2018年08月17日

俺物語!!



剛田猛男、大和凛子、砂川誠の3人が繰り広げるとてもおもしろい映画になっています。

剛田猛男くんはすごく男の中の男というすごく男らしい人物で、高校一年生とは思えないほどでかくて老けているのがすごくおもしろいところです。

そんな剛田猛男くんが恋してしまう女性は、スイーツづくりがとても上手でかわいらしい女性の大和凛子だったのですが、いつも3人でスイーツを食べてすごく楽しく過ごしていたのですが、猛男は恋とは無縁で、いつも好きになった相手は砂川誠のことが好きだったため、今回もそうなのだろうと最初から諦めていたところがとても切ないと思いました。

けれど、猛男くんが悪くいわれているのをかばった凛子がすごいなと思ってしまいました。

凛子は砂川のことではなくて、最初から猛男のことが好きだったのですが、猛男は砂川のことが好きだと勘違いしていたので、すれ違いがたくさん起こってしまうのがすごく心が苦しくなってしまうストーリーでした。

けれど、砂川誠に後押しされた猛男が一直線に凛子の元に向かっていったところがすごく男らしくてかっこいいと思ったところです。

猛男が遊園地で凛子のことを助けるシーンが男らしくてすごく好きなシーンでした。

こんなにもかっこいいと思ってしまったので、凛子は見る目があるなと感じたところでした。

砂川誠もすごくいい人で、猛男のことを応援しているところがすごくかっこいいと思いました。

最後まで目が離せないストーリーなのでとてもおすすめな映画です。


maroeiga at 10:45|Permalink日本映画 

2018年08月16日

インサイド・ヘッド



『インサイド・ヘッド』は1人の少女の感情がどのように成熟し、変わっていくのかその過程を描いた感動的な映画です。

主人公のライリーは11歳の少女で、彼女の頭の中には、ヨロコビ (Joy)、カナシミ (Sadness)、イカリ (Anger)、ムカムカ (Disgust)、ビビリ (Fear)と5つの感情がいて彼女の行動に影響を与えています。



小さな感情たちが頭の中で人をコントロールしているというアイデアが斬新なこの映画、誰にも直接見えない景色を素晴らしい映像にしています。

主導権を握っているのはヨロコビ (Joy)です。

感情たちの目的はライリーを守り幸せを作り出すこと、しかしそんな中カナシミ はいつも邪魔をしてしまうのです。

カナシミは本当に必要なのか、これがインサイド・ヘッドのテーマではないでしょうか。



ヨロコビ とカナシミ が司令塔からライリーの頭の中に放り出され、元にいた場所に戻ろうと奮闘するシーンは秀逸です。

夢を作る場所や記憶の墓場に迷い込んだり、ライリーの空想の友達ビンボンに出会ったりとそれまで知らなかった頭の中を知ることになります。

あまりにも広大な頭の中を、コントロールしている感情達も全て知っているわけではない、人間も自分がコントロールできる部分とそうでない部分があるということを上手に表現しています。



最後ヨロコビがカナシミの存在価値に気が付くシーンは思わず泣いてしまった人もいるのではないでしょうか。

全ての感情に意味があり、カナシミを通してヨロコビに変わることもある、そんな大切なことを教えてくれる映画です。


maroeiga at 13:21|Permalinkアニメ映画 

2018年08月15日

悪の法則



この映画、クライム・サスペンスのスタイルを取り、一応は犯人探しをするミステリ風には作ってありますが、この映画の正体は「ホラー映画」なのです。

あの「エイリアン」は、SF映画のフォーマットで作られた純然たるホラーだったように、この映画も、その本質は“恐怖”にあります。

だから、この映画に、犯人を推理するミステリ映画や、「正義が勝つ」と言うような活劇の面白さを期待しても裏切られることでしょう。

この映画は、主人公らが、理屈の通用しない、問答無用の恐怖に追い込まれる様を描くことを主眼としているのですから・・・

そして、ホラー映画の恐怖の対象が、時として超自然的なものであるのと同様、この映画の恐怖の対象であるコロンビアの麻薬カルテルは、正に正体も不明なら、常識や理屈と言う、我々が社会生活を営む法則が全く通用しない存在として描かれています。(彼らの話すスペイン語の字幕が省かれているのもそうした描写でしょう)

ただ、マッカーシー脚本は省略と暗示を多用し、それを、故トニー・スコットばりのテンポよい編集で見せて行く分、予備知識と想像力に欠けると、その本質を理解出来ないかも知れませんが・・・



そうした理屈抜きの恐怖に直面した時にどうするのかがこの映画の中心になります。

全て諦めてなるようになるさ、と高をくくるか、一目散に逃げ出すか、あるいはみっともなくじたばた足掻くか・・・そして、この映画には、ひとり、その恐怖の対象の“法則”を知る者がいます。
その“法則”に則って、獲物の喉笛に食らいつき、確実に仕留める存在が。

この映画、背徳的な描写を重ねながらも、その根本の所では、我々の法則(ルール)を守って、慎ましやかに暮らすべき、と言う教条的な内容を持っているのです。

そこからひとつ道を外せば、そこは我々の法則が通じない弱肉強食の世界だと言うことをこの映画は示し、その恐怖をあからさまに描き出すのです。


maroeiga at 12:01|Permalink海外映画