images2111去る1月31日に東京第五検察審査会の起訴議決を受けて選任された指定弁護士が小沢一郎元民主党代表を政治資金規正法違反の罪によって強制起訴した。
その際に某革新政党のI書記長は記者会見をおこない「強制起訴によっても国会での説明責任を免れることはできない。司法は司法の役割があり、国会は国会で真相究明と政治的・道義的責任を明らかにする責務があることはいささかも変わるものではない。きちんと国会での証人喚問の処置をとるべきである」というコメントを発表した。

ところで検察審査会事務局は小沢一郎の起訴議決をおこなった11人の審査員の平均年齢を当初は30.9歳と発表し、その後に平均年齢を33.91歳に突然修正するという奇妙なドタバタ劇を展開した。
これは審査員のサンプリングの正当性に決定的な疑問を生じさせる出来事となった。
さらに検察審査会事務局は11人のメンバーを匿名で守り、いつ誰が、どのような審議を何回おこなったのかということもいっさい明らかにしていない。
いい加減な審査員のサンプリングにくわえ、11人の審査員はどんな議事をしたのか、情報をいっさい開示せず、これで人ひとり(小沢一郎)の政治生命の生殺与奪を決めようというのだから、いい加減なものである。

国民の知る権利と「刑事被告人」小沢一郎の人権とどちらを重んずるべきか!
さて、小沢一郎を強制起訴とした東京第五検察審査会の議決の正当性は別に論ずるとしても、さきのI書記長の小沢一郎の証人喚問をめぐる発言には大きな疑問を感じざるをえない。
メディアは小沢一郎が自らの疑惑に関しての「説明責任」を果たしていないと繰り返すが、今回、小沢本人はすでに強制起訴によって刑事被告人とされており、いずれ公開の法廷ですべての証拠が開示され、その全容が明らかになるのである。
政治家をめぐる疑惑が刑事裁判の対象となっていないケースでは、政治家の「説明責任」のみが国民の知る権利に応えうる唯一つの方法であろうが、今回の小沢一郎の場合にはすでに刑事裁判の対象となっており、「説明責任」より刑事被告人の人権のほうが優先されるべきなのである。

民主社会以前の刑事事件では、まず被疑者本人を引っ張りだして質問し、脅しや拷問などによって自白させればそれで有罪という人権無視の手法がまかりとおり、冤罪で苦しむ人が後を絶たなかった。
それゆえ、その歴史的な教訓を踏まえて現在の民主的な司法制度が形づくられており、被告人にたいする質問は全ての証拠の吟味が終わった裁判の最終段階でおこなわれることとなり、それまでは刑事被告人は任意のものを除き、自己の不利益となるいっさいの自白の強要から守られるのである。

また、現在の裁判では法廷外と法廷内との区別はなくなっており、強制力のある国会の証人喚問で余儀なくされておこなった証言でも全てが検察側の刑事裁判での証拠として利用されることは避けられない。
まして、国会での証人喚問は法廷とは違って相手側の尋問を遮って被告人を守る弁護士のガードはなく、議員による不当な誘導尋問から証人を守る手立てはいっさいない。
それゆえ、小沢一郎の今回の刑事裁判においても刑事被告人の人権は保障されるべきであり、国民の知る権利があるから今回は特別だという論理は成り立たないのである。
また、某革新政党のI書記長の「刑事裁判と政治家の政治的・道義的責任とは別であり、強制起訴によっても小沢一郎は国会での説明責任を免れることはできない」という論理も成り立たないのである。

小沢一郎は本来無罪であり、その議員活動に制約を設けるべきではない
小沢一郎をめぐる今回の刑事裁判は検察が証拠を見つけられずに二度も不起訴とした案件であり、証拠はないけれども素人からなる検察審査会がとにもかくにも裁判の場で白黒をつけろと決定したことで始まる裁判である。本来は小沢一郎は無罪なのである。
それゆえに「推定無罪の原則」を通常の裁判の場合よりも重んずるべきであり、小沢一郎の議員活動にいかなる制約を設けるべきではない。
国会のとるべき態度は裁判の行方を見守る以外にはないはずである。


ゼネコンと癒着して国民の税金の還流をうける小沢一郎像には裏付けの証拠がない(追伸)
東北地方の公共事業を食い物にしてきた小沢被告とゼネコンの癒着ともいうべき深い関係と国民の税金の還流という構図が小沢一郎をめぐる「政治とカネ」の核心の一つであると某革新政党は言う。
だが、特捜部が各地から検事を動員して東北地方のゼネコン支社を捜査したが、検察がマスコミにリークして報道させた小沢の「天の声」や「あっせん収賄」の裏づけ証拠はついに見つけられなかったのである。
小沢とゼネコンの癒着と国民の税金の還流という小沢一郎をめぐる「政治とカネ」の問題は現在のところ何の証拠もない憶測事項でしかない。

1993年のゼネコン事件の際に、清水建設の献金リストが見つかり、同社が上から二番目の「A」ランク(盆暮れに各500万円)に小沢一郎を格付けしていたという過去の話を持ち出しても、現下の小沢の「政治とカネ」の問題の証拠になるわけではない。