれば協議させていただくというのです。
市立病院問題で議会と市執行部と指定管理者との間で常に紛争の原因になっていた「青天井の赤字補填」という事態が今後是正され、紛争が回避される見込みが生まれてきたのです。

さて、そこで問題は来る3月議会で野平市長が再生機構側の前向きな意向をくみとって、従来の「青天井の赤字補填」路線から財政規律のある病院予算へと方向転換するのかということが当面の焦点になります。
もし後者の方向に軌道修正されれば市立病院の健全財政実現に大きく踏み出すことができ、市議会と病院の対立も解消の方向に向かうことでしょう。
だがにもかかわらず、仮に3月議会で野平市長が相変わらずの「青天井」予算を組み、病院の不明朗な側面を残そうとすればもはや市長としての資格はないでしょう。そうなったら5月の市長選挙で落選させましょう。(信頼できる筋からの情報によれば市議のS・K氏が対立候補として名乗り出る模様です)
また、それでも某組織は前回と同様に今回も「余人を持って替えがたい器の人」として野平氏に立候補を要請するのでしょうか!

追伸
この前向きの変化はどうやら新事務局長の徳丸氏によって持たらされているようです。氏は病院経営のプロで民間のコンサルティング会社にも長く在籍した模様です。願わくば、徳丸氏が病院の理事に選出されて経営の決定に関与できるようにしてもらいたいと思います。

大企業やゼネコンだけが「こいつは春から縁起がいいや」と喝采をさけぶ緊急経済対策!および男子高校生の自殺と橋下市長の体罰容認発言について!

11日に「日本経済再生に向けた取り組みの第一弾」と位置づけられた緊急経済対策が政府から発表されました。事業費の総額が20兆円で、そのうちの5兆円を建設国債で賄いますが、安倍首相は「この対策によってGDPを2%押し上げ、約60万人分の雇用を創出する」としています。
また強気の安倍首相、さらに「企業の収益を向上させて雇用や賃金の拡大につなげていきたい」と強調しますが、この発言からは、この人は長引く「日本病」のことを知っているのかとの疑問を感じざるをえません。
「日本病」とはいくら大企業が儲けを増やしても、賃金と雇用を削り、挙げ句に長期間にわたって経済の成長が止まってしまう病気です。この病気に対する正しい処方箋はリストラを規制して、安定した雇用を作り出す制度改正以外にはありません。天下の回りもののお金が大企業のところで止まってしまい、庶民のところに回っていかないのが「日本病」の原因だからです。
金は天下の回りもので行く先々で人生の悲喜劇を起こします。だが世の隅々にまで回さない限り、お金が幸せを生むことにはありませんし、デフレ克服にもなりません。今回の経済対策は一部の企業やゼネコンが「こいつは春から縁起がいいや」と喝采を叫ぶものでしかないのです。

大阪市立桜宮高校の男子生徒が体罰を苦に自殺!それでも「体罰容認発言」を繰り返した橋下大阪市長!
大阪市立桜宮高校の男子生徒が部活動の顧問教諭の体罰を苦に自殺したとされる問題が波紋を広げていますが、ここにこの惨事に便乗して「いじめや体罰などがおきた時には市長が教育委員会に指揮命令を出せるような条例案」を提案したのは橋下大阪市長です。
だが橋下市長は「教育は20000%強制」という、およそ教育基本法の精神からかけ離れた教育観の持ち主であり、体罰奨励派です。今回の男子生徒の自殺はこの市長のもとで体罰を軽く見る風潮が作られていったなかでの惨事であり、市長は過去の体罰容認発言を撤回してこの事態を詫びるべき立場にあるのです。
ところが橋下市長、この生徒の死を利用して教育行政における市長の権限を強めようさえしており、事件後も体罰を容認する発言を繰り返しました。こんな橋下氏をメディアはまるで正義の味方のヒーロー扱いをしていますが、こんな無節操な報道は即刻やめるべきなのです。

また、今回の大阪市立桜宮高校の体罰自殺事件は、学校現場に競争原理を取り入れて教師のあいだの協力の芽を摘み取り、現場の教師たちを上意下達の垂直統合の構造に組み入れたことがその大きな背景にあると思います。この構造の中で抑圧を下位の者に転嫁するすさんだ構造がつくられ、教師は生徒に、生徒はより弱い仲間へと発散するイジメの構造が出来あがりました。
今回の事件は受けた抑圧をどこにも発散できない男の子がそれを自分に向けざるをえなかったのです。
そして、イジメと今回の自殺を生み出した抑圧と垂直構造のトップに橋下市長が君臨し、このような構造の中で階層が下の個別の暴力実行者が処罰されて、頂点に君臨する独裁者が問題の解決者としてふるまうという「虚構」が演出されるのです。
また、このことは大阪市に限られたものではないのです。
http://www.asahi.com/national/update/0108/OSK201301080143.html

追伸
橋下市長が自殺した男子生徒の遺族と面会し、過去の体罰容認発言を軌道修正。一定の「反省」を遺族に伝えました。事件後も体罰を一定程度容認してきた自らの態度を反省するというのです。当然の方向への転換であり、自殺をした男子生徒の遺族の気持ちを無視して体罰を容認する発言を繰り返した橋下氏の振る舞いは、遺族の心の傷に塩を塗るような“セカンドレイプ”にも等しいものだったからです。

脱原発の世論が多数なのに推進派の自民党が政権に再び付いたことには深い意味がある?およびアベノミクスを医療行為に例える!

野田政権は「30年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」というエネルギー戦略を作りましたが、これを閣議決定することをせずに「原発ゼロ」を曖昧にしました。
これにはそれすら「承服しかねる」(経団連)、「このような措置(原発ゼロ)をとれば意図せざる結果もありうる」(米エネルギー省)といった財界や米国からの横ヤリがあったといいます。
そして総選挙後に成立した安倍政権の茂木経済産業相は30年代原発ゼロの目標を「再検討する」と表明し、事実上撤回する方針を示しました。

こうして自民党政権成立をきっかけとして原発推進勢力が息を吹き返しつつありますが、この現状に対し美輪明宏氏が昨年末の某TV番組で茂木経産相に面と向かって以下のように直言しています。
「何故神様が政権を自民党に戻したのかと思ったら、後片付けをしなさいという事でね、反省という事で、とにかく借金だらけにして原発もそうですわね。全部自民党の時代の産物をたった3、4年で 尻拭いしろったって無理な話よ。 自分の尻は自分で拭きなさいよ、自分たちでしなさいよという事で政権が戻ってきたんだと思いますね。
だから今の弊害はたった2、 3年の民主党がやった訳ではなくて、その前の政権が全部積もり積 もったものでしょ?」
「潔さなんですよ。まず言い逃れとか詭弁で人のせいにして、民主党のせい、アレのせい、自民党が作った訳じゃないですか。原発なんて。」

過半数の国民が原発ゼロを求めるなかで自民党が大勝したことに不思議な思いを感じていましたが、神様は「自分の尻は自分で拭かせる」ために自民党を政権に戻したのかと思うと、なるほど納得がいきました。
美輪氏は「スピリチュアル」と称して眉に唾をつけたくなるようなことを発言することも多いですが、この言葉にかぎっては的を得た鋭いものだと思います。
(なおこのやりとりが見られる動画は現在、削除されています。著作権が理由です)

アベノミクスは末期ガンの患者にモルヒネや強心剤を投与するやり方に近いかもしれません!
今のデフレ不況から抜け出すには家計を根本から温める以外に選択肢はありません。そのためには国民の所得を増やすしか打開の道がないのです。
ところが安倍政権は国民の所得をいかに増やすかという姿勢はありません。あるのは金融緩和と公共事業で見せかけの経済成長を演出し、消費税増税を予定通り強行しようという政策です。
これは例えてみれば末期ガンの重篤患者にたいし根本治療を施さないで、限りなくモルヒネや強心剤を使うことに等しいと思われます。
そしてこれらの薬の力で一時的にも患者が元気になれば、後は患者が健康を回復すると信じて疑わないヤブ医者に例えられるでしょう。
実際には強心剤やモルヒネをたくさん投与しても患者の容態に肯定的な変化はおこらず、かえって死期を早めるだけかもしれないのです。いずれにしろこれでは末期ガンの根本治療にはならないことは確実です。
アベノミクスも末期ガン患者に対するモルヒネや強心剤の大量投与の比喩と同じで、国民の暮らしも経済もどん底へと突き落として破局につながりかねないと危惧します。
http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-2230.html

日本国憲法「押し付け論」を主張する人たちは「立憲主義」のイロハを学び直すべし!および新年の年頭に広がる荒涼たる風景について!

今の憲法は「占領時代に外国から押し付けられたものだ」という主張があとを絶ちません。だが、終戦直後の日本政府は天皇中心の旧憲法を変える意思などありませんでした。そこで連合軍総司令部(GHQ)が民間の憲法研究者(有名な鈴木安蔵氏もその一人です)などの考え方をもとにした草案を日本政府に提示したのです。
ところが日本政府はこの草案を換骨奪胎して「骨抜き」にしたため、国の内外から日本政府への批判が高まりました。
そして、このような状況下で政府案が抜本的に修正され、「国民主権」や「戦力不保持」を明記した現憲法が制定されました。もちろんこの過程はすべて国民が支持し、国会で一貫した審議が行われたことは言うまでもありません。

そもそも近代的な立憲主義憲法は国民の天賦の人権を守るために国家権力を規制するところにその目的があります。ところが「押しつけ憲法論」の根源をよく見ていくと、自分たちが気に入らない立憲主義の現憲法を権力者のための憲法に変えようとする勢力が持ち出してくる口実というところにあるのです。もちろん現憲法の平和主義が彼らの最大の標的であることは言うまでもありません。
そもそも近代の立憲主義憲法はナショナルなものではなく、人類の他年にわたる自由獲得の努力の成果です。すなわち時間と空間を超えた人類の普遍的財産です。その立憲主義の立場に立つ日本国憲法が「押しつけ憲法」だという論は人類の自由獲得の歴史の重みを知りません。憲法学のイロハを学び直すべきでしょう。
http://www.jicl.jp/now/jiji/backnumber/1946.html

企業内部の「社内失業」と「追い出し部屋」にみる荒涼たる風景の広がりについて!
昨年の大晦日の朝日新聞に「追い出し部屋で社内失業」という見出しの一面記事が掲載されました。それによると、いま企業内部で「社内失業状態」にある人が465万人(約1割)にのぼるといいます。
すなわち、指名解雇という露骨な手法が取れないので「今君に仕事はない」と上司から宣告された正社員たちを一部屋に集め、たまの単純作業以外にはすることがなく、終業の時間が来るまでひたする待つしかない状態に置かれた人たちのことをこのように呼ぶというのです。
こうして「社内失業」下におかれた大量の人々の心が折れて、退職願を自主的に書くことを促進する仕組みが出来上がっているのです。
追い出し部屋は「キャリアステーション」「プロジェクト支援センター」などと体裁の良い名前がついていますが、なんのことはありません。かって国鉄の分割民営化に反対する国鉄職員を「人材活用センター」に収容して草むしりをやらせたと同じような解雇促進組織なのです。
こうして大手企業はリストラをすすめながら内部留保を溜め込む路線をしゃにむにすすめており、過去の松下幸之助氏に代表される「家族共同体企業」の理念はいまや完全に過去の遺物になりました。

また、安倍政権は真っ先に生活保護支給額の1割削減を目指しています。だが、これは生活保護の分野にとどまらず生活保護基準に準拠する最低賃金や医療保険、年金なども切り下げられて大量の貧困者をまたもや生み出します。
これらが2013年の年頭に広がる日本の荒涼たる姿にほかなりませんが、闇が深ければ朝は近いという幻想や気休めも通用しそうにありません。
だから私は「もともと地上に道はない、それは皆が歩くことによってできる」という中国の近代作家「魯迅」の言葉で一年をスタートするしかないと思うのです。
http://www.asahi.com/business/intro/TKY201212300470.html?id1=2&id2=cabcbcdb&ref=twitter

東京新聞「新政権特報記事」に苦情電話やネットでの攻撃が殺到!権力者に対する識者の手厳しい皮肉を掲載できずにどこに言論の自由があるか!

昨月27日の東京新聞(中日新聞東京本社発行)が安倍新政権にたいし10人ほどの識者のよる命名の一覧を掲載した。掲載されたのは「こちら特報部」という特報部の記事で、記事には「改憲内閣」「ネトウヨ内閣」「国防軍オタク内閣」などの辛口のネーミングが並んだ。だが、これに対して掲載日の27日早朝から抗議の電話が殺到したというのである。
電話は一日で100本余りに及び、ほぼすべてが怒りの電話であったという。また、これをめぐって「ネットユーザー」も“燃え上がり”、「便所の落書きレベル」「マスゴミ…さすがに品がなさすぎる」「中日新聞を命名するとお下劣新聞だ」「中日新聞徹底的に叩くぞ」などといった意見がネットの掲示板やツイッターなどに溢れかえった。
しかし、この程度の辛口さが問題になるなら、リベラルなジャーナリズムは発行が不可能になる。こうして権力者に対する批判の自由がなし崩しに後退させられていくことには抗議の意思をしめすべきだ。「ネトウヨ内閣」「国防軍オタク内閣」まったくそのとおりである。
そして、権力者にたいする批判が窒息させられる一方で、権力者の妄言や暴言はいっさい問題になることもなくスルーしてきたのがこの社会の言論状況だ。石原氏の数々の妄言、橋下氏のツイッターでの暴言などはその代表的な事例であろう。新聞に識者による権力者への痛烈な皮肉を掲載できなくなったらジャーナリズムは終わりだ。

実に的確な識者による命名の数々!これが許容されずにどこが言論の自由だ!
ちなみに識者による辛口の命名をいくつか拾うと実に適確な指摘だと思えるものばかりだ。
「戦争ごっこで遊びたいネトウヨ内閣」と名付けたのはエッセイストの北原みのり氏である。氏は安倍内閣が憲法改定や対中・韓強硬路線を掲げていることを指摘し、「領土を守るために武力行使もありうると意気込むのは、よほどの平和ボケであり、本物の血が流される戦場の現実感がまったくない」と指摘している。氏が言うとおり「脳内愛国」の平和ボケが安倍氏本人や彼を支持するネトウヨに見られる共通点であろう。
また人材育成コンサルタントの辛淑玉氏は党役員人事で女性が3人起用されたことに対し、参議院選向けに美しく見せかけるための「厚化粧内閣」と命名。参院選で勝利すればその時点で化粧が剥げ落ち、タカ派の素顔を晒すと話した。
さらに行革担当相の稲田朋美氏が「従軍慰安婦の強制連行は事実無根」との発言を続けていることに対し、辛氏は「戦時下の性暴力は男性優位社会でおきる世界共通の現象、これを日韓関係に矮小化し、同じ女としての痛みを感じない彼女は女の皮をかぶったオヤジにようなもの」とも批判した。

識者の指摘はそれぞれに事実と合致しており、これは言論の自由の全くの許容範囲である。これにイチャモンをつける連中など無視すべきである。
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西岡三郎
千葉県銚子市に在住
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