光をめざして

社会や身の回りにおこったこと、その他もろもろの出来事について折にふれて感じたことを投稿します。

2014年02月

小泉内閣時の内閣法制局長官だった阪田雅弘氏、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認を批判!戦後教育および「アンネの日記」切り裂き事件について!

〇阪田雅弘元内閣法制局長官の訴えから!
インド洋やペルシャ湾で米国の軍艦が襲われた場合、そばに日本の自衛艦がいても助けられない。だから集団的自衛権を解禁することが必要だ。こんな議論が「安保法制懇」でおこなわれており、それを受けて集団的自衛権を解禁すべしとの報告書が近く出されると言います。
だがこんな問題は集団的自衛権の本質ではありません。戦争に参加するということは地上で国民がたたかうことを覚悟しなければならないのです。自衛隊員に戦死者が出て、自衛隊の砲火によって海外の将兵も死傷します。その延長線上で国民が地上で戦火を被るのです。国民全体が大きな覚悟を強いられるがゆえに集団的自衛権の解禁には国民投票が必要なのです。
それを理屈が曖昧なまま一内閣(安倍内閣)の憲法解釈変更でやろうというのですから、法治国家の根幹が崩れるのです。
〇阪田雅弘元内閣法制局長官の訴えから!その2
憲法9条は戦力の放棄を規定しています。それにもかかわらず自衛隊が合憲とされるのは「外国から武力行使を受けた場合に国民を守るための必要最小限の実力組織であり、これは戦力ではない」からです。自衛隊は軍隊ではないので我が国が直接攻撃をうけていないのにベトナムやイラクに出かけていって戦争することはできないのです。
またこのことは60年近くにわたって国会で議論を積み重ねた末の結論なのです。それを首相の独断で全部ご破産にするということは国権の最高機関である国会を踏みつけにすることであり、独裁者の暴走です。

戦後教育を「マインドコントロール」呼ばわり!
戦後の教育を「マインドコントロール」と批判したのが安倍首相です。だがこの言葉ほど戦後教育に似つかわしくないものはありません。
戦前の教育は「日本は神の国」「お国のために命を捨てよ」と子供たちにたたきこんで戦争に駆り立てる役割を果たしました。そこで戦後はその反省の上に立ち、行政の「不当な支配」を排除し、平和と民主主義の理念を実現するにふさわしい人間を育てることを教育の原点に掲げて再出発したのです。
安倍流「教育改革」こそ国や首長による教育支配に道を開くものであり、侵略美化の歴史教科書の押し付けや特定の価値観を国家が押し付けるための道徳の「教科化」などで教育の「マインドコントロール」化に道を開くのです。

「アンネの日記」切り裂き事件の持つ意味について!
世界的に影響力のあるユダヤ人人権団体、サイモン・ウィーゼンタール・センターが日本の公共図書館で「アンネフランクの日記」がズダズダに切り裂かれた事件から受けた衝撃と憂慮を表明しています。同団体はこの際に「Desecration」という言葉が使いました。これは単なる「器物破損」ではなく、「神聖なものを冒涜した」という意味です。「アンネの日記」だけ集中して破いたことから「『アンネの日記』に象徴されるユダヤ人の迫害の記憶を意図的に冒涜した」という犯人の意図をユダヤ人社会は読み取ったのです。
米はABCが、英ではガーディアンが、オランダでもアンネの日記の損壊事件をゴールデンタイムのニュースで報道しました。国際社会の信用を失墜して取り返しのつかないことになる可能性もあるのです。
(補足)
『はだしのゲン』は撤去だ、『アンネの日記』は破け、美しい国を目指して、戦後レジームを脱却しようとしたら、エライことが起きます。次の破棄対象は「日本国憲法」です。これ常識ではないでしょうか!

社会人としての良識すら欠く百田・長谷川両氏、低迷するGDPと消費税増税の中止、及びビキニ事件から60年、道徳の教科化の問題について!

「人間のクズ」発言や反社会的人物礼賛!良識を欠くNHK経営委員2氏!
都知事選での応援演説で(田母神氏以外の候補を)人間のクズ呼ばわりした百田尚樹経営委員。また放火や猟銃発砲、立てこもりという反社会的人物(野村秋介)を擁護し礼賛する長谷川経営委員。この二人の言動は思想信条の自由以前の問題として、良識ある社会人としての資格を欠くものです。公共の福祉に関して公正な判断が出来る人物とは思えません。
また百田氏の「東京裁判は米軍の虐殺をごまかすためのもの」という異常発言が問題視され、米国大使館がNHKの取材に難色を示しているといいます。この二人の辞任を多くの市民も求めています。
安倍内閣の暴走が始まった今こそNHKは不偏不党、視聴者に依拠して政府から自立した「公共放送」としての報道姿勢が求められます。

GDP低迷の背景は!消費税は中止しかない!
GDPの6割をしめる個人消費が伸び悩んでいます。消費税増税を見越した「駆け込み需要」が広がらなかったためです。また「異次元の金融緩和」の実施で円安が進行しましたが、大企業が生産拠点を海外に移す「空洞化」のために輸出量は増えませんでした。労働者の給与が昨年11月まで18ヶ月連続で下がったことや円安で輸入依存が大きい食料品や燃料の価格が上昇したことなどが景気低迷の背景にあります。
今必要なことは4月からの消費税増税を中止し、中小企業に支援をおこないながらの最低賃金の大幅引き上げで国民の生活の悪化を食い止めることです。これが最大の景気対策です。

ビキニ被災事件から60年!「政治決着」で封印された真相!
1954年の3月1日にアメリカがビキニ環礁で水爆(ブラボー)実験を強行。その際に近海で操業していた多くのマグロ漁船が被災しました。放射能で汚染された漁船はのべ1000隻をこえ、国も五つの漁港を指定して放射能検査を実施するよう指示し、基準以上の数値が出た魚の廃棄処分も命じました。
また有名な”第五福竜丸”の無船長だった久保山愛吉氏が放射能被害で亡くなったことから原水爆禁止運動も日本全国に広がりました。
だがこの「ビキニ被災事件」は米国政府による二百万ドルの慰謝料の支払いで「政治決着」させられ、被災の全容がうやむやにされました。被災の全容があきらかになれば国家財政を揺るがしかねない莫大な補償問題がおきることを国の指導者が恐れたからです。核と放射能被害について国家がどう対応したのか、ビキニ被災の実相を歴史から消そうとしたてん末を検証する必要があります。

道徳の教科化が「いじめ対策」になるか!
戦前は「修身」と称して道徳を特別な教科と位置付け、教育勅語に定めた国家主義的な徳目を教え込みました。そして戦後はその反省の上にたち、特定の教科ではなく教育活動全体を通して道徳教育をおこなうこととしたのです。だが今後、道徳を特別な教科として位置づけ、特定の価値観を子供に押し付けようとする動きがあります。
その理由は「いじめ対策には道徳教育が必要」ということのようです。だが、いじめの背景には競争原理至上主義の社会のあり方や学校現場での「競争教育」があります。安倍流「教育改革」は逆にそれらを助長するものでしかありません。

今回の大雪災害とマスコミ・安倍政権のそれへの対応について、9条は権力への縛りであること、および「村山談話」と首相の靖国参拝!

(フェイスブックから)
 15日の大雪により、山梨県内で多くの住民が交通遮断やインフラの断絶などで被災した。(死者も出た)
しかし16日に安倍首相が「高級料亭で天ぷらを食べていた」ことが新聞の首相動静欄に載ったことで物議を醸している。「呑気に天ぷら食ってるなんて」などの批判が集中した。
昨年の台風で市内の河川が氾濫寸前になってもツイッターで対立候補批判をやっていた橋下大阪市長と”いい勝負”である。 「ツイッターの橋下徹、天ぷらそばの安倍晋三」だ。

 マスコミはオリンピック情報の垂れ流しで、NHKが山梨県で大雪情報を常時流すようになったのは17日月曜日から、道路情報など大事な情報が流されていなかった。これが立ち往生車両を増やした原因。
また、政府が本格的な対策本部を設置したのは共産党にやいのやいのせっつかれて、やっと動き出した始末。それまで、安倍首相は、高級天ぷら屋でてんぷら食って満足の体たらく。危機意識ゼロ

(ツイッターから)
この国の首相はプライオリティ・マネジメントの能力が欠如しているようです。国内に雪に閉じ込められている人がいて緊急対応を必要としている時に、ソチに電話して「さすがは日本男児」と喜んでいる場合ではない?それとも別な意図でもあるのだろうか?

(「しんぶん赤旗」報道より)
山梨県内の大雪は甲府市で114センチ、河口湖町で143センチと「観測記録のある120年前から最多の積雪量」です。山梨県や長野県を中心に鉄道や道路などが寸断され、停電や断水などで地域・集落の孤立化が続き、事実上、陸の孤島状態になっています。そのため各地で食料や燃料の不足も深刻化しました。
また道路で立ち往生して運転手などの安否確認のできない車両が数多く残され、緊急の救出・支援が必要となっています。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2014-02-17/2014021701_01_1.html

権力への縛りは現代にこそ必要です!
憲法が権力を縛るものという考えは「王権が絶対であった時代の考え方」と、あたかも立憲主義が中世の遺物でもあるかのように語るのは安倍首相です。ですが権力を縛る必要は王権時代に限りません。
日本国民も日清・日露戦争より50年以上の長きにわたる侵略戦争の歴史で戦争に駆り立てられました。
そして、この歴史の中で権力が暴走すればどんな目に合わされるかを痛切に体験しました。日本国憲法は前文で「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないよう」と宣言して9条によって政府を縛っています。これが現在の日本の立憲主義の中心です。憲法9条は平和主義と立憲主義の象徴です。

不正不義の戦争を美化する施設に参拝する日本のトップリーダー!
大日本帝国の一連の戦争の本質が「侵略と植民地支配」にあったことを認めて謝罪と反省を表明したのが「村山談話」(1995年)です。これが今でも公式には日本政府の立場であり、政府見解の到達点です。
だが中国やアジア諸国への領土拡張と植民地支配をめざした大日本帝国の一連の戦争を「正義の戦争」「アジア解放の戦争」とし、それに殉じた人々を「英霊」と称えるのが靖国神社です。
国のトップリーダーが政府の公式見解と正反対の主張をするところへ参拝することが問題であり、ここに国の内外から批判が集中するのです。
また戦争中は不正義な戦争に国民を動員し、戦後はその不正な侵略戦争が正しかったと美化する施設に参拝するリーダーは世界中のどこにもいません。

暴言づくしのNHK最高幹部たちと「公平さ」について、および民主党まで安倍首相の手先になってはオシマイなこと!

NHK最高幹部たちの相次ぐ暴言!これで「公正な判断」が可能か!
南京事件はなかったという作家、朝日新聞本社に立てこもり幹部を脅した末に、神である天皇に自分の命を捧げると称して拳銃自殺を図った右翼幹部を賞賛する女性学者、二人ともNHKの経営委員です。
だが言っていることは狂信者に近いのです。放送法は同経営委員の資格を「公共の福祉に関し公正な判断ができる」者と定めていますが、彼らがそれにふさわしいはずがありません。安倍晋三氏の”お友達”はこのような人たちばかりなのです。首相という立場にいる安倍氏が封印している本音を彼らが代弁しているのです。
  また一連の暴言問題を「問題なし」とするかのような発言を国会で首相や官房長官がおこなっていますが、これは同じような認識を政権中枢も持っているということを意味します。
政府にしろNHKにしろ、過去の戦争の反省を欠く右翼的人物がその中枢を占めるという戦後始まって以来の危機的状況です。

NHKのいう“公平さ”の現状について!
「南京虐殺はなかった」「天皇は再び神になった」「政府が右といえば、左というわけにはいかない」など、NHKの経営委員たちによる安倍政権に親和的な発言を首相は「思想・信条・表現の自由」として徹底して擁護しています。
かたやその一方で、NHKは都知事選の期間中に、脱原発という特定の政策についての論評が「公平性」を欠くという理由で中北徹東洋大教授のラジオ出演を取り止めました。これでは公平性を著しく欠くことにならないでしょうか。
(ツイッターより引用)
「『すめらみこと いやさか』と彼(野村秋介)が三回唱えたとき、彼がそこに呼び出したのは、(略)天皇陛下であつた。そのとき、(略)今上陛下は(略)ふたたび現御神となられたのである」とは長谷川三千子NHK経営委員。野村ごときに呼びだされて神になんかならないと今上天皇はお怒りになっている
南京事件はなかったという作家、マスコミにテロをかけた右翼を讃え天皇は神になったという学者、言っていることは狂信者に属する。公共放送を司る要職につく狂信者たち。こんなお友達しかいない安倍総理の危うさ。彼も狂信者なのだろう。

民主党まで安倍首相の手先になってはいけません!
民主党は安倍首相がやろうとしている「解釈改憲」に対し「ならぬものはならぬ」と言うべきです。ところが解釈改憲に反対する見解を党内でまとめようとしても「保守派」議員の反対で先送りとなってしまいました。
党内には集団的自衛権の行使を巡って積極派と慎重派が混在しており、基本政策で一致できません。
安倍首相は集団的自衛権の行使容認を、憲法違反の解釈改憲によって行おうとしていますが、民主党内に送り込まれている米国のジャパンハンドラーと安倍首相の手先は民主党が解釈改憲反対の態度を決めるのを阻止しようとしています。
民主党内で安倍首相の手先となって「集団的自衛権の行使容認への解釈改憲反対」の決定を妨害している民主党議員は要りません。民主党まで安倍首相の手先になったら民主党はオシマイです。

うんざりのソチオリンピックと建国記念の日について、「平和国家」ブランドおよび「国家百年の計」とTPP

〇オリンピックはうんざりです。翼賛報道と無邪気なナショナリズム!
ソチオリンピックが始まりましたが、またかと思うとオリンピックはうんざりです。TVはオリンピック翼賛報道に変わり、日の丸の小旗が無邪気に打ち振られます。
かって出征兵士は日の丸の小旗でおくりだされ、日本軍が占領した街々には占領の印として日の丸が掲げられました。村山談話に言う侵略と植民地支配のシンボルが日の丸の旗であり、またそれは同時に忠君愛国、滅私奉公の臣民精神の象徴でもあったのです。だから日の丸は大日本帝国の象徴ではあっても、日本国憲法下の日本の象徴としては受け入れられません。
だが、無邪気で無批判な人々が社会のマジョリティとなって日の丸を自然に敬愛する「空気」が世の中を支配するようになれば、それが同調圧力ともなります。
そしてオリンピックは無邪気・無批判に国旗を敬愛する人を増やす格好の機会ともなるのです。
またスポーツはあらゆる違いを乗り越える対話と相互理解の象徴であり、オリンピックの精神もそこにあります。だから五輪招致に熱中しながら、近隣の国々と対話すらしようとしないどこかの国の首相が推進するオリンピックは要らないのです。
http://article9.jp/wordpress/?p=2068

〇「建国記念日」の由来について!
2月11日は「建国記念の日」です。明治維新後の1872年にこの日を「神武天皇即位の祝日」と定めたのがその始まりです。それは「日本書紀」の記述によってBC660年元日を神武天皇即位の日とみなして太陽歴に換算したものでした。
かって英国で国王の権力が絶対だった時代にフィルマーという思想家が「王権神授説」を唱えました。それは神が人類の始祖であるアダムに国王権を与え、それが近代の君主に継承されたというものです。ミカドはその祖先を太陽神(天照大神)にまでさかのぼるのと記述したのが「日本書紀」であり、紀元節も同書に由来します。王権神授説に類似したこの説は一部の日本人を除いて現代人が思い浮かぶものではありません。

〇「平和国家」ブランドを投げ捨ててもよいのか!
政府とその周辺(安保法制懇)は国際法で認められているもの(例えば集団的自衛権の行使、多国籍軍への参加など)は現憲法のもとでも可能との”飛躍した論理”で解釈改憲にふみきる意向のようです。だが国際法と憲法はあくまでも別物であることは国際常識です。
日本は戦後、大日本帝国の引き起こした戦争の反省の上にたって「平和国家」としての地歩を築いてきました。戦後、戦死者は一人も出さず、他国の人を一人も殺めていません。にもかかわらず、これをすべて国際法の基準に合わせれば営々と積み上げてきた「平和国家」ブランドが失われてしまうでしょう。そんな簡単に「平和国家」ブランドを投げ捨ててよいものでしょうか!

〇秘密交渉と”米国言いなり”で「国家百年の計」を決めるのでしょうか!
安倍首相は今国会の施政方針演説でTPPへの参加を「国家百年の計」と述べました。だがTPPは秘密交渉であり、同首相は「国家百年の計」を秘密交渉で決めるというのです。
また最近の米国の動向を見ると農産物貿易で他国の関税を「米国と同じか、それ以下へ削減する」よう求めてくる気配が濃厚です。これはコメの関税を事実上”ゼロ”とすることを意味します。そしてTPPへの交渉参加を強行した際に、重要農産物の関税は守る(聖域なき関税撤廃が前提ではない)と宣言した安倍氏はこれに沈黙しています。
所詮「国家百年の計」などといっても”米国言いなり”でしかないのです。選挙公約でもTPPを「百年の計」と述べたこともなく、いつのまにかひそかに「格上げ」となりました。
http://youtu.be/Ks_9AWaZd_k

「愛国心」を安全保障の社会的基盤にすることについて、現憲法の歴史的重み、南京事件否定論および消費税増税について

「愛国心」を安全保障の「社会的基盤」にするとはどういうことか!
昨年の12月に閣議決定された「国家安全保障戦略」に愛国心を安全保障の「社会的基盤」にするという項目がもりこまれました。これからは「反愛国的」な振る舞い、たとえば「愛国的」な行事がおこなわれる際に「日の丸」の旗振りを拒否すれば社会から排除されるのです。
今は街角に防犯カメラが溢れています。私たちの一挙手一投足を記録し監視することが可能です。もし私が「愛国的」行事で日の丸を降らず、「愛国的」行動の手を抜いている姿がカメラに記録され、それがネットに流出したらどうなるでしょう。たちまちオタクたちによって私の個人情報は割り出され、その情報がネットに広がるでしょう。そうなったら家に石が投げ込まれる日がやってくるかもしれません。
現在は個人情報が簡単に入手でき、あらゆるものに監視の目がおよぶ情報化社会です。この監視社会に安全保障のためという名目で「愛国心」という「空気」が蔓延しはじめることに恐ろしさを感じます。

現憲法の持つ歴史的重みについて!
日本国憲法は自民党の言うような「押しつけ憲法」ではありません。明治期の自由民権運動や大正期のデモクラシー運動など、我が国の自由と民主主義の伝統を引きつぐものです。
かって自由民権派による民主的で多彩な憲法草案群に危機感をいだいた伊藤博文らが、専制君主国家プロシャのビスマルク憲法を真似て作ったのが大日本帝国憲法です。現憲法は戦前の厳しい思想弾圧から解放され、日本史上はじめて女性も選挙権を得て行なわれた選挙によって選ばれた帝国議会での審議と承認を得て制定されました。この歴史と史実の重みを忘れてはなりません。

史実に反する百田氏の「南京事件(虐殺)はなかった」発言!
旧陸軍将校の団体であったカイギョウ社が月刊の機関紙に「証言による南京戦史」を連載しました。1984年4月から翌年2月までのことです。目的は会員の南京戦参加者から証言を集め、事実を持って大虐殺という「冤罪」を晴らそうというものでした。
ところが証言が集まってくると企画者の意図に反して、虐殺はあった、何千人の捕虜を命令で殺したなどという証言も次々に寄せられました。そして連載の最後に編集部が文章を載せ、遺憾ながら日本軍はシロではなくクロであったことを吐露したのです。そのうえで「日本軍の縁につながる者として中国人民に深く詫びるしかない、まことにすまぬ、酷いことであった」と謝罪しました。ここで南京大虐殺否定論は崩壊したのです。

世界株安、消費税増税すれば景気の底が抜けます!
2月4日に東京株式市場で株価が続落しました。企業の景況感の悪化による米国での株価急落を受けてのものです。「アベノミクス」による景気回復は異常な金融緩和や公共事業の積み増しの結果でしかありません。労働者の賃金は18ヶ月連続で減少し、国民の所得の減少に歯止めがかからず、物価だけが上昇しました。
こうした中で4月に消費税を増税すれば景気の底が抜けてしまうでしょう。消費税増税を中止し、賃上げや雇用の創出で国民の懐を暖める政策に転換すべきです。

真の経済の好循環について、幕引きされた年金記録の解明、市議会での国旗掲揚の陳情について、三笠宮氏が見た「聖戦」の真実!

◎消費税増税の中止と賃上げで「経済の好循環」が実現します!
安倍首相は「経済の好循環」を目指しているようです。だがアベノミクスは大企業の業績の改善と株価の上昇だけを重視するものです。国民のふところが温まってこその「経済の好循環」ですが、厚生労働省の調査でも働く人の賃金は18ヶ月連続で減少を続けています。
にもかかわらず「雇用,所得環境が改善するなかで景気は緩やかに回復に向かっている」と脳天気に官僚の作文を国会答弁で読み上げているのが安倍首相です。
本当に「経済の好循環」を実現するには消費税の増税を中止して、大企業の内部留保を賃金に還元し、中小零細企業を支援して最低賃金を抜本的に引き上げるしかありません。

◎年金記録解明が幕引きに!未だ2000万件が未解明!
年金記録が大問題になったのは07年の第一次安倍内閣の時代です。当時5000万件を超える不明記録の存在が発覚したことがきっかけでした。安倍首相は「最後の一人まで正しく年金をお支払いしていく」とくり返し言明し「確実に名寄(氏名と記録との照合)を08年の3月末までに完了させます」と約束しています。
だがそれから6年、未だに解明されていない年金記録は2112万件で、そのうちの927万件は持ち主の手がかりさえありません。それにもかかわらず政府の年金記録に関する特別委員会は記録解明に幕引きをはかる報告書をまとめました。政府の責任による解明を打ち切るのというのです。「最後の一人まで」の約束はどこへ行ってしまったのでしょうか!

◎12月市議会における「国旗」掲揚の陳情について!
12月の銚子市議会に議場への「国旗」掲揚を求める陳情がでました。陳情者は市役所OBの方々だったそうです。陳情の趣旨は「日本国民の誇りと尊厳を涵養する」ことと「議員の士気を高める」ことでした。
だが政府の公式見解である「村山談話」でも大日本帝国の侵略と植民地支配を認め謝罪しています。アジア太平洋戦争ではこの戦争は侵略ではなくアジアを白人支配から開放する聖戦なんだと国民に思い込ませ、近隣の国々を侵略していきました。この時に「日の丸」は常にその先頭に立っていました。だから勇ましく士気が高揚するとでも思っているのでしょう。
しかし歴史を直視すれば戦争と専制の象徴であった日の丸を掲揚しなかったことの意味の方が重要です。
また陳情などでよく近隣自治体との比較が持ち出されますが、匝瑳、旭、香取、銚子の4市で掲揚しているのは旭だけでした。そしてこの陳情に賛成討論した議員はないにも関わらず賛成者が多数でした。

◎三笠宮氏が見た「聖戦」の美名のもとの中国侵略!
昭和天皇の弟で「支那派遣軍」の参謀として中国に赴任した三笠宮氏は、その著書の『帝王の墓と民衆』と『古代オリエント史と私』の二冊の本の中で、自分がなぜ歴史を学ぶことになったかという思い出を書いています。
そこで三笠宮氏は「中国に行ってみて初めて、いままで聞かされていたことと現実との違いに驚いた。日本軍が聖戦の名のもとにすごい残虐な行為を中国でしている。たとえばある参謀は真面目な顔をして、どうも八路軍の兵士は日本兵と男性としての機能が違うようだと言った。つまり八路軍は強姦しないということだ。あるいはある部隊長が自慢げに、自分は後方から見ていても我が部隊がどこに進んでいっているのかすぐわかる。それは火の手が上がるからだ。つまり村を焼きながら進んでいくからだと語った。こうしたことに大きなショックを受けて、戦争に疑問をもった」と書き残しています。(藤原彰『天皇の軍隊と日中戦争』2006年、大月書店より)
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