光をめざして

社会や身の回りにおこったこと、その他もろもろの出来事について折にふれて感じたことを投稿します。

「構造改革」

ヨーロッパの富豪が主張する「増税なら我々に」と、超大金持ちたちを甘やかして彼らに取り入る日本の政治家たち

ヨーロッパの国々は超緊縮財政政策の一環として国民生活に関連する分野の予算削減をすすめていますが、ここにきて「増税なら、われわれに」と主張し始める富豪が続出しています。
ドイツの資産家50人のグループ「富裕層に課税を」はメルケル首相に対し「財政赤字の打開策は、貧困層に不釣合いに痛手となる歳出削減(社会保障費など)ではなく富裕層への増税だ」と主張しています。
また、フランスの富豪16人も政府の財政赤字削減のために富豪らを対象にした特別貢献税の創設を提唱しました。
この16人の富豪のなかには化粧品大手として有名なロアレル社の創設者の娘であるリリアン・ベタンクール氏や航空大手エールフランスKLMのスピネッタCEOらが名を連ねており、「我々はフランスの制度と欧州の環境からの恩恵を受けており、その維持に貢献しなくてはならない」と述べています。
また、イタリアの高級スポーツカー製造で有名なフェラーリの社長も幾つかの条件をつけながら、「富裕層に求めることからはじめなくてはならない」と語っています。

これらの富豪に共通するのは自らの社会的責任に対する自覚であり、ドイツの50人グループの創始者レームクール氏は「我々は教会で教えているものや、医師や企業家である。資産の多くは相続したものであり、我々は必要以上の金を持っている」「貧富の拡大を阻むためには手を打たなくてはならない」と語っています。

貧富の格差が拡大し続ける日本の現状と富裕層のご機嫌をとる日本の政権中枢の政治家たちについて!
さて、翻って我が日本の富裕層はどうでしょうか。
日本では国税庁が05年からプライバシーを理由に高額所得者の資産公開を取りやめていますが、お金持ちは見栄っ張りなので米国の雑誌に日本の富豪の昨年の資産状況が掲載されました。
それによれば、ユニクロの社長の個人資産8372億円をはじめとしてサントリー社長の7826億円、ソフトバンク社長の5096億円など、上位5人の個人資産の合計だけで3兆円を超えているのです。
その一方で、長引く不況などの影響で生活保護受給者が増加しており、今年1月の統計によれば200万人に迫る勢いなのですが、この200万人分の生活保護費が年間で3兆円です。
すなわち、200万人分の生活保護費とたった5人の個人資産が同じ3兆円であり、その格差のあまりの大きさには愕然とする他はありません。
まさしく、日本の富裕層も「我々は必要以上の金をもっている」のであり、「貧富の拡大を阻むためには手を打たなくてはならない」状況にあるのです。

だが、実際にすすんでいるのは大企業や大資産家への減税のバラマキや消費税の増税の準備であり、また、原発事故被災者への賠償資金の財源作りのための原子力損害賠償支援機構の創設であり、国民に負担を付け回しすることによる東電の救済です。
東日本大震災の際に巨額な義援金を寄贈した富豪が一部にはいましたが、まだ日本の富裕層はその社会的な責任を果たしてはいませんし、これからも果たそうとする兆候すら見当たりません。

それどころか、本来なら富裕層に社会的責任を果たさせるべき政治家たちがまるで正反対の行動をおこなっているのです。
その典型が新たに首相の座に着いた野田佳彦首相であり、今回の組閣の前に日本経団連をはじめとした財界3団体を訪問し、ご機嫌を伺うという異例の行動に出ました。
それはいっそうの法人税減税や消費税増税の実現などを要求する財界と首相官邸との「直結路線」を宣言したに等しいものであり、日本経団連の米倉会長と野田新首相との顔合わせなどはどうみても米倉氏が殿様で、野田氏が家来であったといいます。

松下政経塾出身者には富裕層の社会的責任に対する認識がないこと!
さて、野田内閣と民主党役員の顔ぶれを見ると、ある団体の出身者が幅を利かせていることに気付きますが、その団体とは保守政治家の養成機関である松下政経塾です。
松下政経塾とは松下電器の創業者であった松下幸之助氏が私財から70億円を拠出し1979年に神奈川県の茅ヶ崎市に設立した財団法人です。
同塾出身者の多数が政権の中枢に浸透し、一見すると我が世の春を謳歌しているごとき松下政経塾ですが「松下政経塾出身の政治家が増えるにしたがって日本の国が衰退しているように見える」と指摘する政治家がいることも忘れてはなりません。

ところで松下幸之助氏は塾生たちに富裕層の社会的責任を説いたのでしょうか。
残念ながら内閣や政権党の要職についたかっての塾生たちの現在の立ち振る舞いを見る限りではそのような事実は無かったと推測するほかはありません。
「超大金持ちたちを甘やかすな」と提唱し、富豪への増税を打ち出す政府を求めます。


現代日本の抱える「成長の止まった国」、「国民の貧しくなる国」という異常事態とはなにか!その

日本経済の健全な成長のためには“革命的な経済成長戦略”への転換が必要だ!

今、民主党と自民党の間でお互いに「成長戦略」を持っていないとの非難合戦がおこなわれているが、「構造改革」や「新自由主義」、あるいは「トリクルダウン理論」という枠組みから抜け出すことのできない両党の「成長戦略」では、日本経済が直面する深刻な危機を打開していくための効果的な“処方箋”を示すことができない。

ごく一握りの大企業や大資産家が富を独り占めする現在の経済システムを切り替えて、莫大な企業の内部留保と利益を国民の暮らしに還元していくための新しい経済システム(ルールある経済社会)に転換する必要があり、日本経済を家計と内需主導の健全な成長の軌道に乗せていくための抜本的な処方箋が必要である。

いまや、財界系のシンクタンク(野村総研)からも「過剰な企業貯蓄」の社会的な還元を必要な成長戦略として求めるレポートが発表されるなど、立場を超えて大企業の内部留保を庶民の生活に還元する経済システムへの転換が注目され始めており、“革命的な経済成長戦略”への転換が待ったなしの状況である。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/2556(過剰な企業貯蓄についての関連記事)

現在の異常事態から見た消費税の問題点!
ところで、現在の財政赤字は莫大であり、将来の借金を減らすためにも増税が不可避であることは何人も否定できないが、その際の判断の基準とすべきは何処から取るのかという問題であり、また、その影響や効果が現在の日本の抱えている貧困や格差の増大という問題の解決に役立つものであるかというところにある。

それでは何処から取るべきかと問われれば、「お金のあるところ」すなわち「大企業や大資産家のところ」から取るべきであり、「それが貧困の増大や格差の拡大を解決するために役立ちますか」と問われれば、「貧困層への再配分などの財源となり貧困や格差の解消に役立ちます」と答えることが可能だろう。

ゆえに、大企業や富裕層をめぐる現在の過度の優遇税制こそ見直されるべきなのであり、社会保障や財政再建などの財源の捻出のためには、これらの領域にメスを入れることがもっとも理にかなった「税制改革」となる。

昔、鼠小僧次郎吉と呼ばれた伝説的な義賊がおり、富めるものから金品を盗み貧しいものにばらまいたというが、今こそこの人物に倣って「構造改革」の下で拡がった貧困と格差の拡大を押しとどめ、富めるものから貧しいものへと富の再分配をおこなう「鼠小僧的税制」こそが必要とされるのである。
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だが、消費税の増税には道理がない。消費税は逆進的であり、すでに貧しくなっている庶民の懐に手を突っ込んでむしり取ろうとするものであり、くわえて現在の日本が直面している貧困の増大と格差の拡大という最大の問題の解決にまったく役立たない。
むしろ、消費税の増税は富の再配分と言う政策理念にもそぐわず、貧困と格差の増大という問題の解決に逆行しており、その解決を遅らせるだけだ。

また、消費税の増税は庶民の家計や中小企業の営業に大打撃を与え、ひいては日本経済に大打撃を与えることは避けられず、「成長が止まった国」および「国民が貧しくなる国」という異常事態からの出口を閉ざしてしまいかねない。

90年のバブル経済の崩壊を起点とした長い日本経済の低迷も出口が見え始め、ようやく景気回復の兆しが見え出した頃の97年に、橋本内閣が消費税の増税に踏み出したことでそれが挫かれてしまい、長期にわたる消費不況の引き金となった苦い教訓を忘れてはならないだろう。

現代日本の抱える「成長の止まった国」、「国民の貧しくなる国」という異常事態とはなにか!その

「リーマンショック」以降の経済の異常な落ち込みと自公政権による「構造改革」!

一昨年秋の「リーマンショック」以降、日本のGDPの落ち込みは先進国のなかでも最もひどく、わが国の経済は世界のなかでも特に深刻な状態に落ち込んでいるという。
images2166なぜ、こういうひどい落ち込みになったのか、その原因を捜し求めていくと「リーマンショック」前の10年間の経済状況にたどり着かざるをえない。

1997年から2007年の10年間に日本だけがG7(主要七カ国)のなかでただ一国だけGDPが伸びていない「成長の止まった国」となり、また同じ10年間に日本だけがG7の中でただ一国だけ雇用者報酬(労働者の賃金)が減少し、「国民が貧しくなる国」となった。

こうして日本だけが経済成長から取り残されてしまった渦中に、「リーマンショック」という米国発の大津波が襲ってきたことが現在の経済危機を特に深刻なものとしたのである。

ところで、「リーマンショック」前の10年間に日本社会を席巻したのが「改革」と言う名の新自由主義の過ったイデオロギーであったが、その大きな柱の一つが「トリクルダウン理論」と呼ばれるものであり、これによれば大企業や金持ちが豊かになれば「滴(トリクル)が滴り落ちるように」、いずれは庶民の懐も豊かになっていくはずであった。

そして、この「トリクルダウン」のイデオロギーによって自公政権は「構造改革」を推進し、「強い企業をもっと強くする。そうすればいずれは暮らしが良くなり、経済も成長する」という新自由主義の「成長政策」をしゃにむに推進したのである。

たしかに02年から07年まで戦後最長の景気回復期が訪れ、大企業は史上空前の収益を更新し続け莫大な儲けを手にしたのであるが、その儲けは労働者にまったく還元されなかった。いや、むしろ労働者に支払うべき賃金を企業は出し惜しんで、自分達の内部に貯めこんでいった。

この結果、98年から08年の間に大企業の内部に溜め込まれた内部留保は210兆円から429兆円へと219兆円も増え、ほぼ倍増の勢いで急増した半面で、ボーナスを含んだ労働者やサラリーマンの給与は平均で年32万円以上も減少してしまった。

そして、この間におこった社会現象は正規労働者から首切り自由な非正規労働者への大規模な切り替え、そしてリストラや賃金引下げ等であり、これらを通しての庶民からの露骨なお金の吸い上げであった。

また、新自由主義のイデオロギーには「自己責任論」と呼ばれるもう一本の柱があって、これによって人々は「貧しさも格差も全部自分自身の責任だ」と思い込まされたがゆえに、人々は税の徴収や社会保障などを通じての富の再配分に対する政治や行政の責任の放棄を許してしまった。

こうして、富める者がますます富み、貧しきものはますます貧しくなっていき、私達の国に空前の格差社会が出現することとなってしまったのである。
また、大企業の巨額の利益がその内部に過剰な内部留保となって蓄積され、それが少しも国民の暮らしにまわらずに家計はやせ細っていく一方となり、また、そのために内需も冷え込んでいった。

こうして、私達の国は「成長の止まった国」となり、また「国民の貧しくなる国」となって、「構造改革」を唱えた自民党の成長戦略は破綻してしまったのである
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その△紡海

09年の「公設派遣村」や08年の「年越し派遣村」の現実について思う(「痛み」の現実とは)

08年末の「年越し派遣村」を振り返って
2008年(一昨年)の大晦日から翌年の1月4日にかけて労働組合や市民団体を中心に行われた「年越し派遣村」の深刻な風景が日比谷公園で展開されたことはまだ記憶に新しい。

1分たりともじっといられない身を切るような寒さのなか、住居も仕事も所持金も失い路上生活を強いられたり、ネットカフェ生活を長くしていた若者など500人にもおよぶ人々がキャンプ用のテントがずらりと並ぶ日比谷公園に集まった。
なかには中高年の人や体調を崩し真っ青な顔で野外にしかれた布団にくるまっていた人もおり、「派遣切り」という言葉の実態がこの「年越し派遣村」という光景に凝縮されていた。

さらに、増え続ける入村者の数にテントの絶対数が足りず、急きょ冷たい土の上に張られたテントに4人が入るという状態になり、とうとう見かねた厚生労働省がパンク寸前の派遣村実行委員会の申し入れを受け、日比谷公園の前の同省の講堂を入村者のために開放せざるをえなかった。
そして、開放された体育館のような講堂には布団から毛布がずらっと並べられ、炊き出しには何十メートルにもおよぶ長い長い行列ができ、まるで地震に襲われた「被災地」かと思わせるような悲惨な光景になったという。
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09年末にも解説された派遣村(公設派遣村)
ところで、こんな「年越し派遣村」なんてもう作る必要性がなくなり、09年の年末には誰もが家で過ごせることができるように願った人は多かっただろうが、実は09年の年末にも派遣村は開設されていたのである。
それが国と東京都が開設した「公設派遣村」であり、これが前年の民間団体でおこなった「年越し派遣村」と違っている点は、入村者は野外に設置されたテントではなく、渋谷の国立オリンピック記念青年センターという国の施設に入所したというところにあった。

だが、今年も「派遣切り」などで仕事や住まいを失った人々が新宿の歌舞伎町にある都の受付に続々と押しかけ、とうとう当初の定員500人を超し639人の人々がセンターに身を寄せる事態となったのである。
これは08年の「年越し派遣村」に身を寄せた500人を上回る規模であり、雇用破壊の深刻な現実は「年越し派遣村」から1年たった今もちっとも変わらず、むしろより深刻になっていることを浮き彫りにした。

センターへ入所した人の中には大企業の契約社員でありながら2ヶ月前に突然に解雇され路上生活を強いられた男性がおり、「一年前は「年越し派遣村」をテレビで見て世の中には気の毒な人もいるものだと思っていたが、今度は自分がそうなった」と語っていたそうである。
古くから漁業で知られる銚子には「板子一枚下は地獄」という海で働く漁民の恐怖を語った言い伝えがあるが、この男性のエピソードはまさしく社会全体が「板子一枚下は地獄」と言うべき情況になりつつあることを象徴したものと言えよう。

ところで、派遣村にはたくさんの政治家が訪れたそうだが、その中に「痛みを伴う改革」と言っていた人の姿があったという話は聞いていないし、そのような人たちはけっして派遣村などの「痛み」の現実を直視しようとはしない。

小泉・竹中「構造改革」の「痛み」の究極のものとしての派遣村
1999年に共産党を除いたすべての政党の賛成を得て労働者派遣が「原則自由化」され、さらに小泉・竹中「改革」のなかで、労働者の派遣を製造現場にまで解禁することが03年の小泉内閣の時代に決定された。
それからというものの働く人の3人に1人が非正規社員となり、若者の場合だとそれは2人に1人にまで及び、年収200万円以下の給与所得者は1000万人を越えるまでにいたった。

そして、この流れの中での究極の「痛み」が「年越し派遣村」や「公設派遣村」であり、大阪の某漫才師ではないが筆者は「責任者出て来い」と言いたいところである。
images67ところで、その責任者とおぼしき人物、小泉内閣時代に担当閣僚として「構造改革」を推進した竹中平蔵氏が大手の人材派遣会社(パソナ)に会長として天下りをしていたことが伝えられている。

「労働の規制緩和が中途半端であり、物の製造現場は派遣になじむのに禁止されたままだ」というオリックスの宮内義彦会長の提言を受け入れた竹中氏が製造現場での派遣の解禁を決定したことで、労働者派遣事業の業界は年間売り上げを6兆円に伸ばした。
規制緩和の旗を振った大臣が規制緩和で大もうけをした派遣会社の会長におさまるという構図は「規制緩和利権」そのものであり、この仕組み作りが小泉・竹中「構造改革」の正体であったことが明らかになりつつある。

また、規制緩和・民営化の旗を振った宮内義彦氏率いるオリックス不動産に日本郵政が「かんぽの宿」全施設を109億円という超安値で売りとばそうとしたことも「規制緩和利権」の一端であることは知られている。

ところで、筆者は「年越し派遣村」と「規制緩和利権」に象徴される社会の仕組みとはおさらばしたいと思うが、“国民の生活が第一”をかかげる政党への「政権交代」によってこの実態がどれほど変わったか、はなはだ疑問に感じている。
せっかく自公政権を退場させたのであるから、こんな不条理とは一刻も早くおさらばしたいのだが!

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