日露戦争のもたらしたものとは!(日本の軍事大国化への決定的転換点)
そして、戦争の長期化によりロシアの南進と日本の北進の双方を恐れた他の欧米列強が、それぞれの戦略的思惑から講和の勧告をおこない締結されたのがポーツマス講和条約であり、この結果として日本はサハリン(樺太)の南半分の割譲を受け、さらには朝鮮半島への支配権をゆるぎないものとした。(その5年後の1910年に日本は韓国を併合する

さらに日本は関東州(大連・旅順のある遼東半島南部)を確保し、南満州鉄道の利権を手に入れ、この後は「満州」への勢力拡大がわが国の国策となり、日露戦争は中国大陸への進出へと日本がのめりこんでいく大きな歴史的転機となっていく。

また、世界的な帝国主義列強間の軍拡競争は日露戦争によって拍車がかかり、それまでのイギリス・ロシア間からイギリス・ドイツ間へと軍拡競争の対抗軸が移ることで世界の権力政治の様相を一変させ、これは日露戦争の10年後にヨーロッパを中心とした世界戦争(第一次大戦)の勃発を誘発する要因ともなったのである。

images2271このように日露戦争は当時の日本の指導者がロシアの南下に対抗して朝鮮へ、さらには南「満州」へとその勢力圏を拡大させようとしておこった戦争であり、けっして「自衛戦争」と呼べるものではなく、当時の日本の対外膨張戦略が生み出した戦争であった。

また、日露戦争は日本社会に大国主義のイデオロギーを浸透させ、同時にまた軍部の日本政界における地位向上をもたらし、わが国が軍事大国へとつきすすめ決定的な転換点となったのであり、けっして「昭和の戦争は悪で、明治の戦争は良かった」という評価を成り立たせるものではない。

生前は原作の映像化を堅く固辞した司馬遼太郎!
ところで、司馬遼太郎は生前に多くの映画会社やテレビ局からの「坂の上の雲」の映画化やドラマ化にむけてのすべてのオファーを断ったという。

それは司馬本人が原作を映像化することでミリタリズムが鼓舞されることを恐れたからだと聞くが、この司馬遼太郎の生前の意思を斟酌すれば、韓国併合100周年を迎えんとするこの時期にNHKがあえて「坂の上の雲」のドラマ化に踏み切ったことに、どのような政治的な背景や思惑が介在しているのか理解に苦しむところではなかろうか。

かっての村山談話で日本政府は公式に「過去の一時期の植民地支配と侵略によって多くの人々、とりわけアジアの人々(当然に朝鮮半島や中国も含まれる)にたいして多大の損害と苦痛を与えたことを謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省と心からのお詫びを表明」したのだが、それにもかかわらず公共放送のNHKがこのような歴史認識と相反する「大作ドラマ」を複数年にわたって放映するのか、その見識を疑うべきではなかろうか。