橋下大阪市長による「思想調査」はいったん凍結されましたが、そこにはそれですまされない重大な問題がふくまれています。
今回の「思想調査」は、ほぼ全職員を対象に職務とはまったく関係ない「組合活動」や「特定の政治家を応援する活動」に関わったかどうかを問うものでした。
しかし、この調査の悪質さは投票支持や応援などに「誘った人」、すなわち友人や知人の氏名を聞きだそうとするところにあります。
この「尋問」によるリスト作りは旧東ドイツのシュタージュ(秘密警察機関)が駆使した手法を思わせるものであり、同組織は「反体制的」だと思われる市民を尋問にかけて自白させ、それをもとにさらに多くの市民を尋問にかけるという手法を採用しました。
このことが市民のなかに相互の疑心暗鬼を生み出し、この“空気”が人権侵害の横行する専制政治を支えました。

また、1950年代の米国で「マッカーサー旋風」(赤狩り)が吹き荒れた際には、議会で「非米活動委員会」が設置されました。
この委員会が「共産主義者」、「同調者」とレッテルを貼った人物を尋問し、友人や知人の名前を告白することを迫りましたが、これを拒絶すれば「議会侮辱罪」で起訴されたり、良くても職を失うことを余儀なくされました。
このような歴史の事例にかんがみれば、今回の調査が職員や市民の間にどれだけ疑心暗鬼を生み出したのかは計り知れません。
橋下氏自身が言うところの「権力者」であったならば決して手を染めるべきでない違法な行為であることは自明です。

さて、貧困や格差が広がる中で、大衆のやり場のない不満やうっぷんが蓄積しています。
歴史を振り返れば、このような人々の不満や雰囲気に便乗して次々と「仮想的」をつくり攻撃しながら求心力を高め、権力や支配をほしいままにしたファシズムが出現したことは少なくありません。
私たちの身近にも「仮想的」とされそうな存在は数多くあります。たとえば地方公務員や地方議員、労働組合、在日の外国人などが「既得権益」を持つものとしてやり玉に挙げられる可能性は否定できません。
だが、同時に歴史はこのような動きに対しては思想や信条の違いを超えて共同するしかないことも教えています。歴史の教訓に学んだ連帯が求められる所以です。

河村たかし名古屋市長の「南京事件はなかった」発言の問題点と、姉妹都市関係の終焉!
名古屋市の河村たかし市長が同市役所を表敬訪問した姉妹都市の南京市共産党委員会幹部と会談した際に、「旧日本軍による1937年の虐殺はなかった」と述べたことを受けて、南京市政府は名古屋市との姉妹都市関係を一時停止することを明らかにしました。
最近の橋下大阪市長の動きにすっかり目立たなくなった河村氏が露出度を高めようと、南京市の当局者を前に「南京事件はなかった」発言をして、南京市当局や南京市民の怒りをかったのです。

河村氏は自分の父親が日本軍兵士として南京侵攻に参加したものの、中国で「温かいもてなしを受けた」ことを挙げ、これを南京事件がなかった論拠としています。
だが、個人的な経験に基づいて歴史を主観的に憶測することはたいへん不謹慎で無責任なやり方にほかなりません。
南京事件は極東軍事裁判の判決でも確認されており、史実を裏付ける歴史的な資料が大量に存在しています。
米国のハイスクール向けの歴史教科書にも日本軍が非武装の南京市民を大量に虐殺したという記述があり、さらに、この史実を否定することは生き残った人々の苦難をも否定することにもなります。

また、河村氏の挙げる根拠なるものは「父親が南京で親切にしてもらったから」というものですが、南京市民の本来の親切心を逆手にとって、それで虐殺を否定する根拠にすることは本来成り立たたない話なのです。
今、なぜ日中関係に波風をたたそうとするのか、河村氏の政治家としての見識を疑うものです。
ホルムズ海峡をめぐる米・イラン間の極度の緊張、黄海での米韓軍事演習と北への挑発的な応酬、反中国軍事包囲網の構築などにこれ以上、緊張と軋轢を増し加えることは聡明な政治家のやることではありません。