村の高台にある庄屋の五兵衛は地震の揺れを感じた後、海水が沖合いへ退いていくのを見て津波の来襲に気付いた。そして、祭りの準備に夢中の村人たちに津波の襲来を知らせるために、五兵衛は自分の田にある刈り取ったばかりの稲の束(稲むら)に松明で火をつけた。
「すわ、火事だ」とばかりに消火に集まった村人たちの眼下で猛威をふるう津波。五兵衛の機転と犠牲的な精神によって村人たちはみな津波から守られたのである。


これは戦前の国定教科書にも掲載された「稲村の火」のストーリーですが、この逸話は醤油醸造業を営む浜口儀兵衛家(現・ヤマサ醤油)当主で、第7代浜口儀兵衛を名乗った浜口梧稜(はまぐち ごりょう)の史実にもとづいています。
それは1854年におきた安政南海地震による大津波が紀伊国広村(現和歌山県有田郡広川町)を襲った際に、浜口梧稜が自分の田にあった藁の山に火を放ち、暗闇の中で村人に安全な避難路を示したというものです。

だが、国定教科書の教材となった「稲村の火」には書かれてはいませんが、浜口梧稜の偉業は災害の際の迅速な避難に貢献したことばかりではなく、被災後も将来再び同様な災害が起きることを慮り、私財を投じて防潮堤を築造した点にもあることはあまり知られていません。
92年後の1946年(昭和21年)におこった南海大地震の際の津波被害はこれによって救われたといいます。

「震災復興国債」による内部留保の活用と50兆円の義援金について!
さて、政府は東日本大震災からの復旧と復興に向けた国家的なプロジェクトを発表しましたが、このプロジェクトには復興財源として特別法人税や特別消費税の創設などが掲げられ、「社会連帯税」としての所得税の増税や「震災国債」の日本銀行による引き受けの検討などが盛られているといいます。
だが、このプロジェクトには肝心の財源についての検討をおこなった形跡がありません。
それは244兆円にも上るといわれている大企業の内部留保の活用であり、従来の赤字国債とは別枠で「震災復興国債」を発行し、これを大企業に引き受けてもらうという案です。

11年度予算には大企業・大資産家向けの2兆円もの減税が盛り込まれていますが、これには当の財界の方からも「これはもういい」との声が上がっていると聞きます。
それならば、もう一歩踏み込んで「震災復興国債」を引き受けていただきたいし、さらには「稲村の火」の浜口梧稜の偉業から学び、巨大な内部留保を溜め込む大企業や大資産家の人たちには50兆円の義援金へのご協力をお願いしたいと思います。
大企業や富める人たちが浜口梧稜の故事に倣って、その「私財」の一部を将来の防災と被災者の生活再建のために投じてくだされば、震災で被災した方たちにとってどんなに励みになり、また力になるか、計りしれないと思います。

多くの国民が被災地の復興を願って、なけなしのお金をはたいて義援金に協力しており、また、被災地でのボランティアに参加しています。
財界や富める人たちにもぜひともご協力をお願いしたいと思います。
義援金が無理であれば、皆さんの内部留保を取り崩しての「震災復興国債」の引き受けだけでもご協力していただきたいと思います。
これもまた被災者の方々にとって大きな励みとなることは間違いありません。