1960年代から70年代は、いわゆる高度成長の真っ只中にあった時代であり、地域開発や成長路線をひたすら追い求めたために全国的に環境汚染が広がった時代であった。
水質汚染や大気汚染、土壌汚染など生産の拡大や高度化のもたらす環境汚染が日本列島全域で噴出したのである。
そして、住民たちも公害をひきおこした企業に押しかける、大きなデモをおこなうなどといった激しい紛争があちこちでおきた。
カラスの鳴かない日はあっても公害問題が新聞の一面に載らない日はないといわれるような状況にあった。

不知火海に面した水俣市ではチッソ水俣工場から垂れ流された有機水銀を原因とする“奇病”熊本水俣病が発生し、同じく新潟県の阿賀野川流域における昭和電工鹿瀬工場からの有機水銀は新潟水俣病を生み出した。
さらには富山県神通川下流域には神岡鉱山から流出するカドミニュウムが原因と特定されたイタイイタイ病が発生し、三重県四日市市におけるコンビナート工場群から吐き出される硫黄酸化物による大気汚染は四日市ぜんそくをひきおこした。

これらは四大公害とよばれ、あくまでも発生源であることを否定する企業にたいして被害者たちはあいついで裁判を起こし、責任を追及し補償を迫った。
そして、これら四大公害訴訟をめぐり、70年代初頭にはいずれもが汚染と企業活動との因果関係が認定され、原告側の損害賠償の請求を認める判決があいついでくだされた。

また、高度成長の中心に位置してきた東京では生活環境の悪化が際だっていた。
隅田川は産業排水などによって「死の川」と呼ばれるようになり、空にはスモッグが立ち込め、汚染された川の水の流れ込む東京湾は生き物が住む環境ではなくなっていた。
東京湾の内湾漁業は見捨てられ、近世以来の江戸前の漁業は幕を閉じたのである。

このような状況下で都政の転換を求める都民は「明るい革新都政をつくる会」を結成し、経済学者の美濃部亮吉氏を都知事候補に擁立した。
美濃部陣営は選挙シンボルに「青空」を選び、東京からの政治の転換を訴えて都知事選に勝利し、「東京に青空を取り戻す」ために経済発展に優先する環境権を認め、国の公害対策基本法よりきびしい基準を持つ東京都公害防止条例をつくりだした。

当時の政府は美濃部都知事の環境対策を行き過ぎとして、都の公害防止条例を違法としたのだが、逆にそのころから世界的に公害反対の運動が盛り上がり、東京は代表的な公害都市として「NO MORE TOKYO」と名指しされた。
そして、国民の公害反対の声を背景として、70年11月の「公害国会」において公害規制の法律が14本も成立し、翌年には環境庁も発足するにいたった。
こうして美濃部都政における環境対策は「開発」よりは「環境」をという人々の考え方の転換の契機をつくりだしたのである。

このように全国いたるところで産業公害や都市公害をもたらした大企業の横暴に当時の国民は異議の申し立てをおこない、国会の衆参両院とも自民党が絶対多数を占めるなかでも、日本国民は数多くの公害防除の戦闘を闘いとった。
そして、これと時を同じくして大企業のひきおこす企業悪にたいする警戒と批判が日本社会に大きく広がっていった。

それでは現代における大企業の横暴と企業悪は、どんな分野にどのような形であらわれているのか。
その典型は人間らしい労働のルールを破壊したことだ。
労働法制のいわゆる規制緩和によって非正規労働者を急増させ、大企業が「派遣切り」、「期間工切り」を先を争うようにおこない、雇用悪化と景気悪化の悪循環をつくりだしている。
そして、大企業は史上空前の収益を更新し続けたことにより溜め込んだ膨大な内部留保にはいっさい手をつけず、労働者から職も生活も住まいも奪い、真冬の巷にほおりだしている。
このような自分たちの社会的責任を無視した横暴勝手な大企業の行動が大手を振ってまかりとおっている現実が存在する。

また、いわゆる金融ビッグバン(規制緩和)により、東京証券取引所における株の売買の三分の二を外資(外国人投資家))がしめるようになった。
この外資の実態は投機マネーであり、この勢力は短期的な株の売買が目的である。
彼らは日本の個々の企業に目先の利益の確保のために人件費削減をせまり、「リストラ競争」に企業を追い立てる圧力として猛威を振るっている。
さらに、この勢力は今回の金融危機に際して、手持ちの株を問答無用で投げ売りして株の大暴落をひきおこしている。
外資すなわち投機マネーが日本経済と国民生活に甚大な被害をあたえた真犯人だ。

また、中曽根内閣の時代から「構造改革論者」は企業の国際競争力を強化しろ、そして強い企業が増えれば増えるほど日本経済は強くなると主張してきた。
この結果、一握りの輸出大企業が史上空前の収益を達成したが、労働者の賃金は引き下げられ非正規雇用への置き換えがすすんだ。
結果として日本社会は空前の格差社会となり、空前の規模で貧困が広がった。
そこへ、「財政再建至上主義」による庶民増税と社会保障費の切り捨てが重なり、庶民の被害を増幅しているのである。

簡単に俯瞰すれば、これらが現代における大企業の横暴と企業悪であり、1960年代から70年代にかけて全国に環境汚染をまきちらした当時の大企業の横暴と肩を並べるほどの横暴ぶりである。
こんな財界・大企業の冷酷非常なやり方に国民的な批判がひろがっており、財界・大企業の企業悪が社会問題化しつつある。

しかるに「二大政党」といわれる自民・民主の大企業にたいするスタンスはどうか。
まことに残念ながら、彼らは大企業の横暴にたいして事実上もの一ついえない。
麻生首相が経団連会長の御手洗氏に雇用の確保の“要請”をおこなった直後に、御手洗氏が会長をつとめるキャノンが、非正規労働者の大規模な切り捨て計画を平然と発表する体たらくぶりがこのことを象徴している。

1960年代から70年代にかけて、当時の野党のすべてが大企業の社会悪と横暴に程度の差はあれ批判をおこなっていた。
そして、特筆すべきは政権与党であった自民党でさえ政策文書のうえでは「大企業中心主義の克服」を述べていたことだ。
しかるに、現在の「二大政党」は逆に大企業にいろいろと指図され、通信簿を財界につけられて、その査定に応じて献金を斡旋してもらっている。

これがいわゆる「二大政党」の実態であり、自民か民主かの選択など不毛の選択であり、欺瞞的なスローガンでしかない。
大企業の横暴勝手にたいする国民の異議申し立てが始まった現在、この「二大政党」の枠を超えたあらたな政治的な選択肢とフレームが必要である。
自民か民主かいった「二大政党」を乗り越えた第三の選択肢である。

また、経団連はワークシェアリングを提唱し、雇用の維持を言いだしている。
しかし、ワークシェアリングの本質は雇用の維持を大義名分としながら労働者のいっそうの賃金切り下げを狙うところにある。
今おこなうべきは、いままでに大企業が溜め込んだ膨大な内部留保をとりくずすことによる雇用と賃金水準の確保と拡充であり、大企業には雇用と賃金水準を維持するのに十分な体力がある。
なにしろ資本金10億円以上の大企業は総体でこの10年間に32兆円の内部留保を積み増ししており、今後はこれを10年間かけて取り崩すだけでも雇用と賃金水準の維持には十分である。

また、景気回復が実現するまでの間に、生活必需品を中心として消費税の減税ないし非課税化をおこなう必要がある
これは国民の購買力を高め、内需の回復に貢献するはずだ。
百年に一度の大不況の克服のためには、そしてこの困難な状況のもとで国民の雇用と暮らしを守るためには、この二つは最低限必要なことではないか。