だいたいコンピューターに手伝ってもらって勝っても面白くもなんともないじゃない。

―――林葉直子

「将棋でスマホ」(最後の食卓 2015.10.15)より
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 若くしてタイトルを獲得し、A級在位も十五期に及ぶ一流棋士が、仮にカンニング行為をしたとしても、ではその動機はいったい何なのだろう。
 これがさっぱり分からない。
 林葉直子もこう言っている。

 「三浦くんって、もともと強いんだから誰かが嫌がらせで言いふらしたんじゃないかしらん。(中略)
 だいたいコンピューターに手伝ってもらって勝っても面白くもなんともないじゃない。
 勝負師ってそんなもんですよねぇーー」

 林葉流のお気楽発言だが、「だいたいコンピューターに手伝ってもらって勝っても面白くもなんともないじゃない」というのは至極頷けるのである。

 一方、プロポーカープレイヤーの木原直哉はこう断言している。

 「ゲームでイカサマをすることは、現実世界で殺人を犯すほどの重罪」

 「スマホ禁止」では解決しない「頭脳ゲームの不正問題」(ITmedia PC USER 2016.11.5)

 「殺人」とは喩(たと)えとして穏やかではないが、これもまた十分に納得できる。
 三浦弘行が対局中にカンニングをしたとすると、それはまさに「殺人行為」に匹敵する重罪であり、棋士の否定でもある。

 そんな重罪を棋士が犯すわけがない――これが将棋界の「性善説」だった。
 だから、終盤の難しい場面で相手がしばらく席を離れ、戻ってきて絶妙手を指されたとしても、彼らは何の不信も抱かなかった。

 それが変わってしまったのである。
 プロより強いコンピュータソフトの出現により。

 米長邦雄が苦し紛れに唱えた「共存共栄」なるお題目なんぞは何処へやら。今回の「スマカン疑惑」騒動によって棋士とソフトとの最悪の関係が露呈してしまったのだ。

 対局相手が席を立つ。
 しばらく戻ってこない。
 ようやく帰ってきたと思ったら、自分の考えつかなかった好手を放たれる。
 そこで棋士はこう思う。

 「ソフトを使ってカンニングしたのではないか」

 そこにはもはや、「だいたいコンピューターに手伝ってもらって勝っても面白くもなんともないじゃない」という共通認識はない。
 一流の棋士ならそんな手は自力で考え出すはずなのに、それを疑う。
 「カンニングしたのではないか」
 もう疑心暗鬼でビクビクなのだ。

 これを心の荒廃と言わずして何と言おう。

 強いコンピュータソフトの出現により、棋士は棋士を疑うようになってしまった。
 共存共栄どころの話ではない。
 強力ソフトにより、棋士同士の信頼関係が壊れてしまったのである。