1.はじめに

セーシェルやモルディブとならび「インド洋の真珠」と称されるスリランカは、美しい自然とおだやかな国民性で知られる。20095月、26年間続いたシンハラ人とタミル人との民族対立による内戦が終結し、現在では様々な国の企業から注目を集める新興国のひとつである。

 

国土は北海道の80%程度の広さであり、約2,000万人が暮らしている。GDP(国民総生産)は2010年予測値で482億ドル、2009年の実質GDP成長率は3.5%と安定した経済成長を遂げている。また、UNESCO20095月に公表した国民の識字率は約91*と、近隣諸国の中では高い識字率**を誇っている。これは、東南アジアの工業国であるインドネシアやマレーシアとほぼ同じ水準である。

 

内戦が終結してから2年、スリランカは今まさに復興の真っただ中にある。こうした状況下でまずなされるべきは、社会インフラの確立である。社会インフラの代表的なものといえば、電力、水道、交通、ごみ処理などが挙げられる。本レポートでは水道、中でも普及率が低い上水道に関する市場である一般家庭用浄水器市場の現状とビジネスとしての展望について述べる。

 

上述の通り、スリランカの上水道普及率は約34%と低く、特に東部の州における上水道普及率は約27%とさらに低い。また、上水道が整備されている地域でも給水時間に制限があり、十分な水の供給がなされていないという。

 

2.スリランカにおける家庭用浄水器の市場規模

スリランカの気候や地理状況を考えると、浄水器市場が拡大する可能性は高い。スリランカは四方を海に囲まれた島国であるため、海面から水蒸気の供給を受けやすく、そのためモンスーンによって強い雨季がもたらされる。この強い雨季の影響でしばしば洪水が発生し、主に井戸水に頼っている市民の飲用水は不衛生な環境にさらされることが多い。

 

また、沿岸地域の地下水には海水が混ざりこんでいることが多く、そのままでは飲用水として利用できないケースも多い。スリランカでは、病気で死亡する人の6人に1人が、このような不衛生な生活用水環境に起因する病気がもとで亡くなっているという調査結果も発表されている。

 

このような状況にもかかわらず、資金と技術力不足のため、スリランカのローカル企業で浄水器を開発・製造している企業は今のところ存在していない。スリランカの国内企業は、政府が貧困層を中心に一般家庭に無料で配布している濾過フィルターを製造しているのみである。スリランカで家庭用浄水器を市場展開している主なプレイヤーは、近隣のアジア諸国、とくにインドの浄水器メーカーという現状である。

 

韓国の聯合ニュース(Yonhap News)が2011413日に報じたところによると、隣の大国インドの浄水器市場規模は年間3億ドル(約252億円)で、毎年20%以上成長しているという。単純に人口比で言えばインドの1/60であるスリランカの浄水器市場規模も、インドと同様に経済成長が著しく、且つ飲用水事情が悪いことを考えると、数億円レベルにのぼると見られる。

 

なお、スリランカの浄水器市場に日本企業が参入した、あるいは参入する予定であるという例は本レポート作成時点においては見られない。東レ株式会社、三菱レイヨン・クリンスイ株式会社、タカギ株式会社といった日本の大手浄水器メーカーにインタビューをおこなったが、いずれの企業も今のところスリランカの浄水器市場を静観している模様である。

3.流通経路

スリランカの浄水器市場に参入している浄水器メーカー各社は、スリランカ国内に製造工場を持っていないため、隣国インドから輸出している。これらの浄水器メーカーの多くは、小売店や消費者への直接販売ではなく、販売代理店を通じて浄水器を販売している。

 

例えば、Unileverはスーパーマーケットや薬局チェーンと強い結びつきがあり、同社が展開するスキンケア商品や食品などとともにスーパーマーケット等で家庭用浄水器を販売している。2005年にスリランカ市場に参入したUsha Shriram Britaは、インドのタミル・ナードゥ州に製造拠点を構え、ドイツのBritaブランドの浄水器を製造し、スリランカに輸出している。

 

一方、スリランカの浄水器市場でトップシェアを誇るEureka Forbesは浄水器の訪問販売のパイオニアであり、消費者に直接浄水器を販売している。

 

インドとの間でFTA(自由貿易協定)が締結されていることもあり、スリランカの浄水器市場には隣国インドのメーカーを中心に多数のプレイヤーが存在している。市場では競争が活発になされていると考えられる。

 

4.スリランカ浄水器市場における主要プレイヤー

(1)Eureka Forbes Ltd.

Eureka Forbes Ltd.1933年に設立されたインドの電化製品メーカーである。2010年度の売上高は約1,600USドルで、「浄化」をキーワードとした製品を中心に市場展開している。現在、掃除機や空気清浄器、浄水器を製造販売しており、スリランカの浄水器市場ではトップシェアを誇る。

 

(2)Kent RO Systems Limited

Kent RO Systems Limitedは、インドの浄水器専門メーカーである。社名のROとはReverse Osmosis(逆浸透膜)の略であり、インドにおける逆浸透膜技術企業のパイオニア的存在である。

 

(3)Godrej & Boyce Manufacturing Company Limited

Godrej & Boyce Manufacturing Company Limitedは、1932年に設立されたインドの総合家電メーカーである。主に冷蔵庫、洗濯機、エアコンを製造している。インドの家電業界誌「TV Veopar Journal」の調査による2009年度のインド家電業界売上高ランキングでは第6位に位置し、インドローカルの家電メーカーの中では第3位につけている。

 

(4)Usha Shriram Brita Private Limited

Usha Shriram Brita Private Limitedは、1995年に設立されたインドのUsha Shriramとドイツ企業Britaの合弁企業である。Britaブランドの浄水器を販売している。

 

(5)Unilever N.V.

Unilever N.V.は、1927年に設立された世界トップクラスの食品、ヘルスケア商品の総合メーカーである。家庭用浄水器としては、「Pure It」ブランドを市場で展開している。

 

5.政府との関係

スリランカ政府は浄水器市場に積極的に関与しており、スリランカで販売される浄水器には日本のJISマークのような政府機関の認証制度に基づく許認可証が必要である。このため、メーカーはスリランカに浄水器を輸出するにあたり、かならず許認可証を取得している。

 

他にも、政府は、国内の大手繊維会社であるBrandixとドイツ銀行との共同プロジェクト「Water Filter Project」を通じ、貧困層を中心とした一般家庭に水をろ過するフィルターを無料で配布している。このプロジェクトで配布されるフィルターはスリランカ製のものである。政府は、国民に清浄な飲用水の提供とともに、国内企業の支援も目的としている。

 

2007年、政府はBrandixからの資金援助も受けながら、総面積650㎡の水研究・研修センターを建設した。アヌダプラ地区に建設されたこの施設により、水の浄化や浄化された水の保管方法に関する研究を進め、不衛生な水に起因する国民の健康被害を削減させるとしている。さらに、この施設は家庭用の安価な濾過フィルターの製造と物流拠点としての機能も持つ。

 

6.マーケットシェアと価格帯

スリランカの浄水器市場は毎年2528%の成長をみせている。前述のとおり、Eureka Forbesを筆頭にグローバル企業であるUnileverPhilips、インド企業のKentGodrejUsha Shriram Britaといった企業がシェアを奪い合っている。トップシェアはEureka Forbesで、6570%のマーケットシェアを誇っている。

 

価格帯としては、おおむね1,200ルピーから14,000ルピー前後の比較的簡易なタイプの浄水器が市場の中心である。Eureka Forbes1,29013,990ルピーの浄水器を取り揃えている。Usha Shriram Enterprisesも同様の価格帯(1,39913,999ルピー)で、小型の家庭用浄水器から業務用の浄水器を販売している。

 

一方、UnileverPure It」ブランド1種類のみの市場展開であり、価格は2,000ルピー、浄水器の容量は4リットル、特定のバッテリーを利用するタイプを販売している*

*いずれの価格もインドルピーである。2011422日現在の為替レートでは、1インドルピーは約2.48スリランカルピー、約1.84円である。

 

7.今後の展開

インドの浄水器メーカーとしては、上記の他にタタグループのTata Chemicalsがある。同社は、家庭用の小型浄水器を比較的低価格 749ルピー、999ルピー)で販売しているが、スリランカ市場には参入していない。同社によると、この背景には、他社がスリランカの浄水器市場にすでに根付いていることがあるという。今のところ、スリランカ市場に進出する計画もないとのことである。

 

スリランカ市場で販売されている浄水器は比較的簡易なタイプが主流であり、価格帯は日本円にするとだいたい2,000円から25,000円程度のものである。しかし、スリランカにおける中間層から富裕層の月収は10,000円から多くても50,000円程度であることを考えると、庶民にとって浄水器は高嶺の花の存在である。

 

同時に、スリランカの水事情がまだまだ発展途上であるという現状を考えると、飲用に耐えうる水に対する高い需要は今後も続くと見られる。

 

政府による浄水器普及へのバックアップもおこなわれているが、浄水器メーカーには、現在スリランカ市場で主流となっている「汲み置き型」の浄水器よりもさらに簡易で安価な「ポット型」浄水器の市場投入が期待されている。