引越ししたこと

2年住んでた祖師ケ谷大蔵を引越した。
特に便利って訳じゃないけど、一応世田谷だし、各駅しか止まらないけど電車に乗れば下北まで10分、新宿までは20分。
うまい飲み屋はないけど、うまい飯屋は結構あるし、なんとなく住みやすい街で結構気に入っていた。1番気に入っていたのは、都内でもめちゃくちゃ有名なハッテン場の銭湯があるところで、私もよくそこに通っていた。もちろん私はハッテンしてない。

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新しく住む街は中野富士見町という街で本当に何もない。最初は中野に住みたかったのだが、家の条件を色々考えていたらあれよあれよと言う間に遠退き、中野富士見町になっていた。中野から徒歩20分、全然中野じゃねぇ。

いざ引っ越したはいいが、テレビだったりパソコンだったりコンポだったりの娯楽機器すべてが同棲していた彼女の所有物だったので、私の家には全く娯楽がない。
唯一娯楽機器は、何年も前に使っていたボロボロのWindowsXPに入っているキングクリムゾンのライブ盤の音源のみである。

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やる事もないし、無音も寂しいのでキングクリムゾンのライブ盤をかけ続ける毎日。
引越しで片付けてたら、うどんの乾麺が死ぬほど出てきたので、毎日キングクリムゾン聴きながらうどんを食べていたのだが4日目ぐらいで「何か掴めるかも!」という漠然とした感覚が生まれ、プログレとうどんの共通点を見つけそうになった。絶対に心が危なかったので、ボーナス払いで無理してテレビを買った。

いざテレビを購入して、ウキウキで見てたのだが、10分ほど見たところですぐに消した。「俺テレビすきじゃなかったわ」と割と大きめの独り言を言った。それからテレビはあまりつけていない。うどんをやめてキングクリムゾンを聴くだけにした。まだ「何か」は掴んでいない。

もう一年の総括とかめんどくさい

昼過ぎに起きて、いつも行く中華料理屋で唐揚げ定食を食べる。
店内にいる8割の人間が瓶ビールを飲んでいて、今日は珍しく昼間からみんなやるねぇと思った瞬間に今日が大晦日だと気づく。
こいつら午前中で大掃除終えて、餃子つまみながらビールキメてるかと思うと何となく腹が立ってくる。そしてこれ毎年年末に必ず抱く感情。毎年ブログに書いてるわ。
家に帰り、中途半端な掃除をして実家に帰る。

もし生まれ変わったら、大晦日の昼間にに大掃除を終えられるしっかりした人間に生まれたい。できれば、フットサルとかやる大人に生まれたい。痩せてて二重瞼に生まれたい。顔のそばかすが多すぎて、高校時代ファンデーション塗らない人生に生まれたい。柔道場、みんなの前でそのファンデーションを落としてファンデーションが粉々になった時「僕の心もいまコレと同じカタチになった、、、」って思わない人生に生まれたい。


年明けます。


今年はバンドやめたり、働いたり、バンドまた始めたり、その他もろもろ書いたら怒られることが起きたりと盛りだくさんでした。
あんま覚えてねぇ。そして一年の総括めんどくせぇ。


占い師と飲んでたらタダで占ってくれたんだけど、とりあえず俺は来年グングン上り調子。あと32でできちゃった結婚するらしい。
怖い話。

来年もよろしく。

夏の終わらせ方

夏が終わったっぽい。
9月の中旬にもなれば当然の事だが、多分夏終わったくさい。

夏に何の思い入れも、いい思い出もないけど、夏休み最後の日、8月31日の深夜から9月1日の朝にかけては浴びるほど酒を飲むのが毎年恒例になっていた。
朝まで酒をのんで、そのまま昔通っていた高校に向かう。学生達が通学するぐらいの時間帯の電車に乗り、高校まで向かう。夏休み明け初日、久々に友達に会う高校生のはにかむ笑顔をビール片手に眺めるのだ。

「あれ?あの子はすこし大人びたなぁ」
「オイオイ、そんなに明るく染めたままで学校来たら怒られちゃうぞ!」
「ハハーン、その顔は初エッチしちゃったな!?」

と、校門近くの道端から学生を眺め独り言を言うのがとても楽しい。酒が美味い。
一通り生徒が通学し終わると、どうしょうもない虚しさの中、帰宅するのが私の夏の終わらせ方。サマーエンズだ。ここに2.3年はできていないがほぼ毎年やっていた。


私はとにかくの学校が好きだ。学校というか高校が好きだ。
今でも高校時代をとても大切に思っていて、戻れるのであれば死んでもいいとさえ思っている。
「残りの寿命全部かけたら高校三年間だけやり直させてやる。春休み終わったらおまえ死亡な?いい?」と悪魔に言われたら喜んで引き受ける。
特に何もいい思い出もなく、放課後「精子ゲーム」と呼ばれる携帯ゲームをひたすらプレイして、帰宅するだけだったがとても戻りたい。吹奏楽部の練習する音を聴きながら精子ゲームやりたい。自販機のデポジットで10円稼いでサイゼリヤに行きたい。

仕事を始めた私はもちろん、今年も新学期の始まりを見届けることができず、夏が終わった。

寅さんと私

TSUTAYAで男はつらいよ 奮闘編 を借りた。このDVDを借りるのは先月から合わせて3回目。何回も見たくて借りているわけではなく、単純にずぼら過ぎて借りても見ずに返してしまっていただけで、何もせずにボーッと酒を飲んだりしてる自分が悪いのである。

男はつらいよを見始めたのは3ヶ月ほど前から。暇だしシリーズ物でひたすら長い映画を最初から見たい、という単純な理由からだった。いざ見てみると、寅さんは間違いなく自分の理想の男性像で、どうしょもなくてクズだけど優しくて、それでいて不器用で惚れっぽい、金無いくせに気前がいい。日本人が漠然と持ってる江戸っ子みたいイメージの男性がそこには居て、とても憧れた。

まだ全シリーズの3分の1ほどしか見てないがとても好きなシーンがある。男はつらいよ 望郷編で浮草稼業に嫌気がさした寅さんは、一念発起、堅気を目指し、裏の工場の労働者となる。しかし長続きはせずに、たどり着いたのは浦安の豆腐店「三七十屋(みなとや)」。その一人娘・節子に惚れた寅さんは、大ハリキリで労働にいそしみ、まともに働こうと頑張るが、節子に振られ仕事を辞めてしまう。豆腐屋をバックれて久々に戻ってきた実家の柴又で、妹のさくらに「やっぱり地道な暮らしは無理だったよ…さくら…」と泣いているような顔で言うシーン。

そのシーンで俺の心はガックガクに動いた。
好き勝手生きてきて、あまり社会に適合できない自分とバッツリ重なってしまい、涙が出た。同時に、新しく始まった仕事もまた長く続かないのではないかという不安も襲ってきた。俺仕事辞めたらあの顔しそうだなぁ


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バンド辞めて二ヶ月

活動休止ライブから二ヶ月が経った。
ライブが終わった翌日に「バンドのあとがき」という文章を書いたが、あまりにも日本語HIPHOPよろしくの感謝、感激の言葉にあふれた文章になってしまい、投稿を躊躇った。
大体そういう勢いで書いた文章は後々恥ずかしくなるので、投稿しなくて正解だったと思う。
そうこうしている内に二ヶ月が経ち、現在なのである。
俺が書き留めた、感謝の日本語HIPHOP「バンドのあとがき」を要約するとこんな感じである。

・マジ楽しかった
・お客さんいっぱい来てくれてマジhappy
・客が泥酔しすぎてよくわかんなかったけど、それってマジ俺ら愛されてるってコトっしょ?
・バンド最高
・またこの4人でROCKするっしょ

大体こんな感じである。こんな感じの事を長々と真面目に、尚且熱く書き連ねていた。
本当に投稿しなくてよかった。


10年続いたバンドを辞めて、悔しい気持ちもあったが、ライブが終わった後にでか美が「上京してからの日々が色々思い出されて泣けました」って言ってくれて、いろんな負の気持ちがスーッと消えていくような感覚になった。全く売れないバンドだったけど、誰かの生活や思い出に寄り添うような音楽ができたなら、まぁいいかというか、もういいか、というような気持ちになりとても救われた。
その、まぁいいかというかもういいか、という気持ちをダセぇとかクソだという人も沢山いると思うが、そうやって落としどころつけないと進めない俺のメンタルを気遣え!大体そういうdisかましてくるバンドマンは実家暮らしで、年金払ってない奴が大半なので年金払ってか俺に文句言え!死ね!


取り乱してしまいましたが、今まで本当にお世話になりました。
他のメンバーは別バンドで活動を続け、私もネクストステージへ。
まずはメンバー見つけて、新しくバンドヤリマース

活動休止について

僕のやっているバンドshe might be swimmerが2月1日の自主企画をもって活動休止する事が決まりました。
悔しい気持ちもありますが、僕自身が決めた事であり、不仲などではなく前向きな活動休止です。

2006年に結成して今年で10年目。
とても長い時間を僕はこのバンドに注いできました。メンバーの逮捕とか他のバンドじゃ中々経験できない困難も乗り越えてきたし、抜けるメンバーがいても意地でもやめないって考えだけでずっと続けてきました。

活動休止や解散をする全てのバンドがそうであるように、我々も一つや二つ理由で活動休止を決めてる訳ではなく、その全てを語るのはとても難しい事です。しかし、最も大きな理由を挙げるとすればバンドの発起人である僕自身の考え方が変わってきたのが一番だと思います。

2014年は僕自身の周りの環境が激変しました。その中で音楽に対する考え方も変わってきました。ある時、自分がこのバンドに依存し過ぎなのではないかと考えるようになりました。
自分はバンドがある事に安心して現状維持し、手の中にある物にしがみついているだけの人間に感じられるようになりました。その時期は今年発売する予定だったアルバムの曲作りを進めていましたが、その曲達すら全く今までと変わり映えがなくとても退屈な物に感じられていました。
その時、今このバンドを続ける事は難しいなと思いました。このまま続けるとバンドも音楽も嫌いになる気さえしました。

気づかないふりをすれば、今まで通りこのバンドを維持する事も可能だったと思います。しかし、続けてるだけのバンドはかっこ悪いと思います。勢いをつけ走り出そうとし続けているバンドはとてもかっこいい。勢いをつけ、走り出す事すら出来なくなるバンドもいます。何をしていいのか、何が正解なのかわからなくなるバンドもいます。僕はわからなくなったので、一旦休もうと思います。他で音楽活動をしてみてもう一度このバンドのことを考え直したいなと思います。生まれて初めて組んだバンドなので、嫌いになったり憎んだりしたくないのです。


やりたくなったらまた再開するけど、やりたくならなかったら一生やらないつもりなので、よかったら2月1日の下北沢エラでの企画に遊びに来てください。




あと、12月29日に突然活動休止したい旨を伝えたのにもかかわらず、驚きながらも納得して受け入れてくれたメンバーにはとても感謝しています。ドラムのワタル君は「オオチさん辞めたら戻ってこない気するので、また何かやるなら呼んでくださいね」と声をかけてくれたし、ヨウスケは「どうせまたなんか一緒にやるっぽいよな」と笑ってくれたし、初野は自分の財布がギャルっぽいって話をずっとしていた。各々が各々らしいまま友達として別れられたのが一番嬉しい。

2月1日でシーマイトは一旦終わり。なるべく多くの人に最後を見てもらいたい。

2014

公園で遊ぶ親子の笑い声を聞きながら洗濯物を干す大晦日。きっとあの親子は昨日ぐらいに大掃除を済ませ「夜はご馳走作るからお昼は手抜きで我慢してねー」なんて言うぼちぼち美人の奥さん特製ナポリタンを食べ、15時現在公園で遊んでいるのだろう。16時には公園を出て、スーパーに家族で買い出しに行き、紅白を見ながら鍋を食べ、シメに駅前の蕎麦屋で買った蕎麦を食べるのだろう。
とても完璧な大晦日だ。
俺はというと、大晦日は毎年懲りずに昼過ぎに目覚め、大掃除を始めるもやる気が起きず、しかし全てを投げ出す思い切りの良さもないので、中途半端な掃除のまま年越しをする。
元旦には掃除の事など忘れていて汚い部屋でまた一年を過ごすというだらしなさ。
あの家族のようになりたいと考える大晦日。
今年も掃除が進まない。


2014年総括。
付き合ってた女の「子供ができたの、でもあなたの子じゃないの」から始まった2014年。
女なんかゴミだとやさぐれてたら、職場潰れて無職生活。
酒の飲みすぎで吐血。
勢いで世田谷住んで。バイトを3日で辞める生活。
転職に次ぐ転職。
そしてバンド活動休止。来年で10年目、10年目の活動休止。
それは真面目な話なのでまた今度。

ゴミみたいな1年だったから、来年はホームラン打ちたいなぁ。

生きづらい毎日と俺

「帰り道に寄ったコンビニで流れている音楽がその日のエンディングに感じる」と何かの本で読んだ。

確かにそう感じる日がたまにある。
今日の俺のエンディングは安室奈美恵のLOVE STORY。帰り道に立ち寄ったスーパーで流れていた。弁当が半額になるのを待つ店内で流れるLOVE STORY。

「誰よりもきっと愛しているけど、選んだこの道を歩いて行くから。生まれ変わっても愛しつづけるけど一緒にはいられないもうcause life's no love story」

とてもいい曲だ。今日はハローワークに行こうとしたが行かず、公園で座っていただけの1日だったが、とても意味のある1日だったように感じてしまう。
なんなら運命の女性と今日別れたんじゃないか、と錯覚してしまうほどだ。
安室奈美恵のせいでとても気分が高揚してしまった俺は、無駄にカッコつけて歩いてみたり、泣く演技をしたりして家に帰った。

家に帰ると散らかった部屋と、溜まった洗い物が待っていてすぐに現実に引き戻される。
音楽はとても偉大だ。3〜4分で人の気持ちをこんなにも変えれる。
俺は無職の27歳、運命の人とかいう余裕すらない。

無職と私

スーパーでビールを買い、銭湯帰りに見つけた神社に向かう。住宅街にいきなり現れる割と大きめな神社で、人が少なく夕方に外で飲むには打って付けの場所だと見つけた時に思った。

神社の境内の端にある切り株に座りビールを飲む。境内を涼しい風が吹き抜けてとても気持ちいい。
夕暮れの感じもいい塩梅だ。
しばらく飲んでいると、だんだん風が強くなってきて、境内の木々が大きく揺れ出す。あまりにも強く風が吹くからこの神社の神様的何かが、定職にもつかず境内で酒を飲む不届き者の俺に制裁を与えんとしてるのではないかと怖くなった。
信仰はないし、泥酔してツイてない自分に腹がたった時には「神様なんかイナイィィ!!」とかいいながら電柱を蹴ったりすることもある。
でも、今日は怖い。あと5分いたら今年2回目のインフルエンザにかかる気もするし、またバイトの面接を落とされる気もする。何らかのちょっとしたバチが当てられそうな気がする。そう考えると居てもたってもいられず、すぐ神社を後にした。帰り際、賽銭箱に50円入れて少し罪滅ぼしをした。


もう3ヶ月もこんな生活をしている。
4月に職を失い、働かずに3ヶ月以上経った。

最初の頃はしばらく飲み歩いて金が底をついたら働こうと気楽な感じだった。9年間同じ職場で忙しく働いてきた自分にご褒美の休暇をあげたい気持ちもあった。
毎日のように朝まで飲み歩き、1ヶ月もせずに金は底をついた。未来の自分はきっと頑張って働いてるだろうとクレジットカードを使って飲み歩くようになったが、予想通り未来の自分は頑張らず無職のまま。カードも止まり無一文になった。同じ時期に飲み過ぎで身体を壊し、遊び歩くのをやめた。


それからはひたすら街を歩いた。
金のない人間が暇を潰す方法は散歩ぐらいしかないと思ったからだ。
何かに取り憑かれたように散歩し続けた。
泥酔した学生が救急車で運ばれる一部始終を1時間眺めたり、本屋で目当ての本が偶然棚から飛び出していて運命を感じたり、そんな小さな事柄ですらこの生活の中では大事件になるほど穏やかな毎日だった。
全部いい意味でどうでもよく思えるようになり、性格も丸くなった気がした。疲れ果ててめんどくさくなりかけてたバンド活動も楽しくなり、曲も沢山作れるようになった。金は無いが無職も悪く無いな、と思えるようになった。


無職生活3ヶ月と5日目、仕事が決まった。居酒屋の皿洗いのバイト。
無職との別れである。
仕事が決まった瞬間は嬉しさと同時に寂しさもこみ上げてきた。どんな時も無職は隣にいてくれる親友のような存在だった。
クソみたいな女に振られたときも、飲みすぎて身体を壊したときも、寂しさのあまり駐輪場で泣いたときも隣にいてくれた。クソみたいな俺を励ましてくれた。音楽をまた楽しいと思わせてくれた。ささくれ立った俺の心を丸くしてくれた。いろんな人々との出会いのきっかけをくれた。

「ありがとう無職」

そう呟いた時、自然と脳内再生されるzoneのsecret base〜君がくれたもの〜

「君と夏の終わり将来の夢 大きな希望忘れない 10年後8月 また出会えるのを信じて」

短い間だったけど、ありがとう。
君のことは忘れないよ無職。
10年後の夏(36歳)にまた会おう。
マイフレンド無職、フォーエバー!



これを書いたあと居酒屋のアルバイトを2日で辞めた。
10年を待つことなく2日で無職は戻ってきた。
俺と無職の友情はまだまだ続いている。

いち早く絶交したい。
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