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2005年09月26日

フェルナンド・アロンソ 経歴(新F1チャンピオン)

エクレストンのサイトでも新チャンピオンに対して賞賛を惜しみません。しかし、アロンソはそれに値すると思う。彼は2歳からカートに乗っていたそうです。そしてすぐに特異な才能開花、、、それは簡単にトップになってしまうこと。。。


アロンソ−必然のチャンピオン
Alonso - the inevitable champion: The Official Formula 1 Website

スペイン人が最年少でタイトルを獲得
Spaniard seals the title - the youngest ever to do so

過去5年間F1で最もよく耳にした質問は「ワールドチャンピオンとして最終的に誰がミハエル・シューマッハの後継者になるだろうか」というものだった。今や我々はその答えを手にした−フェルナンド・アロンソ。

アロンソは、今シーズン驚くほど成熟したパフォーマンスにより、すでに名ドライバーとして傑出していた。来シーズン、シューマッハがまたタイトル争いに復活する可能性もあるが、いずれアロンソはシューマッハの無数の記録のいくつかを最終的に書き換えるかもしれない。

これまでのアロンソの経歴を知っていれば、彼が若干24歳でF1最年少チャンピオンになったことも意外ではないだろう。彼の父親は、息子がわずか2歳のときに最初のカートを作ってやった。そしてまもなくフェルナンドの特異な才能、つまりあまりに簡単にトップに到達してしまうという能力が明らかになった。

アロンソは、カートのスペイン選手権でトップになり頭角を現した。1994年13歳で最初のタイトルを獲得し、さらに1996年、1997年にもチャンピオンになった。またヨーロッパ・カート選手権でも2位になっている。彼自身も認めているように、ライバルたちのような経済的バックアップが全くない状態で、シングル・シーターのレースに参戦できたことは幸運であった。1999年スペインニッサンオープン・シリーズでシートを獲得。1年目でチャンピオンシップを手にして、テレフォニカのスポンサーシップを確保した。そしてすぐにF3000に転向。2000年にはスパで優勝し、4位でシーズンを終えるという好成績を残した。この才能ある若いスペイン人に注目したひとりが、ルノーF1チームのフラヴィオ・ブリアトーレ代表だった。ブリアトーレはすぐにアロンソとマネージメント契約を結んだ。

ふたりはすぐに親しい関係をつくりあげ、ブリアトーレはアロンソの指南役となった。ブリアトーレの慎重な育成的マネージメントが、F1レーシングに対するアロンソの際立って成熟した態度をつくりあげる一部となった。ブリアトーレはアロンソをミナルディチームに入れた。彼は2000年ミナルディで数回のテストを経て2001年にはフルドライバーとなった。メルボルンのシーズン開幕戦に出走したときはわずか19歳7ヶ月と3日だった。これはF1ドライバーとしては3番目に若い記録である。

2001年はアロンソにとって貴重な経験となった。競争力のないミナルディではチャンピオンシップでは1ポイントも獲得できなかったが、最高レベルのレースを通じてしか学べない貴重な経験をした。そして、見ているものを興奮させる攻撃的なドライビングスタイルから彼の速さをうかがい知ることが出来た。翌年、彼はブリアトーレのルノーでテストドライバーを務めたため、彼のキャリアは下降しつつあるとの見方が多くなった。しかしそうではなかった。これはすべて計画の一部であった。ルノーで幅広い経験を積んだ後、アロンソは2003年ジェンソン・バトンのシートを受け継ぎ、ルノーのフルタイムのレースドライバーに昇格した。

アロンソの速さは、その進歩の速さとともにすぐに証明された。彼はシーズン開幕戦で、チームメイト、ヤルノ・トゥルーリから2番後方の7位に入賞した。次のマレーシア戦ではふたりの立場が逆転した。アロンソは素晴らしい走りで3位になり、初の表彰台を獲得したがトゥルーリは5位だった。シーズンが進むにつれアロンソも進歩し、ハンガリーではポール・トゥ・ウィンの快挙を成し遂げ、F1史上最年少の優勝者となった。

2004年アロンソの進歩は別のギアにシフトアップした。シーズン当初は彼とトゥルーリのパフォーマンスはほぼ似通っていたが、時間が経つにつれ、フェルナンドはチームメイトを引き離し始めた。チャンピオンシップの最初の8戦では、トゥルーリは予選でアロンソに6回勝った。トゥルーリがイタリアGP後突然チームを離脱する頃には、アロンソはそのギャップを8:7に縮めていた。そして、トゥルーリの代わりのジャック・ヴィルヌーヴと短期間いっしょに走り、シーズン最後の3戦は彼に完勝した。

2005年を彼のシーズンにする舞台が用意された。すぐにフェラーリにはミハエル・シューマッハがチャンピオンシップの王冠を守る速さがないことが明らかになり、またキミ・ライコネンのマクラーレンの信頼性のなさもルノーの展望を後押しした。しかし、アロンソのチャンピオンシップが当然のものであり、マレーシア、サンマリノ、バーレーン、ヨーロッパGPのニュルブルクリング、フランス、ドイツでの一連の素晴らしい効率的な走りと勝利によってもたらされたことは、誰も疑わないだろう。シーズンが終わりに近づくにつれ、ライコネンのポイント追撃もますます可能性が低くなってきたため、クリーンな走りと大量得点を確保する一貫したレースというアロンソの長所が引き出されたようだ。

ルノーのスタッフは、非常に若いドライバーのこのような成熟した走りを見ても衝撃を受けていないようだ。ベネトン時代にミハエル・シューマッハのエンジニアリングを担当していたパット・シモンズは「驚くべきこと、そして彼(アロンソ)に対する本当のほめ言葉は、誰もが彼の年齢を忘れてしまうということだ。彼はF1に長くいるわけでもないのだが、彼の見せる成熟はその年齢をはるかに上回っている。単に年齢を忘れてしまうような使命をもった男を相手にしているような感じがするんだ。彼はその使命を知っており、それに完全に満足している」と述べている。

今やその使命は全うされ、2006年に向かいつつある。「誰がアロンソに対抗できるのか?」が最大の質問だろう。





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        フィッティバルディの記録を更新して最年少チャンピオンに!コンストラクターズも日産のために頑張るなら応援します! Nifty F1: モントーヤ優勝! アロンソ チャンピオンにおめでとう!アロンソ!去年にまして今年も憎たらしい程に上手くミスのない走り見せてくれたね。昨...
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