理事戦に落ちたあと、とくに症状がひどくなり、心療内科にも通った。(中略)途方に暮れたようになっていて、それこそ自殺を考えることもたびたびあった。

―――橋本崇載

『棋士の一分』(角川書店、2016年12月)より
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 プロデビューしてから後に、何らかの理由で自殺を考えた棋士が果たしてどれだけいるだろうか。

 「そんな人はいないんじゃないか?」
 「いやいや、人生いろいろあるから、表には出ないだけで、少しはいるでしょ」
 「でも、生活上のことならともかく、将棋のことや将棋界のことが原因で自殺を考えるというのはないだろうな」

 まあ、われわれはあれこれ勝手に想像するだけで、実態は分からない。
 けれども、橋本崇載は一時自殺を考えたというのである。
 『棋士の一分』を読み進め、突然「自殺」の文字に出くわしたときにはドキッとした。

 発端は二〇一五年の日本将棋連盟理事選挙への立候補だった。
 彼は彼なりに連盟のあり方に危機感を持っていたのである。
 こう綴っている。

 「米長さんが亡くなったあと、会長職は谷川浩司さんが引き継いだ。谷川さんは長く米長会長の側近としてやってきていてその暴走を止められなかった人である。米長会長が亡くなったあとに軌道修正してくれることを期待することは難しかった」

 この橋本崇載の見通しに私は脱帽する。
 実は、米長邦雄会長が他界したとき、死者には失礼ながら、私はこう思ったのだ。

 「やれやれ、ようやく終わったか。これからは常識人の谷川さんだ。闇から抜け出せそうだ、良かった良かった」

 この期待は見事に裏切られることになる。
 とりわけ今回のスマホ不正騒動(挑戦権剥奪事件)における指導力の無さにはがっかりした。

 「連盟内での発言力は将棋の強弱で決まる」とはよく言われる言葉だが、渡辺明が、「疑念がある棋士と指すつもりはない。タイトルを剥奪されても構わない」と脅迫めいた言辞を弄したとき、島朗常務理事ではこれを跳ね返せないのである。渡辺(タイトル獲得数十七、歴代六位)と島(タイトルは初代竜王のみ)では実績が全然違う。
 渡辺が相当な剣幕で執行部に脅しをかけてきたとき、「ちょっと待て、お前、それは筋違いだぞ」と説教できる常務理事は谷川浩司会長(永世名人資格保持者、タイトル獲得二十七、歴代四位)を措(お)いて他にいなかった。

 その谷川が、調査もせずにあっさりと三浦弘行の竜王位挑戦権を剥奪してしまう。(あるいはその動きを傍観する)
 いったい何のための会長なんだ、どこが常識人なんだ――私は心底落胆した。

 橋本崇載はそういう谷川体制の本質を見切っていたのだろう。
 理事に立候補し、結果、次点に泣いた。

 その後の精神的肉体的変調が『棋士の一分』に記されている。

 「理事戦の前からストレスはかなり強くなっていたが、理事戦に落ちたあと、とくに症状がひどくなり、心療内科にも通った。自律神経失調症で、対局中にめまいが起きるようなことも何度かあった。言い訳にはならないことだとはいえ、精神的にまいっていたことから敗れた対局も少なくなかった。途方に暮れたようになっていて、それこそ自殺を考えることもたびたびあった」

 こういう告白を聞き、中には嗤(わら)う者もいるだろう。「自業自得だ。君には理事になる人格がないというだけの話さ」などと。
 けれども私はこの種の記述に弱いのである。

 滾(たぎ)る思い、そしてそれとは裏腹の哀しさ・やるせなさ。
 角川書店の編集者は『棋士の一分』にそんな人間・橋本崇載の姿、その懊悩をも盛り込んだ。これはまったくもって、編集者の手柄である。

 「〈これでいいや〉の人生になっているなら、その時点で終わりだが、これでいいやになっていないからこそ、私はあがいている」

 「1億%クロ」だとか、あれはスタッフが書いたのだとか、橋本のとんでもない言い訳に怒り心頭に発する思いではあるが、自殺まで考えた男の人生の「あがき」には、何かホロリとさせられもするのだ。