彼の孤独はやはり凄まじいもので、同世代の修行仲間としては、あらゆる意味で力になってあげたかった。

―――先崎 学

第65期王座戦二次予選「三浦弘行 vs 先崎学」自戦記 第一譜(「日本経済新聞」2017.3.3)より
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 先崎学を相手にした三浦弘行の復帰第二戦のちょうど一週間前、三浦は羽生善治との復帰初戦(竜王戦1組ランキング戦)を戦っている。
 何の巡り合わせなのか、この日(2017.2.13)は三浦の四十三回目の誕生日だったという。
 このとき彼は、

 「ソフトとの指し手の一致を疑われるのは嫌なので、私だけでもボディーチェックをして欲しい」

 こう申し出て金属探知機などによる検査を受けた。
 ところが、対戦相手の羽生が連盟側に、それなら自分もチェックしてくれと言い出したというのである。
 曰く、

 「対等な条件で戦いたい」

 この報道に接し、私はとても嬉しかった。
 先崎学は観戦記にこう書いている。

 「彼の孤独はやはり凄まじいもので、同世代の修行仲間としては、あらゆる意味で力になってあげたかった」

 羽生も同じ気持だったに違いない。
 「対等な条件で戦いたい」――実に含意に満ちているではないか。
 私はここに執行部へのささやかな抗議と三浦への礼儀、そして自身への悔いを感じたのだった。
 羽生の示した、冤罪被害者への力になる行為だと思った。

 先崎は書いている。

 「私が孤独だったのは、きっと三浦君がおそらくさらに孤独だったからだ」
 「レベルも質も違うが、三浦君には三浦君の苦悩があり、私にも少々の、だがそれなりの苦悩があった」
 「人それぞれ、盤上のこととはまったく違うきついものをかかえてこのひとつの季節を過ごした」

 これは、この世紀の冤罪事件を我がこととして受け止める姿勢である。
 三浦の孤独を我が孤独として引き受ける。
 三浦の苦悩を我が苦悩として受け止める。

 心ある棋士はそのようにして三浦弘行の力になろうとしたのだと思う。