小泉首相は口癖のようにいう言葉がある。それは「なぜ郵便局は公務員でなければならないのか。」という言葉である。
この考え方の中には公務員は少なければ少ないほどいいというコンセプトが前提にある。
それでは本当に公務員は少なければ少ないほど正しいことなのか。
どこにこの考えの根拠があるのか。
原点にさかのぼって考えてみればわかると思うが、日本国憲法25条は「国は、全ての国民に健康で文化的な最低限度の生活を保障する義務を負う。」との規定があることを忘れてはならない。
国民一人一人に健康で文化的な最低限度の生活を保障する基盤は、「全体の奉仕者」としての自覚を持って公共サービスを担う公務員というマンパワー集団の存在である。
利潤追求を根本的な原則としている民間企業にはこの崇高な公共サービスという責務を担うことなどできるはずがないのである。
公務員が少なければ少ないほど良いという主張には、この憲法第25条の国の責務が完全に視野の外にあるといってよい。
そして仮に、いま公務員が担っている行政サービスを、利潤追求を目的とする民間企業にその全てを任せてしまったら、公共サービスが金次第となってしまい、不公平と格差が拡大していくことは避けられない。
そして、全ての国民に健康で文化的な最低限度の生活を保障するという憲法25条の規定は死文化してしまう運命をたどらざるを得ないであろう。
また、角度を変えて税金の節約と公務員という視点で公務員の問題を考えてみよう。すると、実際の国家公務員の内訳から、国家公務員61万5千人のうち、自衛隊員が25万2千人にものぼっているという現実が浮かび上がってくるのである。
この数は、実に国家公務員全体の40%以上を占めるにいたっている
。それに対して、国民の生活に直結する社会保険や労働行政にたずさわる国家公務員はわずか4万人にしかすぎない。これを比率にしたら7%弱でしかない。
税金の節約と公務員という視点から考えた場合、本格的な軍縮にとりかかり、自衛隊の大幅な軍縮に取り組めば、文字通り公務員を減らして税金を節約できる。
たとえば、自衛隊を分割再編することもいいアイデアであろう。
現在の自衛隊を「災害救助隊」や「国土警備隊」および「国際救援隊」などに分割再編したうえで、軍事色を薄め、全体の規模を縮小するのである。
このようなやり方が国家公務員を少なくするうえでもっとも有効、かつ憲法9条にかなったやり方だと思うのであるがいかがであろうか。
実際には独立採算事業で、職員の給料も含め、国民の税金の一円たりとも投入されていない郵政事業を、ウソの上塗りにより四つの企業体に分割しながらも、実際には一円の税金の節約にもならない郵政民営化などという偽りの「改革」よりは、はるかに有効な、本物の「行政改革」になり得るはずである。。軍縮九条
現在、陸上自衛隊は、とっくの昔に崩壊してしまったソ連の”侵攻”に備え、三百両を超える90式戦車(総額三千億円)を北海道に配備しているが、この配備は今でも増え続けているというから驚く。
そのうえ、車体が重過ぎて配置換えもできないという無駄使いを平気でおこなっている。
ここにも本当の意味のメスを入れるべき税金の無駄使いがある。