最近、聞いた話によると、管首相が退陣を口にした途端に小沢一郎氏がマニフェストの修正に柔軟な姿勢を示したといいます。
管直人氏は首相に就任したとたん、マニフェストの修正に着手し始めましたが、昨年の民主党代表選を筆頭に小沢氏はマニフェストの修正をもくろむ管首相に「マニフェストの堅持」を旗印に反旗を翻してきました。
だが、小沢氏は自身にとって最大の政敵である管首相の退陣が明らかになるや、マニフェスト堅持の旗を下ろし、マニフェスト修正に柔軟な姿勢を示したというのです。

ということは小沢氏にとって、マニフェストとは政敵である管首相を引きずりおろすための政争の単なる道具でしかなかったということでしょうか。
また、09年の総選挙の際に子ども手当、戸別所得補償、高校授業料無償化、高速道路料金の無料化などといった受けのよい政策を並べたてた民主党のマニフェストも有権者の票を釣るためのものでしかなく、たんに選挙に勝って政権を獲得するための道具でしかなかったのでしょうか。
だが、事実として09年総選挙時の民主党マニフェストは自民党政治にうんざりして政治を変えてほしいという国民の願いを強く反映したものであったし、国民はこのマニフェストに期待して「自民党政治を変えてほしい」という願いを民主党に託しました。

ところが鳩山政権以来、民主党政権は政治の流れを変えてほしいという国民の願いを裏切り続ける道をつきすすんできており、この道をすすむ限り誰が代表や首相になっても遅かれ早かれ行き詰らざるをえません。
しかし、ここにきてマニフェスト堅持の旗を掲げていた小沢氏までもがマニフェストを捨てて公約を裏切り、政治を変えてほしいという国民の願いに背を向けようというのです。小沢氏の豹変はこの流れにダメを押したもののように思えます。
筆者は誕生したとたんに総選挙時の公約を裏切り、政治の中身としては限りなく自民党政治との一体化をすすめた管内閣に対し、マニフェスト堅持を掲げてこれに対抗する小沢氏および小沢グループにはかなりの共感を感じていました。
また、ここに「政治とカネ」の問題があったにもかかわらず、小沢氏への支持がきわめて根強かったことの最大の理由があったし、昨年の民主党代表選で管直人氏と小沢氏ががっぷり四つに組んでたたかえた基盤がありました。

「政策はしょせん大道具、小道具」とうそぶく言葉に小沢氏の政治的本質が見えること!
さて、8月25日の朝日新聞は“小沢詣で”をおこなった前原誠司氏と幹事長職を要求する小沢氏との折り合いがつかなかったという記事を掲載しましたが、この記事には小沢一郎氏の「政策はしょせん大道具、小道具。権力を持たないと何の意味が無い」との言葉も掲載されました。
そして、筆者はこの言葉によって、ようやくにして小沢氏の政治的な本質を理解することができたのです。
政党とは政策や理念を共有する人間集団であり、その政策や理念を実現するための組織であるところに政党の本質があります。
ところが、小沢氏にとっては政策とは単なる大道具や小道具であり、政策とは権力を獲得するための手段であり、便法でしかないのです。
小沢氏にとっては権力を持つこと自体が目的なのであり、政策はそれを実現するための単なる手段でしかありません。

小沢氏のこの政治的本質が多くの識者や国民に隠され続けていたことから「小沢待望論」が生まれ、この小沢幻想が日本の政治をひっかきまわし、本来なら社民党や共産党に向かうべき票を数多く集めることで日本の政治を結果的に右傾化させてきたのです。
もはや「国民の生活が第一」というスローガンや「09年民主党マニフェスト」は死文化しており、このようなものに期待することはできないでしょう。
なんといってもこのスローガンの提唱者であり、09年マニフェストを作成した当の小沢氏自身が政策は単なる道具でしかないと言っているのですから間違いありません。

また今回の民主党の代表選挙で、玄海原発の再稼動問題ではいちはやく地元に入って知事や町長を説得し、福島原発事故後における原発再稼動の先頭に立った「原発の守護神」海江田氏を小沢グループが担ぎ出したことにも呆れました。
前原誠司氏ですら「あらたな原発は作らない」、「20年後には原発はなくす」と口先では言っているのですが、それにすら踏み込めない海江田氏を小沢グループが担ぎ出したことは、小沢氏はこと原発問題に限って言えば前原氏や野田氏よりもさらに劣っていることを物語るものと筆者は考えます。