tomの明るい空間

雪深い、妻有の里に住むトオマカチン。 ブライトtomの記ログ。日々発信中!

 よ〜く思うのですが、視線はレーザービームという歌詞の唄があったように、その視野に人の顔があったりすると感じるものだと思うのです。視野にないものはそりゃ無理です。視野にないどこかから、つまり後ろや上からとか見えないところから感じるというのは結果論であってたまたま合致したところだと思います。

 例えば車を運転していて路地から本道に出る際、停車していて右を見つめていると、こういっては失礼ですが、女性ドライバーのほとんどは視線を向けようとせず無視をしています。男性ドライバーと女性ドライバーの比率は確実に半数より男性率の方が多いですが、視線を向けない=道を開けない率を男女比で考えれば圧倒的に女性の方が高いです。

 その昔中国を旅したとき、彼の地の方々は大通りなどでも平気で道を横断します。その際車が来ても気づかぬ振りをして視線を合わせません。ガイドさん曰く「気づいてそっちを見たら負けなのです」と。これは強く印象に残っていたので覚えていたのですが、つまりこっちはそっちの存在をわかっていないのだからそっちが止まりなさいと。
 いやそりゃひどいなと思ったものですが、郷に入りてはなので別に文句を言うこともありません。

 運転中も職場もしかり、つまり全てにおいていえることだと考えますが、視野に入る顔や視線に気を向けるのは重要なこと。
 たとえその車1台を入れたところで、目的地につく時間は対して変わらず、たとえばその視線に気づいて先に口を開ければ対人関係は潤滑になるであろうに。
 こうしたことは本来口で教えるようなことではないと思うのです。

 南魚沼市といっても旧塩沢町。塩沢駅のすぐ近くですから町の中心部と言っても過言ではないでしょう。南魚沼市が取り組んでいる本気丼と書いてマジドンの冊子に載っていたので行ってみたのでした。

まつい食堂 (1)
 チャーシューメンにしました。
 私にしては珍しく大盛にもせず。@850円でしたでしょうか?

まつい食堂 (2)まつい食堂 (3)

 可もなく不可もなくといった感じ。
 実はマジドンがどうも冊子に載っているビジュアルと実際に供されるものに見た目の乖離があるため、正直欲しなくなってしまっておりました。

 ってことで町場の食堂でのラーメンでしたが、いかにも大衆食堂然としていてよかったと思います。お昼時はジモティが大挙してお店に来られており、繁盛の様子が伺えます。
 セットものがほぼ1,000円というところはちょっとうなるところですが、チラ見したところでは野菜なんかもしっかりついていたのでよさそうでした。今度はそれにしてみるか。

 過日の休日、フラッと長野方面へハンドルを切り須坂を回遊して飯綱高原へ。

雛かざり (3)
 須坂市で三十段飾り千体の雛祭りを愛でてきました。

雛かざり (8)雛かざり (9)
 江戸時代から現代までのお雛様が飾られており、さすがに三十段といのは圧巻ですね。どの人形どの時代のものも、丹精こめて作られた人形は実に雅で、この国の職人技に感嘆することしきりです。伝統文化というものはお金をかけなければならないものだと思う次第。

 じっくり堪能したあとに飯綱町へ行ったのです。
onsen01-800
 飯綱町になる「むれ温泉天狗の湯」に行ってみました。付近を何度も通っておりますが温泉入浴は初でございます。
 ↑ の図は同施設を含むエリアの公式HPからの引用ですが、私が行ったのは厳冬期のこれまた極寒い日。標高の高さゆえ雪は細かく軽くふわふわで、歩くたび「ギュ」と音がする片栗粉のようなきめ細かい雪の日でした。

 それゆえ、HPを見て知ったのですが露天風呂からは湖が望めるのでしたか。当日は真っ白な五里霧中で何も見えませんでした。

sauna
 内湯は特筆すべきものもないので割愛いたしますが、サウナは私が好きなタイプ。これならサウナ→水風呂を繰り返すことができるため都合3回のローテーションをこなしてのんびりしました。

 長野県の温浴施設は野沢や渋・湯田中、或いは諏訪地方や戸倉上山田といった豊富に沸くところが多いため、わりと安価で源泉を楽しめるところが多いと思うのですが、さすがにこの辺の施設ともなれば難しいところもあってかツンと鼻をつく塩素系消毒の匂いがありますが、それでもスキー後のお客様や大勢のお客様で賑わっておられ、それはそれでよいことだと思いながら浸ってまいりました。

 いつもの店でいつものように。降りしきる雪の中を同僚3人で一席設けてきました。

ごん太 (1)
 炭火が起こされておりました。風雪が激しい夜には実に優しい暖かさとなっておりました。

ごん太 (2)ごん太 (3)
 ビールを一杯飲んだあと、この日は焼酎のお湯割でとおしました。たまにはいいですね。

ごん太 (4)ごん太 (6)
 オーダーは「マスター、適当に」です。ここでは大抵これ。
 で、刺身とネギマの塩。ここんちの焼き鳥はポーションが大きいので噛み応えもあります。

ごん太 (7)ごん太 (9)
 タレの串も。名物の一つタコタマ。お好み焼きのようなたこ焼きのような、ふんわり卵焼きがタコをまとった一品です。この他にもモツ系が出てきていましたがすでに酩酊していたので。

 年に何度となく行く店は、時期によって若干出てくるものが変わってきますが、大抵お任せでオーダーできるというところがいいところ。こうしたオアシスは必要ですね。

 今は十日町市になった旧松之山町にある松之山温泉スキー場のゲレンデ食堂。ここの特製肉みそ麺が食べたくて食べたくて食べたくて、うずうずしていたのでした。方々のSNSでそのヴィジュアルを見るにつけ、いつの日かと夢見ていたのです。

雪椿 (3)
 @900円とゲレ食価格といえるかもしれませんが、唯一無二のものですからよしとしましょう。

雪椿 (4)雪椿 (5)
 で、とにかくこれはうまいものでございました。濃厚なスープは麺に絡んで口中へ。これはいい!街中のお店ではないためちょっと食べに行くのに二の足を踏んでしまいますが、それでもこれ目当てならありですね。

雪椿 (2)雪椿 (7)
 ゲレンデを少し歩いてレストハウスに行くのです。平日はスキー場もガラガラしたものでございました。これなら気持ちよくクルーズできそうです。

 松之山は漫画家しげの秀一先生の故郷。氏の描いたものがそこここにあります。

 ほぼ月イチという程度のスパンで県都に泊まりながら飲み歩いています。私の住まいからでは県都で飲むとなればほぼ泊まらざるを得ないのでこうしているのですが、それはそれは趣味と実益を兼ねておりますゆえ、仕事をこなした後のプライベートを楽しむという一石二鳥になっているのでよしとしましょう。

 で、ここ最近はイタリア軒を定宿としているのですが、ここの朝食はいいですよ。

マルコポーロ (3)
 ここのクロワッサンに心酔しています。サックサクです。基本的に、温泉旅館では当然和食を、シティホテルでは洋食を食べます。シティホテルでも当然和食はあるのですが、基本和洋折衷よりはナイフとフォークでブレックファーストをとります。大人ですから。

マルコポーロ (2)マルコポーロ (5)
 最初にサラダ。フレッシュジュースとともに緑黄色野菜を食べます。イタリア軒ではシェフがオムレツをその場で調理してくれます。プレーン・チーズ・マッシュルームとあります。

イタリア軒 (7)
 ↑↑の写真はマッシュルーム入りですが、↑はプレーンです。つまり、同日撮ったものではなく複数日分を合わせております。さすがに一回の朝食でオムレツを2回所望するようなことはしません。

マルコポーロ (6)マルコポーロ (7)
 続いて、ソーセージとベーコンの類。フレンチトーストには蜂蜜をたらしてナイフ&フォークで。

マルコポーロ (8)マルコポーロ (9)
 このクロワッサンは、実はたいてい4個くらい食べている。普段家でパンを食べるときはマーガリンですが、このときばかりはバターをたつりぷかけて洋食を楽しむのです。そして、〆にコーヒーを新聞に目を落としながら読み耽りつつ飲んでいます。

 実は和食も結構魅力的ではあるのです。おにぎりの類は数種類の具をお好みでその場で握るというもの。しかし、私はいつも洋食にこだわっているのです。それは上述のとおり、郷に入りてはという感じで、ここで和を楽しまなくても温泉旅館で十分楽しんでおりますゆえ。

 数多の宿泊施設で泊まっておりますがゆえ、食事もスマートに食べております。バイキング形式とはいえ、トレーに満載するようなことはせず、基本的に一皿ずつ足を運び、皿を使いまわすようなことをせず新に使いまわしております。

 先日宿泊した後、県北方面に向っておりましたらホテルから携帯に電話がありました。曰く、机上にレシートに包まれて350円が置いてあったと。そういえば、夜中に帰巣する際何故だかコンビニでキノコの山だかを買っておりました。恐らくそのお釣りをそのまま忘れてきていたのでしょう。

 「次回お越しの際までお取り置きしております」。月イチで泊まるようにもなればそのように言ってもらえるということか。ありがたく甘えておこう。

食の金メダルを目指して (日経プレミアシリーズ)
三國 清三
日本経済新聞出版社
2016-11-09



 自らの興味の赴くまま、調理人が書いた本は結構読んでいるものです。ログを見てみると、井上旭さん、辻静雄さん、辻芳樹さん、茂出木心護さん、神田裕行さん、根岸規雄さんといった方々の著作を読んできたところです。

 それはそれはその世界で秀でた方々でありますから、興味をそそられ読んでいて実にためになり、自らを鼓舞してくれるところ大なりなのです。

 食の世界に生きる方々でも高みを極めた方々というのは、経験に裏打ちされた学を持ち、それは机上の学習といったことでは会得できないものであり、尊敬に値するところがあります。

 現今の世の中は厳しい労働を避ける傾向にあり、自らが携わっていた職人たる仕事に子供を向かせない傾向がありはしまいか?カエルの子はカエルであり、鳶が鷹を産む事はごく少ない。とりあえず学をつけさせたいがための大学も、今では名前すら聞いたことのないものが増えてきているありさま。

 こうした職人の声に感謝するものでありました。

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