「八手得したらね、あのー、テレビを御覧の皆様も私に勝ててしまいますから……」

―――渡辺 明

「将棋フォーカス」(NHK-Eテレ、2015.12.6) より
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 「玉の早逃げ八手の得あり」

 有名な格言だが、これ、いったいいつ頃から言われ出したのだろうか。
 その発祥から定着していく過程を調べてみたらきっと面白いと思う。
 とにかく、最初に「八手」と決め付けた人物の、その抜群の感覚を褒め称えたい。
 言うまでもなく誇張表現なのだが、それが五手でもなく十手でもない。八手という案配が私にはたまらないのである。

 けれども、初心の将棋ファンを指導するとき、早逃げの得を文字通り「八手」と教えるわけにはいかない。ここをどう言いつくろうか。棋士の言語力(結局はユーモア度)が試されているとも言える。

 NHK-Eテレの「将棋フォーカス」で二〇一五年十月から始まった講座が「勝利の格言ジャッジメント」。講師は渡辺明で、毎回いくつかの将棋格言を紹介し、最後にそれらの実戦に於ける有効度を旗の本数で判定するという趣向。
 十二月六日の放送でこの「玉の早逃げ八手の得あり」が取り上げられた。
 さあ、渡辺講師はどう説明したか。

 「八手はねえ、なんで八手なのって言われたらちょっと困るんですけど……。まあそういう……、まあ誰かが言ったんですかねえ、八手得するって。実際のところは、えー、一手か二手だと思いますね」

 明解である。
 結局最後のジャッジメントでは、この格言の誇張度が現実離れしていることから旗の本数を減らされてしまったのだった。

 いやいや、面白い。
 これをユーモアと言わずして何と言おうか。
 さらには、渡辺先生、この放送でこんなことまでおっしゃったのである。

 「八手得したらね、あのー、テレビを御覧の皆様も私に勝ててしまいますから……」

 大技一本。
 最初に八手と決めつけた先達も大したものだが、現代の棋士・渡辺明の切り返しも見事であった。