「二日間はずっと泣いてました。悔しくて、情けなくて」

―――本田小百合

北野新太「涙する強さ」(「いささか私的すぎる取材後記」2013.9.18)より
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 中学生棋士が誕生したとなれば大事件である。
 それは正に将来の名人候補。加藤一二三・谷川浩司・羽生善治・渡辺明、どれも将棋史に名を残す逸材と言える。

 だが、これは男性棋士の話。
 女流将棋界では、年少でプロになった例が案外多い。林葉直子や中井広恵がその嚆矢だが、一方で、年少デビューを果たしたものの、タイトル戦とは縁遠いプロ生活を長い間送っているという場合もあるのである。

 本田小百合もそういう存在だった。
 一九七八年生まれ。三歳で将棋を覚え、一九九二年、十四歳でプロデビュー。
 しかし「水戸の天才少女」は、実力はあるものの、以後二十年間、タイトルとは無縁の生活を続ける。

 それが、二〇一二年、女流王座位挑戦者決定トーナメントを勝ち上がり、最後には里見香奈をも下して、ついにタイトル初挑戦を勝ち取ったのである。
 苦節二十年。ファンは大いに喜んだ。
 タイトル戦は加藤桃子女流王座に三連敗したものの、健闘を称える声は多かった。

 そして翌年、本田はまたもや女流王座位挑戦への道を勝ち上がり、再び里見との決定戦に臨む。
 二〇一三年九月六日、私もわくわくしながら夕方のネット中継を見ていた。
 素人目にも本田勝勢に思える展開。後もう一歩。昨年に続き大したものだと思いきや、なんだかもたもたし始める。そして、痛恨の一手、111手目▲7五金打を指してしまう。
 形勢はひっくりかえった。里見必勝。本田、無念の投了となる。

 本田は局後のインタビューに応じられず、口元をハンカチで押さえながら席を立ったという。
 このときの様子を、報知新聞文化部記者・北野新太は次のように記している。

 「何か言葉を発しようとした本田は、急に立ち上がると、足早に部屋の外へと向かった。そして、部屋を出るか出ないかという瞬間、嗚咽が漏れた。彼女は泣いていた。対局室では見せないと決めたはずの涙がこらえきれずあふれ出た。言語化できない嗚咽の音を、片隅でカメラを構える私を含め、部屋にいる誰もが聴いていた。ある痛みを伴いながら」

 実は、一年前のタイトル戦最中に、本田は父を亡くしている。
 その亡き父のため、今度こそタイトルを獲る。
 そう自分を奮い立たせてここまで来たのだった。

 涙には、そんな父への誓いを悪手で台無しにしてしまったことへの無念という意味もあったのである。

 北野新太は感想戦最中の本田小百合を撮影している。

 女流王座戦挑戦者決定戦終了後の感想戦(本田小百合)2013.9.6

 後日の取材で語ったところによると、二日間は泣き続けていたそうだ。しかし当日は、たまらずに席を立ったものの、二分ほどで戻り、感想戦を行った。
 瞳に涙を溢れさせながらも、それをこぼすことなく、一時間ほどの感想戦を耐え抜いたのである。
 写真はその一瞬を写し撮っている。
 これまでの彼女の人生を一点に凝縮したような、胸を打つショットだ。


 いささか私的すぎる取材後記(11)「涙する強さ」(北野新太)2013.9.18