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2006年05月26日

40の事実で見る「マクラーレンF1参戦40周年」

40の事実で見るマクラーレンの40年
McLaren's 40 years in 40 facts: F1 Technical
1966年5月22日、マンフレッド・マンの「プリティ・フラミンゴ」がUKチャートのトップを飾り、ローリング・ストーンズの「アフターマス」がトップアルバムになり、ビーチボーイズは伝説の「ペット・サウンズ」をリリースしたところだった。同じ日、ブルース・マクラーレンはモナコGPでM2Bをデビューさせ、F1史上最も成功したチームをスタートさせた。

1. F1グランプリ602戦出走。
2. 参戦したレースで計148勝。
3. F1ドライバーズ・ワールドチャンピオンシップ優勝は11回、F1コンストラクターズ・ワールドチャンピオンシップ優勝は8回。
4. インディアナポリス500で3回優勝、Can Amチャンピオンシップで5回優勝、ル・マン24時間レースで5回優勝。
5. 表彰台の1-2フィニッシュは40回。
6. ポール・ポジションからのレースは122回。
7. そのうち70回はポール・トゥ・ウィン。
8. グランプリのフロント・ローからのスタートは255回。
9. グリッドのフロント・ローの両方の枠からスタートしたのは51回。
10. 126戦でファステストラップを記録。
11. 表彰台に上ったのは387回。1,161?のシャンペンをドライバーが撒き散らしたことになる。
12. チームは六大陸、28ヶ国で出走したが、そのうち25ヶ国で優勝。
13. シーズン全体で1戦を除き全戦優勝したこれまでで唯一のチーム。1988年アイルトン・セナとアラン・プロストが16戦中15戦で表彰台の一番上に立った。
14. 16ヶ国、42人のドライバーがチームでレースをした。
15. 40年間で10人のワールドチャンピオンと契約した。そのうち6人は、マクラーレン在籍中にドライバーズ・ワールドチャンピオンシップで優勝し、その総数は11回に上る。
16. ヒューゴ・ボスは過去25年間、チーム・ユニフォームを提供しており、F1で最も長いスポンサーシップを維持している。
17. 40年の歴史においてタイトル・パートナーはわずか3社。
18. 受賞したマクラーレン・テクノロジーセンターは2004年5月、エリザベス女王によって正式オープンした。

メルセデス-ベンツがマクラーレンに加わった1995年以降の出来事

19. マクラーレン-メルセデスのパートナーシップは、192回の出走中、優勝44回、ポール・ポジション43回、ファステストラップ58回、表彰台134回、ポイント獲得224回、1-2フィニッシュ14回をもたらしている。

マクラーレンのF1デビューはモナコだったこともあり、チームはモンテカルロでは圧勝している。

20. 1966年、モナコGPは3.130kmを100周していた。予選のラップタイムは1分29秒9、平均トップスピードは時速126.080kmに達した。2005年には3.340kmを78周した。ポール・ポジションはキミ・ライコネンで、タイムは1分13秒644、平均トップスピードは時速158.540kmだった。
21. オリジナル・マシンのカラーリングは白地に緑のストライブが入っていた。この理由は、映画「グランプリ」のためだった。マシンはジョン・フランケンハイマーの映画によく登場していたが、これはマクラーレンがF1の初シーズンの資金を調達するために、映画製作会社への協力を申し出たためである。この3時間の映画は3つのアカデミー賞を受賞した。
22. 1966年モナコGPでブルースを支援したのは4人のスタッフだった。対照的にチーム・マクラーレン-メルセデスは今年モンテカルロに137人のスタッフを送り込む。この数字には、ドライバー、エンジニア、メカニック、サポート・クルー、マーケティング担当者、ホスピタリティ担当者が含まれる。
23. 1966年のスタッフのうちふたりが依然としてマクラーレン・レーシングで今も働いている。タイラー・アレクサンダーはシステム・エンジニアとしてチームに同行しており、レイ・ロウはギアボックス・メカニックとして働いている。
24. デビュー後わずか24戦でマクラーレンはGP初優勝を果たした。これは1968年ベルギーGPのことで、ドライバーはブルースだった。
25. マクラーレンがモナコの公道で初優勝したのは1984年、ドライバーはアラン・プロストだった。
26. その優勝以来、マクラーレンはモナコGPで計13回優勝している。これはF1史上最多である。さらに1998年のモナコGP以降、マクラーレン-メルセデスはモナコで4回優勝している。
27. モナコ初優勝から2年後の1986年、マクラーレンは40回ある1-2フィニッシュの1回目をモナコで達成した。このときはアラン・プロストがチームメイトのケケ・ロズベルグの前でフィニッシュした。
28. 今は亡きマクラーレンのワールドチャンピオン、アイルトン・セナは、このサーキット最多優勝記録(6回)を保持している。このうち5回はマクラーレンに在籍していた。
29. マクラーレンは、10回ポール・ポジションからモナコGPをスタートした。
30. 昨年、チーム・マクラーレン-メルセデスのドライバー、キミ・ライコネンとファン・パブロ・モントーヤはF1ドライバーとしては最も高価なヘルメットをかぶってレースをした。両者のヘルメットはスタインメッツ社の合計600個のダイヤモンドで飾られていた。
31. 2005年、キミ・ライコネンはモナコGPで優勝しており、ファン・パブロ・モントーヤはウィリアムズ時代の2003年に優勝しているので、チーム・マクラーレン-メルセデスは、今年ふたりの優勝経験者を擁する唯一のチームである。

40年前の初レースを祝うため、この40年間のマクラーレンが初めてF1に持ち込んだものを紹介しよう。

32. 1981年、マクラーレンは初めてのカーボンファイバー・コンポジット製シャシー、MP4/1でレースをした。
33. 1993年のマシンMP4/8は、バージボードを装備した初のマシンであった。
34. 現在のマシンに装備されているミッド・ウィングは、1995年のMP4/10で初登場した。
35. マシンの重要な冷却装置であるチムニーは、2000年のMP4-15に初めて導入された。
36. マクラーレンは、F1、Can Am、インディ500、ル・マンで優勝した初のコンストラクターズである。
37. 1998年、チーム・マクラーレン-メルセデスは、初のツーシーターF1マシンMP4-98Tを導入した。このマシンにはファン・カルロス国王、ジム・コアー、マレー・ウォーカー、ヴァネッサ・メイ、ロシア人の宇宙飛行士ワシリー・チブリエフなど151人の乗客を乗せた。
38. マクラーレンは長年かけてトラックわきのホスピタリティの場を開拓してきた。2階建てのモーターホームを導入した最初のチームであり、最近では2002年に革新的なチーム・コミュニケーション・センターを持ち込んだ。
39. マクラーレンは、企業パートナーであるヒューゴ・ボスと提携して、F1グランプリやテストで着用するチーム・ユニフォームの注文仕立てを初めて導入した。
40. マクラーレンは社内月刊誌を発行した最初のチームである。"Racing Line" はこの6月に100号が発行される。

Source McLaren


markzu at 01:22│Comments(0)マクラーレン | F1特集
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