光をめざして

社会や身の回りにおこったこと、その他もろもろの出来事について折にふれて感じたことを投稿します。

小沢一郎

小沢裁判が一審無罪になったこと、および支配層内部の亀裂を増税阻止のために利用すべきことについて!(脱原発首長会議も設立されています)

胆沢ダムをめぐる水谷建設からの1億円の闇献金疑惑、ゼネコンのダミー団体からの闇献金をめぐる西松建設献金疑惑など、小沢氏の政治とカネをめぐる騒動は仰々しい鳴り物入りで始まりました。
ところが、この騒動も最後には秘書による政治資金収支報告者の不記載(虚偽記載)を小沢氏が了承していたかどうかという問題に収斂し、小沢氏自身も一審で無罪となりました。
こういうのを”竜頭蛇尾”と言いますが、もう完全に過去の問題となっており、これを再び現在の政治の表舞台で蒸し返すのは詮なきことと思えます。

消費税増税阻止のために小沢氏と民主党執行部の間にある亀裂をえげつなく利用すべし!
さて、今回の小沢無罪に関する「しんぶん赤旗」の解説記事の末尾に次のような一説がありました。
「今度の無罪判決(小沢裁判)で、消費税増税法案の審議への影響ばかりが取りざたされています。国民生活破壊の消費税増税の強行が許されないのは当然ですが、小沢氏の政治とカネをめぐる疑惑に対しても明確なケジメをつけることが政権党の責務です。」
しんぶん赤旗のこの主張は消費税増税阻止と小沢氏の国会への証人喚問とを同じ比重の政治課題として位置づけているかのように読めます。

だが、共産党は小沢氏と民主党主流派(執行部)とを同じ政権党(民主党)という一括りで扱い、両者の間にある大きな亀裂にはけっして着目しません。この支配層内部にある誰の目にも明らかな亀裂を利用せずに、どうして少数政党の共産党が消費税の増税を阻止できるのでしょうか。
ましてや、共産党も小沢氏が消費税増税は総選挙公約に反するとして、これに反対していることを知らないはずはなく、政治は結果に対する責任が問われます。
国民の世論とたたかいで消費税増税を阻止するにとどまらず、支配層内部の亀裂と矛盾を最大限に利用しての増税阻止にも努めるべきなのです。

また、共産党はいまだに水谷建設から小沢氏サイドへ5000万円の裏金がわたったものと考えているようですが、これは地検特捜部が1年近くにわたって総力を挙げた捜査でも、それを立件できなかった与太話にすぎません。
当面は小沢氏の国会喚問は見送り、増税阻止の一点で共同とまでは言いませんが、少なくても消費税増税反対という共通点に着目して小沢問題は静観とすべきです。

3.11を契機として明瞭となった小沢氏の保守反動政治家としての実態について!
ところで、昨年の3.11の大震災とフクシマ第一原発事故を契機に小沢氏の政治的な本質が誰の目にも明らかになりました。
私の知る限り小沢氏は昨年の3・11直後に雲隠れしてしまい、原発事故と震災の被災者のための行動をまったくおこなっていません。さらに昨年、TPP交渉参加問題が大きな政治テーマになった際も「知らぬが半兵衛」を決め込んで沈黙を続けました。
だがその半面で、菅内閣の不信任決議騒動の際には震災で苦しむ国民を尻目に自公勢力と一体となって暗躍し、民主党の代表選挙ではあろうことか、原発の守護神である海江田氏を小沢グループとして担ぎあげたのです。

これらの事実は小沢氏の金看板である「国民の生活が第一」が政治権力を握るための単なる方便、単なる大道具・小道具の類でしかなかったことを証明しています。
小沢裁判が政権交代阻止のための国策捜査からはじまった可能性は極めて高いと思いますが、小沢一郎自身も単なる保守反動の政治家にすぎませんでした。
また、小沢幻想は筆者の中では完全に崩壊してしまいました。

閑話休題(脱原発首長会議の発足)
話は変わって、4月28日に「脱原発をめざす首長会議」の設立総会が開かれました。
同総会では大飯原発などの拙速な再稼働に反対する決議、および今年夏に政府が策定する予定の「新しいエネルギー基本計画」で原発ゼロを決定するよう政府に求める決議の両者が採択されました。
あいさつに立った南相馬氏の桜井市長は「被災地の報道が薄れていくなかで、再稼働の状況が大きく取り上げられている現実に、地域住民は不安を抱え、棄民にされているのではと思う現実がある」と述べ、再稼働を急ぐ政府を批判しました。
また、総会の会場には理事長が脱原発を表明した城南信用金庫の本店が使われました。

ところで、与党幹部の仙石何某(元全共闘と聞きますが)が原発の再稼働ができなければ電力不足で「集団自殺」だと国民を脅しています。
しかし、この脅しは電力需要の過大見積もりに固執したものにすぎず、そもそも再稼働と電力需給とは本来、切り離して判断すべきものですが、あえて両者を天秤にかけて再稼働を迫っているのです。
仙石氏の「集団自殺」論は電気のためには原発のリスクに目をつぶれというトンデモな暴論であり、再稼働を急ぐ財界の代弁者でしかありません。
「政治判断」と言うなら再稼働ではなく、「原発ゼロの日本」への政治決断こそ求められます。

強力な地検特捜部が二回も不起訴にしたにもかかわらず裁判となった小沢事件と小沢氏の国会への証人喚問について

自らの資金管理団体「陸山会」の巨額の土地購入に絡んで虚偽の政治資金収支報告書を提出した疑いで強制起訴された小沢一郎氏の裁判が始まりました。
すでに元秘書3人には一審で政治資金規正法違反の罪で「有罪判決」が出されており、今回の裁判は元秘書たちと小沢氏の「共謀関係」の有無をめぐって争われることになります。

さて、今回の小沢氏の裁判をめぐりマスメディアが強調するのが「市民目線」という言葉です。
これは検察が小沢氏の起訴を見送ったことにたいし、「市民」が参加する検察審査会が二度にわたって起訴相当の議決をし、強制起訴をおこなったことに着眼したものです。
形式としては「市民参加」で起訴されたことになり、小沢氏は「市民」が起訴したという重みを踏まえ、裁判だけでなく国会でも説明責任をはたせというのです。
だが、本当のところ、この「市民目線」や「市民参加」なるものの実態とはなんだったのでしょうか。
検察審査会による二度の起訴相当の議決によって小沢氏が強制起訴された当時、マスコミによって全面的に展開されていたのがいわゆる“小沢叩き”報道でした。
そして、このような報道環境のなかで小沢氏のマイナスイメージをすりこまれた検察審査会の11人の「市民」が検察や裁判所にリードされておこなったのが二度にわたる起訴相当の議決です。
それゆえ、あらかじめ小沢氏のマイナスイメージを刷り込まれた11人の「市民」が検察などの描くシナリオに誘導されて、「小沢は起訴すべき」の結論をだしたのは必然の結果にすぎませんでした。

また、二度の起訴相当の議決をおこなった東京第五検察審査会の構成員には謎が多く、いくらメンバーが入れ替わっても平均年齢が34.55歳と同じだったというのですから、かなりいい加減なものであった思われます。
そもそも、小沢氏の政治資金規正法事件をめぐっては東京地検特捜部が二度にわたって不起訴としています。
強力な東京地検特捜部による1年以上の長期間の捜査でも小沢氏有罪の証拠を見つけ出すことができず、ついに立件を断念したのがこの事件でした。
本来はこれでこの事件は終わっていたのであり、小沢氏は無罪でしたが、なんとしても小沢氏を有罪にしたいマスメディアと検察が検察審査会を利用して小沢氏を強制起訴し、刑事被告人としてしまったことが今回の小沢氏の裁判のきっかけとなったのです。
マスメディアなどのいう「市民が起訴したことの重さに応えよ」との言い分の背後には、このようなおどろおどろしい政治的な背景があることを忘れるべきではありません。

国会での小沢氏にたいする証人喚問要求と刑事被告人小沢氏の人権について!
また、疑惑を持たれた政治家は自ら国会で疑惑を晴らすべしという「政治倫理綱領」を作成したのが小沢氏本人であることを理由に、小沢氏は国会での証人喚問にすすんで応ずるべきだとする主張があります。
だが、刑事手続きでは被告人に対する質問はすべての証拠の吟味が終わった裁判の最終段階でおこなわれることとなっており、それまでは刑事被告人は任意のもの除き、自己の不利益となるいっさいの自白の強要から守られます。
そして、強制力のある国会の証人喚問でおこなった証言は刑事裁判ですべてが証拠として採用され、国会での証人喚問で不当な誘導尋問から身を守るすべはありません。
それゆえ小沢氏といえども刑事被告人の人権は保障されるべきであり、「政治倫理綱領」がそれよりも優先するという論理は成り立ちません。
また、裁判と国会での究明は事件の真相に迫る車の両輪という論理もなりたちません。
政治家が国会の証人喚問や参考人招致で説明責任を果たすべきは本人が刑事被告人でない場合に限定されるべきです。


政権交代に託した国民の願いを裏切り続ける民主党政権と小沢幻想の崩壊の始まりについて

最近、聞いた話によると、管首相が退陣を口にした途端に小沢一郎氏がマニフェストの修正に柔軟な姿勢を示したといいます。
管直人氏は首相に就任したとたん、マニフェストの修正に着手し始めましたが、昨年の民主党代表選を筆頭に小沢氏はマニフェストの修正をもくろむ管首相に「マニフェストの堅持」を旗印に反旗を翻してきました。
だが、小沢氏は自身にとって最大の政敵である管首相の退陣が明らかになるや、マニフェスト堅持の旗を下ろし、マニフェスト修正に柔軟な姿勢を示したというのです。

ということは小沢氏にとって、マニフェストとは政敵である管首相を引きずりおろすための政争の単なる道具でしかなかったということでしょうか。
また、09年の総選挙の際に子ども手当、戸別所得補償、高校授業料無償化、高速道路料金の無料化などといった受けのよい政策を並べたてた民主党のマニフェストも有権者の票を釣るためのものでしかなく、たんに選挙に勝って政権を獲得するための道具でしかなかったのでしょうか。
だが、事実として09年総選挙時の民主党マニフェストは自民党政治にうんざりして政治を変えてほしいという国民の願いを強く反映したものであったし、国民はこのマニフェストに期待して「自民党政治を変えてほしい」という願いを民主党に託しました。

ところが鳩山政権以来、民主党政権は政治の流れを変えてほしいという国民の願いを裏切り続ける道をつきすすんできており、この道をすすむ限り誰が代表や首相になっても遅かれ早かれ行き詰らざるをえません。
しかし、ここにきてマニフェスト堅持の旗を掲げていた小沢氏までもがマニフェストを捨てて公約を裏切り、政治を変えてほしいという国民の願いに背を向けようというのです。小沢氏の豹変はこの流れにダメを押したもののように思えます。
筆者は誕生したとたんに総選挙時の公約を裏切り、政治の中身としては限りなく自民党政治との一体化をすすめた管内閣に対し、マニフェスト堅持を掲げてこれに対抗する小沢氏および小沢グループにはかなりの共感を感じていました。
また、ここに「政治とカネ」の問題があったにもかかわらず、小沢氏への支持がきわめて根強かったことの最大の理由があったし、昨年の民主党代表選で管直人氏と小沢氏ががっぷり四つに組んでたたかえた基盤がありました。

「政策はしょせん大道具、小道具」とうそぶく言葉に小沢氏の政治的本質が見えること!
さて、8月25日の朝日新聞は“小沢詣で”をおこなった前原誠司氏と幹事長職を要求する小沢氏との折り合いがつかなかったという記事を掲載しましたが、この記事には小沢一郎氏の「政策はしょせん大道具、小道具。権力を持たないと何の意味が無い」との言葉も掲載されました。
そして、筆者はこの言葉によって、ようやくにして小沢氏の政治的な本質を理解することができたのです。
政党とは政策や理念を共有する人間集団であり、その政策や理念を実現するための組織であるところに政党の本質があります。
ところが、小沢氏にとっては政策とは単なる大道具や小道具であり、政策とは権力を獲得するための手段であり、便法でしかないのです。
小沢氏にとっては権力を持つこと自体が目的なのであり、政策はそれを実現するための単なる手段でしかありません。

小沢氏のこの政治的本質が多くの識者や国民に隠され続けていたことから「小沢待望論」が生まれ、この小沢幻想が日本の政治をひっかきまわし、本来なら社民党や共産党に向かうべき票を数多く集めることで日本の政治を結果的に右傾化させてきたのです。
もはや「国民の生活が第一」というスローガンや「09年民主党マニフェスト」は死文化しており、このようなものに期待することはできないでしょう。
なんといってもこのスローガンの提唱者であり、09年マニフェストを作成した当の小沢氏自身が政策は単なる道具でしかないと言っているのですから間違いありません。

また今回の民主党の代表選挙で、玄海原発の再稼動問題ではいちはやく地元に入って知事や町長を説得し、福島原発事故後における原発再稼動の先頭に立った「原発の守護神」海江田氏を小沢グループが担ぎ出したことにも呆れました。
前原誠司氏ですら「あらたな原発は作らない」、「20年後には原発はなくす」と口先では言っているのですが、それにすら踏み込めない海江田氏を小沢グループが担ぎ出したことは、小沢氏はこと原発問題に限って言えば前原氏や野田氏よりもさらに劣っていることを物語るものと筆者は考えます。




小沢一郎氏は実質無罪 検査審査会による強制起訴の根拠となった検察調書の証拠不採用が決定しました。

image0706「陸山会」事件を担当している東京地方裁判所が東京地検特捜部の提出した供述調書のほとんどを“でっち上げ”と判断し、それらの証拠採用を却下したといいます。
その際に地裁は「威迫ともいうべき心理的圧迫と利益誘導を織り交ぜながら、巧妙に供述を誘導した」と異例の特捜部批判までおこなっています。
そして、却下された供述調書の中には石川知裕被告が「小沢元代表に虚偽記載を報告し、了承を受けた」という調書も含まれており、この調書を唯一の証拠として検察審査会に強制起訴された小沢一郎氏の無罪が実質的に決まりました。

2009年冬の西松偽装献金事件で大久保秘書が逮捕されましたが、この事件はすでに公判の証人尋問で西松建設の元部長が「当時は、政治団体がダミーとは全然思っていなかった」と述べ、迂回献金のダミー会社とされた企業が実はダミーではなく、実体があったことが明らかになっています。
また、このことで訴因変更に追い込まれた検察はこの事件をも陸山会事件の裁判と統合し、姑息にも裁判そのものを消滅させてしまいました。

そして今回、東京地裁が「陸山会」事件にかかわるほとんどの供述調書を“でっち上げ”と認めたことで、裁判所は検察の面子を考えても政治資金収支報告書の記載ミスを認める程度の判決しか出せなくなりました。
また、政治資金収支報告書の記載ミスは国会議員の提出する政治資金収支報告書の半分ぐらいの割合でおこっており、通常の場合には総務省の行政指導による修正報告で済んでいる問題でしかありませんので、小沢一郎氏の実質無罪は当然です。

さて、「陸山会」裁判で小沢氏元秘書の弁護士たちは、当初から結論あり気で、脅し、スカシ、泣き落としで自白調書を作成した特捜部検事たちのえげつない実態を暴露する法定戦術にでました。
その結果、この事件を担当した検事の一部が過去の裁判でもデッチ上げ調書を作成した経歴を持つ「札付き検事」であったことが暴露され、また、大久保元秘書の調書を取ったのが証拠改ざんで有罪が確定した前田元検事であったことも裁判官の心証を被告側に有利なものとする要因としてはたらきました。
こんなデタラメなやり方でつくられた調書によって、検察審査会は小沢一郎氏を強制起訴したのであり、検察官役として指名された指定弁護士にとっても法廷でたたかう材料を奪われてしまったも同然となりました。
このように小沢一郎氏をめぐる諸々の事件はすべてが免罪であったことが明らかになろうとしています。

小沢裁判の被告たちと小沢グループは冤罪を仕掛けた勢力を摘発すべきである!
こうして3月11日の大震災や原発事故をきっかけに長期の混乱と混迷をきわめた日本の政治にも大震災前の対決構図がふたたび蘇ってくるかもしれません。
「民主党は政権交代時のマニフェスト(国民の生活が第一)を守り国民との約束を実行せよ」との小沢氏を結集軸としたマニフェスト派と、旧政権勢力やマスメディアに後押しされながら対米追随と財界奉仕に狂奔する民主党現執行部グループとの対決です。

だが今後、長期にわたって大震災からの復興と原発事故の収束に正面から取り組み、政治の力をそれにむけて総結集していかなければならない事態が続くことは間違いありません。
また、未曾有の国難の中で民主や自公などの勢力が被災者そっちのけの党略的な抗争に明け暮れしながらも、他方で原発推進や消費税大増税などの悪政を共同で推進するといった政治の現実も目の前にあります。
確かなことは冤罪の被害者である被告たちと小沢派は、この政治謀略を仕掛けてきた勢力を一人残らずに摘発するべきでしょう。彼らが生き延びることだけは許してはいけないと思います。

参考 「日刊ゲンダイ」
小沢裁判 もうやるだけ時間と税金のムダ
http://gendai.net/articles/view/syakai/131320

追記
小沢一郎氏の資金管理団体をめぐる「陸山会」事件で、東京地裁が特捜部の取り調べを問題視し、多くの調書の証拠採用を却下しました。
捜査がデタラメであり、石川衆議院議員をはじめとした小沢氏の元秘書の供述調書に任意性がないことがその理由です。
検察審査会は昨年、今回、証拠申請が却下された石川氏の供述調書を重視して、『小沢氏に共謀の可能性あり』と強制起訴議決をおこないましたが、小沢氏強制起訴の唯一の証拠が同調書だっただけに秋にもはじまる小沢氏本人の裁判は無罪が確実な模様となりました。
これがエントリー本文の趣旨です。

水谷建設からの“裏献金”をめぐるしんぶん赤旗日曜版の最近の報道は遺憾であること(東京第五検察審査会にメスを入れるべし)!

image2151しんぶん赤旗日曜版(2月13日付け)に小沢氏疑惑スクープ証言と題して、あの水谷建設元会長のインタビュー記事が掲載されている。
同記事が伝える水谷氏の「証言」なるものを要約すればこうだ。

『胆沢ダムの下請け工事を受注するためには元請のゼネコンの了解だけでなく、小沢事務所の推薦が必要だった。
そこで当時の社長に指示して小沢事務所の大久保秘書にお願いにいかせたところ、胆沢ダムの堤体盛立工事の入札に先立ち、大久保秘書と合意ができた。
そして、胆沢ダムの下請け業者に推薦してもらう“お礼”に1億円を支払うことで話がまとまり、当時の社長から報告を受けて「よかったやないか」とねぎらった。』

この「証言」内容は2009年に脱税の罪で服役中の水谷元会長を東京地検特捜部の捜査員が訪ねた際に、水谷氏が「04年の10月と05年の4月に小沢氏側に各5000万円、計1億円の裏献金を渡した」と供述した内容と変わっておらず、それを繰り返したものにすぎない。

「水谷事件」も「西松事件」も根も葉もない虚構であったことが判明していること!
さて、09年のこの水谷証言から特捜部は04年10月の5000万円が同月の陸山会による土地購入の原資になったとみて、小沢氏の地元岩手県で建設中の胆沢ダムの工事に参入したゼネコン各社を対象に一斉捜査をはじめたが、これまでに30億円の捜査費と1年以上にわたる時間をかけたにもかかわらず、なんらの裏づけ証拠を見いだせずに終わっている。
いわば、水谷建設をめぐる裏ガネ疑惑は「大山鳴動」して「ねずみ一匹」さえ出ずに終わったシロモノであり、小沢不起訴にいたる「水谷事件」の顛末はこの話が検察ストーリーにもとづく虚構であったことを証明しているのである。

しかも、この「裏献金」を供述した水谷氏は出所後の日刊ゲンダイなどの取材に対して「石川、大久保なんて会ったこともない。石川被告の顔は報道で知ったが、それまでは石川のイの字も知らなかった」と証言したというのであるから驚きである。
「石川秘書が全日空のホテルで水谷建設から現金5千万を受け取った」とあれだけ騒いだ「報道」も、今はウェブ上からはいっさい削除されており、マスコミには報道責任を取ろうという姿勢はいっさい見られない。

また、小沢一郎の「政治とカネ」をめぐるもう一つの西松建設事件も、大久保秘書が西松建設からの献金をダミーの政治団体からのものと虚偽記載をしたというのが事件の核心であったが、これも西松建設の元幹部が公判で「政治団体がダミーとはまったく思っていなかった」との証言をおこなったことで崩れてしまった。
今では公判を維持することさえも困難となり、西松建設事件をめぐる裁判は事実上終焉してしまっている。
ここでも事件発覚時の「大久保秘書が“請求書”を出して西松建設にヤミ献金を強要した」などの「報道」は今ではウェブ上からはいっさい削除されており、この事件をめぐってもマスメディアが報道責任をとる姿勢はさらさらない。

このように小沢一郎の「政治とカネ」の問題の核心であった「水谷事件」および「西松事件」の両者はいっさいの証拠が見つけられずに終わっており、根も葉もない虚構であったことが判明しているのである。
それを裏付けるように、あの正体不明の東京第五検察審査会による強制起訴を受けた小沢氏をめぐる起訴事実の中には「西松建設事件」や「水谷事件」は含まれておらず、たんに政治資金収支報告書への不記載に小沢氏が関与したことのみがさらっと述べられているにすぎない。
そして、政治資金収支報告書への不記載などは単なる形式犯にすぎず、自公政権の時代にはすべて総務省による行政指導によって訂正すれば済んでいたのである。

しんぶん赤旗は東京第五検査審査会をめぐる一連の問題にメスを入れるべきだ!
さて、ここまで事実が判明しているなかにあって、今回のしんぶん赤旗日曜版の「スクープ報道」は「あっちの事件には目をつむるから、こっちの事件は言うとおりにしろ」と言われたであろう服役中の水谷建設元会長が、検事の歓心をえるためにおこなった過去の偽りの証言の焼き直しでしかない。
今になっても、とうに陳腐化してしまったネタを持ち出して、「正義」の検察が検察情報をマスコミにリークしながら「世論」を味方につけて「巨悪」に立ち向うという図式にこだわり続けるしんぶん赤旗には“真実を報道するしんぶん”という称号を受ける資格がなくなってしまっている。

いまや小沢一郎の政治生命を抹殺するために検察、検察審査会、裁判所などの司法諸機関と巨大メディアなどが一体となっており、その上に管政権一派と国会の破壊的野党が後押しをするという危ない状況が現出している。
小沢一郎のすでに終わってしまった「政治とカネ」の問題を利用したこれらの勢力のくわだては、政権交代阻止と小沢排除を狙った議会民主政治に対する挑戦ですらある。
これでは民主党を自民党と同じ“穴のムジナ”と看做して政権交代の意義を否定し、政治革新を願う国民から見放されてしまった日本共産党が、その記憶も新しいうちに再度の誤りをおかすこととなる。
今からでも遅くはないから共産党には引き返す勇気を望むものである。

また、しんぶん赤旗には東京第五検察審査会に対する徹底した検証記事を望むものである。
陸山会の政治資金問題は特捜部の長期にわたる捜査によって、すでに犯罪事実がないことが判明しており、この問題は小沢不起訴で終わっているはずである。
しかし、特捜部の意を受けた東京第五検察審査会はその構成も、議決手続きも明らかにしないまま、二度の起訴議決を作り上げて、3名の指定弁護士が違法の疑いのある起訴をおこなったのである。
ここには検察審査会が検察のチェック機関ではなく、その別働隊であり、裁判所や弁護士会さえもその補完役を果たしたという疑いがある。
しんぶん赤旗はここにこそメスを入れるべきではなかろうか。

政治家の説明責任とは何か。小沢一郎の「刑事被告人」としての人権を尊重すべきである。

images2111去る1月31日に東京第五検察審査会の起訴議決を受けて選任された指定弁護士が小沢一郎元民主党代表を政治資金規正法違反の罪によって強制起訴した。
その際に某革新政党のI書記長は記者会見をおこない「強制起訴によっても国会での説明責任を免れることはできない。司法は司法の役割があり、国会は国会で真相究明と政治的・道義的責任を明らかにする責務があることはいささかも変わるものではない。きちんと国会での証人喚問の処置をとるべきである」というコメントを発表した。

ところで検察審査会事務局は小沢一郎の起訴議決をおこなった11人の審査員の平均年齢を当初は30.9歳と発表し、その後に平均年齢を33.91歳に突然修正するという奇妙なドタバタ劇を展開した。
これは審査員のサンプリングの正当性に決定的な疑問を生じさせる出来事となった。
さらに検察審査会事務局は11人のメンバーを匿名で守り、いつ誰が、どのような審議を何回おこなったのかということもいっさい明らかにしていない。
いい加減な審査員のサンプリングにくわえ、11人の審査員はどんな議事をしたのか、情報をいっさい開示せず、これで人ひとり(小沢一郎)の政治生命の生殺与奪を決めようというのだから、いい加減なものである。

国民の知る権利と「刑事被告人」小沢一郎の人権とどちらを重んずるべきか!
さて、小沢一郎を強制起訴とした東京第五検察審査会の議決の正当性は別に論ずるとしても、さきのI書記長の小沢一郎の証人喚問をめぐる発言には大きな疑問を感じざるをえない。
メディアは小沢一郎が自らの疑惑に関しての「説明責任」を果たしていないと繰り返すが、今回、小沢本人はすでに強制起訴によって刑事被告人とされており、いずれ公開の法廷ですべての証拠が開示され、その全容が明らかになるのである。
政治家をめぐる疑惑が刑事裁判の対象となっていないケースでは、政治家の「説明責任」のみが国民の知る権利に応えうる唯一つの方法であろうが、今回の小沢一郎の場合にはすでに刑事裁判の対象となっており、「説明責任」より刑事被告人の人権のほうが優先されるべきなのである。

民主社会以前の刑事事件では、まず被疑者本人を引っ張りだして質問し、脅しや拷問などによって自白させればそれで有罪という人権無視の手法がまかりとおり、冤罪で苦しむ人が後を絶たなかった。
それゆえ、その歴史的な教訓を踏まえて現在の民主的な司法制度が形づくられており、被告人にたいする質問は全ての証拠の吟味が終わった裁判の最終段階でおこなわれることとなり、それまでは刑事被告人は任意のものを除き、自己の不利益となるいっさいの自白の強要から守られるのである。

また、現在の裁判では法廷外と法廷内との区別はなくなっており、強制力のある国会の証人喚問で余儀なくされておこなった証言でも全てが検察側の刑事裁判での証拠として利用されることは避けられない。
まして、国会での証人喚問は法廷とは違って相手側の尋問を遮って被告人を守る弁護士のガードはなく、議員による不当な誘導尋問から証人を守る手立てはいっさいない。
それゆえ、小沢一郎の今回の刑事裁判においても刑事被告人の人権は保障されるべきであり、国民の知る権利があるから今回は特別だという論理は成り立たないのである。
また、某革新政党のI書記長の「刑事裁判と政治家の政治的・道義的責任とは別であり、強制起訴によっても小沢一郎は国会での説明責任を免れることはできない」という論理も成り立たないのである。

小沢一郎は本来無罪であり、その議員活動に制約を設けるべきではない
小沢一郎をめぐる今回の刑事裁判は検察が証拠を見つけられずに二度も不起訴とした案件であり、証拠はないけれども素人からなる検察審査会がとにもかくにも裁判の場で白黒をつけろと決定したことで始まる裁判である。本来は小沢一郎は無罪なのである。
それゆえに「推定無罪の原則」を通常の裁判の場合よりも重んずるべきであり、小沢一郎の議員活動にいかなる制約を設けるべきではない。
国会のとるべき態度は裁判の行方を見守る以外にはないはずである。


ゼネコンと癒着して国民の税金の還流をうける小沢一郎像には裏付けの証拠がない(追伸)
東北地方の公共事業を食い物にしてきた小沢被告とゼネコンの癒着ともいうべき深い関係と国民の税金の還流という構図が小沢一郎をめぐる「政治とカネ」の核心の一つであると某革新政党は言う。
だが、特捜部が各地から検事を動員して東北地方のゼネコン支社を捜査したが、検察がマスコミにリークして報道させた小沢の「天の声」や「あっせん収賄」の裏づけ証拠はついに見つけられなかったのである。
小沢とゼネコンの癒着と国民の税金の還流という小沢一郎をめぐる「政治とカネ」の問題は現在のところ何の証拠もない憶測事項でしかない。

1993年のゼネコン事件の際に、清水建設の献金リストが見つかり、同社が上から二番目の「A」ランク(盆暮れに各500万円)に小沢一郎を格付けしていたという過去の話を持ち出しても、現下の小沢の「政治とカネ」の問題の証拠になるわけではない。

「起訴相当」議決によって小沢元民主党代表を強制起訴した東京第五検察審査会の持つ問題点のいくつかについて

image2011民主党元代表の小沢一郎氏が政治資金団体「陸山会」の政治資金収支報告書虚偽記載事件で、東京第五検察審査会の起訴議決を受けて強制起訴されたという。
今回、検察審査会の議決において審査の対象となった「虚偽記載」という問題はいってみれば記載ミスであり、それ自体は単なる形式犯にすぎず、従来は総務省の行政指導によって訂正すれば済むレベルの話にすぎなかった。
それゆえ、今回は検察が小沢議員の元秘書であった現職国会議員をふくむ小沢の秘書3人を逮捕すべき案件ではなく、罰金刑ですむ話であり、けっしてそこまで踏み込んではならない問題であった。

特定の補佐弁護人(弁護士)が論点整理をリードする検察審査会は公正な審査機関か!
さて、今回の検察審査会の「起訴相当」議決はそれにいたるまでの経緯の面でもいささかに納得いかない事柄が多い。
今回の事件で検察が強制捜査によって押収した捜査資料や証拠資料は段ボール箱19箱分に達したといわれる。
そして、検察がそれらの資料を穴の開くほど熟議し、一年以上の歳月をかけてくだした結論が「不起訴」であり、これはプロの捜査官でも小沢一郎の身辺には法に触れるようなことはいっさい見いだすことができなかったということに他ならない。

だが、今回の検察審査会の場合、法律の素人である検察審査員がそれらの資料の全てを読み込むことはできず、補佐弁護人(弁護士)が膨大な資料のなかから自分の考えで選び整理した資料だけを検察審査員に読んでもらうという手続きをとらざるをえない。
そうなるとその弁護士の価値観や先入観にもとづいた資料の整理が行なわれこととなり、整理の仕方によってはバイアスがかかることは避けられなくなる。

言い換えれば、特定の弁護士の意見や判断を検察審査員をとおして代わりに言わせるというやり方も可能となり、弁護士の選任のプロセスを含め、今回の検察審査会の「起訴相当」議決が本当に客観的で公正なものだったのかどうかが検証されるべきだ。

検察審査会の本来の目的と趣旨からみた今回の小沢「起訴相当」議決の問題点!
また、今回の検察審査会の議決は検察審査会本来の目的と趣旨から逸脱した不当なものという疑念を筆者は拭えない。
検察審査会とは本来、「証拠が揃っていて検察官は起訴すべき事案なのに、不当な理由、たとえば容疑者との特別な関係や権力者への配慮などから検察官が起訴しなかった場合に、しがらみのない一般市民が起訴を決定する制度」であり、犯罪被害者の人権侵害と泣き寝入りを防ぐというのがその本筋のありかただ。

だが、今回の小沢一郎のケースはプロの捜査官(東京地検特捜部)が1年以上の時間を費やし、膨大な証拠資料を収集しても、小沢一郎には法律に触れるような事柄はいっさい見いだせず、それゆえに「不起訴」となっているケースである。
すなわち今回はゼネコンからの裏献金や収賄などの十分な証拠が揃っているが、それにもかかわらずに検察が権力者小沢一郎をおもんばかって立件しなかったという問題ではないのである。

ただあるのは検察と一体化したメディアの先入観にもとづく報道だけであり、それを洪水のようなマスコミ報道を通して刷り込まれた「一般市民」の検察審査員が補佐弁護人の主導のもとでおこなったのが今回の「起訴相当」議決だ。
ゆえに今回の「起訴相当」議決には審査会本来の目的や趣旨から見ても疑問があり、小沢の「政治とカネ」をめぐる問題にも実体がなく、国会での証人喚問や政倫審といった問題にも正当性がないと筆者は考えている。

審査会へ申し立てをおこなった「在特会」幹部の奇妙な申し立て理由について!
また、今回は検察審査会へ申し立てをした人物の属性に大きな問題があり、審査申し立ての理由がきわめて不当であるとの疑念が指摘されている。
今回、小沢一郎の件で東京第五検察審査会へ申し立てした人物は「在日特権を許さない市民の会(在特会)」の会長の桜井誠氏であるが、「在特会」は幹部4人が京都朝鮮第一初級学校の周辺で拡声器を使い、「スパイの子」などとがなりたて授業を妨害したとして京都府警に威力業務妨害罪等で逮捕されたいわくつきの団体である。

そして桜井氏は自らのブログで検察審査会への申し立ての理由をこう述べている。
「不起訴決定後、極力早く審査の申し立てをおこないたかったため、今回は桜井一人だけでおこないました。小沢一郎という巨悪を眠らせてはならないこともありますが、外国人参政権実現に誰よりも積極的なこの民主党大物政治家の動きを止めねばならないからです。……」

この文面でも明らかなことは桜井誠という申し立て人の主たる動機は外国人参政権に反対することであり、検察の不当な不起訴によって人権の侵害を受ける犯罪被害者がその権利救済のために検察審査会に申し立てをおこなうという、この制度の本筋からは大きく逸脱したものであったことだ。
ゆえに今回は審査会当局が申し立ての理由なしとして却下すべきケースだったのであり、審査会を発動すべき場合ではなかったのである。

既得権益勢力から小沢一郎を守るべきである!
このように今回の小沢一郎に対する検察審査会の「強制起訴」議決はその経緯からみても疑問だらけのものがあり、そこに正当性を見いだすことはできないのである。
膨大な時間を費やして膨大な証拠資料を熟議しても小沢一郎には法律に触れることを見つけられず、一度は「不起訴」とした検察が、なぜなりふりかまわずに検査審査会を足場にしてまでも小沢一郎を追い落としたいのか。

それはひとえに旧体制の既得権を死守したいからであり、小沢民主党の検察改革によって検察が隠し続けてきた“裏ガネ”問題が表へ出るのを阻止したいからである。
そして、それに加担しているのが検察を含む既得権益勢力である米国、財界、霞ヶ関特権官僚群、巨大メディア、破壊的野党勢力および菅執行部である。


○「在特会」指導者桜井誠氏が小沢問題で検査審査会への申し立てをおこなった経緯について自らのブログで語ったエントリーのURLは下記
http://ameblo.jp/doronpa01/entry-10451351357.html

民主党内のマニフェスト維持派のたたかいは「政治を変えたい」という国民の声を背負っていること(小沢支持の理由について)

菅政権による相次ぐマニフェスト破りの数々!
菅首相は国会冒頭の施政方針演説で「税と社会保障の一体改革」の名のもとに消費税増税へと踏み出すことを表明した。
だが、民主党は一昨年の総選挙マニフェストで国の総予算207兆円の使い道を徹底的に見直し、無駄使いや不要不急な事業の根絶、あるいは税金などで溜め込んだ「埋蔵金」などの活用によって2013年度には16.8兆円の財源を生み出すと国民に約束しているのである。

imageCA124372俗な表現をすれば「逆立ちしても鼻血すら出てこないほどの徹底した無駄の削減」で「国民の生活が第一」の政策を実現する財源を捻出し、消費税の増税はすくなくとも、この無駄削減計画が完了する2013年度まではおこなわないというのが民主党の公約であった。

また民主党政権打倒の旗印を掲げ「たちあがれ日本」を自ら結党しておきながら、裏切りと変節によって菅政権にはせ参じた与謝野経済財政大臣などは「人生90年時代の日本のビジョン」として、現在は65歳である年金支給開始年齢のさらなる引き下げを言い出している。
だが、年金、医療、介護の不安をなくし、誰もが安心して暮らせる社会を実現するために年金制度を一元化し、月額7万円の最低保障年金を実現することが民主党マニフェストであったはずである。
菅政権には自公政権のもとでズダズダになった社会保障制度の「傷跡」を復元しようとする意思などこれっぽっちも見られない。

菅政権の変節に抗議の声を上げる民主党内のマニフェスト維持派(小沢支持派)!
さて、一つ一つ掲げていけばきりはないが、これが菅政権の現状であり、民主党は約束を簡単に反故にする政党となり、今後は何を言っても国民から信頼されない政党となってしまった。
そして、これらは「こんな政治は変えてほしい」との国民の願いによって実現した政権交代の原点を裏切り、政権延命のためには財界、霞ヶ関官僚群、米国、マスメディアなどの既得権益勢力に身を売って恥じることのない菅政権の変節と裏切りから生じているのである。

だが、この菅政権の変節と裏切りにたいし、政治革新を願う国民の間から厳しい批判がわきあがっており、「民主党は総選挙マニフェストに立ち返り、国民との約束を守れ」という声は日増しに高まりつつある。
また、この国民の声は政局にも反映し、民主党内では民主党政治の劣化と止めどもない「自民党化」をすすめる菅政権一派と、政権交代の原点に立ち返り「国民の生活を第一」とするマニフェストはあくまでも維持すべしとするマニフェスト維持派の間で、激しい対立と抗争が繰り広げられている。
もちろん政治革新を願う国民の声を代表しているのがマニフェスト維持派であり、その結集軸となっているのが現状では小沢一郎に他ならない。
ここに巨大なメディアを応援団とした菅政権一派による激しい小沢排除のルーツがあり、小沢一郎の「政治とカネ」の問題がその武器として用いられる理由がある。

だが、小沢一郎の「政治とカネ」の問題は西松建設事件にしても陸山会事件にしても、検察が一年以上かけて小沢の身辺を捜査したにもかかわらず、法律にふれるようなことは何一つ出てきてはいない。
そして時間が経つごとにこの問題が検察とメディアの合作によって作り上げられた「虚構」であり、村木事件と同様な「冤罪」であることが明らかになりつつある。

しかし、それにもかかわらずというよりそれゆえにこそ、小沢一郎の政治生命を絶とうとする既得権益勢力の攻撃は激化する一方であり、いまや民主党内のマニフェスト維持派は小沢の「政治とカネ」の問題を利用したマスディアや破壊的野党勢力、および民主党執行部を占拠した菅政権一派などの激しい攻撃で絶対の窮地に陥りつつあるのが現状だ。

マニフェスト維持派に敵対している日本共産党の現状について!
ところで筆者が今でも思い入れを持つ日本共産党はこの政治状況のなか、自民・公明やみんなの党などの破壊的な野党と歩調を合わせ、小沢一郎の国会への証人喚問を強硬に要求し続けている。
だが、この共産党の振る舞いには筆者ははなはだ違和感を感じざるを得ない。
なぜなら、その主観的な意図はともかく客観的な観点から眺めた場合、民主党内のマニフェスト維持派の結集軸である小沢攻撃に既得権益勢力といっしょになって“狂奔”する共産党としてしか国民の目には映らないからである。

このままでは近い将来、小沢一郎の「政治とカネ」の問題が冤罪であり、政権交代阻止と小沢排除を狙った既得権益勢力の「国策捜査」によって作り上げられた「虚構」であることが明らかになった暁には、日本共産党は国民にどのように弁明をするのであろうか。
かって自民も民主も基本政策の点で変わりはなく、同じ“穴のムジナ”だとして政権交代に反対し、政権交代派の国民に「妨害勢力」と看做されてしまった苦い経験を共産党は持っている。
そして当然のこととして前回総選挙での大幅後退という代償も払っている。

だが、この誤りへの反省と総括もおこなわず、「政治を変えたい」と願う国民の期待を背負った民主党内のマニフェスト維持派のたたかいには背を向け、破壊的野党といっしょになって小沢喚問で「敵対」しているのが共産党の現状だ。
このままでは駄目を押す形で国民から見放されてしまいかねない。
菅政権の財界べったり・アメリカいいなりぶりをいくら声高に批判してもその効果は相殺されてしまうだろう。

筆者が小沢一郎をめぐる「政治とカネ」問題に強い胡散臭さを感ずるようになった理由について!(続編)

2009年の民主党への政権交代はただ単に、有権者が自民党にお灸をすえた、あるいは、日本の議会政治史上はじめて有権者が政権交代を実現させたということにつきる出来事ではなかった。
「政治を変えたい」と願う国民の手によってはじめてつくられた政府、ある意味では国民による国民のための政府であり、民主党への政権交代はこの政府の実現を成し遂げた「無血革命」に準ずるものだったのである。

小沢民主党による政権交代に既得権益の喪失をかぎとった検察組織!
だが、この事態を黙って見過ごしているような旧体制勢力ではなかった。
検察を中心とする官僚エリート、大手マスメディア、そして自民党や財界などを中心とした「政財官癒着態勢」のなかで生きてきた勢力は、このような歴史の変化の中で既得権と既得権益を失うまいとして必死のたたかいを仕掛けてきた。
特に元民主党代表であった小沢一郎の提唱する官僚政治打破により、組織に大きなメスが入れられるのを恐れた検察組織は今のうちに政権交代の芽を摘んでしまおうと考えた。

かねてから検察には「調査活動費」という検察の予算の多くを私的に流用して遊興費に使うという“裏ガネづくり”の疑惑が指摘されており、正義感に駆られてこの実態を実名で告発しようとした現職検察幹部の三井環氏がテレビ取材の直前に微罪により緊急逮捕されるという事件すらひき起こしていた。
この緊急逮捕は発生当時、おそらくは三井氏の口封じを目的としたものだろうとささやかれ、緊急逮捕の名目とした罪状もなんと「住民票の不正取得」であった。
このようなことは住宅ローンの手続きの関係で一般的に常態化している事柄であったにもかかわらず、こんな微罪を理由として検察首脳部は三井氏の口封じを目的とした緊急逮捕をおこない、その後すぐに強制的な家宅捜査さえおこなったのである。

政権交代阻止を目的とし検察が仕掛けた西松建設ダミー献金事件の顛末!
images1251さて、このような不正行為に満ちた検察当局が大手マスメディアなどの旧支配勢力と一体となってひき起こしたのが、09年3月の小沢一郎氏の公設秘書の大久保氏逮捕劇である。
その罪状は西松建設からの献金をダミー団体を通して不正受領したというものであり、政治資金収支報告書に記載された「表献金」を問題とする前例のないものとなった。
それまでは政治資金収支報告書に記載のない「裏献金」を立件するのが政治資金をめぐる捜査の慣例であり、収支報告書に記載のある「表献金」を立件することなど一度もなかったのである。

こうして、なんとしても小沢民主党による政権交代を阻止して既得権益を死守したい検察は大久保秘書逮捕を強行したが、肝心の西松建設元幹部が公判でダミー団体の存在を否定したために鳴り物入りで始まった捜査も空振りに終わり、西松裁判も終焉へと向かったのであった。
そして、西松事件は民主党に政権交代させないための政治捜査で背後に麻生政権や大手メディアの支援があったことを見破った国民の手によって09年8月30日の総選挙での政権交代がおこったのであり、皮肉なことに検察が民主党への政権交代劇における最大の功労者となってしまったのである。

だが、政権交代後も小沢一郎の政治生命を絶って既得権益を守りたいとの検察の執念は相変わらずで、小沢を幹事長の座から引きずりおろし、あわよくば議員辞職へと追い込もうとの企ては続いた。

石川議員逮捕によっても小沢一郎を罪に陥れることに失敗した検察の政治捜査!
こうした検察がなりふり構わずに最後の賭けにうってでたのが、元小沢秘書でもあった石川議員をふくむ小沢氏の秘書3人の逮捕である。
逮捕の名目は「政治資金規正法違反」だったが、実質的には政治資金の記載ミスにすぎず、金をごまかしたわけでもなく今年書き込むものが半年間だけずれたということにすぎなかった。
この罰金刑ですむような話を糸口として、検察は「小沢の指示があった、小沢の命令があった」と小沢を共犯者に仕立て上げて、ふたたびその政治生命の抹殺をはかったのである。
しかし、3人の秘書は誰もなにも小沢氏から言われていないので、小沢の「お」の字も出ずに小沢逮捕のくわだてはまたもや不発に終わってしまった。

こうして10億円以上の国民の税金と1年以上の時間をかけておこなった検察の政治捜査は小沢を捕まえることができずに終焉し、結局小沢には法に触れるようなことは何一つ見つからず、最終的に検察は小沢の起訴を見送らざるを得ずに「不起訴」としたのであった。
また、水谷建設から小沢サイドに渡ったとされる「1億円のヤミ献金」も、もともと別次元、別ルートの話を検察が無理やり小沢と結びつけ、そこに脱税容疑で拘留中の水谷建設の元会長が検察のシナリオに話を合わせただけのものであり、それを裏付ける具体的な証拠は何一つあがっていない。

こうして小沢一郎の「政治とカネ」の問題のほとんどが政権交代阻止と小沢排除を目的として、検察と検察のリーク情報を駆使するマスメディアとが一体となって作り上げた“虚構”であり“冤罪”であることが判明しつつある。
そして今、この問題は国民との約束をやぶり、国民を裏切った菅政権によって「国民の生活が第一」とする小沢一郎を政界から排除するためのカードとして使われているのが現状である。

筆者が小沢一郎氏をめぐる「政治とカネ」問題に強い胡散臭さを感ずるようになった理由について!

KSD事件の顛末と村上正邦氏が検察にはめられた経過について!
今はもう昔のことになりつつあるが、KSD事件という出来事があったことをご記憶のかたは多いだろう。
KSDとは理事長の古関忠男氏が創設した中小企業の経営者・役員とその家族を対象に福祉共催事業を行う財団法人であり、一時は共催会費などで年間280億円もの巨額を集める事業団体にまで成長していた。
ところが、2000年を境に理事長の古関氏の乱脈経営や政界工作などが表面化し、東京地検特捜部が古関氏を業務上横領や背任などの容疑で逮捕したのである。

images1181また、これと時を同じくして当時、自民党参議院議員会長だった村上正邦氏が01年2月にKSD事件で賄賂を受け取ったと報道され、3月には受託収賄の容疑で逮捕されている。
村上氏の容疑事実は古関氏から「ものつくり大学」構想についてKSDに有利な代表質問をしてほしいとの請託をうけ、その見返りとして現金5000万円を受け取ったというものであった。
だが、この際に検察側が請託の立証のポイントとした古関氏の供述調書なるものは80歳をすぎた古関氏を100日間拘留し、出してやるから検察が書いたシナリオに署名しろと迫った検察のやり方によって作成されたもので、その任意性にきわめて疑わしいものがあった。
事実、後の控訴審で当の古関氏が「検察から村上の逮捕のために協力してくれと頼まれ、弁護士からも協力したほうがよいと言われたので、ウソの供述をした。」と述べている。

こうして検察のシナリオにもとづいた起訴事実によって村上氏は懲役2年2ヶ月の実刑判決を言い渡され、08年には最高裁で村上氏の実刑が確定している。
だが、このKSD事件に絡む村上氏の逮捕と有罪判決の証拠は古関氏による前述の供述調書だけであり、冤罪事件の可能性がきわめて高いものであることは疑えない。
当時、村上氏は自民党の参議院幹事長であり、野党対策などで自民党内での発言力はきわめて高く「参議院のドン」と称されるほどの実力者であったが、首相就任前の小泉純一郎にとっても強い遺恨を抱く政敵でもあった。
こうしてKSD事件を奇貨として政敵を追い落とそうとの小泉の思惑が村上氏の逮捕と有罪判決につながったのである。

小泉政権のもとで「政敵」排除のために多用された「国策捜査」!
imagesCA8BJR3Xまた、鈴木宗男事件もご記憶の方も多いだろうが、この事件も初期のころにマスコミをにぎわしたムネオハウス事件や国後島ディーゼル発電施設事件といった“絵に書いたような贈賄事件”に関しては鈴木氏の回りからは何一つ出てこなかった。
また、最終的に鈴木氏が起訴されたのは斡旋収賄罪などの四つの罪であり、メディアが大々的に報道した事案はそのなかにひとつも含まれておらず、かろうじて立件した事件も無理筋のものが多く、領収書を発行して政治資金収支報告書に記載した地元業者からの政治献金を賄賂と断定してのものであった。
そもそも賄賂であれば領収書をだして政治資金収支報告書に記載ずることなどなく、おまけに鈴木氏の場合には献金を受けた年にそれを返還さえしているのである。

こうして懲役1年5か月の実刑を受けた鈴木氏は冤罪をさけび、自らの身の潔白を主張しながら収監されたのが昨年の12月である。
この事件も当時の小泉政権が「構造改革」を推し進めるために“抵抗勢力”を狙い撃ちする中で、多くの人間が小泉の都合に合わせて検察によって葬り去られていったという流れに位置づければ、もっとも合理的な解釈が可能となる。

小泉の謀略によって政治の世界から葬り去られた事例はこの他にも“秘書給与流用疑惑”で議員辞職を強いられた田中真紀子氏や、日歯連ヤミ献金事件での村岡兼造氏などがあり、特に後者では起訴は免れたものの小泉と総裁選を争った橋本元首相が派閥会長を辞任し、小泉の最大の敵であった自民党橋本派は完全にその力を失ったのである。
このように権力者の政治的な意図によって恣意的に行われる刑事事件の捜査は小泉政権前後から頻繁に行われるようになり、この捜査の手法は俗に「国策捜査」と呼ばれるようになった。

小沢一郎の「政治とカネ」の問題は小泉政権からの「国策捜査」多発の流れの中でおきていること!
さて、このような流れのなかでおこったのが小沢一郎をめぐる「政治とカネ」の問題であり、西松事件によって大久保公設第一秘書が逮捕されたのが総選挙を間近に控えた09年の3月であった。
小泉政権前後から「国策捜査」が頻発する流れの中で考えた場合、これも総選挙を控えたこの時期に、政権交代を阻止する目的で旧政権勢力と検察が野党第一党の党首の政治生命を葬ろうとくわだてた「国策捜査」であったと解釈するのがもっとも自然である。

そして、西松建設が実体のないダミー会社を使って違法な迂回献金をおこなったという疑惑がこの事件の核心であったが、法廷で西松建設の幹部がダミーとされた会社には実体があることを証言し、検察は訴因の変更にまで追い込まれて西松裁判そのものが消えかかっているのが現状である。

参考 平野貞夫 「小沢一郎完全無罪」講談社
「国策捜査」にかんするシンポジウムが07年に開かれています。
(出席者 鈴木宗男氏 村上正邦氏 佐藤優氏など)
http://www.news.janjan.jp/living/0712/0712147269/1.php
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