「棋士は自分に厳しい部分がないとやっていけません。そのこだわりが棋士の強さを支えている」

―――三浦弘行

海堂尊との対談(『ドキュメント電王戦』徳間書店 2013年)より
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 二〇一三年春から始まった棋士とコンピュータソフトとの団体戦・将棋電王戦。
 二〇一五年春までの合計十五局のうち、最も巨大な相手に立ち向かったのが三浦弘行A級八段(当時)だった。

 なにしろ、彼の戦った「GPS将棋」は六六七台のコンピュータをつないだ巨大クラスター上で動作していたのである。
 海堂尊(医学博士)はこれに憤慨する。
 ――こんなのは不公平だ、人間は一人なんだからコンピュータだって一台にすべき。三浦さんもそう思うでしょうと話を向けた。

 ところが彼は同意しない。きっぱりとこう言い放ったのである。

 三浦「将棋の伝統に、棋士は言い訳をしてはいけないというのがあります。最初から、GPSが実力を発揮するのは何百台も繋げた状態だということは分かっていましたから、抵抗はなかったです」
 海堂「ならば、それは受けて立つと」
 三浦「はい、そうです」

 こうはっきりと返されて「うーん」と唸(うな)った海堂だったが、けれどもまだ収まりがつかない。
 コンピュータが六百台だから人間も六百人とまでは言わないけれど、せめてA級棋士十人の合議制くらいでちょうど良いのではないかと三浦に問うた。
 すると、

 「棋士は自分に厳しい部分がないとやっていけません。そのこだわりが棋士の強さを支えているので、相談しながらの対局はあまり意味がありません」

 これもはっきりと否定されてしまったのだった。

 それならばと今度は司会者が、米長邦雄会長が主張したようにコンピュータの弱点を突く指し方は考えなかったのかと質問した。
 これに対しても三浦は、「それで勝つことに、価値を見いだせませんでした」とし、次のように棋士のプライドを披瀝するのである。

 「タイトルホルダーも、そうしたこだわりがあるからこそ、あれだけの強さを維持できていると思うんです。がっぷり組んで勝つというこだわりを持たないと、現時点での自分の強さも維持できません」

 考えてみると、三浦弘行がGPS将棋と戦った翌年からの電王戦は、いわばコンピュータソフトに駒を落として貰っているようなものだった。
 即ち、「ソフトを事前に提出して研究させろ」「指定したパソコンしか使うな」「貸し出した後の改良は駄目だ」。
 人間側がそんな制約を押しつけた二〇一四年からの電王戦は、まるでソフトに「駒を落としてください」とお願いしているかの如くであった。

 そう考えると、巨大モンスターに堂々と「平手」で戦ったのは三浦弘行だけだったということになる。
 海堂はそんな彼をこう評している。

 「三浦八段はサムライだ。GPS将棋は機関銃を装備した重戦車、いや、ガンダムという印象だ。そこに刀でうちかかっていくのは戦術として間違っているのでは、とお伝えしたかったが、三浦八段は頑として首を縦に振らなかった。つくづく、サムライだと感じ入った次第である」

 このサムライが、二〇一六年の夏以降、対局中にスマートフォンを使ってカンニングしていたのではないかと疑われることになろうとは!

 確かに、人間には「魔が差す」ということがある。
 いかにその棋士の過去が立派であっても、カンニング行為は廃業に値する。

 だが、もしこれが冤罪だったらどうなるのか。
 無実の者を血祭りに上げた告発者はいったいどう処罰されるのか。