将棋界の未来を危うくしていく歴史は、米長会長の策謀から始まったのだ。

―――橋本崇載

『棋士の一分』(角川書店、2016年12月)より
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 二〇一二年十二月十八日、四年前の今日、米長邦雄が日本将棋連盟現役会長のまま世を去った。享年六十九。本日は米長邦雄の命日である。

 米長の晩年は電王戦と共にあった。
 自らボンクラーズと対戦し(2012年1月)、翌年の「ソフト VS 棋士」団体戦をプロデュース。死の少し前には、癌治療により禿げ上がった頭でプロモーションビデオに登場し、「おい、皆んな頑張れよ」と出場棋士に呼びかけた。
 好々爺然としたその最晩年の一言は一般将棋ファンの琴線に触れるものでもあった。

 が、しかし、「こんなインチキパフォーマンスに騙されるものか」と顔をしかめる者も結構いたのである。
 橋本崇載もその口で、電王戦はプロ将棋を崩壊させるものだと感じていたらしい。
 米長会長がボンクラーズと対戦する旨の通知が来たときの怒りを彼はこう記している。

 「この通達を見た後、私は一人で会長室へと乗り込んでいった。とても黙ってはいられなかったからだ」

 対局料は一千万円だという。その高額な賞金を会長自ら懐に入れるのは道義に反すると彼は食いつくのだが、結局はのらりくらりとかわされてしまう。
 所詮役者が違うのだ。

 けれど、この蛮勇とも言える行動を私は支持する。
 現在の棋士に強烈な臭いがないのは蛮勇を欠いているからではないのか。お行儀が良すぎるのだ。
 そして、蛮勇無くしてプロ棋界が変わるものか、とも思うのである。

 結局、橋本崇載の米長邦雄への評価は次のようになる。

 「将棋界の未来を危うくしていく歴史は、米長会長の策謀から始まったのだ。
 棋士もメディアもそうだが、棋士とコンピュータ将棋との対局を牽引したのが個人の私利私欲だったという事実ときちんと向き合おうとしない」

 「個人の私利私欲」とはよくぞ言ったものだ。
 無論、ボンクラーズとの対戦で米長は最高とも言えるパフォーマンスを見せはした。けれども橋本は、「この対局を始めた瞬間から将棋界の屋台骨が揺るがされていたということを、今に至るまで信じて疑わない」と断言する。
 その結果として現れた最悪のシナリオが今回のソフト不正騒動だと言うのである。それにより、棋士という職業が「蔑みの対象にさえなりつつある」と。

 米長邦雄をこれほどまでに批判した文章を私は知らない。
 冥界の米長は、今回の騒動をいったいどう見ているのだろう。
 橋本崇載の罵倒に近い批評をどう受け止めるのか。

 でもまあ、彼のことだから、ペロッと舌を出しおどけてみせるのかもしれないなあ。
 まるで糠に釘だ。

 言うまでもなく米長邦雄は昭和を代表する大棋士の一人である。
 だが、命日にその輝かしい業績を讃えるのではなく、むしろ、命日にこそ彼の悪事を語り合おうではないか。
 なんだか、その方があの世にいる大悪漢・米長邦雄も喜ぶような気がするのだ。