知り合ってから、どれくらいがたっていただろう。

 俺たちは旅人だった。いわゆる魔王退治のためとかそんなに壮大な目的ではなく、それぞれいろんな目的のために集まってなんとなく一緒に旅をしている、そんな関係だ。彼と行動を共にすることになったのも、成り行きだった。

 彼とはある意味正反対だった、けれどどういうわけがお互い嫌いじゃなくて、気づけば親友とも相棒とも呼べる存在になっていた。

 頼りなり、安心して背中を預けることもできる…それでいて、どんなことも相談できた。

 

 

 彼の性格は少しいい加減なところがあっていつも笑っている──軽い性格で、楽観的だ。そのため相談事をしても茶化されることが多くてあまりまともに解決策をくれるわけではないが、そんな彼がいつもの調子で声をかけてくれるのは安心するのだった。



 その日の夜も、いつも通り依頼を終えて仲間たちは先に部屋に戻ってしまったので二人で酒をあおっていた。

 旅の先々で資金を得るために依頼を受けてお金をもらう、というのはほとんどの旅人が行っているやり口だ。

 ちょっと町の紹介所に赴けば、腕の立つ者なら誰でもいい類の依頼が貼り出される。自衛団に頼むほどではない、もしくは頼むほどの謝礼金が出せない……もしくはかなり個人的なことだったり理由は様々だ。

 

 

 しばらく居座っている宿に戻ってきて、木製の少し狭いテーブルの上に酒瓶と酒の入ったコップを置いて向かい合わせに座っていた。

 目の前にいる親友──トルテは、外で出て少し汚れた格好のまま椅子に腰かけて勢い良くグビグビと酒を飲んでいた。

 彼は大の酒好きで酒にはめっぽう強い。酔っているのかどうかも、普段がちゃらんぽらんのせいで見分けもつきにくい。

 

「…って、もう瓶が空じゃねーか。ちょっと飲みすぎじゃないか」

 

 そう言葉をもらした。もっとも、彼の飲む量は毎度普通の人でいうちょっと飲みすぎ程度の量ではない。

 目の前でグビグビ酒を飲んでいたトルテは、コップを置くといつものようにからから笑う。

 

「いいじゃん、いつのことなんだしさぁ。シスももっと飲めよ」

 

 そう言いながら彼はもう一本新しい酒瓶を開けるとシスのコップにとくとくと酒を汲む。

 個人的にもう十分に飲んだと思っていたシスは苦笑いをした。

 

「あ、そうそう次の依頼なんだけどさー、もう受けるって言っちゃったんだよ」

「依頼? どんな?」


「うん、1人か2人くらいの少人数指定なんだけどさ…一緒に行ってくんない? なかなかみんな捕まんなくてさ」

 

 いつもの調子でにこにことしながら言うトルテは楽しそうだ。

 

「へえ、どんな依頼だ? 期間は?」

「ちょっとした悪党退治なんだけど…ちょっと場所が遠くて三日はかかりそうなんだよ。明日から出発したいんだけど」

「三日か…」

 

 そもそもついさっきまで長期の依頼で帰ってきたばかりだ。

 みんな疲れているだろうから、翌日からすぐに数日かかる依頼となると躊躇するのは仕方ないかもしれない。

 シスも多少疲れてはいたが、トルテの顔を見た。

 

 

 トルテ自体は仕事熱心というわけでもなく、大きな依頼が終わった後はしょっちゅうめんどくさいだのだらだらしてることが多いからこのタイミングですぐ依頼を受けようと気になったのは不思議だ。

 彼がほいほい依頼を引き受ける理由となれば……。

 

「報酬は?」

「それがなんと2000ゴールド!三日つっても遠いから移動込みの話だしちょっとした悪党退治なら俺の手にかかれば半日もかからないしね!こんなおいしい話はなかなかないだろ」

「うーん……」

 

 シスは唸った。たしかに内容だけ聞くとおいしい。

 が、小規模な悪党退治で2000ゴールド、その上少人数指定というのは少々引っかかった。

 貴族の人間なら悪党に悩まされていればそれくらいぽんと出すかもしれない。実際そういう依頼人はいままでに何度かいたからそれ自体はそこまでおかしな話でもないかもしれないが、引っかかるのは少人数指定の方だ。


 正直2000ゴールドも出せるならそれなりに人数の多いパーティを雇えば悪党退治の確実性は上がるし7~10人雇って同条件でも十分美味しい依頼だから飛びつく冒険者も多いだろう。

 

 

 いままでの依頼、おいしい依頼内容につられていったら騙されていたなんてことは何度かあった。

 少人数の場合、こちら側が万が一騙されていた場合リスクが高くなる。

 もちろん、そんな可能性をトルテが思いつかないわけはないから、それも可能性に入れたうえで受ける気なのだろう。

 仮に騙されていたとしても切り抜けられる自信と、本物なら大金が入ってラッキーくらいの感覚だ。

 

 いままで何度か騙された時も、トルテが機転を効かせて危機を逃れたことは何度もあるからそうそうは大丈夫だろう。

 

「ちなみに、俺が行かないって言ったらどーすんだ?」

「うーん、寂しいけど一人で行ってくるかな~」

 

 そう言うトルテを見て、ため息をはいた。止めることもできなさそうだ。

 トルテなら一人で行ったとしてどんな状況になっても一人でも切り抜けられそうだが、流石に怪しいと感じる依頼に一人で行かせるのは気が引けてしぶしぶと頷く。

 

「分かったよ、じゃあ俺も行けばいいんだろ」

「サンキュー。じゃあ、明日寝坊すんなよ」

「いつも寝坊するのはそっちじゃねーか」

 

 喜ぶトルテに対して苦笑いを返して、遅い時間になったこともあってそれぞれ部屋に戻った。

 

 

 

 ★

 

 

 翌日、数時間場所に揺られて目的まであと半分というところで夕方になり途中の町に泊まることにした。

 にぎやかな大きめの町で大通りは人通りが多かった。

 しかし、依頼に行く途中ということもあり、あまり見て回る余裕もなく宿をとることにするのだった。

 休めに済みそうな部屋を一つ取ってお互い休憩してすごした。

 宿にある大きくはない温泉に浸かりつつ、疲れを癒しながらふと周りを見回すと誰もいなく貸し切り状態だった。

 

 

 温泉に入ることはそれなりにあったものの、トルテと一緒に入るようなことはなかったことを思い出す。

 特に一緒に入りたいわけでもないのだが、仲間たちと入る時も必ず拒否される。

 なんでも古傷があるからだとか言っていた。

 トルテの性格的にそういうのを見られるのが嫌だとか思うようにも思えなかったが、普段の態度や性格だけで決め付けるものでもないし本人にとってはよほど深刻なのかもしれない。

 

 

 それを考えると親友でも知らないことはあるのだと思う。

 もし辛いことがあるなら打ち明けてほしいという気持ちもあったが、本人が話したがらないとなれば無理に聞き出すわけにはいかない。

 やはりごく普通に、いつも通り親友と接するのが一番良いかもしれない。

 

 

 温泉から出た後、部屋の前まで戻ってきて何気なくドアを開けた。

 部屋に入ると服を脱いで着替えているトルテと目が合った。

 本来であれば、そんなにおかしなことではない。別段、驚くようなことなど何もない。

 

 

 仲間の着替え現場に遭遇するなんてよくあることで、同じ部屋で同時に着替えることもよくあることだ。

 が、トルテと目があって言葉が出なかった。そもそも彼の着替え現場には遭遇したことがなかった。

 彼の身体はすらっとしていて思った以上に細身だった。細身な男性くらいなら珍しいものでもない。

 男でも華奢な人間もいる。


 問題はそこではなく、彼のつけている下着は完全に女物だったし彼の胸はふくらみがあった。

 ついでに彼の言っていた古傷なようなものは特に見当たらなかった。

 

「……っ! 悪い!」

 

 慌ててドアを閉めて廊下に出た。 

 これは流石に知らなかった。ごく普通の親友でいままで完全に男だと思い込んでいた。

 女である可能性なんて全く考えたことがない。

 彼女は古傷があるわけでもなく、女であることを隠していたのだ。なぜ隠していたかは知らないが、彼女の隠していたことを知ってしまったことに罪悪感を覚える。

 しばらくして部屋のドアが開いてトルテが顔を出した。

 

「もういーよ」

 

 そう言われて部屋に入ると、気まずい気分になりながらベッドに腰かけた。

 しばらく何も言わずにいると目の前にいたトルテがいつもと変わらぬ飄々とした様子で口を開く。

 

「ま、バレてもいいんだけどさ。まあ、あんまり言いふらされるとちょっと困るけど」

「……」

「で、シスはどう?」

「どう…って?」

 

 質問の意図が読めず、顔を上げる。

 

「女だったからもう親友じゃない!とかならない?」

「いや、そんなことは……」

 

 目の前にいるトルテの姿を見据える。

 そこには、いつもと変わらない姿があった。いつも通り、親友の顔だ。

 特に見え方が変わったわけでもない。そう、何も変わらないのだ。

 トルテはトルテだ。きっとこれからもそれは変わらない。

 そう思うと、すーっと気まずい雰囲気が消える。

 

「男とか女とか関係ないだろ。うん、トルテは変わらない」

「へへ、なら良かった。じゃあ気を取り直して明日に備えて寝ようぜ」

 

 トルテは嬉しそうに笑って言った。



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