私は、対局中に電子機器を預けることを制度化しても良いのではないか、と思っている。

―――渡辺 明

『勝負心』(文藝春秋社、2013年)より
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 携帯電話・スマートフォン・タブレット。
 手軽なモバイル機器が増え、誰でも持ち歩く時代。
 こういう道具を使って、棋士が対局中に不正をはたらくことはないのか。

 そんな棋士はいないというのが将棋連盟の立場である。
 プロ棋界は性善説で成り立っている。

 けれど、渡辺明はこう考える。

 「私は、対局中に電子機器を預けることを制度化しても良いのではないか、と思っている」

 その方がすっきりするではないかというのが彼の立場だ。
 現に競馬の世界で実施しているし、チェスでも、試合中にもし携帯電話の着信音が鳴れば失格(反則負け)になるという。

 一方、われらが将棋界のタイトル戦には二日制のものもあるし、対局中に棋士が頻繁に席を立ったりもする。
 これらを世間が悪意の目で見たらどうなるか。
 ――だから、棋士が控室で電子機器を扱って何やら……などと外部からあらぬ疑いをかけられぬ前に、こちらから持込不可の措置を公言しておく。それで皆んなが気持よく対局できるはずだ。

 そう考えて渡辺は理事会に要望したことがあるそうだ。
 けれども、相変わらず、「そういう棋士はいないから大丈夫」との性善説回答があっただけだった。

 「信頼関係で成り立っているのが、将棋界の美しいところではある。しかし、いまやコンピュータが、将棋界にも、これだけ深く浸透している以上、何らかのルールはあるべきだと思うのである」

 むろん、彼は棋士を信頼していないわけではない。
 問題は世間なのだ。

 例えば、三流週刊誌がデタラメな記事を書くといったことはこの日本では日常茶飯事である。
 こちらに非がなくても、何がどう転んでしまうか分からないのだ。
 ゆえに、万が一変な事態にならぬように、連盟が先んじて清潔な制度を作っておく。

 つまり、渡辺明の主張の眼目は、棋士対策ではなく「世間対策」、即ち「事前予防」なのだと私は解釈した。
 将棋界を大事に思っているのである。