2012年02月07日

週末悲喜こもごも

0b386558.jpg スイスの若い子は寒いのに薄着をしたがる。(おしゃれのつもり?)そして、一般的にスイス人は手洗いもうがいもしない・・・だからやたら風邪を引くのだ!!と、ほとんど怒りながら書きたくなるが、四季折々、季節の変わり目に風邪引きさんが多いのはそのためだと睨んでいる。ここしばらく、風邪に苦しむ人々を横目に見ながら、私は良好な健康状態を保っていた。外出の度にばい菌が蔓延した会場におり、ばい菌をさらに撒き散らす人々と接触し続けながら自分だけは大丈夫、と自信を持っていたのに・・・。
「敵は身内にあり」。薄着をし、手洗いとうがいを怠る典型的なスイスの若者・自分の娘ジェシカからうつってしまった。ジェシカは私がやたら怒るため、風邪がひどくなってからイソジンでうがいをし始めた。もう遅いッちゅーに!!! それから数日。いつもにも増して手洗いとイソジンでのうがいに励んでいた私を、喉の痛みが襲った。(ああ、万事休す・・・涙)
 しかし、土曜は夕食会に招待されており、日曜は日本人2人、アルバニア人1人で編成される「Trio KEY」のコンサート。自分が中心になってオーガナイズしているので、天変地異が起こらない限り、休めない。
 ジェシカは人にうつすだけうつしといて、自分は養生もせず、学校のスキー合宿に行ってしまった。最近彼女に対してガミガミ怒りっぱなしだったが、行かれてしまうとすっとするどころか淋しい・・・風邪はひどくなってないか、寝込んでないか、気になってしまう。
 
 さて、土曜日の夕食会。夏休み前にポラントリュイで、リサが所属する音楽隊が主催する音楽祭があった。私は病気で寝込んだリサの代わりに二日間働き、旦那はコンクールの司会者として貢献した。そして、音楽隊は、二日間働いたボランティア全員を夕食に招待してくれたのだ。何と太っ腹!! 寒い夜だったので車で行きたかったが、旦那は酒が飲みたい、私は凍った夜道の運転が嫌、で、結局徒歩15分ほどの道のりを歩いて会場に行った。喉を気にしつつ人と話したが、そのうち楽しくて痛みを忘れてしまい、(100人近い人間のしゃべり声とDJによる音楽がガンガン鳴る喧騒の中なので)ついつい声を絞り出してしゃべってしまった。後の祭り・・・。そして帰り道、零下25度(友達は27度と言っていた)の夜道を歩いた。ここはシベリアか?

 日曜の朝。おそるおそる声を出してみたが、わりと普通に出た。喉の痛みも治まっているような気がした・・・。コンサートは大成功。いつもどおりお客さんは少ないが、Trio KEYさんのバラエティに富んだプログラムを、会場が一体となって楽しんだ。クラシックとは楽しいものだよ、という見本のようなコンサート。欲を言えば若い子にももっと来て欲しかったな・・・。まだ若いのに実力派、人間的にも凄く魅力的な音楽家3人、これからも演奏活動を重ねて皆に幸せを与え続けて欲しい。
 とってもいい気持ちで帰宅したところから、喉はどんどん悪化・・・そして今日は寝坊した上に喉がひりひり、はっきり言って激痛である。ついてないなああ・・・。とにかく喉を使わないようにするため(家族との会話は必要なので最低限に)しゃべる仕事、そして約束は涙のキャンセル。ああ、健康ってほんっとーに大切ね・・・(あんなに気をつけていたのに・・・とまた怒りがメラメラ・・・)


「ため息の散歩道」という超ロマンティックな名前がつく通り。快晴の上に雪景色。見るだけなら目の保養になっても、ここを厳寒の夜に通ると・・・鼻水も凍ります。

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2012年01月29日

波乱の一夜

48aa39e9.jpg 昨夜、1年に1度だけ結成されるウィンドオーケストラ・「ショスタコヴィッチ」のコンサートがあった。毎年楽しみにしているが、今回は特にリサと姪のノエミが初参加した上、イギリスのブラス音楽作曲家・Simon Dobson氏を指揮者に迎えて練習に練習を重ねたということで、より期待が持てた。(リサいわく、音楽性だけでなくルックスもなかなかということだし・・・なるほど、インターネットで見ると髪形など一般庶民とはちと違う。笑)

 会場にはコンサート開始30分ほど前に到着し、旦那の家族のために席を確保。コンサートに早めに行く私には、よく席取りの役が回ってくる。この日も「いっつも私ばっかり・・・」と、出発前にブツブツこぼしていたのだが、その悪意?を後ほど後悔することになるとは・・・。
 開始時間が迫り、皆が早く来ないかと待っていたら、義妹の姿。いつもは礼儀正しい彼女が挨拶もせずドカドカ来たから、よほど動揺していたのだろう。「事故が起こったの。お父さんが穴に落ちて怪我をしたから今からすぐ病院に連れて行く」と早口で言ってまた風のように去っていった。後から聞いた話をつなぎ合わせてみると、義父母と義妹は駐車場に車を停めてからコンサート会場である体育館に向かう時、雨をしのごうと、ちゃんとした道でないところを通ったのだが、義父だけは深さ2mもある穴があるのに気づかず、落下したのだった。(そんな危険な場所が子供達も利用するような体育館のそばにあるなんて、けしからん!)歯と指が折れただけ、命に別状はないということで、旦那と私、ジェシカはそのままコンサート鑑賞。でも、人一倍神経細やかなリサとノエミにはコンサート終了時まで知らせなかった。

 そんなわけで、コンサートは素晴らしかったが、義父が心配で集中できない時があった。その上、コンサートのテーマは「闇と光」。特にオープニングは音楽家達が中世の葬式人を思わせるような頭のとんがった黒装束で重々しく登場。楽器が墓堀用具に見えた・・・。これ、さすがに評判は良くなかった。知人の一人は奥さんを悲しい事件で亡くしているので、「あれはどうしても受け入れられん」とぼやいていた。そりゃそうです・・・(彼女は私の友人でもあった・・・もうすぐ8回忌)
 ホルストの惑星から「火星」だの、「マクベス」からの抜粋曲だの、重くて暗い曲が並んだ後、「のだめ」でおなじみのサン・サーンスの「Aquarium」でちょっと救われた気分・・・。そして対照的に「光」がテーマの第二部になるとファンキーな、楽しい曲の数々。司会者は隣の家に住む高校教師だが、演劇をやっているということもあり、暗い暗い第一部のナレーションとは一転、海と女の子が大好きな軽いノリのアホ男に早変わりしていた。(笑)

 ハプニングはあったが、コンサートでは細かいところまで練り上げた音楽は最高で、それ以外にも収穫があった。ゲストのピアニスト、ドレモン出身のオリヴィエさんは新婚ほやほや、しかも奥様は日本女性でピアニスト!ということで、お話に花が咲いた。彼は日本語もかなり話せる。残念ながら奥様はいらしてなかったが、いつかお会いできる日が楽しみである。このコンサートでオリヴィエさんはオープニングでラフマニノフのプレリュードを演奏。そして特に後半では随所随所でファンキーなピアノや、素晴らしいジャズ即興も披露してくれた。普段はジャズを聴かない私だが、こんなに楽しいピアノならいつ聴いてもいいな♪

 さて、今日、義父のご機嫌伺いに行ったジェシカの話では、義父は歯があちこちぐらぐらなので口をきくのが億劫らしく、寡黙だったとか。指は骨折ではなく脱臼だったそうだ。体のあちこちが痛いとか・・・そりゃ2メートルも落ちたらね・・・(泣)しかし、たいした怪我でなくてほんと良かった・・・皆さん、未知の場所で暗闇を歩く時は気をつけましょう。



写真はボケボケだけど、演奏前のワンシーン。真ん中にいるのが軽い男に激変している真面目でおとなしい高校教師、黒い服が指揮者のSimonさん。イケ具合がはっきり写ってなくて残念である。(笑)

サイモンさんが一番イケてると思われる写真を発見しました! 11歳で既にエクセレンスクラスのブラスバンドで演奏したというから天才ですな〜。続きを読む

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2012年01月22日

久々のおのぼりさん的観光

0b46137a.jpg 金曜日、一日かけてベルンに行ってきた。長女のパスポートの切り替え発給を申し込むためだったが、せっかくベルンに行くのだから・・・と、幼馴染で奇遇にも同じスイスに嫁いでいるまこちゃんに連絡を取った。まこちゃんは山のガイドさんなので夏の間は多忙だけど(私も帰国しているからまず夏に約束することはないけど)今回、時間を取ってもらえてラッキー私の用事が済んだ後、ベルン駅で待ち合わせすることに。

 それにしても、ジュラを一歩出ると、自分がいかに狭い社会で生きているか分かる。ベルンには昨年12月、娘達の日本語能力試験に付き添って行ってきたばかりだが、駅の出口が違った。試験は大学で行われ、比較的静かなところだった。今回、ちょうど反対側、賑やかな通りに出た私はもうすっかり迷路の中大使館のホームページでバス乗り場を確認しておいたはずなのに、あると思っていた場所に大使館を通るバスの番号がない!!!(ここで滝汗)バス乗り場案内図を見ると、私の乗りたいバスは、目指していたのとまったく反対方向、駅の別の出口脇にぽつねんとあった。駅前改築以前の記憶を頼りにしたのがいけなかった・・・。これでよく帰省の度に大阪の町を歩いているなと自分でも感心する。

 大使館では思ったより時間がかかり、まこちゃんを少し待たせてしまったが、無事、ベルン駅で会うことができた。感激の再会ここから徒歩で、2年ぐらい前に食べたアジア料理レストランへ。今回もトムヤムクンを前菜に、そしてメインはチキンと野菜のピリ辛炒め物+ジャスミンライス。お腹一杯食べてしまい、前回ブログのダイエット宣言は何処へまあ、せっかくの遠出なんだから、やっぱり普段家では食べられない美味しいものを食べないとね! 我慢なんかしないぞ〜

 レストランでひとしきりしゃべってから、腹ごなしに約2時間の散歩。熊公園では熊さんは冬眠中ということで姿を見られず。(1日短時間は出ているそうだが)その後、バラ公園まで坂道を上った。道は石畳。上りでは特に気づかなかったが、下りはちょっとした難行苦行。滑り止めなのか、薄い石が斜め上を向いて差してあるので、それが靴の裏に食い込んで痛かった。この坂道には底の厚いスニーカーがお勧め。週末は雪予報のどんより空だったが、バラ公園から見渡した景色はなかなか良かった。旧市街のある町は絵になる。
 帰り、大聖堂に行ったが、ちょうど、警察学校卒業セレモニーが終わって、初々しい新人警官達がぞろぞろと出てきた。肌つるつる〜♪ 彼らを祝い、楽隊によるマーチ演奏が始まった。楽隊に続いて彼らがパレードに行った後、大聖堂内を見学。歴史的建築物は何度訪ねても面白い♪ この大聖堂、最初の建物が建造されたのは1220年代というから、ただならぬ歴史の深さ。それから拡張、鐘楼の置き換えや改築、おそらく宗教改革の際の何らかの破壊も経て、現在の形に至る。こういった古い建物は、たいてい、どこかしら改築中で、工事用シートのないすっきりとした姿はなかなか拝見できない。(写真の中央より少し右寄り、尖塔部分が覆われているのがご覧いただける)

 写真をあちこちで撮り、(スイス在住だけど)どこからどう見ても典型的な日本人観光客と化していた私達。しかし、どこを訪ねるにしても、他愛ない話をしながらただぶらぶら歩くだけで和む。家庭をちょこっと離れてリフレッシュ気分。やっぱり同年代の女友達っていいもんですな

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2012年01月11日

平常営業なり〜

8233703f.jpg大変遅ればせながら・・・
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
2012年が皆様にとって良い年となりますように。

 今週から娘達の学校が始まり、旦那も仕事始め。ようやく落ち着いてPC前に座ることができる感じ。クリスマスから大晦日まで約1週間、スキー休暇に行っていたので、帰宅後は洗濯物の山と格闘していた。冬物ってこれだから嫌よお〜。洗濯機を何度も回し、手洗いを何度やっても後方には、また別の小山が控えている、という具合。やっつけるのに1週間かかったわ・・・。
 クリスマスパーティとスキー休暇のことは、Swissinfo.ch「もっと知りたい! スイス生活」に書いたので、そちらを見ていただくとしよう。(宣伝・・・というよりは、単にもう一度書くのがめんどくさいだけ・・・休暇中と休暇後も熱心に?執筆していました)クリスマスパーティは現在のTOP記事、スキー休暇は明日木曜日、日本時間で夕方頃UPされますので、どうぞよろしく!

 休暇中、Swissinfo記事執筆以外はぐーたらぐーたら過ごしていた。スキーをしない私は、去年まではよく雪道を散歩に出かけていたけれど、告白すると、今年は完璧な出不精に豹変。食事も作らず、ただひたすら貸しアパート内でだらけることをモットーとし、Nintendo DSで一年分ぐらい遊び、昼寝を友としていた。当然、激太りついた贅肉は洗濯物と格闘するだけではなかなか落ちず、現在に至る今週は天気が回復したのでまめに買い物に出ることを決意ヴァレーの山々は豪雪だったけど、平地は雨ばかり、しかも降れば土砂降り、それが大粒のあられに変わり、とどめは「アンドレア」と名づけれた大嵐。休暇から戻って青空にはめったにお目にかかれなかった。天気を理由に外出を最小限にとどめていたのもデブ化の一因。ああ、四十路を歩み始めてから、年々、どうあがいても少しずつ脂肪が貯蓄されていくのが分かる・・・(泣)夏の帰国で後ろ指さされないように、ダイエットに励まなければ

写真は、貸しアパート内から見た景色。アパートのすぐ隣がそり用ゲレンデだった。


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2011年12月21日

ホワイトクリスマスなるか?

c9122c74.jpg 一昨日はうっすらとした雪化粧が美しかったポラントリュイも、昨日からの断続的な雨で、空も景色も灰色状態。ああ、青空が恋しい郵便局やクリーニング屋に行かなければならない用事があるが、どうもこの空の下には出て行く気にはなれず、朝からPC前でだらだらしてしまう。

 先週末は外出続きだった。金曜日は、風雨が強まる中、久しぶりにバーゼルに行ってきた。日本語学校時代の友達の退院祝いの集まりがあり、彼女の家におじゃました。
 ここに書くことを控えていたが、無事彼女が退院したということで少しだけ述べる。彼女は6月に家の近くで交通事故に遭い、生死をさまよう重傷を負った。翌日、その知らせを日本語学校で聞いた私は、虚脱感のあまり、口も体も重くなってしまったほどだ。丁度その時、スイス人の友達から電話があり、東日本大震災チャリティコンサートのための簡単な翻訳を口頭でお願いされたのだが、あまりにも混乱していたため、即答ができなかった。決して大震災の犠牲者達を軽んじているわけではないが、それよりも、私にとっては一人の身近な女性の生命の危機に、何かできることはないだろうかと考える方が先決だったのだ。(ちなみに、翻訳は、帰りの電車の中でやっと落ち着きを取り戻し、送ることができた)
 バーゼル病院の最新技術と転院先のラインフェルデンのリハビリセンターでの彼女自身の努力と気力の向上、そして家族や周囲の方々の励ましにより、思ったよりずっと早く退院できたのはこの上ない喜びである。遠方のため、私は数回しかお見舞いに行けなかったが、最初は力ない表情でベッドの上から動けなかった彼女がめきめき回復し、元気と食欲を取り戻していく様子を見るにつけ、訪問の度に胸を打たれた。それにしても、健全な一人の人間の体や心をこれほどまでに痛めつける交通事故は、心底恐ろしいと脳裏に刻み付けられた。
 そして5ヵ月後、退院。彼女はまだ歩行訓練中だが、明るい笑顔で私達を迎え、こちらが恐縮するほどもてなしてくれた。この日は、スイス各地、特にジュラに被害を与えた大嵐「ジョアキム」が到来していた日。普段は片道1時間の道中なのに、なんと2時間もかかって帰宅してしまったが、退院した彼女に再会できた喜びで、疲れも気にならなかった。

 その翌日。Swissinfoでのクリスマスマーケット取材も兼ね、ビエンヌの町に行った。雪がちらついていたがそれほど寒くならず、久しぶりに再会した日本人の友人二人と、新装開店したばかりのお寿司屋SUSHI NORI OGURAさんで、寿司ランチセットを食べた。(ここは美味しいですぞ!)マーケットの通りを散策した後は、スイスにしてはオシャレな?スターバックスでまたおしゃべり。天気はイマイチでも、日本語でしゃべりまくればただただ楽しい!(笑)

 帰宅してからはSwissinfoの原稿執筆に追われていたが、それも終わり、ほっと一息。あと日本語レッスンを4回すれば、クリスマスだ!! 今年はスキー休暇はなし・・・と思っていたが、どうしてもスキーをしたいジェシカが率先して休暇用アパートを予約してくれたので、25日のクリスマスパーティを途中で抜けて、ヴァレー州に向かうことになった。31日朝にチェックアウトなので、大晦日と正月は我が家でまったりと迎えることになるだろう。私自身はもうスキーをしないので、ちょっとした散歩と買い物以外はゴロゴロと暖かいところで過ごすことを楽しみにしている・・・が、反面、体重の増加は避けて通れない問題である


写真・ビエンヌのクリスマスマーケットにて。キャンドルやヒイラギなど、クリスマス用の装飾品のお店。

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2011年12月09日

クリスマスまでもうひとふんばり

61834168.jpg 毎年のことながら、11、12月は特に行事が集中するため、家族と自分の体調管理に気を使う。風邪を引いてはいけないと思うあまり気疲れしてしまい、逆効果だと自分でツッコミを入れたくもなるほど、心身の疲労が蓄積する季節でもある。

 リサと旦那が参加したモントルーのブラスバンドコンクールは無事終了。結果は14バンド中14位の最下位だったが、二人とも自分の演奏には満足しており、何よりも怪我もなく上機嫌で帰ってきた上、家族でリサの誕生日を一緒に祝えたのが良かった。

 先週末もまた、リサにとっては超忙しであった。土曜は音楽学校のクリスマスコンサート。日本語能力試験の前日であるため、「何でこんな時なんや!風邪でも引いたらどうする!」と私の方がピリピリイライラ。リサは音楽コースオーケストラでピアノを担当。メンデルスゾーンのクリスマス曲とヴィヴァルディのギターコンチェルトで登場した。今回は脇役だったが(それでも十分忙しい・・・)来年は同じグループでモーツァルトのピアノコンチェルトに挑戦する。(それにはジェシカもピアノで加わる。楽章ごとにピアニストが代わり、リサはピアノを弾かない時はコルネットを担当する)年が明けたらまた合同練習がァァ〜

 翌日、日本語能力試験会場はベルン。ポラントリュイからは電車を1回乗り換えて1時間半かかる。今回はジェシカもリサも受験するため、電車の中ではてんやわんやで二人分の最終チェック。でも、なぜかこの日の私は異常なぐらいのハイテンションで、夜、帰宅するまで(しても)元気一杯。受験中は久々にお会いしたバーゼル日本語学校の保護者の女性達としゃべりまくっていた。
 多忙な二人の娘をアメとムチで追い込みながら計画的に日本語学習させたこの三ヶ月。時にはお互いヒートアップして、家中に嫌悪感が漂ったこともその修羅場ももうおしまい。二人とも、結果はどうであれ、集中的に勉強することで日本語力もUPするから、受験は有意義であったと信じたい。ま、とりあえず、受験後は1ヶ月ほど日本語学習をお休み、という約束である。(私は生徒がいるから教え続けているけど〜)
 試験前は週末や夜の外出や遠出をできるだけ控えていた私。私がいないと娘達に日本語の勉強を教えられない・・・という一心であった。その期間を取り戻すかのように、今週からクリスマスまであれこれと予定を入れた。6日はジェシカの誕生日。義父母を招いてささやかなお祝いをした。昨日は雑誌「グリエツィ」の取材に便乗して、ドレモンの日本レストラン「小町」で美味しい料理を堪能。編集長の野嶋さんには能力試験の会場でもお会いしたのだが、この日は一緒にドレモンの旧市街を少し散策し、食事中も楽しくおしゃべりした。この小町には、明日もジュラ関係者(女子会)忘年会で行くクリスマスまでは仕事もしつつ、遊びまくるつもり三ヶ月間の精進?後、すっかり気が緩んでいる私である

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2011年11月30日

未来の友達

 スイスでお世話になっている方のご主人が作った曲です。どうぞ、聴いて下さい。日本語が母国語でない子供達が、一生懸命歌っています。

「未来の友達」

 メッセージソングにまったく縁のなかった私ですが(古くはバンドエイド、など・・・)見た瞬間、聴いた瞬間から涙が止まりませんでした。小さくても「何か」を持つ曲だと思います。
 一人でも多くの方に聴いていただけたら、と願っています。

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2011年11月22日

師走の前にもう走り出す

338d6338.jpg 毎年楽しみにしているサン・マルタン祭(豚祭り)が終わってしまったが、ぼ〜っとする間もなく、家族それぞれぎっちり詰まった予定をこなしている。特に週末は家ベント尽くし、この季節、コンサートがやたらに多いので、演じる方も観る方も、予定表とにらめっこである。
 我が家で最も多忙なのは旦那とリサ。その理由は音楽活動によるものだ。今週末はモントルーでブラスバンド全国コンクールがあり、彼らが所属するEnsemble de Cuivres Jurassien (ECJ)のBバンドは第2カテゴリー(技術的に上から3番目のカテゴリー)にて出場する。その前哨戦となるコンサートがこの前の日曜日に開かれた。

 リサは今年から主席コルネットに出世もちろん、Bバンドは親バンドに当たるAバンドに比べれば難易度は下がる。しかし、責任重大なパートであることは変わらない。私と正反対で、あまりあがらない体質の子らしく、コンクールでもコンサートでも、ポーカーフェースで実力を発揮できるタイプで、親ながら羨ましい。それでも、モントルーは特別。一年に一度の大舞台なので、自他のプレッシャーはいつもよりずっと大きいと思う。本番前日から泊り込みで最終調整・練習するというハードスケジュールだが、体に気をつけて悔いのないように吹いて欲しい。

 モントルーには応援に行かないが、家からジェシカと一緒に声援を送っているよ♪無事に帰ってきたらリサ14歳の誕生祝大好物を作って待っているよん


写真は、この日曜にあったコンサート。「ちびまるこちゃん」の親友・たまちゃんのお父さんみたいに娘を撮りまくろうと思っていたら、バッテリー切れでこの後、カメラは

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2011年11月16日

1年って本当に早い

5cfcc4b4.jpg これって年を取るに連れて加速していくのかなあ?(汗)ついこの間、沖縄から来たアーティスト達とポラントリュイで楽しく騒いでサンマルタン祭を過ごしたような気がしていたが、あれからもう1年経ってしまっていたのだった。

 今年のサンマルタン祭は旦那の音楽仲間とその伴侶達、合計8人で大食事会に参加した。ポラントリュイのサンマルタン協会が毎年オーガナイズしている食事会で、レストランではなく市のホール(今年は高校付属の建物)にて行われた。
 この食事会で良かったのは、豚尽くしメニューのうち、フルコース(7皿)取ってもよし、好きなメニューだけ選んでもよし、という選択の余地があったことだ。と言っても私達のグループは一人を除いて(ダイエットしているらしい)、7人がフルコースを頼んだ。もちろん、私も・・・(本当はおなかの出っ張りが気になる年頃なのに・・・)ちなみに私達が食べた7皿とは

・豚の頭などを煮込んで出た汁で作ったゼリーにパテを閉じ込めた物
・これぞサンマルタンの醍醐味! 豚の血のソーセージとスイス名物レシュティ
・豚の内臓系のハンバーグとソーセージとテーブルビートのサラダ(もう一度、しつこくレシュティがついていた)
・地酒「ダマシン」をたっぷりそそいだダマシンシャーベット(ダマシンとはプラム系の果物から作る)
・シュークルット(酢漬け千切りキャベツ煮込み)にベーコン、じゃがいも、ソーセージ、ロース肉を添えたもの
・昔の方言で「トッチェ」と呼ばれるケーキ
・クレームブリュレと書いてあったが、クレームキャラメル(ガスバーナーで砂糖を燃やして焦がしたものが本物のクレームブリュレ)

 固い上にしつこく二度も出てきたレシュティとシュークルットを一部残した以外は、完食以前は敬遠していた血のソーセージ、年々美味しさが分かってくるような気がする。沖縄にも似たような食物があるとか。豚の血は貧血気味である女性にはとってもいいということでも、祭りの時以外は、家で血のソーセージは食べないけどね。

 食べて、時々踊って、理性的に飲んで、楽しい夜を過ごした。(踊り足りなかったか、体重は食べた分だけしっかり増えていた。泣)

 翌朝、リサがポラントリュイ市吹奏楽団にて街頭演奏することもあり、朝からサンマルタン市に出かけた。11時にはもう凄い人出! その合間を縫うように移動しながら、数グループが街中で演奏している。吹奏楽団あり、アルプホルンのグループあり(写真)、鼓笛隊あり、バグパイプのグループあり、いつもは静かな町が活気に満ちている。ここに住めて幸せだな〜と思うひとときである。

 日曜は家でおとなしくしていようと思っていたが、旦那の両親が来たのでやはり一緒にサンマルタン市へ。ピーカンの快晴だった前日に比べ、曇り空で寒い日だったが、人出はさらに増えていた。店の数も倍増し、町は下から上まで人で一杯。三世代6人で歩いていたので、お互い離れないようにするのが大変だった。(まあ、離れても自力で帰れるぐらい狭い町だけどね

 サンマルタンの翌月曜日は、何と、この地方だけが祝日。地元の学校に行っている子供達はラッキー、ベルン州に働きに行っている旦那はアンラッキー。

 三日間、よく遊んだせいもあって、一日おいた火曜になって疲れがドーッ。(これも中年の典型的現象だわ)でも、今週は生徒が5人とも来るから、レッスンと家事で一杯一杯になってしまう予定。

 ところで、朝になっても見た夢を細部まで覚えているのは、一度起きてその夢を反芻してからまた寝るという行為によるものだと確信した。
 昨夜、またまた奇妙な夢を見たので追記に書くが、山本耕史さんのファンの人は読まないでね。(笑)続きを読む

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2011年11月09日

夢と現実

 久々にはっきりとした夢を見たので、自分のHPのエッセイ欄に書いたが、ここにも記してみたくなった。恐怖の時代が舞台だが、セピア色の美しい映像だった。続きを読む

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2011年10月28日

新連載!

3fe4ac67.jpg すっかり遅くなりましたが、新連載ブログのお知らせです。スイスの情報を各国語でお伝えしているSwissinfo日本語ページで、連載が始まりました。ただ今ドイツ語・フランス語・イタリア語圏から4人のブロガーが地元ならではのユニークな記事を書いています。所変わればスイスも変わる? いろんなスイスが発見できますので、どうぞ皆様、お見逃しなく。毎週木曜日更新です。
Swissinfoブログ「もっと知りたい! スイス生活」
 今週はフランス語圏から豚肉食いだおれ祭りの模様をお伝えしています!

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2011年10月24日

秋の終わり

78d3747a.jpg 2週間の秋休み中、少しはブログを書けるかと思ったら、何かやっぱり毎日バタついているし、娘のどっちかは家にいるしで結局今日になってしまった。

 秋休み1週目はリサが音楽合宿に行った。アジョワ地方の20歳までの若者ハーモニーバンドである。「仲良しの友達がいないから嫌だ嫌だ」と毎回行っているが、行けば結構楽しんでいる。環境が変わるからか、合宿場所が不潔なのか、いつもデカい熱の花を唇に作って帰ってくるのは困りものであるが。

 この1週目、ほとんどの友達が家族旅行やら合宿やらでいなくなったので、ジェシカが家で退屈そうであった。一応それを見越していたので、前もってクラシックコンサートを検索して予約し、その会場があるローザンヌに母娘で一泊旅行した。旅行と行っても、ただクラシックコンサートに行くだけだったので、滞在たった12時間というとんぼ帰りの旅。行くだけでも電車賃が物凄くかかるので、持っていったおにぎりなどで夕食を済まし、ホテルでビュッフェ朝食(スイスのホテルにしては珍しく、宿泊料金込みではなかったが)を食べたらすたこらさっさと家に帰るという超ケチケチ旅でもあった。
 コンサートは「Sinfonietta」というローザンヌ市のオーケストラ。若者がほとんどである。第一部ではクラリネット奏者Pascal Morageusさんを迎えてのモーツァルトのコンチェルト。アメリカ生まれのアジア系指揮者・Wilson Hermantoさんも楽しそうに棒を振っていたが、パスカルさんも感情豊かに生き生きと演奏し(時々、ヴァイオリンの女性達に微笑を送りながら。笑)会場中を魅了した。
 パスカルさん、何と大阪の音楽学校で教鞭を取っておられるらしいミスタービーンを演じた俳優を整えた感じである。帰りに丁度封切されている映画「Johnny English」のデカい看板を見てジェシカと大笑いしてしまった。あ、パスカルさんのファンの人がいたらすみません
 第二部はスウェーデンの歌姫Miah Perssonさんをゲストに迎えてのマーラーの交響曲第4番。実は私、マーラーについての知識は皆無に近い。無知ゆえの苦手意識もあった。しかし、ジュネーブにあるマーラー協会の会長さん?が開演前にステージ上で「マーラーはロマンティック派からシェーンベルクなど次世代クラシックの架け橋的存在である」ということを説明下さり、目からウロコ。そう言われて聴いてみると、そんな気がするなあ、天才だあ〜と単純な私である。歌姫さんは最終楽章で登場。金髪で長身、典型的な北欧美人で、ジェシカは「いいなあ、あんなに綺麗で歌も上手くて・・・」とすっかり感心。自然なソプラノ(キンキン声のソプラノは苦手)で、そのまろやかな声が印象的だった。

 この日、とっても不思議なことが。まず、昼間、この前のコンクールでリサの伴奏を担当してくれたピアニストさんと街中ですれ違った。彼女はドレモン在住。なのにローザンヌで出会うとは!! そして何と、コンサート会場でジェシカの隣に座ったのは、いつも3月のコンクールで伴奏を多々担当している若きピアニスト、マークさん。彼もヌーシャテル在住なのでコンクールの時以外はお目にかからない人。類友じゃないけど、ピアニストはピアニストを呼ぶんだねえ。
 内容も充実し、かつほのぼのとしたコンサートで大満足であった。若き音楽家達の家族や友達が大勢来ていたので会場内の雰囲気も良かった。(上から目線で鑑賞していじくってやろうというスノビズムは皆無)しかし、一歩外に出るとローザンヌの夜は昼間とは顔が違うので、怖がりな私は終演後はどこにも寄らずにさっさと歩き、街角に立つフードを被ったラッパー風兄ちゃんの群れには目もくれず、ホテルを一目散に目指した。このためにわざわざ地図検索をして、多少値が張るが、近くのホテルを予約していたのだ。(写真はそのホテルの色っぽい透明シャワーブースである。娘と二人では気分も出ないが・・・笑)

 休暇2週目はジェシカ、水を得た魚の如く、友達と遊びまくり。夜遅くの外出は母親としてはあまり好きじゃないけど、信じるしかないねまあ、日本語の勉強を毎日少しずつでもしてくれたからいいとしようか

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2011年10月05日

Black Dyke Bandに夢中

f376c815.jpg ブラスバンドの世界は非常に狭い。ブラス国家(スイス在住の私にはそう思える)であるはずのイギリスでさえ、一般的にブラスバンドの名前は知られていないという。しかし、世界各国のブラスファンに知られているバンドがイギリスにはたくさんある。そんな超大物ブラスバンドの一つがジュラにやって来た。1855年発祥の「Black Dyke Band」。

 このバンドを招聘したのは、旦那が去年12月まで指揮棒を振っていたCourroux村のブラスバンド。自分達のバンドの175周年記念企画の目玉イベントとしてのコンサートだった。
 Black Dykeはそれまでに一度か二度、ルツェルン音楽祭で聴いているが、今回は身近な場所で至近距離(フンパツして家族全員VIP席をゲット)での鑑賞ということもあり、感動もひときわ。ブラス楽器でもピアニッシ(ッシッシッシ)モができるんだぞという見本のような演奏はあっぱれ。コンテスト課題曲のようなお堅いブラス曲メインではなく、クラシック曲や民謡のアレンジ曲をまじえて素晴らしい構成だった。プリンシパルコルネット、ソプラノコルネット、ユーフォニウム、チューバの御四方が、それぞれのソロを披露してくれた。
 今回、観客全員の印象に残ったであろうと思える音楽家は、ソプラノコルネットのポール・ダフィ君。前任者ピーター・ロバーツ翁(引退)が物凄く目立つ人だったので、その後でやりにくくないかな〜と2008年に初めて彼を見た時に老婆心的に思っていたのだが(その時の写真、最後列一番左がポール君・・・この時はこんなにイケメンとは思わなかった。笑)確かな演奏技術に裏打ちされた自信に支えられているのか、ノビノビとしている・・・というか、ポール君も物凄く目立つ。(笑)現在修士課程で勉強中というインテリ君だが、ただ巧いだけでなく「音楽を楽しんでいる」という雰囲気を全身に漂わせる微笑王子である!! いつもニコニコ(カンボジアのアンコールワットの仏像の唇に似てる)、吹いていない時はノリノリで体を揺すっていて、「ほんま、あんたはええ子やなあ〜」と目を細めてしまう。ジャズの勉強もしているというから、とても視野の広い音楽家なんでしょうね。
 言うまでもなく、コンサート終了後は、ポール君にサインを求めに行った既にディスコタイムに入っている会場内でサインを求めたら「ここはうるさいから外に行こ」とわざわざ外に出て話を聞いてくれて、CDにサインをくれた。ミーハー炸裂の母親の隣でリサは鼻で笑っていたけれど・・・。(指揮者さんや他の音楽家の人のもとにまめに足を運び、大量のサインをもらってきたのはリサであるが)だが、もっと上手はいた。ポール君と写真を取り、Facebookに掲載したり、Facebook友達になっているのだ。(あ〜私も一緒に写真を撮れば良かった。笑)

 今回一番のお気に入り曲はグリーグの「ペールギュント」。まさかブラスバンドのコンサートで聴けるとは思わなかった! また、ちょっと涙ぐみそうになった瞬間があった。アンコール前に、音楽家の一人が前に出て、朗々たるイギリス英語でこのバンドの歴史を語ったのだが、その時、このブラスバンドが歩んできたイギリスという国全体の歴史の重みや揺るがざる誇りを彼らのオーラの中に感じ取り、ぞくぞくするような感動を覚えたからだ。
 演奏中、しばしば私はイギリス大好き女子だった20年前にタイムスリップした。あの短期の語学留学で将来の夫と劇的な出会いをしてスイスに来て以来、イギリスには戻っていないけど、また絶対に行きたいなあ〜という気持ちが押し寄せてくる。ポール君やCD売場にいる人と久々に英語でしゃべったけど、舌がもつれてもつれて、なんたるざまよ・・・フランス語も未だにイマイチだけど、英語(断固、イギリス英語よ←これにこだわる)の勘を取り戻したいという殊勝な気持ちになった夜でもあった。

写真は2008年ルツェルン音楽祭でのコンサート。

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2011年09月27日

秋晴れ続き

4f38c816.jpg やっと更新する気になった6週間も日本でブログをいじってなかったせいか、スイスに戻ってきたら、長文を書くという作業がたまらなく苦痛になってしまったからだ。最低限の仕事だけして、趣味の文章は後回し。これもバカンスボケ症候群の一つか? 少しずつ慣らしていくしかないかな。

 里帰り前の6月、スイスは夏になった。そして7月〜日本では灼熱汗だらの日々。8月17日にスイスに戻ってきてさあ涼しい日々だと覚悟していたら、まだ夏日。(7月は天気が悪くて寒かったらしいが)それから時々雨は降ったものの、晴天かつ暖かな日々が続いており、今日の天気予報では次の日曜日まで晴れマーク。例年より多く太陽の恵みを受け、最高の気分・・・と思いきや・・・。

 先週は、マルキ一家受難の週であったまず、先々週の土曜日。リサが管楽器全国コンクールに出場したが、様々な悪条件が重なったこともあって実力を発揮できず、結果、予選5位。詳細を述べればあの時この時の怒りが沸々と甦ってくるので何も書かないことにしよう!!! 泣き言は無し! 全国コンクールでここまでよくやった!! ま、次の機会には体調も何もかも万全に整えて頑張ってくれ!!

 本当の意味での受難は翌週から。まず火曜日に私が胃腸にくるタイプの風邪でダウン。翌日がジェシカ、翌々日は旦那(彼はひどい頭痛)。リサだけが難を免れたのが不幸中の幸いか。(もうコンクール後に十分落ち込んだし)一日寝まくった私は、翌日には回復して今に至る。いやあ〜、久々に寝込んだわ。お蔭で1日で1キロ体重が減った。

 日本から送った小包が届き始めた。お気に入りの食品はもちろん嬉しいが、書籍も貴重である。大量の本を本棚に並べる時の快感、忘れがたししばらくは読書の秋としよう。


写真・今日の窓辺の風景

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2011年09月09日

生存報告

ba165cd6.jpg 二ヶ月以上の間、ほったらかしていたブログ削除されていないか不安一杯で覗いてみたが、とりあえず大丈夫なようである。というわけで、これからもできれば定期的に書き続けたい。

 7月初めから6週間余り、里帰りを堪能してきた。今回は経由地成田以外は関西にとどまり、実家を中心に滞在し、週末に小旅行を楽しんだ。旦那は去年に続き、3週間の日本語学校通学。日本語の上達度は???だが、少なくとも以前よりは日本語学習意欲が増している。旦那と同じ学校には私の教え子シルヴァン君(19歳)が通学。ホームステイ先にも恵まれ、簡単な会話もできるようになって関西を満喫してくれたようだ。
 
 日本滞在中の出来事はまた書くことがあるかも知れないが、とりあえずスイスに戻ってからのご報告。(Facebookには写真を友達にだけ公開中)
 スイスに帰ってきてすぐ学校が始まった。ジェシカは無事高校2年になり、リサは中学2年。ジェシカのクラスの3分の1は成績不十分で留年または退学(専修学校へ転入)となったそうだからおそろしや家庭の経済事情も考えて何とか3年で終わってくれ〜
 この学年初め、子供にとっては勿論に違いないが、私にとってもストレスである。時間割ががらりと変わるため、どの子が何時に出て何時に帰り、昼食を誰が何時に食べに帰ってくるか、お稽古事はいつの何時からか、などなど、私の貧弱な脳みそでは到底一度に覚えられない変化が起きる。特に、高校と小〜中学の時間帯は微妙に異なっているため、時間差で昼食を取ることもある。子供には毎日ちゃんとしたものを食べてもらいたい。食生活が健康が基本だからね。(子供に外食させるとめんどくさがってサンドイッチばかり、そして大阪のように昼の定食560円なんてのもゆめゆめ存在せず、温かい食事は激高である)

 バタバタの半月間だったが、先週末は憩いのひととき。Schubertiadeという音楽祭がポラントリュイで開催された。町のあちこちで様々な編成のコンサートがあり、コンサートのハシゴを楽しむことができた。私達はピアノリサイタル狙い。プログラムを熟読し、モーツァルトからプロコフィエフまで、様々な時代の作曲家の曲を聴けるよう、前もって計画を立ててからまわった。(こういうところ、A型なんです・・・)どのコンサートも開演の30分以上前に行かなければ前の席は取れないぐらいの盛況ぶりだった。
 初日の朝、縁あってリサは音楽祭の主催者であるラジオ局Espace2の番組「A vous de jouer」に出演させてもらった。短いインタビューの後、今度のコンクール曲の一部(Aria)を演奏しているので、興味のある方はこのリンクでお聴き下さい。9月3日出演。左下の「Ecouter」をクリック、右上の黒枠の中の33分ぐらいから10分間リサが登場します。DJが面白い(つまらない?)冗談ばかり飛ばしているけど、リサは適当に上手いことあしらっています

 ジェシカは、というと、高校のコーラスでPro Arte、 Swiss Brass Consortと共演し、Messe Allemandeをステージ上で歌った。3000人もの聴衆が集まり、楽譜を手に一緒に歌うという前代未聞のコンサートとなった。コンサートはスイスロマンドTV局により、生中継された。こちらからご覧下さい。

 大きなイベントが終わったところで、ホッとする間もなく、来週末は管楽器コンクール。あ〜あ、いつもの1年が始まった〜って感じです。(笑)


写真はEspace2のテント内でインタビュー中のリサ。

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2011年06月27日

もうすぐ日本

865786b0.jpg 一週間後の今頃私は大阪の土(アスファルト?)を踏んでいるのだと思うと、心が浮き立ってたまらないのと同時に、それまでにやっておかなければならないこと(家事や用事)を考えて頭が忙しく働いてしまう。ああ、私っていつまでも貧乏性だなあ〜

 6月は行事に追われているうちに日々が過ぎ去った。学年末にお決まりの「音楽発表会」シリーズは、やっとこの日曜に終わった。前回の日記から2週間の間にリサのピアノ発表会、ジェシカのフルート発表会、演奏の場はなかったが、リサのコルネット上級試験合格表彰式、そして昨日のジェシカのピアノ発表会。学校の試験が全て終わってノビノビしたくてもなかなかできない状況だったが、二人とも最後までよく頑張ってくれたと思う。拍手
 娘を応援するばかりの私だったが、先々週末は久々にガイドの仕事で町を歩いた。日本語ガイドと言っても日本人観光客の案内は年に1,2度あればいい方である。今回は、ヌーシャテル・ビエンヌ地方の仲良しスイス女性8人組のご案内。当然、フランス語でのガイドとなるので、単語の復習を飽きるほど繰り返し、万全を期した。
 当日、お会いしてみると、8人ともユーモア一杯、笑顔一杯の楽しい女性達(年齢は60歳前後か)で、私のビミョーなアクセント・発音のフランス語の説明に熱心に聞き入って下さり、どんなことにも興味津々。あまりにいい人達なので、私は時間を延長してガイドコースには入っていないところにもご案内した。この女性グループ、年に一度、一つスイスの町を選び、そこをくまなく探索するのが恒例行事なのだとか。ポラントリュイにわざわざ宿を取り、ビールの試飲会、この地方では有名な語り手さんの語りを聞きに行ったり、ちょうど、エスニックフェスティヴァルがあったので、そのコンサートを聴きに行ったりと、週末の二日間をフルに使って計画を立てていた。そのオーガナイズぶりには脱帽! 私も彼女達の年齢に達した時、こういう楽しくかつ実りのあるお付き合いができる友達がいればなあと思う。

 土曜は、旦那の音楽友達とその家族合計4組17人(うち子供が9人)で、ドレモン近郊の村で野外バーベキュー。雨天決行できるように小屋付きの施設を借りたが、天気は最高と言わずとも何とかもってくれたので終始外で食っちゃしゃべり、時々スポーツ。(ポラントリュイは快晴だったらしいが、ドレモン谷付近は太陽が出たのは夕方)今回は私達が皆をご招待をしたため、前もっての買い物や準備が結構大変であった。結果として全員が思いっきり楽しんでくれたようなので、報われるというものです♪ 私個人の収穫は、ペタンク(日本の皆さんは知っているかな〜?)で旦那とその友達を負かしたことかな運痴の筈の私ですが、この日は絶好調で、奇跡?と思うぐらい、ボールを近くに寄せることができたのです。あ〜気持ち良かった!!

 日本行きまでカウントダウン・・・!


写真・日曜の発表会でラヴェルのソナチネを弾くジェシカ。とても良いピアノでラッキーです♪

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2011年06月14日

やっとやっとやっと・・・

8644d04f.jpg 今日で娘達はテストが終わり、通知表とそれに続く夏休み♪日本行きを待つばかり。日本の、時期が集中している中間・期末テストと違って、学期中・学期末問わず、何週間にも渡って全科目、繰り返しテストがあり、すべてが成績表に反映するこの方式、子供も大変だろうが、親も、年間を通して気が休まる暇がないまあ、二人とも、音楽の勉強と並行して良くやっていることだ。通知表が出て上の学年に進めると確定した時点で思いっきり褒めてやろう

 学校の方はこれでひとまずほっとするが、夏休み前の学期末はこれでもかというぐらい音楽発表会続き。今週はリサのピアノ、来週はジェシカのフルートとリサのコルネット、そしてジェシカのピアノで締めくくり。これも、子供以上に親はドキドキいつも終了後は脇の下が汗でビッショリである

 発表会と言えば、先週の金曜、ポラントリュイにある会社の株主総会後のパーティで、ジェシカとリサがピアノを弾いた。(なぜ二人が招かれたかいきさつについては前回のブログをご参照に)
 若かりし頃、住友信託銀行に勤めていた時は、年に何度か株主総会のお手伝いに、色々な会社に行った。大阪の某お菓子会社では、お土産&御礼にお菓子をたんまりもらい、「株主総会のお手伝いってサイコー」と単純に喜んだ記憶があるしかし、当時、私は受付に座っていて株主名簿を確認する係だったので、実際に中に入って総会の様子を見たわけではないから、総会を遂行する人達の大変さには程遠いほど楽な仕事をしたことになる。今回、人生半ばを過ぎて(株主でもないのに)株主総会初体験となった!
 会場となったポラントリュイの隣村、Alleにできたシティホテルに50人ほどの株主と招待者が集まった。土地の名士大集合!といった趣である。ジュラ州独立に貢献した元閣僚もいれば、会社の社長さん、学校の先生(先生はスイスではちょっとしたお金持ちなのである)、市の議員さんなどなど。夕食会で同席したのは、偶然にも、私達の住むアパートを建てた建築会社の元社長さんであった(88歳だがめちゃ元気)。
 株主総会は、スムーズに終わり、娘達の出番が来た。二人とも緊張のため、いつもよりミスは多かったが、終了後は皆さんから口々に褒めていただき、ありがたや。皆さんさすがは大人物ですな! 最年少の小娘達を「今宵のスター」扱いしてくれるとはね
 コンサート、アペリティヴを経て、お待ちかねの夕食会。セルフサービス形式だが、スイスお馴染みの肉&フライドポテトなんていうものではなく、魚介類尽くし。前菜には、巨大鮭の丸焼きも出た。帆立も海老も久々に食べられて大大満足。前述の元社長さんは鮭が大好きと行って、何度も足を運んでいた。(まだ前菜なのにこの先大丈夫かな〜・・・と他人事ながら心配になった私だったが、何のその、デザートまで彼の食欲は止まらなかったのであった。笑)
 メインはジュラでよく食べられる淡水魚パーチのソテー。このホテルはさらに隣村のレストランと同じ経営者なので、そのレストランの名物がそのままここでも食べられた。付け合せも多々あり、とても全部取り切れない。デザートもまた種類が多く、既に満腹状態だった私はアイスクリームケーキとチョコレートムースだけにした。飾り付けにも凝っていたが、写真は恥ずかしくて撮れなかったので、ここでお見せできないのが残念。

 娘達のお蔭でいい思いはできたが、来年は別の演奏者になるであろう。パーティ終了後、旦那に
「ねえ〜ここの株買って、来年は株主として来ようよ〜」
 などとねだった愚かな私であった。(笑)


写真は、録画した画像を撮ったもの。曲は、シューベルトの「軍隊マーチ」である。Rolf Benderが連弾曲にアレンジした。

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2011年06月06日

帰国前で慌しい、でも幸福な6月

1c3fa8ea.jpg 今年も早、6月。毎年恒例になっている7月の帰国を目の前に、バタバタする月である。娘達は学年末のラストスパート(であるといいけど)中。二人ともあと10日間ほどテストがあり、まだ完全に気を抜けない。まあ、そう思ってそわそわしているのは母親だけか?
 これから毎週末はイベント尽くしである。先週末は木曜が昇天祭、金曜がフランス語で「橋」と呼んでいるが、土曜日曜にかけて休日となり、4連休であった。でも、まだ数々のテストを控えているので勉強もしなければならなかったが。(と考えているのはやはり私だけか?)
 土曜日は、6月1日に開店したばかりの日本料理レストランに行ってきた。日本女性綾子さんとポラントリュイ近郊の村出身・Richardさんご夫妻が開いたジュラ州初の日本料理店である。旦那と、かねてより日本食大ファンである同僚夫妻と4人で店に入った。1ヶ月以上も前から予約していて良かったと思ったのは、お店が19席と小さいため、夕食時に予約無しで来たお客さんが食事ができずに帰っていったのを何度も見かけたからだ。会社の営業で鍛えられている旦那は「この席数で採算取れるのかな〜」と心配していたが、お店側の人達がとても満足そうで、幸せそうに働いていたので今はこのままでいいのかな?
 お料理の方は、開店記念の特別メニュー(唐揚げ定食)や巻き寿司などに皆で舌鼓を打ち、締めは初めて食べた黒ゴマアイス! これがもったりと、でも上品で何とも言えない美味しさ。スイスが誇るチョコレートに勝るとも劣らない味! これは断然、お勧めです!

 今週末は何と3日間ご馳走続きとなる予定である。ま、土曜は私が友人家族を招待する形なので一応立ち働かなければならないが日曜は実家に呼ばれている。金曜の夜は私と旦那にとっては棚ぼた?の会なのである。

写真はジュラ初の日本料理レストラン「小町」内部。アングルが悪くて店の一部しか映っていないが、竹や障子などを使った上品で可愛い店内は一見の価値アリ。勿論、庶民の味をベースにしたお料理も、リーズナブルなお値段で色々と楽しめる。続きを読む

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2011年05月29日

闘病の末の栄光!

a318e9f3.jpg 一週間でも矢の如し。
 前回のブログで書いたポラントリュイの音楽祭当日。朝からリサが発熱し、手伝いなどとてもできない状態だった。旦那は既に司会など、係が決められている。ジェシカは遊びに行く計画を立てている。ということは代わりに働けるのは私しかいないじゃな〜い夕方頃から優雅に?おでかけして音楽祭を楽しもうと思っていたところが、当てが外れてがっくりでも、娘がいないせいで人手が足りなくなったりするなど、以っての外。主催者(リサが加入しているポラントリュイのバンド)に迷惑をかけてはいけないのだ! 祭りの実行委員会が催したボランティアのための説明会に出席していない私はなんとなく心細かったが、とにかくゴミの片づけをすればいいと旦那に言われて、現場に出向いた。

 私が働くはずの食堂(簡易テント)には三々五々、ボランティア(バンドメンバーやその家族・友人)が集まり始めていた。その中でも中心的役割を担っている女性に、食堂の方は何とか手が足りそうだから、街中に作る屋台の手伝いをして欲しいと言われた。これも実は最初、がっくりというのは、この日の午後は気温が30度に上がるかという炎天下。そこでの作業である。テントの下の涼しい場所でゴミ片付けをすればいいと目論んでいた私だったのに去年の夏の日本以来、日に当たり慣れていない私は(しかも帽子なし・・・)クラクラ。その女性と二人でヒーヒー言いながらテーブルセットに励んだ。でも一方で心から安堵していた。これが、試験やコンサート疲れが出て体調を崩している娘でなくて良かった、と。
 テーブルが完了したら、今度はアペリティヴの準備。ブラスバンドが幾つか演奏するので、タイミングを見てサービスに取りかかった。暑い日だったので、白・ロゼワインや水、アイスティーが飛ぶようになくなっていった。最後のバンドが終わり、片づけをし、店じまいをしてこの日の仕事は終わり。丁度いいタイミングで、音楽祭の一部であるコンクールの、最後の数バンドが見られることになった!
 テント横のホール(高校付属施設)最前列で、司会をする旦那の横に座ってゆっくり鑑賞することができた。いや〜、アジョワ地方の実力派バンドを全部一度に聴けて、満足満足。炎天下でふらふらになりながら働いた甲斐があったというものです
 コンクールの後は、司会を無事終えた旦那とお疲れ様ビールで乾杯でも、まだ翌日があるので午前様になる前に帰宅した。
 
 音楽祭二日目。この日は外でのパレードや演奏がメインなので、どうか天気が持ちますようにと皆、祈るような気持ちでスタートした。この日の私は正真正銘、ゴミ係(笑)。でもその前に、昼食の配膳チームにいつの間にか入っており、サラダから始まってメイン、デザートを数百人のミュージシャン達に配ってあるいた。食事が一段落したら、今度は山のようなゴミの片付け。1時半からパレード、3時半だったか、ミュージシャン全員が集まっての合奏があるというので、どんどん人が減っていき、あまり人手が減ってはサービスができないと残っていたのでこの日は何も聴けず・・・シクシク。まあこれは仕事だからしょうがないですね
 夕方頃、今度はそのミュージシャン達が戻ってきて軽食を取ったり飲みながらコンクール結果の発表・・・ということでまた忙しくなった。発表後はまたまた山のようなゴミの片付けにかかった。盛り上がっているので注文が多いのはいいが、ゴミも凄い。日本のようなプラスチック回収システムがないから、プラスチックコップは全部普通のゴミ箱行き。う〜ん、エコロとは程遠い・・・ゴミは片付けても片付けても終われなかったが、言われた時間より1時間だけ多く(自主的に)働いてからそそくさと帰った。私は責任者じゃないからこれでいいけど、大変だったろうなあ、片付けとすべての施設の撤収永遠に終わらないのじゃないかと思う作業に、ふと、がれきの山を懸命に片付ける人々に思いを馳せたのだった。勿論、この程度じゃないのでしょうが・・・。雨も通り雨ぐらいで、パレードも何もかも無事終了。後で聞いたら、利益も少し出たということで、主催者も満足であろう。

 リサは二日間休んで元気一杯・・・と思いきや、月曜日の朝、起きてみると泣いていた。何事?と顔を覗きこむと、いわゆる「熱の花」が唇を占拠していた。調べてみると、こういう出来物は、遺伝性らしい。体調が悪い時にもよく出る。私はほとんどできないから、旦那の家系である(旦那、義妹、義母がよくできている)その週末にコルネットの試験を控えているので、泣いているのである。登校の道すがらも泣いていたそうで、かわいそうだった。「今までの薬が効かなくなっている」と言うので、その日の朝のうちに薬局に行って、別の軟膏を買った。それを何度も塗ったら翌日にはほぼ治っているのでビックリ。やっぱり薬は時々変えてみるもんですな〜

 二日間肉体労働に徹した私は、月・火曜日とKO気味。日本語レッスンがないのをいいことに、だらだら過ごした。リサとピアノ伴奏者との調整練習が入ったので、水曜の日本語学校行きも休んだ。休みたいモードの私は正直ホッ
 金曜の朝は、1時間だけ、お隣の村に住む日本人の友達x旦那の音楽仲間夫妻の赤ちゃんのベビーシッターをした。おばあちゃんになる練習である。(笑)小さい子を見るのは久々で、彼女(もうすぐ1歳になる女の子)もお母さんがいない間、ちょっと泣いたけど、一応二人の子を育てた私は十数年前に比べて余裕余裕♪楽しいひとときですらあった

 さて、土曜日。リサのコルネット試験の日である。毎年順調に受かってきて、今年はレベル4。6段階レベル(アマチュア部門)で上から3番目である。吹く曲は3曲に増えたが、コンクール出場と結果も考慮されるので、優勝したリサは1曲を既にクリアしていることになっていた。しかし、その他に曲調の違う曲2曲を吹かねばならず、リズムや理論のテストもある。難易度がどんどん高くなっていくので、受験者も上のレベルになるに従って少なくなっていく。
「熱の花」は治ったことは治ったが、無理するとすぐ唇が痛くなるリサ。金管楽器吹きには致命的な弱点である。今回はそれも考慮して受かればもうけもの、別にいいんだよ、落ちたって! なんて私はプレッシャーをかけないように励ましていたのだが、何と、優秀評価付きで受かり、本人は勿論、旦那も大喜び。いやあ〜娘の底力に母は感動したね。レベル4の優秀評価付きはごく稀である。先生のご指導にも感謝。あげまん男と私が密かに呼んでいる彼も、教え子の評価を前に、ご機嫌であった。
 波乱の一週間だったが、娘の合格で、終わり良ければすべて良し、である。


写真は、音楽祭二日目、全バンド集まっての「Salut a l'Ajoie」、この地方のブラスバンドのコンサートでは必ずと言っていいほど演奏される名曲である。

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2011年05月20日

主席の重み

dadea580.jpg ブログの順序が逆になってしまうが、今度は日曜日のコンサートのことを書きたい。この日、ジェシカのコーラスのコンサート2日目がドレモンであり、土曜日に既にそのコンサートを聴きに行った私達はいいのだが、逆に、ジェシカがリサのコンサートを聴きに行けない事態になった。非常に残念(と思っているのは親だけか?笑)

 リサと旦那が所属するのはEnsemble de Cuivres Jurassien(以下ECJ)のBバンドである。Aバンドは、一応、ジュラではトップ、エクセレンスクラスのブラスバンドとなっている。BはAを目指す若い人達の温床的バンドである。旦那はAにもいたことはあるが、今は、どちらかというと、Bを指導したり補ったりする役目で入っている。(また、運転免許がない若者達やリサの貴重な運転手でもある
 プロではなく、しかも市町村のクラブ活動的な役割でもないECJは、いつもメンバー集めが大変である。Bは、就職や大学入学でどんどん中堅クラスが辞めてしまい、遂に、中学・高校生が主体になってしまった。コンクール実績を認められたこともあり、今回、リサは主席コルネットの位置に据えられた。(本人は、誰か大人が来てくれないかな〜と毎回言っていたが、遂に叶えられず・・・)これが最初で最後になるといけないので、私はいつもより気合いを入れ、カメラを用意して最前列に座った!(最近、日本人としての習性が薄れてきているのか、お出かけにカメラを持っていくことがなくなってしまった。携帯は旧式なのでカメラ機能はついていないし・・・。写真を撮ることが以前に比べて少なくなった)
 多分、本人以上にドキドキハラハラだった私だけど、主席っていいな。ソロパートが一杯あるので自分の娘の演奏がよく聴こえるだけど、コンサート後、後ろのほうの席にいた、彼女のコルネットの先生からは「音が小さい」と厳しいご指摘。(最前列だと丁度いいぐらいだけど・・・笑)さすが先生は音が小さくても全部聴き分けていて、他にもバンドメンバーの一人一人についてかなり痛い指摘をしていたそうな。
 でもBバンド、正直言って以前は年長の兄ちゃんオッサンの助っ人大量投入でもっていたようなバンドだった。ところが今回、おっさんたった二人真の意味で「上を目指す若い子のバンド」となり、多少の練習不足は認めるが、非常によくやったと思う。そりゃあんた、中高生は学校の勉強の方が大事ですよ! 青春真っ盛りなんだから、他にもやりたいことが一杯あって、なかなか練習もできませんよ! それを考慮した上で大人が手伝って頑張らせてあげましょうよ

 とにかくこの週末、ジェシカとリサには私から合格点を出してあげよう!


写真・リサのすぐ隣はいとこのノエミ(15歳)、その隣は二人のライバル?で良き音楽仲間のカメル君(15歳)、その隣はいぶし銀?年齢不詳の旦那その隣のブーグル奏者・ルシアン君は16歳である。

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