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2011年06月12日

アラン・マクニッシュ、ル・マンの破滅的なクラッシュから生還: 写真動画

Allan McNish: I'm glad to be alive

アラン・マクニッシュ、クラッシュ、ル・マン

アラン・マクニッシュ「生きていて嬉しい」
ル・マンの高速クラッシュ、ドライバーも観客も無事

スコットランド人のアラン・マクニッシュ(41歳)は、新しいアウディR18 TDIクーペの見る影もない残骸から奇跡的に生還し、79年間のル・マン24時間レースの歴史の中でも最大のクラッシュのひとつを生き延びた。

56台中グリッド5番からレースをスタートしたダムフリーズ出身のマクニッシュは、わずか9分43秒後に先頭に立とうとしたが、彼のアウディはフランス人のアントニー・ピエール・ベルトワーズのフェラーリ458と接触した。

2台のマシンはダンロップ・カーブでコースを外れ、マクニッシュのアウディは時速約200マイル(321km)で移動した。ピットから出たばかりのベルトワーズは、フル・レーススピードに戻ろうとしているところだった。ベルトワーズの後ろでマクニッシュのチームメイト、チモ・ベルンハルトが減速したので、マクニッシュは超高速の右回りでインサイドを突いた。

明らかにマクニッシュに気づいていなかったベルトワーズは、アウディが抜こうとしたときにターン・インした。フェラーリの右フロントがマクニッシュの左リアに当たった。アウディは横向きのままグラベルトラップを横断し、タイヤ・ウォールに向かった。最先端マシンに乗るマクニッシュはなすすべもなく衝突に備えるしかなかった。衝突は爆発的と言ってもよかった。タイヤバリアに達する一瞬前、コントロールを失ったマシンは横転した。実際、マシンがタイヤバリアの先端を乗り越えなかったことは奇跡だった。その20フィート(6m)後ろには満席のグランドスタンドがあった。

アウディの右リアがタイヤウォールにぶつかると、マシンからタイヤとカーボンファイバーの破片が飛び散り、タイヤウォールの背後にいたカメラマンたちは慌てて飛び退いた。マシンは上向きのままノーズを中心に反時計回りに360度回転して地面に落ちた。その残骸はマシンの姿をほとんど留めていなかった。

しかし埃が落ち着く前に、フランス人マーシャルは、右側を下にしてひっくり返ったマクニッシュのマシンの残骸に駆け寄った。

マーシャルたちは、ゆっくりとアウディを元に戻し、マシンの左フロントをタイヤ・ウォールの上に不安定に載せた。あるマーシャルが車にいるマクニッシュに手で合図を送ったあと、ドアが開かれ、マクニッシュがゆっくり姿を見せた。彼は何歩が歩いたあと前に屈み、両手を両膝に置いて、数回深呼吸をした。その後彼はマーシャルと歩き去ったが、再び立ち止まって肩越しにマシンを見た。

サーキットの医療センターでアウディのチーム・ドクターの診察を受けたあと、彼は近くのル・マン町の病院に搬送された。医師らは全身スキャンを行った後、問題なしと診断した。

2002年F1日本GPのフリー走行中130Rのターンで時速200マイル近いクラッシュを経験したマクニッシュは、その後サーキットに戻り、今回のクラッシュについてコメントした。

彼は「すべてがあっという間に起きるが、スローモーションのように感じる事故のひとつだった」と説明した。「大きなクラッシュになるのがわかったが、僕が助かったのは、アウディの頑丈な製造品質のおかげだ」

「30年間のモーターレーシングの経験のなかで、おそらく最大のクラッシュだっただろう。1時間も経たないうちにレースをリタイヤしたのは残念だが、生きていて嬉しい」

クラッシュの激しさにアウディのチームはショックを受けた。マクニッシュがマシンの残骸から出てきたとき、アウディ・スポーツの責任者ヴォルフガング・ウルリッヒは、涙を抑えようと必死だった。マクニッシュのチームメイトで8度のル・マン優勝者トム・クリステンセンは、このクラッシュは「怖かった」と認めた。マシンは、クリステンセンが9日の予選終盤で高速クラッシュに巻き込まれたあと、修理されていた。「ガレージのテレビ画面を見ていたが、怖かった」 「観客もカメラマンも怪我をしなくてよかった。バリアはよい仕事をしたし、モノコックも素晴らしい仕事をした。アランが無事で本当によかった」

バリアを改修する間、約1時間セイフティ・カーが出動したが、レースが再開されると、マクニッシュのアウディのチームメイト、ブノワ・トレルイエが3時間にわたりアンソニー・デビッドソンとシモン・パゲノーの2台のプジョーを抑えて首位を維持した。もう1台のアウディに乗るロマイン・デュマは4位だった。



2011年ル・マン24時間レース、アラン・マクニッシュ、クラッシュ!
アラン・マクニッシュ、クラッシュ、ル・マン

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2002年F1日本GP予選、アラン・マクニッシュ、クラッシュ! - 鈴鹿サーキット


-Source: Scotland Sunday
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markzu at 18:37│Comments(0)F1OB | WEC
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