おかめの呟き

今日の一言

伊和志津神社

7f20940b.jpg 今日は逆瀬川にある美容院へ出かけました♪
開店と同時の予約でしたが予定より15分早く着いてしまって、夫はトイレへ行くと言って駅前のビルに戻りました。
私は近くを散歩…、そこで「伊和志津神社」を見つけました。
宝塚随一の古社と書いてありました。
こんなところに神社があるとは梅雨知らず…、なんだか得をした待ち時間でした♪
今日も帰りにいつものレストランでぺペロンチーノを頂いて美味しかった♪

ワビスケ椿♪

1aa0f377.jpg 今年はワビスケ椿の花が順調に咲いています♪
今までに5個咲きました、蕾が3個あります、蕾が全部咲けばパーフェクトです。
昨年までは1個か2個しか咲かなかったのです、蕾のままで半分は終りました。
今年は株が成長したのでしょう。
花が終われば、お彼岸過ぎに鉢を一回り大きいのに植え替えます。
今はまだ背丈が短いので早く成長して欲しいものです。

今日は寒さがぶり返しました、日差しはあっても寒い一日でした。

蕾です〜♪

513cf7ff.jpg ピンクの八重のクリスマスローズに蕾が二つ顔を出しました♪
厳しい寒さが続いた1週間ほど前に随分弱っていたので室内に入れました。
今日枯れかかっていた古い葉をカットしたら一気に蕾が出てきました。
リビングの窓の近くに置いています、エアコンが直接当らないようにしています。
あと二鉢は丈夫な感じがするのでバルコニーに置いたままにしています。
花が咲くのが楽しみです♪

文学に親しむつどい

9a2cf15b.jpg 今日は午後から芦屋市立公民館とあしや文学同好会共催の公開講座・文学に親しむつどいを行いました。
テーマは「源氏物語の本文」と題して神戸松蔭女子学院大学教授・片岡利博先生の講演でした。

 今回は現行の源氏物語の本文に疑いの目をむけてみることによって、古典が現代まで伝わってくるプロセスで起こっている問題についてのお話でした。目から鱗でした。


千住真理子コンサート♪

2545590a.jpg 今日は千住真理子さんの「スウィート・バレンタイン」コンサートでした♪
一人で至福の時を過しました♪
ヴァイオリンとチェンバロが織り成すハーモニーを楽しんできました♪
チェンバロはヴァイオリンと同じ弦楽器なのですね、ピアノと同じ打楽器と思っていましたが…。
東日本大震災があったので「祈り」の思いを込めた作品が多くアヴェ・マリアはバッハ・シューベルト・サン=サーンスの作曲で3曲の演奏でした。
ヘンデル作曲のラルゴはチェンバロの伴奏が生かされていました♪

今日のフォトは数日前にパチリしたマユミです♪

今朝の空♪

212fb00e.jpg 今日は万葉集の講座日なので朝はいつもより早くおきました。
朝日を見ようとベランダに出たら厚い雲に覆われて朝日を拝むことは出来ませんでした。7:13分にパチリした空です。

今日の万葉集は大伴家持の春愁三首でした。

 ※天平勝宝五年(752)2月23日、興に依りて作りし歌二首
 
4290番歌 春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影にうぐひす鳴くも
 通訳―春の野に霞がたなびいていてもの悲しい。この夕方の光の中に鶯が鳴いているよ。

 ―『万葉の秀歌』講談社より抜粋―
 家持は春の野に霞がたなびいている、そのことにおいて心が悲しみに沈む、という。春愁といってもよいような悲しみである。人々の悲しみを古来「春愁秋思」といったが、いま秋思はまれに漢詩などにあるだけで、日常には残らない。春愁だけが残っている。家持は、その春愁の歌人といわれる。
 ふつうには生命の燃えさかる春は心も燃え立つはずなのに、家持は外界や他との連帯から離れ、「心ぐし」とか「おほほし」とかといった心情にあるのが常であった。それがこの「うら悲し」であろう。
 外には春霞がたなびいて、うららかである。時刻は夕方、夕方の光のなかで鶯が枝うつりしながら鳴いている。そのたびに「夕かげ(ひかり)」はきらきらと反射する。鶯は明るくなごやかなはずなのに、家持の心は悲しみに沈む。
 明るい周囲との逆接的構造は、この春の始めの三日にわたる物思いと、共通している。あたりが明るいのと対比的に心は暗いのは、いつもの家持の精神構造である。この「うら悲し」については従来種々の外因が詮索され、衰運にある大伴氏を思ってのものだなどともいわれるが、このばあい、記録に残されているような具体的な事件は何も見当たらない。むしろ物理的に何もないからこそ、家持は自分自身得体の知れない憂鬱に落ちこんでゆくのである。

4291番歌 我がやどのい笹群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも
 通訳―我が家の笹と叢竹を吹く風の音がかすかに聞こえるこの夕方だ。

 ―『万葉の秀歌』講談社より抜粋―
 前作と同じ日の作。「わが家にあるいささかの群竹を風が吹く。その音がかすかに響く夕暮よ」という一首である。
 作者は、いま群竹をよぎるかそけき音を聞いている。風は実体のない、はかないものである。なにかに当って、音を立てたり、物が動いたりすることではじめて存在がわかる。それほどに存在の稀薄なものが風で、そこに風を詠んだ歌のかそけさが生じる。そのうえ、さもさも小さい竹を「ささ」というのは、その音によるものである。そのいささかの群竹をよぎる風がかそかなのである。
 家持はこの二首において、一首目に、霞と鶯を詠んだが、二首目には風の音しか詠んでいない。この視覚から聴覚への移りゆきは、『枕草子』の冒頭を思い出す。



 ※25日に作りし歌一首

4292番歌 うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しもひとりし思へば
 通釈―のどかに照っている春の日にヒバリが舞い上がり、心が悲しい。ひとりで思っているので。

 ―『万葉の秀歌』講談社より抜粋―
 先二作より二日後の作、「ニ十五日に作れる歌」と題詞にある。「うららかな春日が照り、雲雀がさえずりながら上がってゆく」という点、第一作の、霞のなかの鶯と情況がひとしい。「情悲しも」といっているのも、「うら悲し」に当る。比較すると、暮色に鳴く鶯より高く翔る雲雀のほうが、よりのどかで明るい、第三首のほうがより明るい風光を詠みながら同じように情悲しい境地にあるのだから、逆接的心情は、より顕著である。のみならず「独りしおもへば」と末句が結ばれているのは重大で、第一作が「うら悲し」ともっぱら情緒に訴えているのに対し、こちらは思惟するのである。この相違は看過すべきではあるまい。

今日の夕雲♪

cb99aaf3.jpg 今日は寒いながらも冷え込みが少し緩んだ一日でした♪
寒さの峠は越したようです。

夕雲も沈む夕日と重なって映えていました、飛行機雲が1本アクセントになっています。
バルコニーから17:20分にパチリしました。

雪が降りました♪

bd49c61f.jpg 温暖な阪神地区も今日の午後は雪が降りました♪
植木鉢にうっすらと積もった程度ですぐ融けましたが、始めての雪らしい雪でした。
雪が降ると冷え込みが強いです。

野鳥は何処で体を休めているのでしょうか?気になります。

フォトは15:54分にパチリしました。

イチョウの新芽♪

59c22b17.jpg 女帝のイチョウの新芽が顔を出しました♪
これから成長するでしょう。
人間の寿命の何倍も生きている樹木です。
木に感情はありませんが、あればここまでは生きられないかも…。
感情は「無い」といっても、木肌を撫でていると何か通じるものを感じます。

観葉植物もクラシックを聴かせると変化が起きるという研究結果が発表されていました。
お酒もクラシックを流すと熟成度が変わるようです、酵母も生きているのですね。

お花も語りかけると可愛く育つとも言われています。目をかける・手をかける・大切にすると綺麗になるのですね。

今日は強風がふき寒い寒い一日でした。明日はもっと冷え込むようです。

帰って来たヒヨドリ♪

8905bfd9.jpg 毎日ベランダに遊びに来ていたヒメという名をつけたヒヨドリが昨年3月のある日…、突然姿を見せなくなりました。
バルコニーに来ていたブルと呼んでいたヒヨドリも同じ頃姿を見かけなくなりました。

1週間前にベランダの手摺にヒヨドリらしき糞が10個ほどついていました。
さては!!!ヒメかしら?と思ってみたものの姿は全く見かけません。
3日前、聞きなれたヒメの鳴声がベランダで聞こえました。
顔を見ると紛れもなく「ヒメ」でした、こちらを向いて顔を見ています、逃げるそぶりもありません。生きていたのです。嬉しくて胸が高鳴りました♪

今朝も来ていました、7:02分にパチリしたヒメの姿です♪
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