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2010年04月20日

F1中国GP 7の結論

PF1 Conclusions From China

バトンの優勝は知的「幸運」のおかげ
モーターレースに勝つ方法はひとつならずある。ルイス・ハミルトンにはたくましさがあったが、ジェンソン・バトンには頭脳があった。ふたりはレースの大半では別の戦い方をしたとはいえ、彼らの戦いは接戦だったが、結局は頭脳の方が勝った。

スポーツでは知力は過小評価されているが、バトンの中国での優勝は慎重な賢明さの勝利だった。レッドブルのチーム代表クリスチャン・ホーナーは「これは経験と自信のなせるわざだね。ジェンソンは何をしなければならないかわかっており、その通りにしている。それだけでも立派なものであり、彼が優勝するのも当然だ」と称賛した。

オーストラリアでは、正しい判断という幸運に恵まれ、優勝にふさわしい走りをした。上海における彼の決定的な判断は、3周目にドライバーの大半がインターメディエイトに交換するためピットに入ったときに、自身はピットを通り過ぎるという単純なものだった。これは賢明だった。その後バトンは慎重にタイヤを温存したので、ニコ・ロズベルグは19周目にミスを犯した。そしてルイス・ハミルトンはレースの終盤になるまで差を縮めることができなかった。ただしバトンはその午後唯一のミスを犯し、ハミルトンの優勝の可能性が生じた。しかしバトンは冷静に状況を判断した。1秒差の優勝も1分差の優勝と同じ価値がある。

バトンはおそらく彼のチームメイトほど速くない。しかし変化を続けるコンディションの中では、その欠点は克服できる。彼はレース後「速いだけが重要なのではない。コンディションを読むことが重要なんだ」と語った。そして正しい判断を下すことが重要だ。これは一種のスキルである。これは確かに過小評価されているが、彼の批判者に向けたジェンソンの2回目の優勝を支えたのは、そのスキルだった。

バトンとハミルトンは新たなプロストとセナのようなもの
マクラーレンを窓からのぞいている我々にとって、ハミルトンとバトンはスタイルが全く異なっているにもかかわらず、ジェンソンとルイスが親友であり続けていることは魅力的である。彼らはとげとげしさのない新しいセナとプロストである。2010年シーズンが進展すれば、彼らの仲のよさは保留せざるを得なくなるだろうが、このふたりが最悪の敵同士になることを予想するのは難しい。

そしてマクラーレンがトップに
ハミルトンの見事な追い上げがレースの見どころだったが、16位から2位までという彼の走りは(やや謎めいた)セイフティ・カーの出動とマクラーレンの圧倒的なスピードがなければ不可能だっただろう。

レース終盤でさえ、ハミルトンは無線でタイヤが「終わっている」と叫んでいたし、バトンは芝に乗り上げたが、彼らはトラックで最速のマシンだった。彼らはウェットにセットアップしていたのだろうか? レース後記者会見でジェンソンはそうではないと語った。ハミルトンがレースのドライ・コンディション中に、マーク・ウェバーをさっと抜き、続いてエイドリアン・スーティルもオーバーテイクして、セブ・ヴェッテルを置き去りにしたことからも、それがわかった。アイスランドという不適切な名前の場所での噴火が今後3週間で止まるならば、序列を変えるための一連の新パーツがバルセロナに送られるはずであるが、上海での意外な結果は、マクラーレンがレッドブルを追い越したという強力な証拠だった。

スチュワードにとってもほぼよい1日
功績のある者には功績を認めよう。鋭い目をしたチャーリー・ホワイティングは、フェルナンド・アロンソがヴェッテルを抜く前に彼のフライイング・スタートに気づいた。そして、セブ・ヴェッテルの通路にハミルトンを送り出したことでマクラーレンにペナルティを科さなかったスチュワードは正しかった。なぜなら、ハミルトンが走り出したとき、レッドブルはまだボックスを離れる途中だったからだ。

少し理解に苦しむのは、セブ・ヴェッテルとルイス・ハミルトンの両者に「戒告」を与えるという裁定だった。その理由は、ピットレーンを進む間、ハミルトンは譲るべきであったがそうせず、ヴェッテルはピットクルーすれすれまでハミルトンをレーンの右側に押しやって非常に危険だったからだった。スチュワードは両ドライバーを有罪と判断したが戒告に留めた。しかしそれ自体が危険な裁定だった。

アロンソ、本性を現わす
フェルナンド・アロンソがこういった変則的なレースに飽きて、いつものレースに戻りたいと思うのも当然である。彼は日曜日「バーレーンのレースがそうだったが、僕らはそのレースで優勝した」と嘆いていた。過去3戦はアロンソにとって厄介だったが、彼は極東シーズンにおいてドライバー順位3位と健闘している(ちなみに、フェリペ・マッサがグランプリ1戦で1位から6位まで後退したことは、順位争いの激しさと新しいポイント方式の影響を示している)。

フェルナンドは、故障したギアボックスによって苦しめられたにもかかわらず、マレーシアではそれなりの結果を出したが、中国ではスタートでフライングして自ら問題を作り出した。セイフティ・カーが出動しなければ、彼はポイント圏外に沈んでいただろう。

しかしレース後の話題は、ピットレーン入口における彼の特に楽観的かつ危険なフェリペ・マッサへのオーバーテイクだった。これは(マッサは芝の上に避けたが)事故と、事故にならなくてもフェラーリ内での対立につながる危険があったので大胆な行為だった。

アロンソはレース後「僕にとってはいつもの動きだ。これが僕らの関係を損なうことは絶対にない」と言うだけで十分だと感じたということは、彼の一方的な見方の一例である。フェルナンド、もちろん、そんなことはない。なぜなら君はやられた方ではなく、やった方なのだから。特に目立つのは、この件をフェリペがどう思うかについて彼は全く考慮していないことだった。一方フェリペは自ら公の場で発言した。これまでのところ、アロンソの唯一のコメントは、フェラーリのプレス・リリースという個人的な避難場所を通じて出されているだけである。

シューミ、哀れみを受けるおそれも
レッドブルが中国の負け組なら、ミハエル・シューマッハも明らかな負け組である。彼の開幕3戦は謙虚だった。上海での彼は屈辱的だった。

「今日は、この週末のように思い出したくないレースのひとつだった。僕にとってよくなかったし、僕もよいところを出せなかった。タイヤをうまく使えなかったことに苛立っているとしても、これをひとつの経験として受け入れなければならない」 コメント全文

シューマッハの精神力は彼の最高の強みであるが、このような経験のあとでは、彼はF1復帰に際して予想したより、厳しい事態が待ち構えていたと思っているに違いない。彼はサイのように面の皮が厚いかもしれないが、疑問の念を抱いていないとしたら人間ではない。我々も初めて疑っている。

ロズベルグは有望な未来に向かって進んでいる
ルイス・ハミルトンがトラックでオーバーテイクできなかったドライバーがニコ・ロズベルグだったということはどれほど重要だろうか? 彼はレース後「午後の間ずっと」速いマクラーレンを抑えることができたかもしれないと述べたように自信を持っていた。その意見はかなり疑わしいが、オーストラリアではハミルトンに完敗したロズベルグの素早い成長ぶりを示している。ロズベルグはドライビングのあらゆる面で進歩しているように見える。意思決定、タイヤ温存(ジェンソンに対しては苦労していたが、レース終盤ではフェルナンドを抑えるほどタイヤを管理していた)とペース。彼は2010年の大躍進ドライバーである。

そしてシーズン末、彼はどのチームに移籍しているのだろう? 今年の結果を予想することは馬鹿げた行為であるが、彼はワールドチャンピオンになれないと考えても間違いないだろう。しかし、彼がエイドリアン・スーティルやニック・ハイドフェルドなどをチームメイトとして従え、高額予算の大手チームのナンバー1ドライバーとして2011年をスタートするという予想に、想像力を飛躍させる必要はない。ひとことで言えば、彼は将来の(有力候補とは言えないまでも)チャンピオン候補になりつつある。

-Source: Planet-F1
-Amazon: 皇帝ミハエル・シューマッハの軌跡―Danke,Schumi!


markzu at 12:17│Comments(0)F1GPの結論 



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