今回の事件から見えるのは、渡辺竜王を筆頭に、ソフトの幻影に怯えてプロの誇りを失った一部の棋士たちのあわれな姿です。

―――平岡組中央支部(将棋ブロガー)

「竜王戦挑戦者差し替え事件―私的まとめ」(2017.7.14)
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 『不屈の棋士』という本が出たのは二〇一六年七月だった。
 大川慎太郎が十一人の棋士に取材し、将棋ソフトと棋士との関わりを問うた作品で、私はこの著作を高く評価している。
 ただ一点、大きな不満があった。

 書名である。
 「不屈の棋士」とは、あまりにも礼賛し過ぎではないのか?

 まったくもって礼賛し過ぎだったのだ。
 出版後三ヶ月ほどして例の「竜王位挑戦権剥奪騒動」という世紀の人権侵害事件が起きたのである。
 「不屈」どころではない。これは正に、「棋士が倒れた」姿を満天下に晒す不祥事であった。

 ではなぜこんな不祥事が起きたのか。
 この事件の根本原因は何なのか。
 私は長らくその答えが見付けられずにいた。
 あれこれ考えても適切な言葉が浮かんでこないのだ。
 ところが、平岡組中央支部という方の次の文章に出会い、「あ、なるほど」と思わず膝を叩いたのである。

 「プロなら普通に読めて当たり前の指し手なのに、それをソフトに教わらなければ指せない手だなどと言い出すのは、プロの能力の自己否定に他なりません。今回の事件から見えるのは、渡辺竜王を筆頭に、ソフトの幻影に怯えてプロの誇りを失った一部の棋士たちのあわれな姿です」

 平岡組中央支部「竜王戦挑戦者差し替え事件―私的まとめ」(2017.7.14)

 そうなのだ。
 この事件は、棋士が「ソフトの幻影に怯え」た結果だったのだ。
 ソフトの幻影に怯え、棋士の心が腐った。
 そして、彼等の怯えが様々な妄想を生み出していったのである。

 「指していて(カンニングを)“やられたな”という感覚がありました」(久保利明)
 「プロなら(三浦九段がカンニングしたことが)分かるんです」(渡辺明)
 「個人的にも1億%クロだと思っている」(橋本崇載)

 こうした妄想により一人の棋士を血祭りに上げてしまう。
 なんという酷いことをしてしまったのだろう。

 大川慎太郎よ、自著を「不屈の棋士」などとなぜ命名したのか。
 少なくとも、この本に登場する渡辺明を「不屈の棋士」とは絶対に呼ばないでくれ。
 彼はソフトの幻影に怯え、屈し、妄想を脹らませ、挙げ句の果てに仲間の一人を「イカサマ棋士」呼ばわりして抹殺しようとしたのだから。

 それにしても……。
 
平岡組中央支部氏の明解な分析に接し、私はつくづく思ったのである。
 プロ将棋界四百余年。その長い歴史の中で、これほど「プロの誇りを失った」「あわれな姿」が果たしてあっただろうかと。