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2016年02月12日

セナとプロストの理学療法士ヨーゼフ・レベラーの証言 7

Josef Leberer: Fascinating life of man who cooked and cared for Senna and Prost

アイルトン・セナ(ウィリアムズ)

最後の晩餐

1994年4月30日の夕方、ローランド・ラッツェンバーガーがサンマリノGPの予選で悲劇的な事故死を遂げた当日、そしてアイルトン・セナ自身が事故死する前日、ヨーゼフ・レベラーとセナと数人の友人たちが夕食のために集まった。その日はレベラーの誕生日だった。

彼は「とても静かな夕べだった。わたしの誕生日を祝うはずだった」と振り返る。

「そう、とても静かだった。他の友人もいた。この日はウィリ・ダングル教授も来ていたし、他の友人も何人かいた」

「とても静かだった。何と言えばよいのか、いろいろなことが頭に浮かんで... でも、ローランド・ラッツェンバーガーが亡くなったので、もちろんとても悲しい日でもあった。しばらく死亡事故がなかったので、とてもつらかったと言わざるを得ない。そして彼(セナ)はとても静かで、いろいろ考えごとをしていた。でもこの夜について説明をしたいとは思わない」

彼が、この夜のセナの心の状態、つまりキャリアで初めて自身の職業での死亡事故に直面し、翌日レースをしたかったどうかについては、多くの矛盾する説明がある。しかしセナは間違いなくラッツェンバーガーの死に影響を受けていたが、レベラーは、セナはレースをしたい気持ちに対する疑いは見せなかったと語る。

「こういったことが起きると、彼の気持ちはどうだったのかと疑いたくなるだろう。でも彼は、オーケー、レーシングはしないとか、怖いなどとは言わなかった。彼は何かを恐れてはいなかった。そう、怖がってはいなかった」

「もちろん、そのことは考えるだろう。友人か同僚が亡くなれば、レーシングのことや判断力のこと、何のためにしているのかなど考えるものだ。でも彼にとっては問題ではなかった」

・・・・・・・
ヨーゼフ・レベラーの証言
part 1: F1との出会い
part 2: プロストの頭痛
part 3: 朝食のシリアル
part 4: セナ・プロ対立
part 5: セナとプロストを比較評価
part 6: セナと親友に
part 7: 最後の晩餐
part 8: 将来のチャンピオンを担当

-Source: firstpost.com

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