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2017年08月12日

フェルナンド・アロンソ F1経歴:キャリア初期/ブレークスルーを果たした才能

Fernando Alonso's F1 career

タルソ・マルケスとフェルナンド・アロンソ、2001年ミナルディF1チーム

フェルナンド・アロンソがスペインの国内カート・チャンピオンシップで頭角を現し始めると、すぐに彼は、その後も続くレーシングの評判を築き始めた。アロンソは猛烈に速く、がむしゃらなティーンエイジャーで、常にライバルたちより何歳か若く、自身のアマチュア装備を常に最大限活用した。

彼はカートをとても楽しんでいたので、ユーロ・オープンでシングルシーター・レーシングに無料で参戦できる珍しいチャンスをオファーされたときでさえ、元F1ドライバーのエイドリアン・カンポスに「ゴーカートを続ける方を選ぶ」と言ったほどだった。

最終的にアロンソは説得され、1999年カンポス・モータースポーツからシングルシーターにデビューし、カートと並行していたものの、そのシーズン、ユーロ・オープンのチャンピオンシップで優勝した。そしてその年、彼は「僕のキャリアの中の重要な部分」と表現する人物フラヴィオ・ブリアトーレと出会う。

スーパースターへの道のりは、1995年ベネトンを初コンストラクターズ・タイトルに導いたマネージャー兼タレントスカウトのブリアトーレが設定した。アロンソは1999年ミナルディでテストし、2000年にフォーミュラ3000で4位になり、2001年にはフルタイムのF1シートを手に入れた。ミナルディのルーキーとなったアロンソは、F1史上3番目に若いドライバーだった。

2001年F1デビュー・ドライバー: キミ・ライコネン(ザウバー 21歳)、ファン・パブロ・モントーヤ(ウィリアムズ 25歳)、フェルナンド・アロンソ(ミナルディ 19歳)、エンリケ・ベルノルディ(アロウズ 22歳) - 2001年F1オーストラリアGP
2017年03月21日
F1オーストラリアGP動画:アロンソとライコネン 2001年F1デビュー
2001年F1デビュー・ドライバー
キミ・ライコネン(ザウバー 21歳)、ファン・パブロ・モントーヤ(ウィリアムズ 25歳)、フェルナンド・アロンソ(ミナルディ 19歳)、エンリケ・ベルノルディ(アロウズ 22歳)
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ポール・ストッダート物語 1 (ミナルディ買収、初レースでアロンソ12位)
2006年09月24日
ポール・ストッダート&ミナルディ 写真集 1

2001年のチャンピオンシップで23位に終わったものの、アロンソは2002年ルノーのテスト・ドライバーとして起用され、ブリアトーレのおかげで2003年にルノーのシートを得た。この時初めてかなり競争力のあるマシンに乗ることができた。

フェルナンド・アロンソ(ルノーF1チーム)2003年

アロンソはスカイ・スポーツF1のデーモン・ヒルに「特に準備をしなかったのに、正しいタイミングで正しい場所にいることがわかった」と語った。

「当時、僕らは準備ができていなかった。だが22歳で、表彰台やポール・ポジション争いをすることになった。素晴らしいチャンスだったし、素晴らしい時代だった」

2005年までに、アロンソの株は急上昇しただけでなく(いずれ引退するミハエル・シューマッハが占めていたF1のリーダーとしての地位に就こうとしていた)、レースにも優勝するようになった。

何度も優勝するようになると、歴史的チャンピオンシップも目前に迫ってきたが、ライバルチームもF1の次のスターの周囲をかぎまわるようになった。

そしてアロンソは初のタイトルを獲得する前に、キャリアで最初の大きな決断を下していたのだ。

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フェルナンド・アロンソ F1経歴
はじめに | キャリア初期(ミナルディとルノー) | ルノーからマクラーレン

トップの写真は、タルソ・マルケスとフェルナンド・アロンソ(ミナルディF1チーム、2001年)





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