将棋ジャーナリズムみたいなものは実態として存在せず、将棋ライターはみんな棋士を一種神話化することで、いわゆる提灯記事しか書いていない。

―――保坂和志(作家)

「『羽生――21世紀の将棋』創作ノート」(保坂和志公式ホームページ「パンドラの香箱」)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 将棋界にジャーナリズムは存在しないというのは、LPSA騒動のときに嫌というほど見せ付けられた。
 三浦弘行「スマカン疑惑」騒動でも全く同様だ。
 提灯記事で生計を立てているライターにいったい何を期待できようか。

 これについては、河口俊彦が次のように喝破している。

 観戦記受難(追悼・河口俊彦)②

 『羽生――21世紀の将棋』(朝日出版社、1997年)の著者・保坂和志もまたこう書いている。

 「将棋ジャーナリズムみたいなものは実態として存在せず、将棋ライターはみんな棋士を一種神話化することで、いわゆる提灯記事しか書いていない」

 「『羽生――21世紀の将棋』創作ノート」

 将棋界に大激震をもたらせた今回の騒動。
 その中で「粛々と」進行する第二十九期竜王戦。
 それを報道するメディア。
 まるで、世は何事も無しといった筆遣いだ。

 仕方あるまい、その記事を書くのは将棋界で食い扶持を得ている御用記者なのだから。

 腹が立った私は、次のような架空記事をでっち上げてみた。
 「ジャーナリズム」を大上段にかざさずとも、せめてこのくらいのことは書いていただきたいものである。

                     *

 「平穏無事を偽装する第二十九期竜王戦」(将棋ニュース 2016.10.8)

 対局中のスマートフォンによるカンニング疑惑騒動で大揺れの将棋界だが、そんな中、十月七日~八日、問題の竜王戦第三局が行われ、丸山忠久「差替挑戦者」が勝利し、七番勝負を二勝一敗とリードした。
 対局の前日、恒例の前夜祭では中川大輔将棋連盟常務理事・田中聡読売新聞社編集委員・山本信治天童市市長および対局者の二人が挨拶をしたが、誰一人として疑惑騒動には触れず、逆に「将棋界に新しい風が吹いております」などという頓珍漢な言葉が飛び出す始末。将棋界の一大事を憂慮する多くのファンの失笑を買った。

 今回の竜王戦は三浦弘行九段が挑戦権を獲得していた。ところがカンニング疑惑が持ち上がり、将棋連盟は急遽三浦九段の挑戦権を剥奪し、年末までの出場停止処分を決めた。
 当初、メディア各社も連盟の発表をそのまま記事にしたため、この件は電子機器を使った将棋界のカンニング事件として世間に喧伝されたのである。

 ところが、この一ヶ月弱の間に、三浦九段が発表した反論文などにより、世の将棋ファンから連盟の処分は不当ではないかという声が次第に強くなっていった。
 今や、「黒とも白とも言えない段階で、ろくな調査もせずに一人の棋士の生命を断つような処分は許せない」という声が圧倒的多数を占めるに到っているのである。

 現在連盟は「第三者委員会」に調査を委ねているが、処分してから調査するというのでは筋が通らない。素人でも分かる「手順前後」だ。(加えてこの委員会も「御用委員会」である可能性がある)

 また、連盟の発表によると、三浦弘行九段から丸山忠久九段への挑戦者差し替えは竜王戦の主催紙・讀賣新聞社側も同意したいう。となると讀賣も「白黒確定以前の処分」を認めたことになり、公器としての新聞の責任も問われねばならないだろう。
 そもそもこの竜王戦は法律的に成立していないという識者の意見もある。ならばなおさらのこと、主催紙たる讀賣新聞は世間に対して釈明すべきだ。

 「カンニング疑惑」として報道された今回の事件だったが、むしろ「挑戦権不当剥奪事件」と呼んだ方が事件の本質を突いている。ネット上では三浦九段の対局復帰署名運動も始まり、将棋連盟への批判は日に日に強まっている。
 本来ならファンへの普及活動や伝統文化の発展にそのエネルギーを費やすべきなのに、とんでもない「悪手」によって事件の対応にてんやわんやになっている将棋連盟。大局観もなければ次の一手も分からない。「公益法人」の悲しい実態がここにある。(丸潮新治郎記者)