歴史意識とは――しまった、とんでもないことをしてしまった、どうしようという悶えだ。

―――小林秀雄(評論家)

出典不明(寺山修司『ポケットに名言を』角川文庫 などに採録)
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 二〇一七年一月十八日、谷川浩司が日本将棋連盟の会長を辞すると表明した。
 当然である。何の驚きもない。

 いや、別の意味で驚いたことがある。

 発表会見で、記者から辞任の最大の理由を問われ、谷川は、それは自身の健康不良だと答えたのである。
 何という傲岸無恥。
 恥知らずここに極まると言うべきである。

 たとえ満々の健康体であっても、組織の長として、世紀の冤罪事件に荷担した責任は取らねばならない。
 これは、「切腹してお詫びする」くらいの大不祥事なのである。

 谷川さん、あなたはお寺で育った身だ。
 こんな非道な事件を起こして、仏道を説く父上母上に申し訳ないとは思わないのか。
 同じ寺で育った兄上がこう言っているではないか。

 「いくらアニーでも庇(かば)いようがない」(谷川俊昭 facebook 2016.12.28)

 そして兄俊昭氏は、弟会長・島朗常務・担当理事の辞任および渡辺明の廃業を将棋連盟と讀賣新聞社に電話で求めたという。
 至極真っ当。
 人の道に背いた者達に、寺で育った一人として、俊昭氏は心底怒っているのだと私は解釈した。

 この冤罪事件により、三浦弘行は血祭りに上げられた。
 彼は新婚間もない身だ。子供も生まれたばかり。
 その家族が地獄の底に落とされ、おそらく奥さんも精神的大打撃を受けただろう。もうノイローゼ状態だったと思う。しかも、子育てでいちばん大事なときに。

 下に掲げたのは伊藤健介という方が描いたイラストである。
 こういう絵を見ていると、改めて、告発者や連盟執行部の罪の大きさを思うのである。
 私は子供が心配でならない。
 母の精神状態は子に確実に移る。
 この子はこの先ちゃんと育ってくれるだろうか。

 谷川さん、あなたはこのようなことを考えたことがあるのか。
 プロ将棋界は一人の棋士(およびその家族)にとんでもないことをしてしまったのだよ。

 「歴史意識とは――しまった、とんでもないことをしてしまった、どうしようという悶(もだ)えだ」

 これは評論家・小林秀雄の言葉だ。

 これほど人の道に背いておきながら、歴史意識の無い会長、歴史意識のない理事、歴史意識のない告発者。
 プロ将棋界の恥ずかしい姿がここにある。

 私は思う。
 谷川浩司の辞任だけではとても償(つぐな)いはできない。
 会長は二年間の出場停止――組織の長の罪はそれくらい深い。
 そして、「しまった、とんでもないことをしてしまった、どうしようという悶え」があれば、二年間の出場停止くらい何でもないはずだ。


 三浦弘行と子イラスト(伊藤健介)