「横綱としての責任を感じ、本日をもって引退をさせていただきます」

―――日馬富士(大相撲横綱)

福岡・太宰府に於ける記者会見(2017.11.29)より
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 二〇一七年十一月末、大相撲の横綱・日馬富士(はるまふじ)が引退を表明した。
 同郷力士に暴力を振るったことを詫び、その責任を取るというかたちである。
 この事件にはいろいろな裏があるようだが、「暴力、よって引退」という理屈自体は明解だ。すっきりしている。

 かかる報道に接し、私は、二〇一六年秋に世間を震撼させた「竜王位挑戦権剥奪事件」は渡辺明による暴力事件だったのではないかと思った。
 渡辺は三浦弘行を言葉により殴り倒したのである。

 「一致率や離席のタイミングなどを見れば、プロなら(三浦九段がカンニングしたことが)分かるんです」(「週刊文春」2016.10.20発売号)
 「疑念がある棋士と指すつもりはない」(「産経ニュース」2016.10.21)

 こうして三浦弘行に「イカサマ棋士」の烙印を押し、結果、彼と家族・縁者は地獄に落とされた。
 この「言葉による暴力」は、ある意味、腕で殴り倒した以上に陰湿であった。

 さて、では、三浦の潔白と告発者のデタラメ(嘘八百)が明らかになった後、渡辺明は暴力行為の責任をどう取ったのか。
 当然、暴力横綱のようにこう言うべきだったのである。

 「永世竜王としての責任を感じ、本日をもって廃業させていただきます」

 長らく彼を熱心に応援してきた私自身、我が信ずる渡辺明なら当然そう言うだろうと思っていた。
 そして、もしそんな表明があったなら、私は元ファンとして、「それは惜しい、ちょっと待て」と引退を引き止めたい気持も、実はあったのである。

 確かに、彼の言語暴力は廃業に値する。
 だが、傷害事件を起こしたプロボクサーでも、刑期を終えて出所したならば、更生した彼を再びリングに立たせたい。
 そんな情もかけてやりたいのだ。

 では、渡辺明の場合、「出所」の条件とは何か。
 私は当時こう考えた。

 ・保持していた竜王位の返上
 ・竜王戦優勝賞金の返還
 ・永世竜王称号の返上
 ・一年間の棋戦出場辞退

 これらを果たして出所したあかつきには、私は渡辺を許し、更生した彼の「やり直しの人生」を再び応援しようと思ったのである。

 ところがどうだ。

 なんと、彼は何一つ具体的な責任を取らず、「御迷惑をおかけしました」の一言ですませてしまった!

 酒に酔って手を出した横綱も情けないが、この世紀の人権侵害事件を「御迷惑」などという軽い言葉でかたづける人間とはいったい何なのか。

 傲岸不遜。
 最低である。
 暴力横綱の方がよほど潔い。