医療法人内部での突然の解任劇の経緯について!
8月12日銚子市立病院はプレスリリース(報道発表)を行い、突然の病院トップの交代を発表した。
医師不足で経営困難におちいった波崎済世会病院の再建を手がけ、その手腕を銚子市立病院の再建に生かすべく昨年の12月1日に銚子市の特別参与に就任し、病院長として5月に病院の再開を果たしたばかりの笠井源吾氏を院長職から解任し、かわりに白濱龍興副委員長をその後任にあてるというものだ。

野平市長が昨年の7月に市立病院再生を委ねる「市立病院再生準備機構」を発足させたものの、4ヶ月の間に一人の医師の招聘にも成功せず、市民の間に悲観的な空気が広がっていたときに、自ら病院再生のさきがけとなるべく笠井源吾氏が名乗りをあげたのが昨年の11月である。
野平市長はこれで病院再生の「第二ステージ」に入ったとして、今年4月の暫定開業(実際は5月)へとようやく足を踏み出すにいたったのも笠井氏がこの時に名乗りを上げたことによる。

さらに、一定規模の医師数を確保してからの再開にこだわり足踏みをしていた野平市長を、少人数の医師による外来診療から始めることで早期再開を図り、順次診療内容を充実させる手法、すなわち「小さく生んで大きく育てる」方向へと軌道修正させ、今年5月の市立病院再開へと道を切り開いたのも笠井氏の手腕によるものであったことは間違いない。

こうして市民の早期再開の願いを背負い、5月の病院再開を実現させた笠井院長に対する銚子市民の信頼は絶大なものがあり、これからどのように病院の診療内容を充実させていくのか、笠井氏のもとへ多くの市民から期待と応援のコールが送られていた。
そこへ笠井氏本人への事前の相談もなく、また本人が知らされていない状況のなかで、市立病院の経営にあたる医療法人の理事会が8月6日に開かれ、田中肇事務局長の突然の動議提出により同氏の解任が決まったというのである。

田中肇氏は同医療法人における事実上のトップとささやかれており、日本コンテンツネットワークCEOなどというたいそうな肩書きがついてはいるが、市立病院における野平市長人脈の頭であり、また院長後任の白濱氏は田中氏に近い人物と目されていた。
これは独自の経営理念によって市立病院再開への道を切り開き、またこれからの病院再建にも多くの市民が期待を寄せていた笠井氏を、「異分子」として病院経営から排除しようとした田中氏など野平グループによる事実上の“クーデター”と評価するのがふさわしいだろう。

“民間内部”の問題には口出しできないという野平市長の妙な理屈について!
さて、9月の銚子市議会では当然のごとくにこの突然の院長交代劇に議員の質問が集中したが、これらの質問に対する野平市長の答えがふるっていた。
市立病院の院長の交代は民間機関の内部の出来事であり、民間内部の問題に銚子市として関与するべきではないというのである。

だが、現在市立病院を経営する医療法人は“民間”といってもただの民間ではなく、最初に銚子市からこの法人の基本財産と当面の運転資金という名目で3200万円の出資を受けており、自らはビタ一円足りといえども出資してはいない。
また、今年度においては銚子市から1億8千万円の指定管理料をうけとることになっており、また病院再開に当たっての外壁などの修繕料1億5千万円もすべて銚子市の懐からでているのである。

すなわち、この医療法人は銚子市丸かかえの組織であり、さらには9月の市議会においても赤字補填のための補正予算5800万円が議決されたばかりだ。
なにゆえに“民間内部”の問題であるから銚子市は口出しできないのか、とうてい市民の納得の得られる理屈ではないだろう。

公立病院の指定管理者として医療法人がその経営にあたる場合にも法人の理事会に市民の代表や地元地方議員などが参画し、住民の要望や声を病院経営に反映させるための枠組みを採用しているケースは多いし、本来はそうあるべきものだろう。
だが、銚子市立病院の理事会には市民を代表する構成員は存在せず、笠井氏を除きすべて“野平市長お手盛り”のメンバーばかりというのが実態であった。

すなわち笠井氏解任は野平ファミリーによる公的病院の「乗っ取り」であり、事実上の銚子市立病院私物化への大きな一歩に等しいだろう。
聞くところによると笠井氏は9月末を持って「勇退」することになっており、その後は野平ファミリーの天下となることは間違いない。

TV朝日まで野平ファミリーの応援団になるのか!(どんな取材をしたのか)
さて、この突然の解任劇を受けてであろうか、9月23日の秋分の日にTV朝日のお昼のニュース報道番組「スクランブル」のなかで銚子市立病院に関する取材報道が放映された。
赤字経営と医師不足になった銚子市立病院の再建に取り組む人物として白濱現院長を最初から最後までクローズアップしており、まるで市立病院再開にいたるまでのすべてが白濱氏の実績であるかのごとき印象を与えるものとなっていた。

白濱氏が月曜日の早朝に東京の自宅を出てからの一週間の行動と生活ぶりを追いかけ取材しており、氏が医師のスカウトのために大病院の門をくぐる場面や、例の銚子一の高層マンションであるマークタワーの一室とおぼしき白濱氏の部屋にカメラが入るなど、テレビ画面は白濱氏一色に染まっていた。
TV朝日まで野平ファミリーとグルになって「提灯持ち番組」を制作するのかと筆者はTV朝日に異議ありの電話をしたが、その後番組担当者からの返事はなかった。
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