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2019年03月14日

フェラーリ:2019年F1 最良と最悪のシナリオ

Ferrari in 2019: Best Case, Worst Case

フェラーリSF90

フェラーリには今年も大きな期待がかかっている。彼らは2019年、本当に仕事をやり遂げ、2008年以来初めてタイトルをマラネロにもたらすことができるだろうか? スクーデリアの最良の、そして最悪の結果を考える。

・2018年順位:2位(571ポイント)
・ドライバー・ラインアップ(2018年年順位):セバスチャン・ベッテル(2位)、シャルル・ルクレール(13位)
・2019年F1マシン:SF90

セバスチャン・ベッテル(フェラーリSF90)

最良のシナリオ

両チャンピオンシップ優勝。フェラーリにとっては本当に簡単なことだ。彼らのマシンはテストで最速、周回数では2位となり、彼らが望めばもっと周回数を増やし、もっと速いタイムが出せるように見えた。テストはまやかし競争かもしれないが、彼らはそのまやかし競争に説得力を持って勝った。

フェラーリの最良のシナリオでは、シャルル・ルクレーリがチームを強くする。今年のフェラーリは間違いなく優勝するだろう。しかしフェラーリは、2台のマシンをもっと近い順位でフィニッシュさせたがっている。昨年は、アドバンテージを活用できないことが多すぎた。6回優勝したが、1-2フィニッシュはゼロ(メルセデスは4回)だった。さらに、作戦の選択を簡単にして順位を守ってくれる尾部銃手を持つという戦略的贅沢ができないことが多かった。シャルル・ルクレールがどれほど優秀なのかについては大きな関心が寄せられているが、実際のところ、彼がベッテルより速かろうが速くなかろうが、関係ない。彼がベッテルと同じペースで走る限り、フェラーリの役に立つのだ。

スクーデリアは、過去数年間で何度か実際よりも調子がよさそうに見え、常に弱点の気配があった。今年はそんなものはない。自信過剰ではなく、必死でチャンスを低く見積もろうとしていたフェラーリのガレージには、しばらくなかったような自信があった。

2019年03月02日
F1テスト2月26日〜3月1日4日間の順位
2019年03月04日
2019年F1シーズン前テスト8日間のデータ

シャルル・ルクレール(フェラーリSF90)

最悪のシナリオ

両チャンピオンシップ優勝以外に何か。フェラーリには最速のマシン、4度のワールドチャンピオン、F1お気に入りの若手ドライバー、そしてマッティア・ビノットという冷静な指揮官がいる。惑星が並び、今年は彼らの番だと思われる… しかしそうではなかったら?

何でも否定する人たちは、フェラーリは昨年のテストのあとも最速だったが、結局失敗したと指摘するだろう。メルセデスがシーズン中の開発で先を越し、ミスも少なかった。シーズン開幕時の強い立場から、年末には意気消沈したようになり、実際レッドブルを追いかけているように見えた。それが二度と起きないとは絶対に言えない。

冬の間の重要な変化は、どちらに転ぶかわからない。マッティア・ビノットのチーム代表への昇格は、技術部門を弱体化させるかもしれない。彼のリーダーシップの下、フェラーリは間違いなく改善しつつあるが、彼がパートタイムでできる仕事ではない。そしてシャルル・ルクレールの起用はいろいろと興味深い含みがある。

昨年、ベッテルとキミ・ライコネンがふたりとも完走したのは16戦だった。両ドライバーとも8位以内に入った。フェラーリは、実績のあるライコネンを追い出し、これまでのF1最高フィニッシュ順位6位のルクレールを起用した。この6位は、バクーでのクレージーなレースで、壁やチームメイトにぶつからないという彼の能力が有利に働いたからだった。

シャルル・ルクレールがF1の大スターになることは疑いようがない。問題は、それが今年起きるかどうかである。ニコラ・ラリーナとルカ・バドエルの短期間の在籍を除けば、フェラーリが前回これほど控え目なF1記録しか持たないフルタイム・ドライバーと契約したのは、大昔の1980年代である。ルクレールは大宣伝されているがリスクである。計算済みのリスクではあるが、リスクに変わりはない。

セバスチャン・ベッテル(フェラーリSF90)

びっくり統計

ジル・ヴィルヌーヴ以降、フェラーリがルクレールのような記録を持つフルタイム・ドライバーを雇ったのは、ステファン・ヨハンソンだけである。間違ったタイミングで間違ったマシンに乗る名人だったヨハンソンは、断続的なF1キャリアを持ち、最初は問題を抱えたチームと短期間の契約が続いた。唯一の見せ場は、トールマンでの初戦、1984年イタリアGPでグリッド17番から4位フィニッシュしたことだった。

その結果が記憶に新しいとき、1985年シーズンの開幕戦のあと、フェラーリはルネ・アルヌーを解雇してヨハンソンと契約した。ヨハンソンがスクーデリアに移籍したとき、彼はそれまで16戦しかグランプリに出走していなかった。予選不通過3回、予選失格3回、リタイヤ4回、ポイント獲得はイタリアでの1回のみという記録だった。

移籍

テクニカル・ディレクターのマッティア・ビノットが、チーム代表としてマウリツィオ・アリヴァベーネと交代し、FIAのレース・ディレクター代理だったローレン・メキーズが昨年から競技ディレクターとして働き始めた。ドライバー側では、上述の通り、シャルル・ルクレールがキミ・ライコネンと交代した。

2018年11月15日
ロブ・スメドレー、フェラーリに復帰か:ジョック・クリアがルクレールを担当か
現在FIAでチャーリー・ホワイティングのレース・ディレクター代理を務めているローレン・メキーズがジョック・クリアの後任として上級職に就くと噂されている。
2019年01月08日
フェラーリ、マッティア・ビノット(技術責任者)がチーム代表に:公式発表
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2019年F1 最良と最悪のシナリオ
レッドブル | フェラーリ | メルセデス

-Source: The Official Formula 1 Website

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