昨年の年末を中心にNHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」が放映され、かなりの反響を呼んだことは記憶に新しい。
images2266また、今年の年末にもその続編の放映が予定されており、さらにはこのドラマの舞台となった地元の松山市では、「坂の上の雲」をテーマとした観光中心の街づくりがすすめられているとも聞く。

ところでNHKが総力を挙げて制作し、昨年から3年かけて放送するスペシャルドラマ「坂の上の雲」の企画意図は以下のごとくであると言う。

「『坂の上の雲』は国民ひとりひとりが少年のような希望を持って国の近代化に取り組み、そして存亡をかけて日露戦争を戦った「少年の国・明治」の物語です。
そこには、今の日本と同じように新たな価値観の創造に苦悩・奮闘した明治という時代の精神が生き生きと描かれています。
この作品にこめられたメッセージは日本がこれから向かうべき道を考えるうえで大きなヒントを与えてくれるに違いありません。」

また、このドラマの原作は司馬遼太郎の同名の歴史小説であり、それは秋山兄弟という職業軍人の兄弟と正岡子規の生涯を通して「明るい明治」を描こうとした作品であると聞く。

そして、原作によれば秋山兄弟の兄の好古は陸軍の騎馬軍団の指揮官であって、「名誉の最後を戦場に遂ぐるを得て男子一生の快事」と書き残した滅私奉公の筋金入りの軍人であり、弟真之も日露戦争で連合艦隊司令長官として作戦参謀をつとめたという、これも筋金入りの軍人だというのである。
さらに正岡子規が早逝する運命にある以上は、今後迎えるであろうドラマの佳境では職業軍人の秋山兄弟をめぐる「人間ドラマ」が事実上の中心テーマとならざるをえない。

明治の軍備拡大路線(富国強兵)をこともなげに国の近代化と言いくるめ、日清・日露戦争で軍功をとげる軍人兄弟の歩んだ道を「希望に満ちた坂道」と文学的な修辞を使って美化し、ドラマを「明るい明治」をめぐる青春群像ドラマにしたてあげていくNHKの手法に、平和憲法下の現代と言う時代とのズレを感ずる人は多いのではなかろうか。

司馬遼太郎の戦争観について!(とくに日露戦争をめぐって)
ところで、司馬遼太郎はその原作のなかで、断片的ながらも数行をさいて自分の作品の基調をなす歴史観をこともなげに語っているというのだ。

そこで日露戦争は侵略戦争ではなく「愛国的栄光の表現」(文春文庫 新装版 第八分冊、P343)と表現され、さらには当時の「民族的共同主観のなかではあきらかに(日露戦争は)祖国防衛戦争だった。」(第八分冊、P360)と言い放っているという。

このものの見方は「司馬史観」とも呼ばれ、「日露戦争はロシアの南下政策のためにおきた自衛戦争である」といった歴史認識がいまだに多く人々をとらえていることと併せて、「昭和の戦争は(非合理な侵略戦争で)悪かったが、明治時代の戦争は良かった」という歴史認識の有力な論拠となっていることが多い。

そこで日露戦争がはたして、追いつめられた者が生きる力のぎりぎりの限りを尽くした防衛戦争であったという評価にふさわしい本当の意味での「自衛戦争」であったのか、はなはだ簡単であるが検証してみたい。(歴史研究者でもなくおこがましいが)

日本とロシア双方の膨張主義の衝突の産物としての日露戦争!(背後に英国の影)
さて、日露戦争の最大の原因は朝鮮半島と南「満州」への勢力圏拡大をめざす日本と、「満州」の独占的支配と朝鮮半島への進出を目指すロシアとの衝突にあり、それは日本側ならびにロシア側双方からの帝国主義的膨張政策の延長線上にひきおこされた帝国主義戦争に他ならなかっただろう。

当時の日本の国家指導者はロシアが南下してくれば朝鮮半島が危なくなり、朝鮮が危なくなれば日本もロシアの脅威に直接さらされるという過剰な危機感にとらわれ、先制攻撃戦略を発動して朝鮮へ、さらには南「満州」へと勢力の拡大に躍起になったのである。

それゆえに、この当時の国家指導者の「危機感」なるものは正しい意味での自衛戦略ではなく、自分たちみずからが膨張戦略をとっているがゆえにかもしだされる擬似的危機感に他ならなかった。

また、当時の欧米の帝国主義列強間の最大の対立軸はイギリスとロシアの間にあり、南アフリカのボーアでの植民地戦争の泥沼に足を取られ、自らは動きの取れないイギリスが「日英同盟」という軍事同盟を日本と結んで、極東でのロシアの膨張を押さえようとして生み出したのが日露戦争であり、当時の英・露という「二大強国」間の世界的な対立激化が日露戦争の大きな背景を形づくっていた。

このことは当時の日本が日露戦争の戦費18億円のうち40%をイギリスとアメリカに日本国債を買ってもらうことで、かろうじて戦費の調達に成功したことからも裏付けられよう。

その△紡海images2267