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2013年10月09日

タキ井上(自称「史上最低のF1ドライバー」)にインタビュー by RedBull.com

Taki Inoue - Fast Talk

タキ井上(井上隆智穂)、F1ドライバー、1995年フットワーク

グランプリ18戦に出走したがそれを証明するポイントを獲得しなかった1990年代のF1ドライバー、タキ井上(井上隆智穂)は、大成功したレーシング・ドライバーではないかもしれないが、間違いなく最も記憶に残るドライバーではある。

井上は1995年シーズン中、ふたつの奇妙かつ不運な事故のおかげで、いつまでも忘れられることはないだろう。最初の事故では、モナコGPのフリー走行中、彼のフットワークがピットに牽引されて戻る途中、彼を乗せたまま横転して障壁にぶつかった。しかし、最も有名(あるいは悪名高い)場面は、ハンガリーGPの事故だった。彼はエンジン故障でリタイヤしたあと、メディカル・カーに轢かれたのだが、それがテレビで生放送されたのだ。"RedBull.com" は、今や引退してモナコに暮らすタキ井上本人に面会した。

RedBull.com: 喜んで史上最低のF1ドライバーと自称していらっしゃいますが、どうしてですか?
タキ井上: その通りだ。18戦しか出走せず、1ポイントも獲得できず、予選ではいつもチームメイトから大きく遅れていた。だいたい2〜5秒くらい遅かった。F1キャリアの中で他のマシンをオーバーテイクしたこともない。僕は間違いなく史上最低のF1ドライバーのひとりだと思うね。

タキ井上、1995年F1ハンガリGP


RedBull.com: それほどひどいのなら、どうしてF1に到達できたのですか?
タキ井上: いい質問だね。F1に到達するために一番重要なことはタイミングだと思う。僕の場合、ちょっとだけツイていたんだ。例えば、デイモン・ヒルが1992年ブラバムにいたとき、彼はほとんど予選を通過できなかった。でもそのあとウィリアムズに移籍するとワールドチャンピオンシップで優勝した。それがF1なんだよ。

RedBull.com: 最初のレースはどうでしたか?
タキ井上: 悲惨だった。全部は思い出せないくらいだ。

RedBull.com: ピットストップが何なのか知らなかったというのは本当ですか?
タキ井上: 本当だ。当時、ピットストップがあったレーシング・シリーズはF1だけだった。F1に到達するまでピットストップなんて知るわけないだろう。

RedBull.com: F1時代の最も幸せな思い出は何ですか?
タキ井上: チームへの支払い期日を守るのに苦労したこと。言い換えれば、ひどい思い出だね。

RedBull.com: では最も不幸な思い出は?
タキ井上: さっきと同じ。

-Source: RedBull.com

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markzu at 00:39│Comments(0)F1OB | F1インタビュー
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