丸井工務店の建築日記〜さぬきの国にお家を建てよう

生活の中のセレンディピティを求めて

わんこまち

香川こまち11月号の「わんこまち」に

載っています。



わんこまち



ワンちゃんって、かわいいですよね。

・・・あどけなくて。そうそう

もうすぐ、我が家にも「Mダックスフント」(君orちゃん?)が

家族の一員としてやってきます。

うまく育てられるのかなあ?

不安です・・・・・。

四国新聞『住まい・る』

四国新聞の別冊「住まい・る」10月発行に広告をだしました。


電子新聞になっていますので読みたい方はこちらから読むことができます。


「今日からはじめる   住まいづくり」


まずは資金計画からです。

長期的なライフプランをたてて、無理のない返済をしましょう。


住まい・る


新築全棟の省エネ義務化

今朝の日経新聞の一面トップ記事だったのが

新築全棟の省エネ義務化へ・・・」である。

これから家を建てようか、という人以外は一般的には

あまり関心の少ない記事だけど、建築を生業としている

者にとっては重大事である。


しかし、これは以前からいわれていた事でもある。


省エネ=CO2を減らすことに反対はないが、日本の

住宅の寿命はあまりにも短い。


壊しては建て、建てては壊す。その平均寿命が30年余り

だとは、統計的にも信じられない数字である。


このサイクルを長くするだけで、CO2の排出を減らすことが

できるのだが、成長経済に対してはマイナスになるかも知れない。


都会の生活の中ではコンクリート化は選択肢としてあり得る

だろうが、田舎の風景から瓦屋根、土壁からなる木造の家を

排除してゆくような愚挙だけは犯してほしくない。

虫がたポスト

これは何?

養老さん家のポスト1



正解は「ゾウムシポスト」だそうです。

そこまるブログ 養老孟司先生と猫の営業部長」(←詳しくはこちらへ)

に載っていたものですが、

ポストにここまでの「こだわり」をもっている人も

数少ないでしょう。

しかしこのポスト、見れば見るほど実に良く出来ています。


こんなポストが市販されていると

迷わず買っちゃいますよね。

「ビーグル号」にて

ご無沙汰してましたが

再び「ビーグル号」が航海にでてゆくということなので

乗船させてもらうことになったのである。


これまで数多く(年に数回かな?(笑))の「建築」にまつわる話しを書かせてもらってきたのだが

最近はそこからさらに進化して、ジョギングノートのようになってしまった。


というのも

今度参加する「神戸マラソン」の場合、運賃・宿泊そしてエントリー料すべて合わせると

4万円以上はかかりそうだからである。

それはどういうことかというと、

1キロ走る毎に千円札を置きながら走ることになる。(笑)。笑えないけど


したがって真剣になればなるほどジョギングノート化するのだが、

それは「丸井さんの建てる家ってどんなの?」と思って訪れた人に対して

大変失礼なことでもある。


そこで、こちらは本来の「建築日誌」に戻して

私は「ビーグル号」へ乗り込み大航海へと旅立つことにした。


おそらくこのブログには、あと数日で

「今日は竣工式でした〜」とか

「今日は棟上でした〜」とか

「もっと注文くださ〜い」とかいった

賑々しい記事が登場するわけ(予定かな)であるが。


でも、家を建てる予定のない人やお暇な人は

こちらのブログ→『ビーグル号』へ

遊びに来てくださいね。


おっと、あの紳士はもしかしたらダーウィン?

はみだしYOUとPIA

「ぴあ」という雑誌を大学生の時に知って

東京から発信される情報量の多さに感動したのを覚えている。


創刊間もない頃の雑誌で

都内で催される芸能、芸術、映画の日程が網羅されていた。


しかし、

大学生にとってその文化的な催しを堪能するまでのお金に余裕があるはずもなく

買うもっぱらのお目当ては「はみだし」を読むことであった。


当時の深夜ラジオの投稿のようなノリで書かれた一口話は

キレがあり、笑いがあり、オチがあった。


本来の公演期限切れになったとしても、まだ手元に置いといて

この「はみだし」でもう一度笑ってみたいと思ったものだった。


そのどれもが「本当のような嘘の話」に思え、深夜ラジオなら

パーソナリティーから「そんなあほな!」とツッコミが入れられるような話しばかりである。

いや、「本当のような嘘の話」は

実は「嘘のような本当の話」だったかも知れない。

その境界線のあやふやな「ばかさ加減」が大好きだった。


それからすると、

今時の「嘘のような本当の話」は少しおとなしいかな、とも思っていたのだが

どうしてどうして。

今朝の新聞の投稿欄を読んでいると

「日本の政治家は本当に日本を愛しているのか」というインパクトのある

見出しが目に入った。投稿者16才。

今月の「はみ出し大賞」決定の瞬間だった。


この「嘘のような本当の話」は本当なのだから。

風に吹かれて

高校生の時に熱心に読んでいた五木寛之氏のエッセイ集が

「風に吹かれて」でした。


家族の寝静まった深夜、

僕は日産ブルーバードSSSを飛ばして東名高速を西へと

ただひたすら西へと走っていく、のです。


がむしゃらに働く自分とそこから逃れようとする自分。

「風に吹かれて」は

70年代を過ぎ去った本当の風だったような気がします。


何といってもPPMの「風に吹かれて」

その作者ボブディランの「風に吹かれて」

70年代後半はオフコースの「風に吹かれて」


そして、知らないだろうけれど

やまがたすみこの「風に吹かれて(行こう)」




この歌声を聞くと、記憶の片隅にあるような・・・無いような・・・・・!!

小魚の群れのように

これまで走り始めの30分間位はとめどなく汗が流れ出てくるのだが、

その後汗はスーッと引いていったものだった。


ところが、今夏は違う。

始めから終わりまでダラダラと汗は流れっ放しで

ウェアが乾くことはない。


その原因が気温という外的な要因なのか、はたまた自分の体調に変化があったのか

走る毎に自問していたのだが、

そんなことは「無用な事」なのだと気づかされた。


これを「スランプ」と呼ぶのなら

『スランプがあるというのは、要するに自分で「これはいいな」と認めたことがあって

 それと比較してダメだと感じるということ』だからである。


なるほど。

確かに私の体は予測の範囲内でしか動けない。


たとえば、

『暗闇で、1メートルか1メートル50センチあるのかわからないという時に

 飛び降りるのはすごくイヤなものだ。なぜかというと、着地点が見えないと

 いつ膝を曲げてショックを吸収していいか、予測がつかないから』だ。


予測が出来ないとスムーズに体が動かせないのでは

勝てる試合でも勝てない。

往々にして高校野球で大逆転劇が起こるのも

予測の範囲内でしか動いていないからなのだろう。


「小魚の群れのように瞬時に向きが変わる」ように

その身体性を解放しなければならないのだ。


御意!!

(「身体を通して時代を読む」より抜粋)

ジョグノート

に参加することにした。


月間何キロ走るか、これはフルマラソンを走るにはとても大切なことで

これまでも手帳にこつこつと記録してきたのだが、

それをオープンにすることによってこの暑さでも

走るモチベーションを保とう、という魂胆なのだ。


本当に暑い。


歩きたい。


三日目にしてこの調子だから

フル完走はちと不安である。

学問する空間というもの

来年にも近くの高校が改築されるようである。


「用途地域の高さ制限に引っかかるのだが建ててもよろしいでしょうか?」

といった署名を求める回覧が回ってきたのだ。


それとは別に丸亀市にも「景観法」があり建物の高さ制限と色彩、

屋外広告物の制限が規定されている。


いずれにしても「いいですよ」と返事しといた。


しかし、

鉄筋コンクリートの建物をわずか50年足らずで建て替えるわけだから、

「もったいない」という気がしないわけでもない。

それに外観からは建て替えの必要性を窺い知れない。

丸亀高校



先日も近代ビル化され綺麗になった大学を訪ねてきたところだが、

天井の低いこの部屋に押し込められるとたとえ最新の設備を備えていても、

とてもこの空間で勉強する気にはならないだろう、と感じたものだ。(しませんけど)


大学自体の歴史は古いのに、

どうしてこの手の建物からは、歳月の経過とともに

風格が漂ってこないのだろうか?


学問をする空間という処は、「この世」から隔絶された異空間、

ある意味それは無駄と思える空間も必要なのではないだろうか。
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