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2015年06月30日

セナ・プロ対決 2: すべての始まりはセナの裏切り

Prost vs Senna: A real insider’s perspective

アイルトン・セナ、アラン・プロスト(マクラーレン・ホンダ)、1989年F1サンマリノGP

私の1989年シーズンの最初のレースはイモラでのサンマリノGPだった。このレースは欧州戦の初戦だった。私の役割は、スポンサーの面倒を見ることと、チームの広報担当だった。ただし、すべてのプレス・リリースはホンダが出していた。また、わたしはドライバーをスポンサーのプロモーション仕事に連携させなければならなかった。そしてレース週末の初めに、ドライバーと打ち合わせをして指示を与えなければならなかった。

ふたりのドライバーはスタイルが異なっていた。アラン・プロストは、私が思い出せる彼のイメージは、常にリラックスしていて協力的だった。対照的にアイルトン・セナはかなり気難しかった。何が必要とされ、彼にとって何が重要なのか、どのくらい時間がかかるのか、あるいは彼の時間をほとんどとらなくてよいのか、詳細を説明しなければならなかった。

アイルトンに対しては非常に正確でなければならず、言ったことを実行しなければならなかった。なぜなら、いったん彼が受け入れると、スケジュールから逸脱する余地はなかった。

週末が進むにつれ、アイルトンの性格が変わっていくのをみるのは興味深かった。木曜日の彼はかなりあけっぴろげだったが、レース週末が進むと、そのオープンさは次第に狭まり、日曜日のグリッドでマシンに乗り込む頃には、ほとんど閉じていた。貯めたエネルギーとアドレナリンをレースに向けて爆発させようと、完全に集中して、信号が消えるのを待っていた。

イモラのトラックでは、両ドライバーともフロント・ローに並んでいた。常識的には、スタートで互いにバトルしても無意味だったので、ふたりは、よいスタートをきった方が最初のコーナー、トサまで、他方から邪魔されず、互いにバトルしない協定を結んでいた。アイルトンの方がよいスタートをきり、3周後にはアランに2.7秒差をつけて先頭を走っていた。

しかし、ゲルハルト・ベルガーがタンブレロのコーナーで大きな事故を起こし、彼のフェラーリが燃えた。ピットガレージに立ってテレビの生放送を見ていると、火事は恐ろしそうに見えた。ゲルハルトを救出するためレースは中断されたが、彼は幸い軽い火傷と肋骨の骨折ですんだ。

アラン・プロスト(マクラーレン・ホンダ)、1989年F1サンマリノGP

リスタート前、アイルトンとアランはふたたび、協定を守ることで同意した。今回はアランの方がよいスタートをきり、アタックされるとは思わなかったので、トサに向けてレーシング・ラインを走っていた。しかしアランの後ろのスリップストリームに入っていたアイルトンは、最初のコーナー前にアランを抜いて首位に立ち、その順位を決して譲らなかった。アランは激怒した。

彼は2位になったが、あまりに怒っていたためトラックを離れ、レース後、記者会見を欠席し、5,000ドル(61万2,250円*)の罰金を支払うはめになった。

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セナ・プロ対決
part 1: 1989年内部関係者の視点
part 2: すべての始まりはセナの裏切り
part 3: 二人の会話がなくなる、ロン・デニスとセナの契約裏話
part 4: セナのファンへ対応
part 5: 鈴鹿でクラッシュ
part 6: ロン・デニスとセナの記者会見
part 7: 雨のアデレード
part 8: ふたりのパーソナリティ

-Source: GrandPrix247

*日本時間2015年06月30日20:50 の為替レート: 1ドル=122.450000円


markzu at 23:42│Comments(0)マクラーレン | F1OB
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