うちの団体の前の会長は、自分としては信頼していなかったですが、こういう時の危機管理には抜群の力を発揮していました。

―――大平武洋

「雨降って」(大平武洋の自由な日々 2016.10.22)より
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 「もし米長邦雄会長だったら……」という声があちこちから聞こえてくる。
 たとえば田丸昇はこう書いた。

 「米長邦雄永世棋聖が69歳で亡くなったのは4年前の2012年12月。連盟会長時代に数々の難題に凄腕を振るった米長がもし存命だったら、将棋界の存続に関わる今回の問題に際して、どのように対処しただろうかと、私はふと思ってしまいました」(田丸昇ブログ「と金横歩き」2016.10.26)

 田丸はこの記事で、「将棋界は今年から来年にかけて明るい話題(註・最年少棋士の誕生、「聖の青春」「三月のライオン」の映画化など)で持ち切りになるはずでしたが、ぶち壊しになってしまいました」と慨嘆している。

 全くもってぶち壊しだ。
 だから、「ああ、米長だったらもっとマシな対応をしてくれたんではないか……」とつい思ってしまう。
 大平武洋もその口だ。

 「うちの団体の前の会長は、自分としては信頼していなかったですが、こういう時の危機管理には抜群の力を発揮していました」

 「自分としては信頼していなかった」とは誠に正直な発言で好感が持てるが、それでも「米長だったら……」と期待してしまうのだ。
 十五年の棋士人生を振り返り、大平も、「これまで1番だったのは名人戦の移行問題の時。本当に辛かったですが、今回はその比ではありません」と危機感を募らせている。

 かく言う私も、大平同様、米長邦雄という男を「信頼していなかった」が、それでも、こんなとんでもない事態になることは巧みに避けただろうと思わずにはおれない。
 彼はなんと言っても人生の手練(てだ)れだ。坊ちゃん育ちの谷川浩司現会長などとは経験値が違う。
 たとえば、米長は幼少期にこんな壮絶な体験をしている。

 一家心中の危機に、米長邦雄の母は…(ああ家族④)

 また、棋士を志すにしても、いろいろな哀感があったのである。

 米長邦雄の唱える「棋士至上主義」とその背景(ああ家族⑤)

 そんな米長邦雄だから、たとえ、「疑念がある棋士と指すつもりはない。タイトルを剥奪されても構わない」などと渡辺明永世竜王に迫られたとしても、泡を食って挑戦者差し替えなどは絶対にしなかったに違いない。
 以下は私の推測である。

 米長はまず大々的な緊急記者会見を開くだろう。これはニコニコ生放送で中継される。
 もちろん三浦弘行と渡辺明も同席。
 米長は開口一番、「私は今切腹する用意をしてここに座っております」などと切り出す。

 かかる緊急事態に際しては誰かが泥をかぶらねば収まらない。米長はそれを良く知っているので、会長自ら切腹してお詫びすると申し出るわけだ。
 むろんハッタリだが、記者連中には効果的な先制攻撃である。
 彼は続ける。

 「将棋界で起こってはならないことが起こってしまいました。対局中にコンピュータソフトを使って不正をしたのではないかと疑われる事態が発生したのです。疑われたのは三浦弘行。告発者は渡辺明。この二人は来たる竜王戦七番勝負で対戦が決まっております。今日はこの竜王戦をどうするか、皆さんに決めていただきたい。そのための会見であります」

 なんてことを言って、三浦九段と渡辺竜王にそれぞれの言い分を存分に喋らせる。
 もう全国の将棋ファンはニコニコ生放送に釘付けである。


 ※この続きは、翌々日(11月21日)に。