光をめざして

社会や身の回りにおこったこと、その他もろもろの出来事について折にふれて感じたことを投稿します。

戦争と和解

莫大な賠償請求権を放棄した中国政府、および戦争責任を曖昧にしたまま賠償を免れた日本政府(尖閣「棚上げ」はそれと表裏一体である)

◎尖閣「棚上げ」と同時におこなわれた中国の賠償請求権の放棄について!
 1952年、日本は台湾の「中華民国」政府との間に「日華平和条約」を結び、台湾政府の国際的立場が弱いことを利用して、中国侵略にたいする賠償請求を放棄させました。
そして日本は、1972年のニクソン訪中をきっかけとして中国政府と国交交渉を始めますが、「日華平和条約」をたてに「戦争状態は終結し、賠償問題は存在しない」と強弁し、戦争責任を回避したまま国交を回復しようとしたのです。
 この時、中国の周恩来首相は怒りを露わにして次のように語ったといいます。 
 「我々は賠償の苦しみを知っている。この苦しみを日本人民になめさせたくない。
 我々は田中首相が訪中し,国交正常化問題を解決すると言ったので,日中両国人民の友好のために、賠償放棄を考えた。しかし、蒋介石が放棄したから、もういいのだという考え方は我々には受け入れられない。これは我々に対する侮辱である。」
 だが、すったもんだの末に日中共同声明には「中日両国国民の友好のため」という理由で賠償請求の放棄が盛り込まれたのでした。
 結局、中国は受けて当然の莫大な賠償を放棄したのであり、日本は冷戦に乗じ、中国と台湾の争いにつけ込んで賠償を免れることになりました。その上に日本政府関係者の中にはその後も侵略の責任を否定し続けるものが後をたちません。
 尖閣諸島の「棚上げ」合意と同時に行われた1972年の日中共同声明での賠償請求放棄は中国にとっては大きな自己犠牲であったと思います。また同時に尖閣の領有権を留保して「棚上げ」としたこともこの賠償放棄の精神と切り離すことはできません。
尖閣の問題をこの歴史的文脈と切り離して排外主義的ナショナリズムと好戦的な論調で論ずることは、過去の日中関係を考えると道義的な観点からいっても是認できるものではないのです。
「海洋権益の確保」という名目で中国政府が強硬な対外政策をとっていることは事実であっても、少なくても日中関係においては、これらの歴史的事実を踏まえたうえでなければ両国関の問題の解決にはなりません。
国有化の決定を撤回して原状回復を図ることは今回、日本側に求められている最低限の措置だと思います。
http://blog.goo.ne.jp/ngc2497/e/7563263782c9274a41ef7391c9a243a4
 
◎ちなみに日本の侵略で受けた被害は蒋介石政権の試算によっても将兵の死傷331万人以上、非戦闘員の死傷者842万人以上、物的損害は掌握できたものだけで313億ドル以上(1937年6月の米ドルに換算、同年の日本政府の一般会計歳出は7.7億ドル強)に上ります。そして、これは蒋介石政権による試算であり、実際にはこれを大幅に上回る被害を被っています。

本当に明治政府は当時「無主の地」であった尖閣諸島を「先占」したのか!および河野洋平氏による警告について!

◎尖閣の日本の領有は「無主の地」の「先占」だったか!
日本政府は尖閣を日本に編入したとされる明治政府の1895年の閣議決定を、どの国の支配も及んでいなかった当時の釣魚島とその付属島嶼などの「無主の地」を「先占」したものと説明している。
すなわち、持ち主のいない土地を先に占めることで当時の明治政府が領有権を正当に取得したというのである。
だが、釣魚島と付属島嶼(尖閣諸島)は15世紀以前に中国南部の商人や漁民が航海の際の目印として、これらの島嶼とその付近の海域で生産活動をおこなってきている。
また、明・清の時代に琉球王国(現沖縄県)は中国と冊封関係(宗主国と朝貢国)にあり、琉球王国で王が交代するたびに、明国や清国から王の正当性を中国の皇帝が認証するための使節(冊封使)がやってきた。彼らは福建省から釣魚島と付属島嶼を経由して琉球に渡ってきたのである。
この歴代の冊封使の記録を見ると、釣魚島等の島嶼は中国の領土で、これらの島嶼を通ったあとに琉球の領域(久米島以東)に入ったと明確に指摘している。また、当時の琉球側も同じ認識に立っていたことも記録されている。
さらに外務省の外交文書には明治政府も釣魚島が「無主の地」ではなく、中国に属すると認識していたことが詳細に記録されている。(日本外交文書第18巻、23巻)
これらも史実であり、尖閣諸島が日本固有の領土であるという主張は成り立たないということになる。大事なのは事実であり、「国益」や「偏狭な愛国心」などではない。
http://www.geocities.jp/ktakai22/murata.html

◎慰安婦談話否定などにたいし河野洋平氏が鋭い批判を雑誌「世界」に寄稿!
元自民党総裁の河野洋平氏が雑誌「世界」に寄稿。民主党政権による原子力基本法の改変や集団的自衛権の容認の動きなどを批判しました。
そのうえで河野氏は「平和国家としての日本の存立を危うくしかねないような数々の法改正などを、さしたる議論もなく進めており、実に危険なこと」と憂慮しています。
また河野氏が官房長官だった93年に「慰安婦」問題で軍や官憲の関与による強制連行を認める談話を発表しましたが、これには政府による被害者への事前の聞き取りが行われていました。
河野氏はその経験から「強制の証拠がない」から慰安婦の存在を否定する論者に対してこう警告しています。
「日本政府の調査に対して当時者の方々がその辛い体験を話してくださったのは、こちらへの信頼が生まれて初めて語ってくださったのです。にもかかわらず『証拠がない』という批判は、その信頼を裏切るものだと指摘しておきたい」
安倍晋三氏や橋下徹氏などはこころして聞くべき言葉だと思います。また現在の政権与党や自民党に河野氏のような良識を持った有力政治家が見当たらないことは日本国民にとって実に不幸なことのように思います。
http://j.people.com.cn/94474/7948916.html



竹島問題と尖閣問題をめぐる日本政府のダブルスタンダードについて!および第二のトンキン湾事件に気をつけよう!

◎竹島問題と尖閣問題をめぐる日本政府のダブルスタンダードとはなにか!
尖閣問題をめぐる日本政府の立場は「領土問題は存在しない」の一言に尽きています。だから、そもそも存在しない問題なのだから中国側からこの問題でイチャモンが来ても、反論しないし外交交渉もしないということになります。なぜなら、この問題で主張や反論をおこなえば領土問題の存在を認めることになってしまうという論理が働くからです。
また、「領土問題は存在しない」という立場は毅然としていて強いように見えますが、それは言い変えれば相手に主張も反論もしないことにほかなりませんから、この立場は逆に日本の外交を弱めています。
ここは尖閣諸島をめぐり日中間の領土紛争が存在する事実を正面から認め、現在の虚構にもとづく日本政府の立場を転換しなくてはなりません。そうしない限り、この問題の解決の糸口は見えません。
ただその場合でも、今回は拙速すぎた国有化をいったん撤回した上でなければ交渉のテーブルはつくれないでしょう。

また、韓国とのあいだには竹島(独島)の領有権問題があります。竹島をめぐっては韓国が実効支配を続けています。そして韓国政府は「領土問題は存在しない」と言い続けており、それにたいして日本政府の側は外交交渉を求めているといった構図が存在します。
これは日本政府が尖閣を実効支配しており「領土問題は存在せず、外交交渉はしない」と主張していることと瓜二つです。
日本政府は竹島では外交交渉をしてくれと言っていながら、尖閣では外交交渉はしないと言っているのです。
これは明白な二重基準(ダブルスタンダード)であり、両方の問題が一歩もすすまない根源にこの問題があるのです。
ゆえに尖閣を外交交渉で解決すれば竹島問題での解決にもつながるのです。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-09-23/2012092304_01_0.html

◎第二のトンキン湾事件のでっち上げに気を付けよう!
中国の漁業解禁によって多数の漁船と海上監視船、海巡、海警、駆逐艦などが尖閣周辺の海域を遊弋しています。これには台湾も加わっており、日本の側も海保巡視船やその背後の海自、空自が鵜の目、鷹の目で睨み合っている現状が続いています。
また、米国政府も尖閣は日米安保の適用地と発言して中国政府を威嚇しています。さらに「寄らば切るぞ」と石原慎太郎は高飛車な態度を示し、これに負けじと野田ドジョウやタカ派たちが「集団的自衛権を発動する」と凄みを聞かせています。
また、自民党総裁選で石破などは海兵隊を創設し、邦人救出のための中国への派兵まで言い出しています。
これらの状況を総合的に勘案すると、いつなんどき第二のトンキン湾事件がでっち上げられても少しも不思議ではありません。

東京の大マスコミの好戦的な反中国キャンペーンに乗せられてはいけません。大メディアは一致団結しており、彼らのあいだでの相互批判や内部批判などいっさいありません。
石原などと組んで好戦的な反中国キャンペーンをすすめている大メディアにはTVを見ないこと、新聞には不買で対抗するしかありません。
あくまでも反戦平和・日中不再戦・日中両国人民の友好促進です。
(トンキン湾事件とは!)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E6%B9%BE%E4%BA%8B%E4%BB%B6




双方が尖閣問題をめぐり軍事的対応論の応酬をおこなっている現状は自制すべき!および日本共産党の志位委員長による尖閣提言について

◎田中真紀子氏、自民党総裁選を酷評、戦争を辞さない勢いの方々だ!
「軍人」「凡人」「変人」このような言葉がはやったのが14年前。当時は自民党議員だった田中真紀子氏が総裁選に立った3人(小渕、梶山、小泉)を評した言葉です。
さて今は次の総選挙で政権に返り咲くことが「想定」される自民党の総裁選挙の真最中。話題の田中真紀子氏、今回は5人の候補をまとめて「5人の方々は中国で言えば太子堂の方々だ」と評しました。中国で太子堂といえば権力を担う幹部の二世のこと。自民党の5人の候補も世襲政治家ぞろいだからです。
また真紀子氏、「戦争を辞さない勢いの方々だ」とも評していますが、どうやらこれは5人が領土をめぐり繰り返す危うい発言のことを指しているようです。
特に石破茂氏は、軍事マニアと言われるほど軍事が好きな政治家であり、今回の「領土」の問題を機に日本は海兵隊をもつべきだ、法的整備をして、邦人救出のできる軍隊をつくるべきだと発言しています。

また、中国側にも問題があります。それは中国の国防相が米国の国防長官との会談で「平和的解決(今回の件)を望むが、一段の行動をとる権利を留保する」と述べたことです。このような双方からの軍事的対応論の応酬は日中間の緊張の激化を招き、冷静な外交的解決の妨げになります。
中国側には自制を求めるとともに、自民党の総裁候補者の皆さんも「戦争を辞さない二世候補、日本版太子堂」です。こんな極端な右翼主義、軍事力増強論者を党の総裁に選ぶべきでしょうか。
今回の自民党総裁に選ばれたものは、次の総選挙で首相になる可能性があります。これでよいのですか? 日本は軍国主義をめざすのですか?

◎共産党の志位委員長が外交交渉による尖閣問題の解決を政府に申し入れしました。
日中平和友好条約締結時に尖閣の領有権を「棚上げ」したということは、お互いが領土に関する紛争が存在することを認め合ったものにほかなりません。
ところがその後、日本政府は「領土問題は存在しない」という立場に固執し続けた結果、日本側の主張も中国の主張への反論もできず「自縄自縛」状態に陥り、問題解決の道を自ら閉ざしてきました。
そこで共産党の志位委員長、「領土問題は存在しない」という立場を改めて領土紛争の存在を認め、冷静で理性的な外交交渉によって問題の解決を図るべきだと提言したのです。

共産党の今回の提言は政府の立場よりは一歩前進だと思いますが、解決の落しどころを「棚上げ」への現状回復とはしておらず、政府の尖閣「国有化」の問題(今回の紛争の最大のきっかけ)にも触れていません。
さしあたり日本の領有権の正当性を相手に認めさせることを目的とする交渉では問題解決ができないのではないでしょうか。
あくまでも領有権問題の決着は「後世の世代」に託したうえで、「棚上げ」への原状回復と国有化の撤回を行わずには円満な外交交渉のためのテーブルは作れません。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-09-21/2012092101_01_1.html

平和のためならば「腹を切る」覚悟を求めたい。野田氏および玄葉氏は紛争のタネをまいた責任をとって即辞任せよ!

◎ふたたび森田実氏の「時代を斬る」からの引用です。
『平和が第一である。絶対に戦争をしてはならない。 野田首相は大きな過ちを犯した。9月11日の「尖閣国有化」は、重大な過ちだった。 「過ちては改むるに憚ること勿れ」である。率直に自らの過ちを認め、改めるべきである。
 地権者に謝罪してもとの貸借関係に戻せばよい。それで、すべてが丸く収まる。つまらないメンツにこだわる必要はない。平和のため改めるべきは改めなければならない。
 野田首相は重大な過ちを犯した責任をとって総辞職するのがよい。 なにがなんでも平和は守らなければならない。政治家は平和を守るためなら、どんなことでもしなければならない。ときには謝罪しなければならない。腹を切ることもしなければならない。石原慎太郎東京都知事の挑発に乗せられ、石原氏の過激な反中国的姿勢に同調したマスコミに煽られて暴走したことを反省し、原状回復をはかるべきである。』
http://moritasouken.com/sC1351.HTML

野田首相や玄葉外相は日中間に紛争のタネをまいた責任を取って即時辞任だ!
今この緊迫した局面にあって、尖閣の領有権の争いで日中どちらの主張に正当性があるかなどは二の次の議論でよい。これは後世の聡明な政治家たちにまかせ、いまは尖閣国有化の過ちを悔い改め、問題を再び「棚上げ」として原状回復をはかること。これが日中関係の現状を打開する最良の道だ。
そのためには野田首相や玄葉外相など今回の重大な愚行をおかした当事者たちは即時辞任するしかない。平和のためなら日本の指導者たるもの「腹を切る」くらいの覚悟がなくては日本憲法下の指導者の資格はない。
彼らは「憲法9条」を知らないのか。そこには国際紛争の解決にあたっては一切の武力行使や威嚇を放棄すると書いてあるからだ。

この件をめぐりTVのワイドショーなどで「戦争」の二文字がいとも簡単にコメンテーターなどの口から飛び出してくる。これこそ最悪の「平和ボケ」であり、歴史も憲法も知らず、戦争の”巨悪”の本質を分かっていない愚か者どもばかりだ。公共放送の場で「戦争」などという二文字は口が裂けても言うべきではないだろう。
またこんな情勢のもとで行われている自民党の総裁選挙も、5人の候補者がそろって「毅然とした態度」しか言えない情けなさだ。この事態を平和的に収めるための具体策など何もない。なんという無能な連中であろう。
自民党総裁選挙は「どれだけ右寄りか」「どれだけ橋下と親しいか」を競う右翼二世・三世議員の争いでしかない。愚か極まりないとはこのことだ。

(追記)
いまさらこれを引用するのも気が引けるが、憲法9条の1項は下記のとおり。
(平和主義)
  第九条 目本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

尖閣(釣魚島及び付属島嶼)にかかる歴史的な経緯について!(日本の「固有領土」や「歴史的領土」という論は真実か?)

◎尖閣(釣魚島および付属島嶼)をめぐる歴史的経緯について!(もっとも大事なものは事実である)
日本政府の「尖閣の領有権についての基本見解」は次にように述べています。
「尖閣諸島は1885年以降、政府が再三にわたり現地調査を行い、単にこれが無人島であるのみならず、清国の支配が及んでいる形跡がないことを確認の上、1895年に閣議決定を行って正式に我が国の領土に編入することにしたものです」
だが、歴史学者の故井上清氏などの研究によれば尖閣(釣魚島とその付属島嶼)にたいしては明国も清国もずっと主権を行使していたようです。また大量の文献資料もあるようです。
ところが1895年の日清戦争末期、日本の勝利が確定的になったときに尖閣を掠め取り、続いて日本は清国政府に不平等な下関条約(馬関条約)の調印を強要し、「台湾全島およびすべての付属の島嶼」を割譲させたのです。
だから尖閣の領有は清国から台湾やその付属島嶼を奪い取ったこととワンセットであり、たんにタイムラグでしかなく、尖閣領有は中国(当時は清国)からの領土奪取の一部であったということになります。

それゆえ日本の敗戦時のポツダム宣言にもとづき、中国は日本が占領した台湾、澎湖諸島などの領土を取り戻し、尖閣は台湾の付属島嶼として国際法上、中国に戻ったことになります。
70年代に海底油田が発見されたので中国が領有権を主張しだしたのではありません。
私には「領土防衛」だの、胡散臭い「国益」などは二の次であり、史実がどこにあるかということが問題のすべてです。井上説が正しければ日本政府の見解は間違っているのです。また日本共産党の主張(尖閣は日本の歴史的領土)も正しくありません。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120725-00000055-scn-cn

◎森田実氏のWEBサイト(時代を斬る)より引用しました!
『日本国民にとっては、残念なことだが、「事態悪化の責任は中国にはない」との程中国大使の指摘は正しい。今回の混乱の責任は日本政府側にあって、中国政府側にはないということは、真実である。「棚上げ」という1978年の日中平和友好条約締結時の両国政府間の合意を野田政権が一方的に強引に破棄したことが、今回の事態を生んだ真の原因である。
 日本政府と中国政府の間の、日中平和友好条約締結時の合意は「棚上げ」だった。この「棚上げ」の合意を一方的に破棄したのは野田内閣の側である。
中国が尖閣(釣魚島)諸島の領有権を主張してきたこと、現に主張していることを、頭から無視したのは野田内閣である。先のウラジオストクにおけるAPEC首脳会議における胡錦濤主席の申し入れを無視し、直後に「国有化」を閣議決定するという挑発的行為をしたのは野田首相である。
悪いのは野田首相、玄葉外相、藤村内閣官房長官らの日本政府の閣僚と野田内閣を追い込んだ戦争挑発者の石原慎太郎東京都知事と彼らの反中国行動を煽った大マスコミである。』
http://moritasouken.com/sC1350.HTML


野田政権は中国との軍事的な衝突の危機すら招いた責任を取って即時辞任せよ!尖閣ははたして日本の歴史的な領土か?

○石原や野田首相は責任を取って即刻辞任だ!もっと理性をもった政治家が交渉にあたれ!
1978年の日中友好平和条約締結にむけた交渉では「この問題を後の世代にゆだねる」ということにして、尖閣諸島の帰属問題を「棚上げ」しました。
この条約は尖閣を日本が実効支配している現実は双方が認め、中国側はこの現状の変更を求める場合でも平和的な交渉でおこなうこととし、その上でこの問題を「後世の政治家にゆだねる」としたのです。
今でもこの問題を解決するにふさわしい政治家は日中双方ともに不在であり、「棚上げ」を続けることがもっとも賢明な対応であり、日本の実効支配の現実も守れます。
石原慎太郎の尖閣購入宣言や野田首相の「領有権問題はない」発言、及び国有化の閣議決定などは平和友好条約の原点から見れば行き過ぎた振る舞いであったことは明白です。
日中間の平和と友好のためには石原や野田首相は即刻辞職してもらいたいと思います。そしてもっと理性的な政治家が早急に中国当局と交渉すべきです。それがもっとも国益にかなうことと思います。そして解決の基本は尖閣の国有化を白紙に戻したうえで1978年の条約の原点に戻ることです。

○尖閣は日本の歴史的領土という主張は全然ダメだ。戦争反対の役​にたたない!
日中平和友好条約を踏みにじり尖閣の国有化という世紀の愚行をお​こなって、中国との軍事衝突さえ招きかねない野田政権は許しがたいと思います​。
この事態に共産党や社民党はなにを拱手傍観しているのでしょうか。​なぜ反戦平和の旗を掲げて野田政権打倒のキャンペーンを直ちに始​めないのでしょうか。
共産党は尖閣が日本の歴史的な領土だといいますが、この立場では支配​層による中国との戦争策動に対抗できません。ネットを利用していろ​いろ調べると、京都大学の歴史学者であった故井上清先生の説が正​しいように思えます。すなわち尖閣はもともと清国のものであり、日​清戦争のどさくさに紛れて日本が掠め取ったという説です。
東京​のマスコミの反中国キャンペーンや好戦的な報道に接するとこの説​が一番正しいように思えてきます。これは平和が第一と考える筆者の​直感です。
http://www.mahoroba.ne.jp/​~tatsumi/dinoue0.html

反戦平和  日中不再戦  日中両国人民平和友好 

イラク戦争への深刻な反省と総括なしには「自民党再生」の資格などない!

小泉首相によるイラク戦争支持表明とブッシュ演説!
「現在の世界情勢を見るにテロ行為ほど残酷なものはないだろう。
まさに戦争と同じように残酷なものであり、ニューヨークのテロにおいても、あるいはワシントにおけるペンタゴンへのテロ攻撃においても、あるいはインドネシアのバリ島におけるテロ行為においても、まったく罪のない数千人の人々が命を落としているのだから。・・・・
こういう面からも、テロリストや危険な独裁者に大量破壊兵器が渡ったら世界がどのような危険に直面するかは、今後とも真剣に考えなくてはならないのであり、今後そのような不安を起こさないようなテロ発生を防止するような体制をとっていく必要があるし、イラクとの戦闘においても、できるだけ罪のない人に死傷者が出ないように配慮していく必要があると思っている。・・・・」

2003年の国会でイラク戦争にいち早く賛成したことの責任を問われた当時の小泉純一郎首相は、このように述べてイラクでの戦闘を開始したアメリカの方針を支持するにいたった理由を国会や国民にむけて説明した。

だが、イラク開戦に際して当時のブッシュ米大統領は国民にむけて演説をし、そのなかで敵に攻撃されて対抗措置をとるのは自衛ではなく、自殺行為だと明言する発言をおこなっている。
images2288そして、このブッシュ発言は米国のイラク攻撃が「外国から攻撃を受けて自衛権を行使する場合」と「安保理の決定があった場合」の二つに武力行使ができるケースを限定した国連憲章に違反しており、今回の攻撃はまぎれもない先制攻撃の戦争であり、法的にも無法な攻撃であることの告白に他ならなかった。

だが、小泉首相はこの指摘にたいし、前の年の国連決議(1441号)を挙げ、これはすべての国連参加国がイラクに対し大量破壊兵器を廃棄しなさいと要求し、なおかつ最後の機会を与えたものであって、大量破壊兵器の査察に協力せずこの決議に違反したイラクへの攻撃は国連決議に沿ったものであり、国連憲章に合致したものであるとの反論をおこなっている。
また、この論理は当時の米国の一方的な言い分をそのまま鵜呑みにしたものに他ならなかったことは言うまでもない。

国連の枠外でひきおこされたイラク戦争(先制攻撃による無法な戦争)!
しかし、国連の決議はこれを採択した国連の安保理を構成するすべての国が賛成して作られたものであり、その解釈は当然各国が同じものでなければならず、当然ながらアメリカだけが国連決議を独断的に解釈する権利を持っているわけではない

事実としてイラク戦争の開始前は大量破壊兵器の廃棄をイラクに要求した前年の国連決議(1441号)についての解釈をめぐり、安保理内でも意見が分かれており、決議無視を理由としたイラクへの武力行使についてはフランスやロシアや中国の同意が最後まで得られずに終わっている。
それゆえ米国のイラク攻撃は安保理の決定によらない国連の枠外の行動とならざるを得ず、先にやらなければ自殺行為になるんだという先制攻撃の論理による無法な戦争として開始されることとなった。

だが、小泉首相はアメリカなどによるイラクへの戦闘行為が、けっしてアメリカによる先制攻撃ではなく、あくまでも国連の決議にもとづく国連憲章に合致した行為だと言い張り、あげくは「後方支援」や「人道復興支援」と称してイラクへの自衛隊の派遣へと踏みこんでいった。

また、過去に自民党政府は橋本首相の時代に「あなた方(自民党)は戦後アメリカのおこなった軍事行動に対して反対したことがあるのか」との共産党の志位委員長の国会質問にたいし、そのようなことは一度もないとの答弁をおこなっている。
このアメリカ言いなりで自主性の欠落した歴代自民党政府の対応も問題であるが、小泉首相はイラク戦争を支持したことで、それを最悪の事態にまでエスカレートさせていった。

小泉首相はイラク戦争を支持することで、この国は「テロ国家」だ、ここは大量破壊兵器を持っているとアメリカが一方的に認定すればいつでも攻撃できるという、これまでの国際秩序、国連憲章にもとづいた秩序を根本から覆す、そういう世界へと導いたのである。

images2287大量破壊兵器が見つからなかったイラクと悲惨な戦争の結果!
また、その後に驚愕すべき事実が明らかとなった。
フセイン政権は崩壊したものの、問題とされた大量破壊兵器はいっさい発見されず、世界に先駆けてイラク攻撃に賛成した小泉首相は弁明に追われて次のように言い放った。

「私は(大量破壊兵器)はあると思う。今でもあると思う。これは水かけ論だ。フセイン大統領も、私は生死はわからないけれども、イラクに存在していると思う。見つかっていないけれども」

だが、フセインは見つかって処刑されたものの、肝心の大量破壊兵器はついに見つけられなかった。
イラク戦争の口実とされた大量破壊兵器をめぐって、米国では大統領直属の調査委員会が05年にその存在を否定し、アメリカと肩を並べて参戦した英国でも「開戦前にイラクは配備可能な生物化学兵器は持っていなかった」と同じく政府の調査委員会が04年に公式の報告をおこなっている。

images2297イラクの研究者によるとイラクでは戦闘や宗派間抗争を原因とする犠牲者の数は150万人にも達するとの推定が示されており、さらにこの戦争で家や家族を失った避難民は400万人にものぼると推定されている。
また、米兵の死者は4300人を超え、帰還した兵士にも精神疾患などの深刻な現実が待ちかまえており、退役軍人のホームレスは10万人以上にものぼっている。

これらがこの愚かな戦争の帰結に他ならず、人間の命についてはその「戦後復興」などありえない。

イラク戦争に賛成した政党や議員は恥を知るべきである。(深刻な反省と総括の要あり)!
さて、ブッシュ政権や小泉政権の誤った判断でこれだけの人々の命が失われたのであるが、この戦争には自民党と公明党の国会議員全員が賛成しており、これらの恥知らずの賛成議員からは一言でも反省の言葉や、犠牲者への思いをはせる言葉はない。

最近は「自民党再生」が巷間の話題にならない日は無いが、「構造改革」路線や郵政民営化だけではなく、このイラク戦争をめぐる誤りについても深刻な総括をしなければ自民党に再生する資格などないことを肝に銘ずるべきではなかろうか。

「平頂山事件」について思う。

1931年の9月18日に柳条湖における関東軍の謀略によって「満州事変」がひきおこされ、これを機に日本の侵略が中国東北部全体に広がっていく。
そして、関東軍の侵攻は短期間のうちに東北部全体を制圧し、早くも翌年の3月1日には傀儡国家「満州国」の建国を宣言するにいたった。

だが、この事件をきっかけに中国軍民の抗日闘機運はいっきょに高まり、東北部の人民の間にも「抗日民衆義勇軍」が組織され、彼らが柳条湖事件の一周年を期して日本の満州支配の象徴であった憮順炭鉱を襲撃するという事件がおこる。

関東軍首脳部は憮順炭鉱を襲撃した「抗日民衆自衛軍」が炭鉱襲撃前に付近の平頂山村を通過したにもかかわらず、住民からは何の通報もなかったことを理由に村の住民のすべてを「匪賊」と一方的に断定した。
そのうえで平頂山村にたいする住民討伐をおこなって住民の全員を虐殺して村を焼き尽くした。
これが平頂山事件とよばれる惨劇であり、関東軍の手による住民全員に対するジェノサイド事件に他ならなかった。

また、この住民虐殺はまれにみるおぞましいものであった。
関東軍は村を包囲して強制的に村民3,000人を一箇所に集めて機銃掃射によって皆殺しにし、さらに遺体をチェックして虫の息のあるものには銃剣でとどめをさした。
また、銃撃の翌日には住民殺害の証拠を隠滅するために死骸の山にガソリンをかけて焼却をおこない、さらには、村の上の山裾にダイナマイトをしかけ土砂によってて死体を埋めてしまった。

現在は事件現場の発掘がなされて「平頂山殉難同胞遺骨館」として保存されているが、訪れる人々はそこで累々と折り重なり、激しい苦悶の表情の残る人骨を目のあたりにする。

また、この事件は1971年に有名なジャーナリスト本多勝一の中国レポート「中国の旅」に取材掲載されたことで日本国内に初めて紹介されたが、残念ながら現在でもこの事件は加害国である日本ではほとんど知られていない。

筆者は思うのだが、小泉首相はあの戦争賛美神社である靖国神社に参拝するのではなく、この平頂山村の遺骨館を訪問すべきではなかろうか。
そして、この蛮行をこころから謝罪し、日本政府の資金で「平頂山犠牲者」の石碑を建立するのがよいだろう。
そうすれば、このことをきっかけとして中国政府も日本政府の対応に誠意と謝意を感じるだろうし、日本国民も中国侵略の実相を知り、歴史認識のギャップから生ずる軋轢と緊張に満ちた現在の両国関係が大きく変わる転機になるのではなかろうか。
殉難碑


白バラは訴える(ドイツ国民の良心の証)

1942年中頃から翌年はじめにかけてドイツのミュンヘンには反ヒトラーのビラを配布したり、また深夜に街中の壁という壁に反ナチスのスローガンを書き続けるなど、ナチスに対する抵抗運動を続けた大学生を中心としたグループが存在した。そして、このグループは「白バラ」と呼ばれたという。
だが、命がけの抵抗もむなしく彼らは治秘密警察であるゲシュタポに逮捕され、拷問による取調べと弁護人抜きの一方的な裁判により処刑されてしまった。
特にこの中の6人の中心的なメンバー(女性一人を含む)はギロチンというもっとも残忍なやり方によって処刑されたことは知られている。

彼らをめぐって敗戦後しばらくの期間は”祖国の裏切り者”との評価がなされたが、今ではドイツ人の良心の証”としてその評価も180度転換し、彼らの名を取った白バラ記念館も作られ、隣国ポーランドとの共同展示会や教師と生徒との交流の場としてさまざまに利用されているという。
なぜ、彼らへの評価がこのように180度転換したのか。
それは1960年代後半におけるナチスの犯罪を明るみにだす運動の高まりや、反ナチスのレジスタンスの闘士であった社会民主党のブラント氏が首相になったことが大きな転機となったことから始まっている。
しかし、決定的だったことは、米国レーガン大統領が両国の和解の証としてドイツ将兵の墓参をおこなった際に、それらの墓の中にナチスの親衛隊員の墓があったことであり、せっかくのレーガン氏の和解の墓参が戦犯の墓への墓参になってしまったことだ。
この問題は国民やユダヤ人団体の憤激を巻き起こし、その一方で「ナチスに対して立ち上がりたたかった抵抗者の記念碑や墓は何故ないのか」という歴史認識をめぐる大きな議論へと発展していった。
このような動きの中で、「白バラ」の生存者や家族、そして彼らを支持する政治家たちが集まり、基金を創設し、89年に記念館を建設したのである。
こうしてようやく「白バラ」の青年たちの抵抗運動に光が当てられ、歴史的に正当な評価が下される時代が到来したのであった。
また、ナチスの時代に彼らに下された不当な有罪判決は94年までは有効とされていたが、国会議員とも連携した市民の運動により、95年になってようやくナチスの時代の判決が無効とされて「白ばら」は名実共に復権した。

21世紀の現在、彼ら(白ばら)は歴史における勝利者として輝きを増している。
ところで翻って考えてみると、わが国において軍部ファシズムに抵抗し、たたかった幾多の有名・無名の抵抗者がこのような正当な評価を受けたことがあっただろうか。
白バラ


今後、白バラをテーマにした映画が公開されるという。
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西岡三郎
千葉県銚子市に在住
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