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2008年12月05日

ホンダ・レーシングF1チームの将来

The future of Honda Racing F1

ホンダはF1チームの新オーナーを見つけるまでに3ヶ月の余裕があるが、さもなければF1から撤退する。今後数時間以内に日本から発表が行われると見られている。よいニュースは、チームはスポンサーを探しており、チーム存続のスポンサーシップが見つかることを期待していることである。今後ホンダのエンジンは使えないだろうが、フォース・インディアがエンジンをメルセデス-ベンツに変えたので、フェラーリはエンジンの製造能力がある。ロス・ブラウンとイタリアとのコネクションは明らかに役に立つだろう。ただし、チームに支払うだけの資金があればだが。これは現在の経済状況を考えれば簡単ではないが、買い手が見つかれば、そしてチームが多くの資産を持っていれば、問題は解決されるだろう。チームの経営陣は、世界的金融危機によってリストラが行われているものの資金の豊富な中東での買い手を探すと見られている。

今後、再登場するかもしれない名前はマーティン・リーチである。彼は、今年前半のスーパーアグリ買収の中心にいた自動車業界の重鎮である。彼とニック・フライはフォード自動車で数年間一緒に働いた友人であり、以前の関係が復活するかもしれない。ホンダチームはスーパーアグリよりもかなり優れた投資であり、予定されているスポンサー、ドバイ・インターナショナル・キャピタル(DIC)は投資できる資金を有している。DICは多くの疑問のためスーパーアグリ買収をあきらめたが、F1への関与は明らかに魅力的だったようだ。DICは今週、西欧企業からアジアの新興市場に関心を移しつつあると発表したが、F1はアジアで成長しているので、資金を投入する可能性はある。DICはF1への露出によって恩恵を受けると思われるいくつかの企業に投資している。また、ホンダ・レーシングF1は、ブラジルのペトロブラス(来年日本市場に参入する)からスポンサーシップを受けていると見られおり、数ヶ月前には中東との大きな契約が間近だと噂されていた。DICは投資資金として120億ドル(1兆1,094億円*)を有しており、ドバイの経済的、社会的、産業的発展の強化に役立つ企業を買収している。DICはタッソー・グループ、ドンカスターズ、軍用機械の精密パーツメーカー、トラベロッジ、ドイツのパッケージング会社マウザー、UAEに本社を置く高級品小売業のリヴォリなどに投資しており、さらにはダイムラー、HSBC、ソニー、航空宇宙企業のEADSなどの少数株主でもある。

ホンダにとってF1からの撤退はその野心にとっては痛い一撃であるが、米国での売上が過去数週間で劇的に低下(対前年比32%の減少)しており、米国と日本の株式市場でホンダの株価はプレッシャーを受けているので、同社にはほとんど選択肢がないようだ。トルコでの増産計画はすでに凍結されており、インドにおける工場建設は少なくとも1年延期され、さらには今後数ヶ月間で工場の稼動待機も予定されている。

ホンダは1964年に初めてF1に参戦し、1965年末にレース初優勝を果たしたが、その後はほとんど成功することなく1968年末に撤退した。1980年代初めに、かつてF1チームの一員だった川本信彦が取締役に就任し、1978年に始まったフォーミュラ2エンジン・プロジェクトを推進した。これがラルト・ホンダチームにつながり、チームは1982、1983、1984年に圧勝した。川本はターボエンジンでF1復帰の準備をはじめ、当初このエンジンは小さなスピリットチームに採用された。その後ウィリアムズにエンジンを供給し、ウィリアムズ・ホンダの組み合わせは1984年ダラスでレース初優勝した。ウィリアムズ・ホンダは1986年まで圧勝し、ネルソン・ピケが1987年にワールドチャンピオンシップで優勝した。1988年マクラーレンと契約したことで、最も成功したF1マシンが誕生し、アイルトン・セナとアラン・プロストはこの年16戦中15回優勝した。マクラーレン・ホンダはその後の3年間1989〜1991年も勝ち続けた。1990年5月、川本はホンダの取締役社長に就任したが、1992年彼はF1からの撤退を決めた。彼の究極の目標は、ホンダのマシンとエンジンで優勝することだったが、1990年代は米国におけるホンダの活動の拡大に費やされた。彼が完全なチームでF1に復帰することを認めたのは1998年だった。川本が東京での権力闘争に敗れたため、ハーヴェイ・ポスルスウェイト率いる最初の取組みは始まる前に中止された。しかし新社長吉野浩行は2000年ブリティッシュ・アメリカン・レーシング(BAR)に対するエンジン供給契約を承認した。成功は遅かったが2004年末にチームは将来性を見せるようになり、ホンダはチームの株式を一部買収した。そして2005年末にブリティッシュ・アメリカン・タバコの株式を買収してチームをホンダ・レーシングF1に変更した。2006年8月ハンガリーで、ジェンソン・バトンは1960年代以来初めての優勝をホンダにもたらした。悲しいことに、ホンダが自ら技術部門を運営しようとした2007年シーズンは失敗に終わった。2007年マシンは期待はずれであり、ロス・ブラウンの獲得も2008年のマシンに影響を与えるには遅すぎた。今年のマシンも前年のマシンに比べてさほど優れてはいなかったのである。

-Source: GrandPrix.com
-Mobile: Amazonモバイル

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+参照
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DIC を含む記事

*日本時間2008年12月05日08:49 の為替レート:Yahoo!ファイナンス 外国為替情報


markzu at 09:02│Comments(4)ホンダ 
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        コメント

        1. Posted by みのみの   2008年12月05日 09:55
        トヨタはどうするかな?

        IPアドレス 61.23.238.221
        2. Posted by jmb   2008年12月05日 11:00
        はぁ…

        琢磨はホンダにいたとしても、こういうことになったのねー。

        トロロッソで復活祈る!

        IPアドレス 218.110.55.88
        3. Posted by 無記名   2008年12月05日 11:02
        スポンサーなしのアースカラーは自殺行為でしたね。

        IPアドレス 123.108.237.30
        4. Posted by まさまさ   2008年12月05日 22:00
        1 ホンダに限らずどこのチームでもあり得る事。だいたいレギュレーションが毎年毎年厳しくなる一方。ファンが減るだけなのにネェ。今度もカッコ悪くなるし、エコもわかるけど何か妙なかんじ

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