Global IBIS最新ビジネスコラム Vol.10

~機能性フィルムの可能性~

2012/1/31

 

東日本大震災の被災地では、津波による塩害で農地が使い物にならなくなった地域が多いそうです。そこである地域では、塩害に遭った農家が、国の支援を受けながら、共同で「野菜工場」を立ち上げ、養液栽培による新たな農業を開始した、という記事が先日ある新聞に掲載されていました。

 

この「野菜工場」ですが、どんなものかというと、「カゴメ」などの大手企業が運営している植物工場のような最新鋭の工場だそうです。野菜は温湿度管理が行き届いた工場内で衛生的に栽培され、生産者は天候などの自然環境に左右されることなく安定的に収穫することができます。農地が海水につかってしまった農家が農業を継続するには、土を使わない工場栽培しかありません。

 

ただし、ひとつだけ問題があります。それはコストです。工場を新たに建設するには莫大なコストがかかりますし、温湿度管理に必要な光熱費や空調費も、それこそ工業製品の工場並みに必要となるでしょう。太陽光を利用すれば光熱費はある程度抑えられますが、生産効率を考えると、自然の力への依存は最小限に抑える必要があると思われます。

 

いずれにせよ、現在見られる野菜工場は、「大手企業が採算性をクリアしたうえで運営するもの」か、冒頭のような「不可避的な事象からの復旧復興のため国や自治体の支援を受けながら運営するもの」に限られます。つまり、合理的だから、天候に左右されないからといった理由だけで、農家が気軽に始められるものではありません。それにそもそも、あちこちで農地が工場化されたら、少し味気ない気もします。

 

先日、ある機能性フィルムメーカーの開発担当者と話をしました。機能性フィルムとは、主に薬剤を塗布することでさまざまな機能を持たせたフィルムのことです。現在、液晶テレビ・スマートフォンなどのFPD(フラットパネルディスプレイ)向けの反射防止フィルムやハードコートフィルムなどの分野で、各社が苛烈な開発競争を展開しています。

 

彼によると、「他社と同じ機能や同じスペックの製品では競争には勝てない。フィルム業界は顧客のピンポイントなニーズにいかに応えるかがとても重要」なのだそうです。実際、反射防止フィルムひとつとってみても、ある課題に対応する反射防止機能を付加したフィルムではA社の製品がシェア90%を誇るとか、ある状況下での反射防止についてはB社の製品が市場を独占しているとか、それぞれのニーズに合致したオンリーワン製品が数多く存在します。

 

また、生活分野においても、窓ガラスに貼付して使用する「熱を逃がさないフィルム」やコートなどの防寒着の副資材として使われる「透湿保温フィルム」などがあり、機能性フィルムは工業製品に組み込まれるだけにはとどまらなくなっています。では、これを農業分野に応用するというのはどうでしょうか。

 

当然、高い機能性を持たせたフィルムなので、一般の農業用シートなどに比べ、コストはかなりかかるでしょう。しかし、それでも、工場建設に比べたら圧倒的に安く済むはずです。莫大なコストをかけなくても、自然環境から受ける影響を最小限にとどめ、作物を安定的に収穫することができるとなれば、農業の姿が大きく変わる可能性があります。さらに、日本だけでなく、過酷な気象状況のもとにある海外の農業国(そして、その多くは最貧国です)にODAを通じて供給されることになれば、これらの国で農業経済が確立し、ひいては世界の食糧事情に良い結果を生むことにもつながります。

 

実は現在、機能性フィルムはすでに農業分野に応用されています。たとえば、ハウスの保温力を強化するフィルムや紫外線をカットするフィルム、地面を直接被覆して地温の異常向上と雑草の発育を制御するフィルムなど、さまざまな機能を持たせたフィルムが流通しています。しかし、プレイヤーが限られているためか、各社がこぞって開発にしのぎを削る光学用や半導体製造用の高機能フィルム業界のような活発さは感じられません。

 

農業用の機能性フィルム業界に新規参入する企業が増え、たとえば塩害を受けた土壌から塩分は通さずに養分と水分のみを通すフィルムといった、さまざまな局面を解決する機能性フィルムが続々と開発されるようになれば、農業はもっと合理的な産業となる可能性があります(ただし、開発の前提には、政府の産業支援策といった後ろ盾が必要なのは言うまでもありませんが)。

 

農業が合理的な産業となれば、後継者も含め担い手の数も増え、有力な産業に成長します。そして、雇用を生み出し、なによりも食糧事情の充実に大きく寄与することになるでしょう。産業のコメと言われる半導体や今後コメになるであろうFPDに注力するだけでなく、本物のコメにも目を向けると、そこには大きなビジネスチャンスが広がっているかもしれません。