「対局中の棋士は常軌を逸しているというふうに思います」

―――朝吹真理子(作家)

「将棋フォーカス」(NHK-Eテレ 2013.11.10)より
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 二〇〇六年から二〇〇七年にかけて、佐藤康光は正に絶好調で、棋聖位を保持しつつ他の五つのタイトルに連続挑戦という離れ技を演じている。
 TBS系列の「情熱大陸」がそんな佐藤を取材した。
 舞台は二〇〇七年末の竜王戦。渡辺明への挑戦である。

 白熱のタイトル戦。
 佐藤は頻繁に咳き込み、そして頻繁に席を立つ。
 どこへ行くのかというとトイレだ。

 対局室を出て、激しく咳き込みながら夢遊病者のようにトイレへ歩いていく佐藤の背中をカメラが追う。
 そしてまた、トイレから出てこちらに戻ってくる佐藤。
 それもカメラが捉える。

 そんなことが何回も何回も繰り返されたタイトル戦だった。

 ところが、佐藤はこの行為を覚えていないというのだ。
 「情熱大陸」が放映され、それを見てはじめて、「ああ、自分はこんなにしょっちゅう離席を繰り返していたのか」と認識したそうだ。(自著『長考力』での告白)

 つまり、対局空間とは正に非日常の異様な場なのである。
 棋士本人さえも自分の行動を覚えていないのだから……。 

 「将棋フォーカス」に芥川賞作家の朝吹真理子がゲスト出演したことがあった。
 彼女は将棋好きで、テレビ対局を見るのが楽しみだとか。そんな縁で王座戦の観戦記を書く機会を得た。
 その朝吹に、番組アシスタントの岩崎ひろみが、「棋士の先生方にどのようなイメージを持ってますか」と問いかけたとき、彼女はいみじくもこう答えている。

 「対局中の棋士は常軌を逸しているなというふうに思います」

 もちろん、普段はにこやかに応対をしてくれるし会話も楽しい。だから尊敬もしている。しかしいざ対局となるとそれが豹変するのだ。

 「廊下ですれ違っただけで、心臓が止まるかと思うほど恐ろしい顔付きをしているときがあります」

 この言葉を聞き、岩崎ひろみが講師の井上慶太に問いかける。

 岩崎「井上先生、やっぱりそうなんですか?」
 井上「ぼくもねえ、対局中ちょっと恐いというふうに言われることもありますけどね」

 さて、大騒動の「スマカン疑惑」だが、かかる異様空間の中で、離席のタイミングがどうのこうのという論理は通用するのだろうか。
 この異様性は、トップ棋士である程強くなるだろう。

 告発者は離席がどうのソフトとの指し手一致率がどうのと証拠を述べ立てているが、むろん現場を捕まえたわけではなく、ハタから見ると、なんだか推論に推論を重ねて無理矢理ひねり出したような結論に見える。
 しかし彼はこれを棋士の直感だと信じて疑うことをしない。「プロなら(カンニングを)分かるんです」と自信満々だ。

 自分を客観的に見られない。
 結局、つまるところ、彼の頭の中は、

 「三浦九段が席を立って、しばらくして戻ってきて指した手が妙手で、そのために自分は負けてしまった。俺はカンニングにやられたんだ」

 こんな思いで一杯なのだろう。
 これこそ常軌を逸している。
 哀れでもある。

 かかる常軌を逸した告発者の思考と、常軌を逸した連盟執行部の処罰に対し、良識ある世間から大ブーイングが巻き起こっている。
 けれども、彼らはその声を聞こうとしない。
 それもまた常軌を逸している。

 「将棋界ってこんなところだったのか?」

 そう感じて、ファンは悲しんでいるのだ。