光をめざして

社会や身の回りにおこったこと、その他もろもろの出来事について折にふれて感じたことを投稿します。

銚子市職員の皆様へ

阿久根「ブログ市長」竹原信一氏の言動に思うこと

今、マスコミで脚光を浴びている地方政治に関する事柄でもっとも話題を呼んでいるもののひとつが、鹿児島県阿久根市の竹原信一市長の言動といってよいだろう。

昨年8月に初当選した竹原市長は市議会との軋轢を深め、今年の3月に市長への不信任決議が市議会で可決された直後に市長は市議会を解散、その直後の市議選挙でも反市長派が議席の過半数を獲得したために再度市長への不信任決議が成立し竹原市長は失職、ところが5月の出直しの阿久根市長選挙では竹原氏が僅差で再び市長の座に返り咲いてしまった。

この市議会との軋轢と抗争も話題をよんだが、さらにこの市長を有名にしたのが自らの運営するネット日記「阿久根時事報」において、選挙告示後も新たな記事を掲載し更新を続けたことであり、市職員の一人ひとりの人件費明細を公開し、市議会議員の不人気投票を自らのサイトで呼びかけるなどといった一連のパフォーマンスの展開であった。
これらの一連のパフォーマンスから竹原市長は『ブログ市長』と呼ばれるようになり、竹原市長自らが運営するブログ「住民至上主義」は一躍超有名サイトとして知られるようになる。

竹原市長は5月の選挙において「仕事内容に見合わず、市民に比べても給与が高すぎる」と市職員を批判し、人件費を削って給食費を無料にすることなどを訴えて人件費削減を市長選挙の争点にすえ、また、当選後の記者会見では『自治労は阿久根から出ていってもらう』と容赦なく市職員と職員組合を攻撃した。
そして、この発言にもとづいて選挙直後に竹原市長がおこなったことは、市職員組合に対して市庁舎内にある職員組合の事務所の使用許可を取り消したことである。

竹原市長は6月11日に組合に対して許可取り消しと退去命令を断行し、組合事務所の前に7月11日までの退去を命ずる催告書を張り出したが、市職員組合事務所は市役所別館にあり、広さ約50平方メートル、市職労は毎年使用契約を繰り返し、今年の4月にも竹原市長名の使用許可を得ていたのも事実だ。
また、市長が退去命令を出した同じ日に、市長を支持する市民約40人が市職労事務所前で「自治労は阿久根から出ていけ」などのプラカードを掲げて「公共の財産の私物化は許さないぞ」と気勢をあげる一幕も見受けられたという。

ところで、この竹原市長の市職労にたいする対応には問題があり、使用者が組合活動を妨害したり、団体交渉を拒否したりすることは労働法制のうえで不当労働行為となることをご存知なのであろうか。
再選直後に市長が市職労に対して組合事務所の退去を命じたことや、市長が公の場で「自治労は阿久根から出ていってもらう」と発言したことなどから総合的に判断すると、竹原市長の一連の言動は“労働組合つぶし”以外何者でもないように思える。

さらに、竹原市長は「そもそも市役所の職員給与を国家公務員とあわせる必要はない。公務員給与が阿久根市の民間事業者とのあいだに大きな格差があるとすれば、今の状態はすみやかに是正されなければならない」などと述べ、市職員にたいする一方的で大幅な賃金カットをほのめかしている。

竹原市長の頭の中には地方公務員法24条3項の「職員の給与は、生計費並びに国及び他の地方公共団体の職員並びに民間事業者の給与その他の事情を考慮して定められなければならない」という規定は存在しないか、あるいは知っていてもあえて無視する確信犯的な思惑しかないようだし、そもそも人事院勧告というものがあり、地方公務員の給与はこの勧告に準拠して決定するというルールをまるで無視したものだ。

もし竹原市長が本気で“自治労をつぶしたい”あるいは“職員の給与を阿久根市の民間事業者なみの水準に引き下げたい”と思っているならば、国会に対して地方公務員法(職員団体に関する規定や職員の勤務条件に関する規定など)の中身の改定を求めて運動し、法改定が実現するまでは現に存在する法令にのっとって行動するべきであり、自分の信条と現にある法令とが衝突する場合に、ご自分の信条を優先してもらっては公務に従事する者としての資格が疑われる。

竹原市長は「住民の主権が自治労に取り上げられてきた(住民の立場が公務員より下にある)下克上の状態を元に戻すこと」を主唱し、「革命」と称して市職員給与の大幅な削減を目指しているが、竹原氏のいう「革命」は“擬似革命”にすぎないだろう。

そもそも地方住民の生活水準を引き下げてきたものは、大型店舗の地方への自由な出店を“規制緩和”の名で推進したり、外国産の農産物の無秩序な輸入の解禁などを推し進めてきた財界本位の自民党政治であり、くわえて都市と地方の格差をいっそう激しくしたものがいわゆる“小泉構造改革”である。

竹原市長の「革命宣言」は被害者感情を募らせる一般大衆の持つねたみやそねみ、あるいは大衆の心の奥に存在する差別感情を煽り、助長しながら、結果として『資本の手先』となって虚像の『大衆の敵』を作り上げ、本当の民衆の敵から目をそらさせるという有害な役割を果たすだけであり、大衆のうっぷんを利用した“ウケ狙いの政治”以外の何者でもなく、プチファシストの手法そのものである。

また、この不況下で内需の拡大が何よりも急務である昨今においては、全体の賃金水準の底上げをはかることが必要であり、都市と地方の格差がすすみ、疲弊している地方経済の活性化が急がれるもとで地方公務員の給与を引き下げることが,どのような意味を持つかは言うまでもないだろう。
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財政危機のもとで病院再建をはじめとした福祉財源をどうねん出していくか(民主的効率化を)

「新しい市政は市立病院の再開をめざすことが第一の仕事です。その実現のための財源を優先的に確保します。
そのためには、無駄をなくし、効率的な市政運営をすすめます。また、政策の優先順位を明確にして、諸施策を推進し市財政の健全化のため努力します」

以上は今回の銚子市長選挙の確認団体である「何とかしよう銚子市政」市民の会・代表で市長候補者の一人である茂木薫氏の後援会報に記載されている公約のうちから、市財政の健全化という項目に掲げてある文言をそのまま転載したものである。

さて、銚子市は大規模災害などの緊急の出費のための蓄えである財政調整基金(市の貯金)が580万円しか残っていないことなどに象徴されるように、財政事情は逼迫しまさに空前の財政危機に瀕している。

野平元市長が大学を銚子市へ誘致する際に、市議会の意向を無視して独断で岡山の加計学園本部へ出向き、大学への莫大な補助金の提供を約束してしまったことは記憶に新しいが、この野平元市長の独断専行のふるまいにより銚子市が84億円もの借金を抱え込んだことが銚子市の空前の財政危機のきっかけとなった。

そして、岡野前市長が自らの公約を踏みにじり、5万人近い市民の存続を求める署名さえ無視して市立病院を独断で閉鎖した結果、銚子市が今後10年以上にわたり清算費用として62億円以上もの財政負担を抱え込むはめとなり、財政危機は一段とエスカレートしたのである。
くわえて、極めつきは野平市政下で計画され、岡野市政下で実行に移された市立西高校と市立銚子高校(おやま)の2校統合による新校舎の建設費70億円の財政負担でありこれがとどめとなった。

これら野平・岡野両市政下での無謀な財政運営が銚子市を市政始まって以来の財政危機へと追い込み、銚子市の現在の借金残高は600億円にも達しようとしている。
だが、このような状況下にあっても新たにスタートする銚子市政は“市立病院の再建”という問題にいやおうなしに直面せねばならず、その財源のねん出は容易でない。

では、どうやって財源をねん出するのか。
茂木候補は「無駄をなくし、効率的な市政運営をすすめる」ことにより、病院再建をはじめとした福祉のための財源をねん出することを公約とされているようである。

そこで一つ提案だが、自治体の中に長いこと放置され内包されて続けてきた数多くの浪費や無駄を洗い出すために、市の職員一人ひとりによる職場の末端からの自発的な行財政点検を組織して、不要不急経費の全庁的削減運動に取り組んでみてはいかがだろうか。

岡野前市長は財政危機のもと、もろもろの事業の財源のねん出を職員の給与カットの一方的な押し付けというやり方でおこなったことを実績として自負している。
平均4.5%の給与カットによって年2億円の財源を3年間ねん出することに成功したという。
だが、これはいわゆる資本主義的な「合理化」であり、労働者の労働条件の改変や犠牲の上に効率化と資金捻出をおこなうものであった。

だが、労働者の犠牲の上に成り立つ資本主義的な「合理化」とは違った方法で市の行政の効率化と資金捻出をおこなうことは可能だ。
それは「民主的効率化」と呼ばれるものであり、それはなによりも労働者の働く権利を守りそれを生かすことによってなしとげられる。

このやり方は市の職員(自治体労働者)一人ひとりの自覚的・自発的な意思をひきだし、末端の職場からの見直しの運動を呼びかけることによって浪費や無駄を根絶していく取り組みとしてイメージしていただければよいと思う。
また、この「民主的効率化」の大前提は、自治体労働者の労働条件の維持と地域住民の要求実現を統一的運動として発展させていくことにある。

住民は市役所に対して「まだ無駄があり、お役人的なところもあり、執務規律が緩んでいるところも見受けられる」という批判を持っているが、市職員(自治体労働者)は「仕事を通して住民の生活を守り、なおかつ自らの労働条件を守る」という立場で職場と仕事を改善する取り組みをおこない、自治体内部における効率的行政の追求をおこなうという方向でこの住民の批判にこたえていくのである。

また、この「民主的効率化」の取り組みは市職員組合(労組)の協力が不可欠であるために労組の全面的協力を引き出すべきであり、市当局と職員組合とが一体となった取り組みによってこそ本格的な効率的行政の追求がおこなわれることとなるだろう。

このようにしてこそ、働く者の労働条件を守りながら無駄や浪費の根絶が実現することができるのであり、このことが市立病院の再開をはじめとした福祉のための財源をねん出することにつながっていくのである。

これからの銚子市の財政危機のもとでの住民福祉の財源のねん出はこの「民主的効率化」を原則的な手段としておこなうべきであり、職員の給与カットなど労働者を犠牲にした資本主義的「合理化」もどきの手法で財源をねん出するやり方はあくまでも例外的なものという位置づけでおこなっていくべきである。

銚子市職員(自治体労働者)はただ賃金の引き上げや労働時間の短縮といった生活改善要求だけにとどまらない、真の意味で住民に奉仕できる働きがいのある職場を探求したいという本源的な要求を持っている。

それゆえ、銚子市の職員はきっと市当局側の「民主的効率化」の取り組みの提起に前向きにこたえるはずであり、そこから労使の信頼関係も生まれてくるだろうし市民サービスの充実にもつながっていくはずである。

また、誰が次期市長に選出されようとも「民主的効率化」という手段を原則的なやり方として財政危機に立ち向かっていくべきであることを強調したい。

地方公務員への人件費攻撃をおそれるな(人件費攻撃の根っことは!)(その2)

人件費攻撃に背後にあるイデオロギーはいわゆる「小さな政府」とよばれる考え方です。
この「小さな政府」という考え方は経済財政諮問会議という国の機関が提唱しだしたものです。
この機関は経済財政政策に関し「有識者」の意見を十分に反映させ首相がトップダウンで政策を決めるために設置されました。また、「有識者」といっても日本経団連会長をはじめとした財界の方々が中心となっています。

さて、この機関が作成した文書のなかに「21世紀ビジョン」とよばれるものがあり、その文書の中に「豊かな公、小さな官」という表現がみられます。
一昔前は“公”と“官”が一致していました。すなわち公共サービスは“官”(公務員)が担っていましたが、これからは公務員を削減するなかで、小さな“官”すなわち「小さな政府」をめざしながら、公共サーブスの提供を充実させようということであります。
この考え方が「小さな政府」論のもととなりました。

では公務員を削減したなかで、それまでに公務員が担ってきた公共サービスを誰が提供していくのでしょうか。
これにこたえたものが2004年度に総務省が作成した地方公務員の削減計画である「新地方行政改革指針」であり、このなかで政府は今後市町村は企画部門を担うだけで、サービスの実施は営利企業と住民自身がおこなっていくことを明確にしました。
そして、営利企業への業務委託と地域住民のおこなう地域協働で5年間に地方公務員の20万人削減を目標としました。
いままでに、自治体の業務委託の受け皿として第三セクターなどがありましたが、今後は営利企業の公共サービス分野への直接参入の道を大きく開くものとなりました。

これに呼応して経済界でも「規制改革・民間解放で50兆円のビジネスチャンス」というスローガンがならび、保育所や老人ホームなどの社会福祉施設、図書館などの社会教育施設、体育館などのスポーツ施設などの公共サービス分野が営利企業の活動分野として広がっていくようになりました。

それでは営利企業が公共サービスを担うとどのような変化が現われるのでしょうか。

最近の事例として、07年の6月に訪問介護大手だった「コムスン」をめぐる不正事件があります。
それまでは自治体や社会福祉協議会などが担ってきた介護サービスは、介護保険制度の導入にともない営利企業もおこなえるように変わりましたが、「コムスン」は介護分野に参入した最大手の営利企業だったのです。
ところが、「コムスン」は新しい訪問介護の事業所を開設する際に、実体のないヘルパーを届け出るなど偽りの申請をしていたのです。
そして、これらの事業所が取り消し処分になる前に、みずから事業所の廃止届けをして「処分逃れ」を図ったという不正が発覚し、とうとう同社の事業所すべての更新と新規開設が厚生労働省の手によって封印されてしまったのです。

このため同社の訪問介護サービスを利用していた7万人の高齢者が介護不安にさらされるという深刻な事態におちいりました。
この事件は介護という公共サービスの一分野に規制緩和と民間活力の導入をはかり、営利企業に依存し介護サービスへの公的責任を後退させてきた介護保険の民活路線の問題点をうきぼりにしました。

また、東京都は認証保育所制度という独自の制度をつくり、認可保育所の設置基準を緩和し営利企業の保育所への参入を促進していました。
ところが、東京都の株式会社エムケーグループが設置していた東京都の認証保育所「ハッピースマイル東中野駅前園」をめぐって08年の12月に不正事件がおこってしまったのです。

事件の概要は開設申請の際に提出した事業計画書にあって確保済みとしていた8人の保育士の勤務実態がなく、虚偽申請による補助金の不正受給の疑惑が明るみになるというものでした。(補足をするとこの保育所は10月の末に経営難を理由に突然閉園をしていたのです)
この出来事は営利企業が設置した都の認証保育所をめぐって園料が高い、運動場がない、職員の待遇が低いなど保育の質の低下に保護者の不安の声が上がっているなかでおこりました。

このように公共サービスの分野に営利企業が参入することによる多くの問題点が次から次へと表面化しています。

ところで、自治体のおこなう公共サービスを考えるうえで大事なことは憲法25条であると私は考えます。
「すべの国民は健康で文化的で最低限の生活を営む権利を有する。国はすべての生活部門について、社会福祉、社会保障および公衆衛生の向上および増進につとめなければならない。」

この憲法25条の条文は前段では国民の健康で文化的な生活を営む権利を宣言し、後段ではそのための国の義務を定めています。
憲法では国民の権利を守るために行政は努力しなければならないとされているのに、公共サービスの提供を営利企業がおこなうようになると、それがサービスをお金で買うことにおきかわっていきます。

権利として保障された公共サービスからお金で買う公共サービスへと変質していきます。
お金のある人はよいサービス、ない人はそれなりのサービスということに事実上なっていってしまいます。

自治体は「住民福祉の増進」に責任を負っています。
そのなかにあってはすべての住民を公平に扱うことが必要であり、お金持ちのためのサービスであってはなりません。
また、儲からないといって撤退をせずに責任を持って公共サービスを提供し続けることが必要です。

このような理由によって他の先進国では公共サービスは公共機関が提供するの鉄則となっており、公共サービスの民営化がすすんだ国でも民間から公共へと回帰していく流れがおこっています。
数年前の資料によると、他の先進国では人口1000人あたりの公務員数がフランスは96.3人、米国は80.6人、サッチャー行革のすすんだ英国でさえ73.0人であるのに、日本の場合は35.1人にすぎません。

人件費攻撃や公務員削減路線の根本にある「小さな政府」論はこのような問題点を抱えており、公共サービスに対する公共的責任の放棄と表裏一体の公共サービス分野での営利企業依存は自治体のあり方を変質させるものです。

地方公務員への人件費攻撃をおそれるな(人件費攻撃の根っことは!)

最近の人件費攻撃はマスメディアがごとあるごとに地方公務員をバッシングしているためか、とみに一般の庶民の間にも強まってきている。
この地方公務員パッシングの背後には自公政府がおり、このような政府の代弁者となったマスメディアがこれを強めるという構図が存在している。

小泉構造改革は弱肉強食の市場原理の徹底を社会の隅々にまで広げた。
その顕著な事例は、働くものの暮らしと権利を資本の横暴からまもる労働法制の解体を規制緩和の名のもとにすすめたことである。
また、財政再建至上主義をかかげながら「骨太の方針」と称し、財政赤字の圧縮を旗印に社会保障の削減をおしすすめ、いちだんとコストカットをすすめた。
この結果、社会はいわゆる「勝ち組」と「負け組」に二極化し、「勝ち組」は社会全体の所得水準を低くし、富の少数者でのいっそうの独占をはかろうとするようになった。
この「勝ち組」には自公政府や財界、御用学者、マスメディアなどが含まれることはいうまでもない。

また、「勝ち組」の代弁者は構造改革論者とよばれた。
彼らは富の少数者での独占のための長期的なプランニングをつくり、それを民間の弱者を切り捨てることからはじめたのである。
1980年代に日本市場の“開放”を求める米国の横車により「大規模小売店舗法(大店法)」が導入され、零細商店や個人商店の多くが廃業に追い込まれるようになった。
そして、スーパーマーケットや大手流通資本の進出が容易になり、全国各地で家族だけで営んでいる店舗のほとんどがなりたたなくなってしまった。
とくに地方の地域社会にとってはこの「大店法」の導入は大打撃であった。

また、大企業にたいしてはリストラを奨励し、首切り自由の権限を企業に与え、労働者の給料を下げた。
さらにリストラを推進した企業には補助金をだしてそれを奨励するための法的なレジームの整備すらつくられたのである。
これらの「構造改革」の波は1970年代末から80年代にかけて、イギリスや米国の一部富裕層や大企業の支持のもとでの「サッチャー革命」や「レーガノミックス」としてはじまるが、このうねりは「格差社会」という悲惨な現実をつくりだしながら、ブッシュ政治や小泉構造改革によって繰り返された。すなわち同じあやまちは二度繰り返されたのである。

この結果、民間の労働者の給与は切り下げられ、以前は民間の労働者よりも低かった地方公務員の給与が相対的に民間よりも高くなったのである。
ここにいわゆる「官民格差」が生じ、それと時を同じくして政府とマスコミも地方公務員の給与は高いといいはじめた。

これは社会全体の所得水準を低くして、少数者による富の独占をねらう、構造改革論者による一種の時間差攻撃であった。
まず、民間の弱者を切り捨てることで一歩先に生活水準を落とされた層と、後に回された地方公務員などの層との間に格差を生じさせ、そこに分断と反目をつくりだしたのであった。
そして、政府財界やマスメディア、御用学者はここに狙いをつけた。
これが地方公務員バッシングの構造である。

くわえて、昔から庶民のなかに刷り込まれた「官尊民卑」の風潮のなかでの公務員にたいするある種のコンプレックスの反動が、この地方公務員パッシングを増幅した。

だが、この問題の正しい解決方法は地方公務員を攻撃することにはなく、「構造改革」により崩壊したいわゆる“一億総中流社会”を復元することにあると私は思う。
過去の高度成長によりいったんは実現した“一億総中流社会”の復元のためには「格差社会」にメスを入れて、民間の人々、特に弱者の生活水準を引き上げていくことが何よりも求められるだろう。

また、この公務員バッシングと同時にすすめられたのが「生活保護費の支給水準の見直し」であり、生活保護世帯へのバッシングだ。

これは生活保護世帯への支給額が高すぎて国民の間の公平感が損なわれているとの口実により、生活保護世帯への支給額を低所得世帯の水準にまで切り下げるべきだという主張である。
このため70歳以上の生活保護世帯に支給されていた月額18000円の老齢加算が2006年度に廃止され、さらには15歳以下の子どもがいる一人親世帯に支給されていた月額2万数千円の母子加算が、2007年度から段階的に撤廃されつつある。

だが、この論理もおかしいし血も涙もない。
なぜ生活保護世帯以下の低所得層が増大したのか、その理由を考えるべきである。
それは、小泉構造改革が米国の圧力により完全雇用政策を放棄し、いわゆる派遣や契約社員、パート・アルバイトなど使い捨ての就業形態を増やすことで、若者をはじめとした多くの人々の就職の道を閉ざしたからである。
この結果、勤労世帯における生活水準の切り下げが横行し、生活保護基準以下の低所得層が増大してしまったのである。
いわば、政府の弱者切り捨て政策によってつくりだされた極端な低所得層の所得水準に比べて、生活保護基準のほうが相対的に高くなったにすぎない。
そじて、これほど非人道的なやり方はなく、また底辺の貧しい人々の人権を無視した非情なやり方はない。

ここでも、問題の解決の方向は恵まれざる層の所得水準を引き上げることにある。
低所得者の賃金を生活保護基準以上にしていくことに政策の方向が切り替えられねばならないだろう。
最低賃金制度を改善し、現行の全国平均1時間687円を全国一律の1時間千円以上に引き上げる必要がある。
しかし、ここまで引き上げてもイギリスの最低賃金の水準である1時間1250円前後と比較してもはるかに少ないのである。

地方公務員バッシングと生活保護世帯バッシングの両者は弱肉強食主義と市場原理主義にもとづき、「勝ち組」による富のいっそうの独占をすすめる構造改革路線を推進する強力なテコの役割をはたしているのである。

ここに人件費攻撃の根っこがあると私は考えている。

銚子市ではたらく皆様への手紙(4)=八日市場市職の実践について=

住民要求を実現するために努力するのが自治体労働者の仕事であり、その要求実現の先頭に立つのが自治体労働組合の任務であります。
そして、住民要求実現と自治体労働者の賃金・労働条件の向上とは切っても切り離せないものであり、相乗効果をもたらしあうものであります。
自治体労働運動における「地域住民の繁栄なくして自治体労働者の幸福はない」というスローガンはこのことを象徴するスローガンであると言えるでしょう。

さて、このスローガンと精神に立脚し、実際に自治体労働者がみずからと勤労住民の生活と権利を守るたたかいに踏み出すとき、それは同時に大きな困難や試練が待ち受ける「茨の道」に踏み出すことでもあります。
しかし、大きな試練や困難があっても、それは乗り越えることができるものであることは過去の自治体労働者のたたかいの教訓が示しています。
「地域住民の繁栄なくして自治体労働者の幸福はない」という立場で自治体労働運動に取り組み、当局の攻撃と弾圧などの幾多の困難を乗り越えた実例として1960年代の八日市場市職労の実践をご紹介したいと思います。

60年代に入り安保・三池支援のたたかいを通してようやく労働組合本来のたたかいを展開し始めた八日市場市職労は、自治体労働運動の任務をみずからの賃金・労働条件の向上と同時に、自治体行政を住民本位に民主化していくことにあると受け止め、「職場自治研推進委員会」を立ち上げました。
そして、合併前の旧町村単位に住民懇談会をおこない、そこで提起された住民要求をまとめて要求書を提出し、市長交渉をすすめるようになりました。
この要求にたいして当時の太田市長は市議会の正副議長立会いのもとで「市職の自治研活動は市政への不当な介入であり、組合活動としては認めがたい、よって回答はできない」といい、住民要求掘り起こしのための地区懇談会を政治活動としてその中止を求めてきました。

しかし、八日市場市職は住民要求実現の先頭に立つのが自治体労働組合の当然の任務であるという立場から、さらに積極的に地区懇談会を推進する方針に踏み出したために当局との対立はいっそう深まっていきました。

このような状況の中で当時の太田市長が1963年の3月の市議会に、賃金・労働条件を全面的に改悪する給与条例改定議案を事前に組合にたいし何の相談もなしに抜き打ち的に提案してきたのです。
職員の賃金・労働条件に関する問題については議会提案の前に団体交渉をおこなうのが民主的な慣例でありますが、当局はいっさい労使交渉をおこなわなかったのであります。
この市長や当局の横暴にたいして市職は自治労千葉県本部や地区労の支援を得て給与条例全面改悪議案撤回のとりくみをすすめました。

そして、このたたかいのさなかに市職3役にたいする懲戒免職発令という弾圧事件がおこったのであります。
3月22日に職員組合委員長、同副委員長、同書記長の3人を太田市長は市長室に呼びつけ、用意していた懲戒免職辞令を渡そうとしましたが、3人は席を立って市長室を出たといいます。
ここに全面勝利まで6年7ヶ月を要した八日市場市職3役首切り撤回闘争がはじまりました。

そして、当局の攻撃は3役の首切りにとどまるものではありませんでした。
当局は3役への首切り発令と同時に激しい分裂攻撃をはじめました。
組合を脱退した職制32名により「親和会」という第二組合が作られ、職制を先頭にして家庭訪問なども含めて全組合員に組合脱会と「親和会」への参加をはたらきかけました。
これが市長の指示であったことは言うまでもありません。

この当局の攻撃にたいして、八日市場市職は職場での団結署名や全市民へのビラ配布、宣伝カーによる街頭宣伝、街のいたるところでのステッカー貼り等で反撃しました。
また、「たたかう市職を激励し、太田市長に抗議する八日市場地区労働者大会」が地区労の手によって開催され、自治労県本部や県労連、近隣地区労からも参加者が集まり総勢600名が結集したといいます。
メーデー集会に集まるのが200人前後という八日市場にあって、600名のデモ隊は大きく市民にアピールしたばかりでなく、動揺する市職組合員を激励しました。

しかし、当局の攻撃は第二組合による組合の分裂工作にとどまりません。
市職の活動家や組合員には賃金カットや昇給延伸、昇任・昇格差別が公然とおこなわれ、地方公務員法や労働基準法をも無視した組合破壊攻撃がおこなわれたのであります。

市職は組織を守るために当局の執拗な差別・分断攻撃に果敢に反撃をおこないます。
市職の役員や活動家が夜間に脱退した組合員の自宅訪問を徹底的におこない、家族ぐるみの説得活動を地道にすすめました。
また、組合脱退をすすめている職制にたいしては職場で糾弾し、悪質なものは夜間に自宅前に宣伝カーで乗りつけ、部落中に聞こえる声で糾弾演説をしたり、名前入りのステッカーを街中に張り出したり、その反撃は徹底的なものであったといいます。

また、八日市場市職は3役不当解雇撤回のために公平委員会にたいして不利益処分の撤回を求めて提訴しました。公平委員会での審理は一月に一回にペースですすめられたといいます。
しかし、明らかに当局側にたつ公平委員会であったことから、審理の開始から2年近くたった1965年の4月に、当局のおこなった処分は正当性を持つとして「申し立て却下」の裁定を一方的にくだしたのであります。

これにたいして市職はただちにこの裁定を不服として、「公平委員会の裁定取り消し」と「原処分の取り消し」をもとめる訴訟を千葉地裁にそれぞれ提出し、長期の公判闘争に突入していきます。

そして、長期にわたる不当解雇撤回のたたかいが続けられるなかで1966年の市長選挙を迎えましたが、八日市場市職はそれをにらんでたたかいをいっそう強めました。
4月の選挙を目前にした3月に「3役不当首切り撤回闘争三周年大抗議集会」の成功にむけて、市内全域でのステッカー貼り、ビラまきや新聞折り込み、宣伝カーの連日運行などにより総力を結集して、首切りのあった3年前と同じような状況をつくりだしていきました。

そうしたたたかいのなかで太田市長の再選出馬への政治環境は日に日に悪化していきます。
市民のなかからは「市役所のなかも治められない市長では」という批判がたかまり、彼はとうとう出馬断念に追いこまれてしまいました。
「自治体労働者を不当に首切った首長は、労働者と住民の手によって首切られる」という「ジンクス」は八日市場の地においても実現したのであります。
こうして、不当解雇をおこなった太田市長は退陣して、この問題の話し合い解決を主張する布施新市長が八日市場市長に選出されました。

そうこうするうちに、このたたかいの決定的な転換点がおとずれます。
公判闘争において、1968年の9月に公平委員会を相手とした訴訟で市職勝訴の判決が言いわたされます。
これは市職にとって長く苦しいたたかいのなかではじめて味わう勝利であり、この千葉地方裁判所の勝訴はたたかいの流れを全面的に変えていきます。
公判闘争勝利に確信を持った組合員の活動はいっそう活発になり、賃金闘争の面でも大きな成果をあげるようになっていきました。

そして、ついには1969年の7月7日に千葉地方裁判所から画期的な「和解勧告」が出されるにいたり、新市長との和解交渉の結果、大田前市長のおこなった市職3役にたいする懲戒処分が取り消され、3人の原職への復帰が実現したのであります。
この和解の内容は6年7ヶ月前にさかのぼり、不当な首切り処分を取り消すというものであり組合側の完全勝利でありました。
また、賃金カットなどの処分が多くの役員や活動家に加えられていたものがすべて白紙撤回されました。

こうして、同年の7月13日には花火がとどろくなか全組合員が出迎えるなかで、市職3役は女性職員のさし出す花束を受けとりながら、6年7ヶ月ぶりの市役所への出勤をはたしたといいます。
この八日市場市職のたたかいは「住民の繁栄なくして自治体労働者の幸福なし」という立場にたった自治体労働運動が困難と試練に直面しても、それを必ず乗り越えて前進できることを示した貴重で身近な経験であります。

また、「弾圧処分は組合を強くする」、「本気でたたかえば市長の首がとぶ」ことを当局側は学ばざるをえなっかたたたかいでもあったといえるでしょう。

銚子市で働く皆様への手紙(3)

時の政府による自治体労働者への「人件費攻撃」の本質は、地域の勤労住民のなかでの自治体労働者への不信感をあおり、両者の分断と対立を作り上げ、反住民的な立法や施策の強行を可能ならしめることにあります。
したがって、このような人件費攻撃を粉砕し、みずからの生活と権利を守るたたかいを前進させようとするなら、自治体労働者はそのような策略に翻弄されないこと、すなわち地域の勤労住民との連帯や地域住民の要求と自治体労働者の要求との統一をはかっていくことが必要になります。

弱肉強食のいわゆる「構造改革」や長期で深刻な構造不況の波が地域を飲み込んでいること、さらにはそれらにともなって働く貧困層の大幅な増加や中小零細業者のいっそう深刻化する経営難など、地域住民の間での生活と経営の危機は深まる一方です。
このような時代に、渦巻く地域の勤労住民の要求に目を向け足を踏み出そうとする姿勢がないままで、「さあ、ごいっしょに」と手を差し伸べる自治体労働者では住民との共同・連帯を作り出すことはできません。

住民の要求実現の先頭に立ってたたかい、住民共闘で先頭に立ってたたかう自治体労働者へと大きく飛躍しなければこのような共同を作り出すことはできません。
こうしてこそ、住民の生活擁護のたたかいを前進させることが可能となるし、また自治体労働者みずからの生活と権利を守り抜くことができます。

「万国の労働者団結せよ!」という時代と世紀を超えた働くものの統一と共同のスローガンがありますが、「地域の労働者団結せよ!そして働くものが地域や自治体の主人公となれ!」から、まずこのスローガンの実践は始められなくてはなりません。

では、勤労住民の目線に立って考えた場合に、勤労住民が自治体労働者を同じ“働く仲間”として信頼を寄せるようになるきっかけはどこにあるのでしょうか。
自治体労働者側のどのような努力が相互の信頼を築くのでしょうか。
自治体労働者がしごとを終えた後の運動のなかで努力を積み重ねることも大事であることは言うまでもありません。
地域の住民運動のなかで切実な要求の実現の先頭に立つ自治体労働者の姿も住民の見方を変え信頼をつくりだします。

しかし、実際にはしごとを通じて勤労住民の利益を真剣に守り抜く努力をおこなった自治体労働者の熱意と姿勢が住民の見方を変え、信頼を引き寄せることのほうが圧倒的に多いのです。
日常のしごとの実践において、多くの制約があるなかでも勤労住民の利益をせいいっぱい追求したとしましょう。そこでどのようなことが起こるのでしょうか。
勤労住民の側からは、かならず「敵」のなかに見方をみいだした喜びがよせられるはずであります。
自治体労働者がしごとのなかで勤労住民とよろこびをともにできる状態へと一歩を踏み出すことが信頼構築の決め手となるのです。

あなたをそうは言っても、それは現実を踏まえない理想論であり、現代の国家権力の下請け機関化している自治体の現状のもとで、自治体労働者は巨大な組織のなかの歯車として組み込まれている。そして、住民と対立させられ、しごとのなかでのよろこびや“はたらきがい”は奪い去られており、勤労住民とは対立せざるをえないのだと考える諸氏もおられるかもしれません。

しかし、全国の自治体労働者による歴史的な実践経験はこの「理屈」とは違う教訓を引き出しています。
たしかに国家権力や地域の支配勢力による法律や規則などの窮屈な枠組みのなかでは、しごとのなかで地域住民の利益を追求する余地は小さいかもしれません。
しかし、勤労住民はけっして結果だけで物事の評価をするのではありません。
むしろ、勤労住民は住民に奉仕し住民の利益を守ろうという自治体労働者のしごとの過程のなかでの熱意や姿勢を評価し信頼を寄せます。

このような自治体労働者側におけるしごとのなかでの実践を体制内での「自慰行為」などと軽視し揶揄するのはとんでもない誤りです。
むしろ、このような努力を通じて築かれる相互の信頼こそが現在の地域の力関係を変える力となり、自治体労働者と勤労住民との統一と共同の確固たる基礎となります。

自治体の税務職員が税金の滞納整理にいったとします。
行ったさきが町工場であり経営難のために一家の主人が首吊り自殺をしていたとしましょう。
残されたのは奥さんと子ども二人であります。当然、残された家族は苦しい事情を話しうらみの言葉を投げつけるでしょう。
しかし、ここで税務職員が「このままではカネが取れなくなる。」と思って主人が使用していた自動車を差し押さえ、「むごい」といって家族が涙を流したとしましょう。(現実にありそうなケースですが)

これは典型的な例でありますが、このような実態が税務に限らず自治体労働者の多くのしごとのなかに存在していることも残念ながら事実であります。
しかし、この税務職員がおこなうべきことは徴税に出向いた先でどっかりと腰をすえ、税制の矛盾や税金の使途について相手ととことん話し合うことにあったはずです。
そして、納税者の要求にしたがって生活者や業者の利益を守る地域の団体や組織を紹介することであり、このような徴税職員の活動を支える職場の体制を築くことにあったはずであります。

このようなことのあとで自治体労働組合が「市民の皆さん、ともにたたかいましょう」などのビラを配布してもどれほどの説得力があるでしょうか。
その町工場の家族は「悪いのは過酷な徴収を要求してくる権力当局であり、あの職員=自治体労働者はなかまなのだ」とはけっして考えないでしょう。
日頃のしごとのなかで「怨嗟」を再生産しながら、運動でいかほど共同をよびかけてみても何も築くことができません。
しごとのなかで勤労住民の利益を追求する努力は勤労住民と自治体労働者との連帯の基礎を生み出し、地域社会の変革への大きな運動の出発点となるでしょう.

「自治体労働者よ!銚子市の職員よ!本当に住民の立場に立っているか!」勤労住民はこう呼びかけています。
この問いかけに、みずから実践をもって同じ労働者であり仲間なのだと示しえない「自治体労働者」であっては、同じ働く仲間と勤労住民の目に映るでしようか。

自治体労働者(銚子市職員)には住民要求を把握し、その実現を具体的にどうすすめていくかを政策化する能力が求められる時代になっています。
勤労住民とともにお互いの要求を政策的に練り上げ、お互いに力をだしあい、ともに解決する取り組みが要求される時代になっています。

銚子市で働く職員の皆様への手紙(2)

「親方日の丸」、「お役所仕事」、「市役所の職員の給料は高い」このような言葉が市民の間で交わされない日は無いといってよい。
このような言葉は住民のなかでの自治体の役割に対する理解の不十分さや、自治体で働く労働者にたいする誤解や偏見がその源泉となっていることが多い。
そして、これを時の政府が地方自治への介入強化のために、自治体労働者への「人件費攻撃」に最大限に利用しているという政治的な背景が存在している。

このような情勢の下で住民のなかに自治体労働者にたいする不信感が増幅し、住民と自治体労働者の対立と分断をひきおこされる。
このように、住民と自治体労働者に互いの足の引っ張り合いをさせて、労働者全体の低賃金化や住民サービスと自治体労働者の生活と権利をともに引き下げる自治体リストラをいっそう促進しようというのが、いわゆる「人件費攻撃」にこめられた国家権力側の狙いである。

また、ほんらい国がおこなうべき仕事を自治体に肩代わりさせるいわゆる機関委任事務をはじめとして、国の自治体統制のしくみは行財政全般にわたってはりめぐらされており、自治体は国の下部機構として統制された側面を強く持っている。
また、このような国の下部機構としてある自治体は,同時に住民の自治組織としての性格をも持ち、住民生活のうえで欠かすことのできない共同の事務をおこなっている。
この共同事務には教育や保健、水利、防災などがあり人間が共同社会を構成して生活していくためには必須のものである。

現在、国家機構の肥大化は政治権力の住民支配の強化をもたらし、国の下部機構としての自治体の組織を拡大させている。
そして、そこからおこる住民の不満や生活上の不安が様々な住民要求となり、運動要求となって自治体にぶつけられる結果、自治体の組織の拡大と事務の増加はさらに加速化する。
国家の下部機構であり、住民の自治組織でもある自治体の組織は肥大化する一方であり、そこで働く自治体労働者は目の前の仕事が増えるばかりであり、「機械の歯車」としての存在になって仕事にたいするやりがいや生きがいは希薄となる。
住民に対する姿勢はますます消極的となって受動的になっていくばかりである。
そして、それにともない仕事の進め方は保守的にならざるをえなくなる。

また、職階的な賃金体系のなかで、人事をはじめとして労働者としての生殺与奪を職場の職制が握っており、上司に従順な“期待される公務員”となり、昇任と昇格の階段を上っていかなくては一生浮かび上がることはできない。
そして、従順な公務員となるために研修や勤務評定、名札着用、事務室のレイアウトなど思想的な仕掛けがこれでもかとばかりに張り巡らされている。

このような現実の中で、自治体労働者は当局と住民の板ばさみとなって、当局側の合理化攻撃からも身を守り、さらには"増大する住民要求"からも身を守らねばならない。
労働者としての権利を守るためには当局の合理化攻撃と住民要求といった「二つの敵」を相手にしなくてはならないように思える。
また、当局は住民要求を合理化を進める強力な手段として駆使しており、住民要求と労働者の権利とは二律背反の関係にあり相容れないものに思える。

はっきり言ってこれが自治体労働者の本音であり、銚子市で働く労働者の本音でもある。
政治権力による住民支配の強化と、それを原因とする住民からの切実な運動要求は巨大な荒波となって自治体労働者を翻弄する。
だが、職場の組合は頼りにならない存在であり、労働者は自分で自分の身を守ることを余儀なくされる。
これが、仕事に対する保守的できわめて受動的な姿勢となって現われ、住民と自治体労働者の間に軋轢をおこす。

市役所の職員は「サボっている」、「不親切だ」といった住民の間に存在する市役所職員に対する不満はこのような構造的な要因からおこってきている。
このような構造から解きほぐしながら考えると、市役所の職員のこのような本音はきわめて人間的であり、働くものとして共感することができるものではあるまいか。
さらには、住民の市役所の職員に対する不満も理解できるものとなる。
また、時の政府の地方自治に対する支配介入の強化のための道具として、この住民と自治体労働者間の軋轢は最大限に利用されていることは忘れてはならない。

だが、自治体労働者は当局の合理化攻撃と住民の運動要求といった二つの敵とたたかわなくては本当に自分たちの権利と生活、さらには働きがいを守ることができないのだろうか。
私は思うのだが、「お上だと思っていたが、同じ立場の人たちだったんだなあ」と住民が感性的、感覚的に納得できる過程を自治体労働者はどうしてもくぐりぬける必要があるのではないだろうか。

現在の「お役所仕事」、「お役人はよろしいですな」の言葉の根底にはもっと働いてよさそうだという住民感情が潜んでいることは否定できない。
しかし、それはともに歩んでいない“お役人”にたいする感情であり、ひとたび“お役人”がともに歩む自治体労働者に自己変革を遂げたときには様相が異なってくる。
そうなったあかつきには、どれほど住民が親身になって自治体労働者の権利や労働条件を守るために努力してくれるかは全国の先進的な実例が実証している。
庶民の持つ義理堅さが自治体労働者の権利と労働条件を守るのである。
しかし、その義理堅さはおなじ庶民どうし、味方どうしと思ったときに発揮されるのであり、“お役人”にたいしては庶民は何の義理も感じないのである。

自治体労働者が勤労住民の利益のためにからだをはってたたかう、それなら勤労住民は自治体労働者の要求を支持してともにたたかうという関係を作り出さなくてはならない。
この関係が成り立つためには、過去に権力の手先であった事実にたいして、現実に自治体労働者が住民の利益のためにたたかうすがたを勤労住民の側が見て、確認することが前提である。
そして、突き付けられている住民要求と当局の合理化攻撃という「二つの敵」にはさまれて、みずからの権利を守ろうとした自治体労働者は「住民ともに歩む」労働者へと立場をうつしかえるときに事態は単純になる。
住民と自治体労働者の統一したおおきな力で「一つの敵」とたたかうこととなり、からだごと勤労住民の側に移ること、勤労住民のおかれている社会的現実の中に身をおきたたかうことは、自治体労働者がみずからの生活と権利を守る上でも決定的な条件となる。

このような大きな発想の転換が銚子市の職員には求められているし、特に職場の組合運動に求められている。
謝った情報と判断により唐突に市立病院を閉鎖し、その安易な決定によりもたらされた市民の痛みと損失を思うとき、岡野市長のリコール運動に積極的に参加しその先導に立ち、市立病院を再建するために勤労住民のなかに入ってたたかうことは、銚子市の職員と労働組合が住民とともに歩む自治体労働者、労働組合になるためには避けて通れないものに思える。

銚子市で働く皆さんへの手紙(自治体労働者とは)

拝啓、銚子市で働く皆様、もろもろの業務に追われ多忙な日々をお過ごしのことと存じます。
遺憾ながら、過日は公約を投げ出し突然の市立病院休止を強行した岡野市長により200人近い病院関係者が職場を奪われました。
許しがたい暴挙であることは、皆様方がいちばん痛切にお感じになっておられることと存じます。

さて、このような手紙をしたためましたのは、私が市長リコール運動に参加する中で、普通の勤労市民の目に銚子市で働く職員の皆様がどのように映っているのかというテーマについて、リコールという住民運動の現場で見聞したことにもとづいてご報告したいと思ったゆえであります。

お断り申し上げますが、私は市職員の皆様を俗に言う“お役人”とは見ていません。
雇い主である銚子市という自治体に雇用された労働者であると思っています。
そして、労働者であるかぎり労働組合を結成し、生活とくらしを守る権利を持っています。私はこのことを無条件で支持します。

ただ、自治体労働者には、自らの生活と権利にかんする要求をかかげて自治体労働者の運動が当局と激突する場合に、市民の世論がその動向を決するという特殊性があります。
自治体労組の運動、自治体当局、地域住民の世論という三つの要素が自治体労働者の生活と権利に関する要求の実現に影響を与えます。
最終的には地域住民の世論が当局と労組のどちらを支持するかによって運動の勝敗は決します。

別の表現で言えば地域の勤労者が自治体労働者の要求を理解し支持しえるかに、自治体労組の要求実現の帰趨がかかっています。
そして、これは自治体労働者の賃金の源泉が地域住民からの租税によってなりたっているゆえの宿命でもあります。

ところで、地域の勤労者の世論は率直に申し上げると自治体で働く皆さんにとってはけっして快いものではありません。
「市立病院が閉鎖されたら俺たちが困るから反対する。しかし、市役所の職員が日頃俺たちに何をしてくれているのか。
俺たちよりも給料の高い市役所の職員が首を切られても痛くもかゆくもない。市立病院を休止するのなら、市役所を休止して浮いたお金を病院存続のためにまわせ」
このような声が公然、かつあたりまえのようにリコールに参加する勤労市民の口をついて出てくるというのが“住民世論”の実態です。

いわゆる「構造改革」により格差と貧困が拡大し、雇用が不安定で低賃金の非正規労働者が住民の3分の1を超え、働くワーキングプアが増え続けていく現状の下ではこのような世論は強まるばかりです。
これは、銚子市で働く皆様にとっても、また地域の勤労住民にとってもたいへん不幸なことと感じざるをえません。

地域の勤労住民も、自治体労働者も同じ働く仲間として共同し、たんなる国家権力の末端機構としての地方自治体から、住民の命と暮らしを守る地域の砦としての役割をはたしえる民主的な地方自治体へと切り替えていかなくては、住民の切実な要求も実現できないし、自治体労働者の生活と権利も守れません。
職場における働くものの生活と権利を守る砦が労働組合だとすれば、地域にあって働くものの命と暮らしを守る砦となることが地方自治体本来の姿なのであります。

だが、現実にはマスコミと国家権力が一体となった執拗で長期にわたる「人件費攻撃」などの影響もあり、自治体で働く皆さんと地域の勤労住民の間には両者の共同を阻む高い壁が出来上がっています。
共同どころか“いがみ合い”が存在しているかのように思えますし、両者の間には抜き差しなら敵対的な矛盾が存在するような錯覚すらうけます。
しかし、これは作られた虚構の壁に過ぎません。
「分断して統治せよ」これが権力者の常套手段ではあり、この壁は権力者によって作り出されています。人件費攻撃はそのための武器に他なりません。

だが、重要なことはこの虚構の壁を破れるかどうかは、もっぱら自治体労働者の側の努力にかかっていることなのです。
もっと突き詰めて言います。

『自治体労働者は住民のために奉仕し、当局のために奉仕するのではない』と自治体労働者とその労働組合が真の“全体の奉仕者論”の立場に立ち、住民との共闘を軸に、住民要求の実現のための行政機構の民主化や、地域の勤労住民の自治体闘争(住民運動)の先頭にたつことが今切に求められます。
壁を敗れるかどうかは、このための一歩を踏み出そうとする自治体労働者側の努力いかんにかかっていると私は思っています。

この努力こそ、自治体労働者が地域の勤労住民にとっていかほど信頼に値する仲間なのかを実証し、両者の間にある作りあげられた壁を取り払うことのできる唯一の手段であります
そして、自治体労働者と地域の勤労住民との間につくりあげられた虚構の壁がとりはらわれ、両者の共同が実現して、地域のすべての勤労者が地域社会や自治体の主人公になったときにはじめて、地域の勤労住民の「命と暮らしの危機」は解決しえる展望が切り開けるのではないでしょうか。

公立病院の問題をはじめ、地域の勤労住民の命と暮らしにたいしてのしかかっているすべての重苦しい課題を乗り越えるためには、このことは避けて通ることはできません。
銚子市で働く皆さん(自治体労働者)や労働組合の方々が勤労住民の痛みを自分の痛みとして受け取り、住民運動に積極的に参加することを通して痛みを住民とともに分かち合うことができるかどうかがまず問われるでしょう。

生活と権利をかけ、体を張ってたたかうものは、同様に体を張ってたたかうもののみを信頼するでしょうし、真の結びつきと共同はこのことを確かめ合うことからはじまると思います。
病院の突然の休止で作りあげられた医療の空白で投げ出された患者さんの苦しい思いや、理不尽にも職場を奪われたお仲間のことを想像してください。
その痛みや無念さを共有してください。

今からでも遅くはありませんので、銚子市ではたらく皆様や自治体労働組合が岡野市長のリコールをもとめる住民運動に参加されることをご要望いたします。
一職員が住民運動に参加したり、情報を「漏らしたり」、自治体交渉に参加したりすれば当局から狙い撃ちされることになります。
それゆえ、このとりくみは労働組合の運動として位置づけてください。
組織された労働者や労働組合が住民運動に参加することを通して、運動が大きく飛躍することは間違いありません。
なかでも、自治体労働者が参加することは住民運動の質的発展に寄与すること間違いありません。

書生論じみたことを申し上げますが、今は書生論こそ必要ではないでしょうか。
妙に物分りのよい“大人”から脱却してください。
当局ではなく住民に奉仕したいとの思いが皆様方の初心であるはずです。
失礼の段お許し下さい。
敬具
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